一目惚れ
「いきなり変な声が聞こえたと思ったら、踏みつけられた考くんが居たからびっくりしちゃったよ」
「なー、びっくりしちゃったな」
「びっくりしちゃったな、じゃねえよ!」
京の膝の上に乗った優と向かい合うようにして話す。あの後、2人だけすぐに俺の部屋に入り、自分だけ廊下で悶えながら10分ほど苦しんでいた。中に入ると今みたいに膝に乗って楽しそうに話をしている2人が居た。
「うるさいな、孝一が悪いんだろ」
「う、そうだけどさ」
正論過ぎて言い返えせない。京は最初から優の告白に対して怒るためにやってきたんだろう。
「悪いって何が?」
なにも分かってない優が京を見上げながら不思議そうな顔をしている。
「孝一が、浮気しないか実験したんだ」
「ええ!どうやって!」
「優にもやってあげようか?」
「うんうん、やりたい!」
「やめとけよ」
自分の声なんて無視して優は元気よく立ち上がり京も向き合うように立つが、改めてみると身長差がよく分かる。
「じゃあ目を瞑って、絶対開けちゃダメだからね」
「分かった」
言われた通りに目を瞑る。
「私は最初に孝一は優の事が好きなの?って聞いて、そしたら『ああ』って答えたの。優は孝一の事好き?」
「うん、大好き」
「孝一と違って答え方が素直で可愛いわ」
言いたいことは色々あるが口を挟むと怒られるのは目に見えているので大人しくしておく。
「次はどこが好きなのって聞いたら。『顔とか性格全部だよ』って」
「えー、昨日は笑顔って答えてたよ」
「そうなの?」
「そうだよ、全部好きなんだからそれでいいだろ」
もう恥ずかしすぎてなんでもいい。
「優は孝一のどこが好きなの?」
「私も全部好き」
「優も昨日と変わってるじゃん」
「昨日は具体的に言わないといけないと思ったからそう答えたの、ほんとは全部好きだから」
ちょっと恥ずかしそうに言っている優より言われる自分の方が何倍も恥ずかしい。それに気づいているのか京はこっちを向いてにやにやしている。
「さっさと続けろよ」
「はいはい、それで次は私が優より早く告白したらどうしてたか聞いたの」
「なんでそんなこと聞いたの」
「だから浮気しないか試すためにやっただけだから心配しないでって」
優の頭を優しくなでる。背中に手を回していないのは殴るところまでは再現しないからだろう。
「う、うん、それでなんて答えたの?」
「孝一はね、小学生の低学年の頃からずっと優が好きだから無理って答えたの」
「え?小学生の低学年から?」
「あれ?そう言ったと思うけど」
京は確認を求めてくるようにこっちを向いてくる。
「そうだ、小学生の頃からだ」
「なんで小学生の頃に好きになったの?」
いつの間にか優は目を開けてこっちを見ていた。
「あの頃はいじめられてたし、毎日ぼろぼろだったのに何で?」
優はゆっくり自分に近づいてくる。一度も話したことのない、というか隠していた、いじめられていた時に一目ぼれしたなんて話せるわけがない。だってそれは優に対して失礼だと思う。毎日いじめに耐えていたのに色ボケで助けたなんて、もし優が可愛くなかったら助けなかったのかそう思われてしまいそうで、中身ではなく外見だけで判断して好きになったのかなんて思われたくないから。
「ねえ、考くんなんで?」
自分の目の前で座って、真っすぐに聞いてくる。
「それは」
今ここで、いじめから助けて接しているうちにすぐに好きになっていた、そう答えれば終わるだろう。でも毎回どうして好きになったかの聞かれる度に、優に嘘は付き続けたくはない。優がそうしたように自分も1歩踏み出さなければいけない。
「優に一目ぼれしたからだ」
真っすぐに優の目を見つめ返しながら答える。
「一目惚れって、いつしたの?」
優は意外そうな声で聞いてくる。はっきり言え。このまま優に黙ってちゃダメだ。震えてしまいそうな声を抑えて何とか口にする。
「いじめられたのを助けた時」
「私が女の子3人にいじめられてて、考くんが初めて助けてくれた時?」
「そう、その時はじめてちゃんと見て一目ぼれしたんだ」
「じゃあ、もし私が考くんのタイプじゃなかったら助けてくれなかったの?」
優から一番口にして欲しくなかった言葉を口にされてしまう。何か言おうとするが優の口は止まらない。
「もしあの時私の顔が違ってたらその後は助けてくれなかったの?もしイジメ続けられる私を見たら止めてくれなかったの?」
「優、違うんだ」
「違うことないじゃん!」
優は泣きそうな顔をして叫ぶ。
「だってそう言ったじゃん!私はてっきり一緒に居るうちに中身を好きになってくれたと思ってたのに!私は考くんが初めて助けてくれた時の事だけは絶対に忘れてないのに!それが顔が好みだったからなんてあんまりだよ!」
「優、落ち着いて聞いてくれ」
「やだ!考くんのお陰で自分にも少しは良い所があるのかもしれないって思えたのに、考くんまで私の中身を否定するんでしょ!」
「俺は優の中身も好きだ」
ヒステリックのように叫び続ける優には、そんな自分の声も聞こえていない。
「もういやなの!信じてたものに裏切られてなにも信じられなくなるのは!これ以上もう苦しみたくない!それなら誰にも愛してもらえなくてもいい!」
そう叫んだ瞬間に机の上の筆箱の中を漁りカッターナイフを取り出す。それに気づいいて自分が手を伸ばした時には優の首に刃先が触れようとしていた。
「優、やめなよ」
カッターナイフは優の首まで数センチというところで京の手が掴んでいた。手からは血が流れだし、優のパジャマに赤い染みができる。
「京ちゃん、なんで、死なせてよ、もう、苦しみたくないよう」
優の手はカッターナイフを力なく離す。
「孝一、私は下で手当てしてくるから」
「大丈夫か?」
「そんなことより、優の事だろ」
そう言って扉から出ていく。部屋には今まで見たことが無いくらいに、本当に死んだのではないかと言いうくらいに虚ろな目をした優と自分だけが残る。
「優、少しだけ話を聞いてくれないか?」
優は何も言わず、首を振ることもなく下を向いている。
「俺は優の事が好きだ、それは顔だけじゃない中身も大好きだ。これは本当の事なんだ」
この言葉を聞いて、いつも笑顔で喜んでくれる優は目の前に居ない。
「俺が優を助けたのは3人にいじめられているから助けよう、最初はそれしか考えてなかった。
でも助けた後、手を差し伸べても握ってくれさえしなかった、だから好きになってもらおうと思って毎日のように一緒に居たんだ、それは助けたいなんて気持ちではなかったのかもしれない」
自分が隠していたせいで優がこんな風になってるなら自分はどうすれば良いんだろう、きっと本当の事を言うしかないのだろう。
「でも毎日一緒に居るうちに優の事をどんどん知っていって、いつの間にか優と仲良くなって、それからも毎日のように一緒に居た。毎日毎日、小学校も中学校もそして今も。長い間いて、いつの間にか優の顔だけじゃなくて、いや優の顔以上に性格が好きになった、悲しい時は思いっきり泣いて、嬉しい時は周りなんて気にしないくらい笑って」
いつも近くで見ていた優は良くも悪くも正直だった。誰かが悪いことをすれば怒り、1人で居れば声をかける、困っているなら助ける、そんな姿が大好きだ。
「咳だってくしゃみだって、時折見せる仕草だって、何もかも愛おしくなっていって。優を好きになったんだ。もし優がその性格じゃなかったらこんなにも長い間優の事を好きで居られなかった」
自分の言葉は届かないのか優は変わらず下を向いたままで、どこを見ているとも分からない。
でも俺には優を笑顔にするくらいしかできない、
「優の好きになった理由は一目惚れって言ったけど本当はもう一つ単語が入るんだ」
もし笑顔にさえできないなら、
「俺が優の顔を初めて見た時、優は笑ってたんだ」
もしそれさえ叶わないなら、
「その笑顔に一目惚れしたんだ、今まで見た中で一番綺麗で、一番可愛くて、一番儚い、優にしか出来ないその笑顔に恋したんだ」
もうそこに俺の好きだった優が居なくなるなら、
「昨日笑顔って答えたのは本当に一番好きな部分なんだ、優の純粋な心が作る屈託のない笑顔が大好きなんだ」
今までの優でなくなってしまうなら、
「俺は優の中身が、優の性格が作り出す笑顔に惚れたんだ、だからそんな顔しないでくれ」
優が死のうとしたように、俺も喜んで死のう。
「もう笑顔を見れないなら俺は優と死んでもいいから」
脅しとも取れるような言葉を発しながら無理やり優の体を抱きしめる。受け入れることも、拒むこともしない優の体を長く長く、優がなにか話すまでは絶対に抱きしめ続ける。もし一緒に死のうと言うならば、どこでだって死のう。だから今だけは強く抱きしめ続けたい・・・
「考くん」
「うん?」
「ごめんなさい」
「俺が悪かったんだよ」
「ごめんなさい」
「謝るなって」
「ごめんなさい」
「優が謝っても仕方ないだろ」
「ごめんなさい」
「ああ、ごめんだな」
「ごめんなさい」
「いつも見たいに笑ってくれ」
「どうやって」
「こうやってだよ」
「あははははは、いひ、あははは」
「ほら笑えただろ」
「笑わせたんでしょ、なんで最初に笑顔に一目惚れしたって言ってくれなかったの」
「忘れてたんだ、どうしてか」
「ひどいな、私は覚えてたのに」
「もう忘れない」
「約束だからね」
忘れていた理由は分かってる
だって今の笑顔の方がもっと魅力的だから
お読みいただきありがとうございました、この話はまたちょっと修正して上げ直すかもしれないです。