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誘惑

 その女の子はいつもイジメられていた、学校で誰かと話してるところなんて見たことは無いし、彼女が背負えば普通より大きく見えるランドセルにはたくさんの傷が付いていた。

しかし無垢で無知だった愚かな自分は彼女がいじめられているなんて気づかなくて昼休みにはいつの間にか居なくなり、授業の時だけは戻ってくる、そんな子だと思っていた。

 そんな馬鹿な自分でも、放課後に校庭の隅で突き飛ばされ、泥まみれになっているのを見れば彼女がどうして傷だらけのランドセルを背負い、いつも一人で居たのかくらい分かった。彼女を囲むクラスの女の子3人に問いかける。


「なにやってんの」


 いじめを見られたことに焦ったのか蜘蛛の子を散らすように逃げていく。目の前で泥まみれの彼女と自分だけが残る。彼女の方に歩いていくと長い前髪から覗かせて顔を上げてこちらを見上げてくる。初めてちゃんと見た彼女の顔に、こんな時に不謹慎かもしれないが一目惚れしてしまった。


「大丈夫?」


 内心ドキドキしながら彼女に手を差し伸べる。彼女の小さな手は自分の手を握ることなく立ち上がって自分の横を通りすぎてしまう。

 今考えても不純な動機だが、一番最初に彼女を守ろうと思ったのは彼女に好かれたいというだけだった。

その事は今も言えないでいる。




 激しい衝撃で目を覚ます。見慣れた天井に自分の目線の上にあるベッドで、落ちたのだと察する。これだから高いベッドは嫌なんだ。

体を起こしてベッドに手をかけると、むにゅっと柔らかい物が手に当たる。ベッドの方を見ると気持ちよさそうに寝ている優の胸に手が乗っていた。慌てて手を放してなぜか辺りを気にしてしまう。触っても起きない優の体に布団をかけて部屋を去る。


「っていうかなんで優が居るんだよ」


 あまりに普通に居すぎてスルーしてしまったが、いつの間に来ていたんだ。優が壁側で寝ていたのでベッドから落ちたのは優のせいだろうか。自分の部屋で私服に着替えていると10時を指していて、母に怒られそうだと思いながらもキッチンに向かう。そーっと中に入ると、机の上にサンドイッチと手紙が置いてあった。


『夕方まで出かけてるから、イチャイチャしてても大丈夫よ。どうせ遅くまで起きてこないだろうから机の上のサンドイッチは昼に食べなさい』


 余計なお世話だと思いつつも、気を利かせてくれたのとお昼ご飯を作っておいてくれたことに感謝する。昼ごはんは優が起きてから食べようと思い顔を洗いに洗面所に向かうって鏡の中の自分を見ると、頬の痣は昨日よりも薄くなっていた。


「なんだこれ」


 その代わりに片方の耳だけが真っ赤になっている。虫にでも噛まれたのかと耳を触ると、痒みもなくて何なのか分からず、放っておいてもいいだろうとまだ眠そうな顔を洗って、歯を磨いてから洗面所から出る。

優が起きてくる気配もないので起きてくるまで反省文の続きを書きに2階に上がる。もしかしたら起きているかと思って父の部屋の扉を開けると優のだらしない顔が見え、音が鳴らないようにゆっくりと扉を閉めて自分の部屋に入る。


「昨日あれだけ寝てまだ寝続けるなんてすごいな」


なんて思いながら大量にある反省文に向かって文字を入れ始めた。




「ああーー、疲れた」


 椅子にもたれかかって背筋を伸ばす。2時間かけて10枚描き終わった。一枚ごとに違う事を書き続けないといけないので骨が折れる。最初は真面目に書いていたがいつの間にかあの生徒指導の先生への感謝の言葉へと変わっていた。


「優まだ起きてこないのかな」


 もうお昼だというのに扉が開く音も何の音もしてこない。部屋に見に行こうと自分の部屋を出ようとすると「ピンポーン」というチャイムの音がする。母さんが何か頼んでおいたのかと、面倒くさいなと思いながら一階で印鑑を探して玄関のドアを開けると、


「おいーす」


 うちの制服を着て、手にケーキの箱を持ったショートカットの女の子が立って居た。


「なにしに来た」

「そんな嫌そうにするなよ、悲しいだろ」


 全然悲しそうな表情を浮かべていない京は閉められないように足をドアにかけている。


「わざわざ見舞いに来たのに」

「2人共元気だから見舞いなんて大丈夫」

「見舞いに来たのは優にだけ、だから早く中に入れろ」


 無理やり通ろうとドアで塞いでいる自分の腕をすごい力で掴んでくる。


「分かった、入れるから手を離してくれ」

「先に孝一が手をどけたら考える」


 そうしないとこの状態がずっと続いてしまいそうなので諦めて腕をドアから離して中に入るが腕は掴まれたままで、みしみしと言いそうなくらいの力で握り続けられる。


「中に入れたんだから離せよ」

「部屋まで案内しろ」


 塞がっていない右手で銃の形を作って背中に押し当ててくる。


「先に靴を脱げ」

「もう脱いだ」


 今の一瞬でどうやって脱いだんだとツッコミたくなるが、言われた通りに自分の部屋に向かって歩き始める。階段はどうするのかと昇り始めると、


「変な動きをしたらお前の尻が火を噴くぞ」


 女性と思えない発言をしながら手にしていた拳銃は用途が浣腸に変わっていたが、そんなことよりも腕の力が変わらず痛い。階段を昇り終えると再び拳銃に戻り今度は頭の上に突きつけられ、自分の部屋のドアを開けよとしたところで腕が離される。


「孝一、優が居ない所でしか出来ないことをやっておきたい」

「いきなりなに言ってんだ」


 開けようとしたドアから手を放して京の方を見ると真剣な目でこっちを見ていた。そのあまりに真剣な顔に黙ってしまう。


「少し目を瞑って」

「なんでだよ」

「良いから」


言われた通りに目を瞑る。これはもしかして漫画とかである好きな人が付き合ってしまったからキスだけするやつか、いやいやでもよりにもよって京だぞ、ありえないだろ。


「あのね」


 普段と違った甘い声にドキッとしてしまう。京ってこんな声出せるのか。


「孝一は優の事好きなんだよね」

「ああ」


 腹部に当てられた手が少し上に動きぞわっとする。なんだこれ本当に告白でもされるのか。


「どこが好きなの?」

「え、いやそれは」

「ちゃんと答えてよ・・・」


 どことなく悲しそうな声に聞こえて答えざる負えなくなる。


「顔とか性格とか全部だよ」


 他人に言うのはかなり恥ずかしい。


「そうなんだ、もし私が優より先に告白してたらどうしてた?」


 その言葉に顔が熱くなるのが分かる。それは優の好きな所を答えたせいではなく京の言葉のせいだ。


「どうしてたってなんだよ」

「だからオッケーした?」


 お腹にあった手は不意に背に回され、心臓が飛び出しそうになる。いや、本当になにが起こってるんだ。


「ごめんだけど、優の事がずっと好きだから」

「いつから好きなの?」

「えーっと、小学生の低学年くらいから」

「そっか、じゃあ私なんかじゃだめだよね」


 いつもと違う落ち込んだ声が聞こえてきて、なにかフォローせざるおえなくなる。


「いや、京は綺麗だしスタイルも良いし、気も効いて、優とは違っていろんな良い所があるから」

「ふふ、ありがと」

 あれ?京ってこんなに可愛いのか?目を瞑っていることもあってか自分の頭の中にはっきりと今日の顔が思い浮かぶ。


「もしさ、体だけの関係だけでも良いって言ったらどうする?」

「か、体!」


変な声が出たのと同時に、背に回された手と反対の手でまた腹部を触ってくる。気にすれば気にするほど

京の手の触り方に神経がいってしまう。


「そう、体だけ。さっき言ってくれたけどスタイル良いんだよ」


 つい京の体まで思い浮かべてしまう。


「ほら、優には胸は無いけど私にはあるよ」


 そう言いながら軽く胸のような物が体に触れた感触がする。


「それに優とはもうやったんでしょ?」

「い、いやまだだから」

 そうだ俺には優が居る。落ち着け、優の顔を思い浮かべて掻き消せ。


「そうなんだ、じゃあ私で卒業する?」


 囁くような声で耳元で話してくるので否応もなく下半身は反応してしまうが、それでも優の事が頭に浮かぶ。


「俺には優が居るし、これ以上悲しませたくない」


 また優が泣いている姿を思い浮かべると、下半身は反応してしまっているが京の誘惑はなんてことない。


「そっか、じゃあ最後になんだけど」


 腹部に回されていた手が離されてどこかホッとしてしまう。


「優に告白させてくるようにしこんだんだってね?」


まずい!そう思った瞬間にあまりの痛みに息が出来なくなる。目を開けると京の拳が見事に鳩尾を捕えていた。


「うううあああ・・・」


 声と共に腹を抑えて地面に膝をついてしまう。息ができない苦しみと痛みが同時に押し寄せてくる。前に立った京を足の方から見上げると、目を瞑った時と違いその顔は歪んでいた。


「ここまでして浮気しなかったことは褒めてやるけど、告白をさせるなんて事あの子にさせたらどうなるか分からないの?」


 なにか答えようとするが息を吸って吐くことしかできない。


「本気で殴ってないんだから答えろ」


 足で頭を踏みつけられるが押し返す力も出ない。空手部の人間に本気じゃなくても殴られたら。一般人

なんてこうなるに決まってるだろ、と言いたいが言葉が出ない。


 ますます足で踏む力は強くなって、明らかに友人を踏みつけている力ではない。そんな時キー、と父親の部屋の扉が開くと、目を擦りながらパジャマ姿の優と目が合う。擦っていた眠そうな目は見開かれ、


「考くんそんな趣味あったの!」


お読みいただきありがとうございました

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