愛するあなたへ
「好きな人ができたからもう優とは一緒に居れないんだ」
考くんは優しく言う。
「う、うそだよね?考くんに好きな人ができたなんて?」
「本当なんだ」
「なんで!なんで私じゃないの!」
「優のことはそんなふうにみれない」
「どうして、私のどこがだめなの?」
考くんは困った笑顔を浮かべる。
「子供っぽいところとか、すぐ泣くところ」
笑顔のまま続ける。
「それに小さいし我儘でしょ。そんな子を好きになれないよ」
考くんは私が気にしていることを全て言う。耐え切れなくなり、
「ひぐ、ううう」
「そういうところだよ」
考くんの表情にしわが寄る。
「そうやって泣けば許されると思ってるところだよ!」
聞いたこともない声で私に怒鳴り散らしてくる。
「僕の好きな人はそんなことで泣かない強い人なんだ。だから優じゃダメなんだ」
また笑顔に戻る。
「じゃあね優」
考くんが歩いていく。泣きながら必死に追いかけて考くんの服を掴む。
「あ、あ」
言いたいことが言葉にできない。考くんは振り返っていつもみたいに頭を撫でてくれる。いつもの考くんが戻ってきた。涙も引いていく。
「優は僕が居ないと本当になにもできないんだね、言いたいことも言葉にできない」
だんだん強く頭を撫で始める。
「や、やめて、考くん痛いよ」
「さよなら」
そう言って私を突き飛ばして女の人の方に歩きだしてしまう。
「まって!一人にしないで!おいていかないで!」
目を開けるといつもの天井があった。目からは涙があふれている。
「ひぐ、ううう、嫌だ、考くんと一緒に居たいよ、うう」
同室の子にばれないように布団にくるまって涙を拭く。いくら拭いても涙は止まらない。じりりと目覚ましが鳴り響き隣のベッドで寝ている女の子が起き始める。急いで涙を止めようとする。
「ううん、あれ?優もう起きてるじゃん」
「う、うん、怖い夢見ちゃって」
布団から顔を出す。
「本当だ、目真っ赤じゃん。どんな夢見たの?」
「私が泣いてて我儘だから好きな人が取られる夢」
「それはつらいね」
布団から出て私のベッドへと腰を掛けて優しく背中をさすってくれる。そのせいなのかまた涙があふれてくる。
「わわ、泣かないで。ほら落ち着ついて深呼吸しな」
言われた通り大きく深呼吸する。
「えぐ、京ちゃんどうしたらいいかな、わたし取られたくない」
「そうだなー」
ちょっと考える仕草をして、思いついたのか人差し指を立てる。
「私はもう泣かないし我がままも言わないし誰よりも好きですって伝えればいいんじゃないかな、そうしたら取る人も諦めるかもしれないし好きな人も振り向いてくれるかも」
「そ、そんなことでいけるかな」
「うーん、もしかしたら好きな人が居るならだめかもしれない」
「やっぱりそうだよね」
それを聞いてまた泣きそうになる。
「でもね、何も伝えないで終わるなんてそっちの方が辛いと思うんだ。相手に気持ちも知ってもらえないなんて辛いでしょ」
京ちゃんは頭を撫でながら優しく諭すように話す。
「京ちゃんの言う通りかもしれない。私今日は自分の悪いところ出さないで頑張るよ」
「うんうん、その意気だよ。じゃあ朝ごはん食べに行こう」
京ちゃんは私の手を取って立ち上がる。
「京ちゃん、また教室でねー」
毎朝の恒例だが手を振って学校と反対の方向に走り出す。
「気を付けていけよ。しかし孝一のやつ優に何言ったんだ」
私にはそんな京ちゃんの声はもはや聞こえなかった。
寮から考くんの家まではそれほど遠くない。いつもなら走らなくても間に合うのだが今日は朝に泣いていたこともあって遅れていた。遅れても考くんなら「今日は朝ごはん食べすぎたの?」とか「いつも俺が遅れてるしたまには遅れてきて」って言うくらいだと思う。それでも考くんを待たせたくないし何より考くんが家から出てくるのを待つ時間が好きだ。
あと一つ角を曲がれば考くんの家に着こうかというところで思い出す。
「考くんに好きな人が居るって分かったからって泣かない。今日だけは笑顔でいる、明るく振舞う」
暗唱して自分の頭に刷り込み歩き出し角を曲がる。するといつもなら居ない考くんの姿が家の前に会った。どうして最後になるかもしれないのに今日は待ってくれてるの。その姿に涙が溢れそうになるのをぐっと堪えて少し深呼吸する。ほら大丈夫、泣かない。
「考くんおはよー」
空を見上げていた考くんは声に反応して私の方を向く。
「おはよう」
「待ってくれてるなんて珍しいね」
「優がいつもどんな気持ちで待ってるか知りたくてね」
そう言って歩き始める。もうなんだかよく分からないが泣きそうになる。
「そ、そうなんだ。気持ちわかった?」
「うーん、多分早く来ないかなって気持ち」
「ふーん、よくわかってるじゃん」
「優もそんな気持ちなんだ」
だめだこれ以上こんな話されると耐えきれない。
「それよりさ春休みの宿題やった?」
学校までの道がこれほど切なく感じたのはこの時以なかった。
「京ちゃん、私トイレ行きたいから先に行ってて」
「待ってようか?」
「大丈夫、それにあのー、時間かかるから」
「それなら先行っとくわ」
京ちゃんはグラウンドに向かい私はトイレを装い職員室へと向かう。朝の全校朝礼のために教室からぞろぞろと生徒が居るので目立たなくて助かる。周りに誰も居ないことを確認して職員室に入る。誰かいることを危惧していたがもう職員はみんな出ているのか誰も居なくて安心する。鍵がたくさん吊るされているところから屋上への鍵を取って慎重に職員室から出る。
そのまま階段を駆け上がり屋上の扉の前までくる。
「はあはあ」
屋上は普段使われないため扉の近くが物置状態になっていて、その中に拡声器があることを以前遊んでいて怒られたので知っている。
「確かこの辺に・・・」
拡声器がないことが一番の不安だったが無事に見つかり安心する。屋上の扉に鍵を差し込んで開けると外の光で目がチカチカする。この屋上に来るのは2度目だった。1度目は考くんと高校生なら屋上という事で勝手に忍び込んで大目玉を食らって以来だ。あれから2年もたったなんて信じられない。
拡声器を持って屋上の柵の近くに立つ。どうやらもう全校生徒が出ているようだ。がやがやとした喧騒は一人の生徒の声によってかき消された。
「おい、屋上に生徒がいるぞ」
一斉に全校生徒の声が自分に向けられたことに緊張する。でもそんな緊張なんて今から言う事に比べたらどうってことは無い。
拡声器のスイッチを入れて話し始める。
「私は孝くんの事がだれにも負けないくらい好きです。誰よりも考くんの事が分かる自信があります」
私の純粋な気持ちを伝えるんだ。
「考くんは家族のいない私を小さいころから家族みたいにいつも見守ってくれて、優しくしてくれて、悪いときにはちゃんとしかってくれる」
考くんが教えてくれた温かさを。
「家族に捨てられて、イジメられて友達にさえも見捨てられたのに考くんだけは唯一見捨てないでくれました」
こんな私なんかを見てくれた。
「そんな考くんに1人だった私は救われました」
誰も信じれなかった私を救ってくれた。
「たくさんの幸せを教えてくれた考くんが大好きです」
本当に好きだから。
「本当に感謝しかありません。考くんありがとう」
ありったけの感謝を伝えたい。
「でも考くんはほかの人が好きなことを知ってます」
そんな日は来ないんじゃないかと願ってた。
「もし考くんに好きな人が出来たら、そんな都合の悪いことは考えないようにしてきました」
毎日のように怯えてた。
「今の関係が壊れるのが怖くて、いつか変わることは知っていたのに」
変わらないんじゃないかと信じていた。
「現実から目を逸らしすぎてもう手遅れなんだと気づきました、諦めなきゃいけないんだと思いました」
結局最後まで私は逃げ続けた。
「だけど諦めるなんて無理」
今日だけは立ち向かおうと決めた。だから私の考くんへの最後のわがまま。
「考くん、こんな私だけど考くんの好きになった人より可愛くなるし、優しくなるから、もう泣かないから、もうわがままも言わない、考くんの理想の人になるから」
答えは決まってるのかもしれない。でももう考くんより好きになれる人なんて現れないから。
「考くんの事、世界でいちばんずぎだから、」
泣いちゃダメだ。
「だから、わ、わたじとづぎあってぐださい」
今日だけは泣かないって決めたのに。
「わだじを、え、えらんで」
泣いちゃダメなのに止まらない。
「ひどりに、じないで、ううう、ひく」
考くん、私を一人にしないで。
お読みいただきありがとうございました。