不安
「考くん」
風呂から上がり自分の部屋に入ると月明り以外真っ暗な中から優の声だけが聞こえた。暗くて何処に居るかは見えないがベッドに向かう。顔は見えないが布団の膨らみ方からして優が入っていることは一目でわかった。ベッドに腰掛けると布団がめくられ優の顔が出てくる。いや、暗くて見えないが多分出てきた。
「なんでベッドに居るんだ」
答えは分かっているようなものだが聞いてしまう。がばっと布団を顔に再びかけ、
「好きだから」
と聞こえるか聞こえないかの小さな声で答えになっていない答えが聞こえてくる。すぐにでも抱きしめてしまいそうになる気持ちを抑える。その前に風呂で言っていた京の事を聞かなければいけない。
『抱いても良いよ』
頭からこびりついて離れないこの言葉を。
「優、その前に京の事だけど」
「なに」
「抱いて良いってどういうこと」
ストレートにありのまま聞く。
「うー」
唸った優の言葉を待っていると2、3度もぞもぞ動くとそのまま固まって動かなくなる。
「優?」
名前を呼んでも返事が無いので、布団を勢いよくばっと上げると目が慣れてきのか本来パジャマで見えない鎖骨や胸の上の辺りまで見える。いつもならここで、「パジャマくらい着なさい」と言うのだが布団から覗いた優の顔を見て黙ってしまった。泣いていた、声を押し殺し。もしかすると俺が風呂から部屋に来るまでも泣いてたのかもしれない。目が合い優が手で顔を隠して泣く。
「う、えぐ」
優の髪を優しく撫でながら泣き止むを待つ。どれくらい経ってだろうか、腕も疲れ始めた頃に優は話し始める。
「考くん、ごめんねあんなこと言って」
優は自分の方を見ながら謝ってくる。
「私どうしたら良いのか分かんない」
「どうって?」
「考くんの事も好きだけど京ちゃんの事も好きなの」
「ああ」
「もちろん友達としてだよ!」
「分かってるよ」
こんな時にレズだったなんて告白されたらたまったものではない。
「それで上手く言えないけど、考くんと好き同士で居れる事はすごく嬉しいんけど、京ちゃんにも私の事好きでいて欲しいの」
「うんうん」
流れてくる言葉に頷いて相槌を打つ。
「だから京ちゃんが望んでいる様にさせてあげた方が良いのかなって」
「なんで?」
「そうしたら京ちゃんは私の事嫌わないで好きで居てくれるかもしれないから」
優は笑顔でそう話す。その姿にどういう言葉を返せばいいのか分からなくなってしまう。俺だけの愛情だけじゃなくて色んな人からの愛情に飢えているんだろう、それがどれほど歪んだ形でも。俺だけじゃ駄目か、なんて臭い言葉を言うつもりはないし、一人で与えれる愛情なんて知れていると思う、俺ばかりと触れ合っていた過去の優から高校に入ってから大きく変わってった優は紛れもなく京のお陰なのだから。
「別にそんな事しなくても嫌ったりしないと思うよ」
「ほんと?」
「京はそんな奴じゃないから大丈夫」
「なら良かった」
安心させる様に投げかけた言葉は自分の胸をじりじりと痛めつける。頭の中に嫌なイメージが溢れ出す。大丈夫、それは自分自身を安心させるために放った言葉だったのかもしれない。そんな事を知らずに優はいつも通りの笑顔を浮かべていた。
「とりあえず風邪ひくから服を着なさい」
「ええ、折角気持ちの準備してたのに」
布団から這い出てくるので反射的に反対を向く。ごそごそと服を着ている優の音よりも京の事が頭から離れない。
「着替えたよ!」
暗闇にも目が慣れてきて、少しだぼ付いたパジャマを着ていた。さらに何も考えていなさそうな無邪気な笑顔をした優がなんだか憎らしく思えてしまって、思わず柔らかいほっぺを優しく揉みながら引っ張る。
「はにふるのこうくん」
「明日の出かける場所決めようか」
「きめふ!」
ハムスターみたいな頬をしながら返事をすると、自分の引っ張ていた手も自然と振り払われる。さっきまでの元気のなさが嘘みたいだ。
「どこ行く!」
「優の行きたい場所で良いよ」
「じゃあ私あそこ行きたい!あと・・・」
明日の出かける場所を決めるのに候補が多すぎて決まらず、気づけば12時を周っていた。テンションのおかしな優が眠さで落ち着き始めたのは30分前だった。うとうとして半分寝てしまった優を立たせようとする。
「ほら、立ってベッドまで歩いて」
「・・・うーん」
紙に行き先を描いた紙が置かれた机に突っ伏してしまって、揺らしても起きそうにない。抱き上げようかと思ったが押し入れに唯一ある敷布団だけひこうと向かおうとすると、足が何かに引っ張られている感覚がして振り返る。
「ううん・・・」
いつの間にか自分のズボンの裾を掴んでいた。
「離して」
ゆっくりと持たれた方の足を前に出すと優も同じように傾いていき床に倒れむ。それでも起きず掴んだ手を離してくれない。
このまま引きずっていくのも可哀そうなので自分も諦めて優の隣に座って寝顔を眺める。
「こういうのも悪くないか」
ぼーっと見ていると優の手がズボンから外れていた。布団を取りに行こうかという思考は既になく優の隣に並んで寝て起こさない様に抱き寄せる。優の穏やかな寝顔と匂いと包まれながら不安を押し殺すように眠りについた。
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