私の気持ち
「なにやってんの?」
突然考くんの声が後ろからして反射的に答える。
「笑顔の練習」
「なんで?」
まだ上手くできてないけど指を当てて考くんの方を向く。
「考くんが笑顔が好きって言ってくれたから、にー」
考くんにもっと好きになって欲しい、そんなことを思って笑顔を作る。私を見ていた考くんはなぜか笑っていた。
「あれ?できてない?」
「あはは、ちょっと不自然かな」
「えー、酷いなー、頑張ったのに」
どれくらいかけて練習してたかは分からないが、上手くできずに考くんに笑われたのはショックだ。考くんが笑うのを止めて部屋に入ってくる。思わず考くんの動きを追ってしまい考くんが座る方を向く。すると考くんは座ると同時に
「にー」
私がやったみたいに口角を指で上げる。その顔が今まで見たことのない考くんの顔でつい笑い始めてしまう。
「ふ、ふふ」
止めようとするが止められるものでは無く、
「あはははは、変な顔―、はははは」
止めるどころか段々大きくなってしまう。止めようとする度に考くんの顔を思い出してしまう。あんな顔本当に初めて見た。笑いすぎてお腹が痛くなってきてお腹を押さえて机に顔を伏せる。こういう時は深呼吸しよう。
「ひー、あは」
少し笑い声が漏れるもなんとか落ち着く。最後にもう一度だけ深呼吸して考くんの方を向く。
「ひ、ひひ、あははは」
ダメだ。ツボに入ってしまっている。その後何分間も笑い続けてしまいしばらくこれ以上笑う時は来ないだろうと思った。流石に数分笑うと収まって考くんの顔を見れるようになる。
「確かに口角上げると変だね」
「そうだろ、それに今みたいに自然に笑ってる優の顔が好きだから」
その言葉に嬉しくなってしまい、
「えへへ、じゃあ無理しないで笑うね」
ちょっとおかしなテンションで返事をしてしまう。
「それが良いよ、それと母さん最後にお風呂入るだろうから温かいうちに入っておいで」
「分かった!じゃあ行ってくるよ!」
机の下のパジャマを胸に抱えて部屋の扉から出る。
「じゃあ後でね」
一方的に手を振ってドアを閉める。スキップで階段の方に向かい降りる。考くんに好きって言われちゃった。階段の降りてリビングの方を向くと良いことを言ってくれた照ちゃんはテレビを寝転んでみていた。一応挨拶だけしておこう。
「お風呂お先に頂きます」
「はーい、ごゆっくり」
決してこちらを見ることなく手だけがソファーの上から伸びてくる。それを横目に脱衣所に入り制服と下着を脱ぐ。鏡に映った裸の自分は、顔同様に体も幼い。もしかしてこんな体だから考くんは襲ってこないのかも、考くんが奥手なんじゃなくて私に魅力がないからなんじゃ。でもそういうのも好きな人も居るし考くんに今度聞いてみよう。そう思ってお風呂場に入ろうとした時洗濯機に目が行く。
「こ、これは・・・」
考くんの脱いだ制服のシャツが入っていた。ダメだと思いながらも思わず抱きしめ匂ってしまう。
「すー、すー、はー」
布団で匂いを嗅いだ時と違って考くんの匂いがしっかりついている。匂いに安心しつつも興奮して下半身が熱くなる。もっと顔を近づけて考くんを感じたい。
「考くん、好きだよ、んんっ・・・」
軽くはててしまい、はしたないことをしてしまったと冷静になる。早くお風呂に入ろう。考くんのシャツを洗濯機に名残惜しいが返し、お風呂場のドアを開けて軽く体を洗って湯船につかる。浸かってなんとなく上を見上げて入っているとふと思う、そういえばさっきまで考くんが入ってたんだよね。湯船のお湯を手で掬ってじっと見る。いやいや、私は発情期の猫か。
「優、パンツ忘れていったから置いとくよ」
あまりに突然お風呂場に響いた考くんの声に驚いて思わず立ち上がってしまう。
「あ、ありがとう!適当に置いといて!」
もう少し長く考くんのシャツの匂いを嗅いでいたら大変な事になっていた。
「じゃあパジャマの上に置いとくから」
なんだか罪悪感がすごい。もしかしたら考くんだって私の下着で何かしたりしてるかもしれない。
「考君変なことしてないよね!」
「してるわけないだろ!」
この返答の速さは絶対にやましいことをしていない反応だ。でももしかしたら、
「匂ったり?なめたりも?」
「するわけないだろ!もう部屋に戻ってるからな」
ああ、絶対やましい事はしていないと確信に至った。考くんが脱衣所のドアを閉める音がしてまた湯船に浸かる。
「ぼごぼごぼご」
特に意味もなく口まで浸かり空気をぼごぼごさせる。うーん、私が欲求不満なだけなのかな。普通男の子なら彼女の下着があったら匂ったりしないのかな。なんて悶々としながら頭を洗ってまた湯船に浸かり、お風呂から出る。脱衣所で猫のパジャマを着終わって髪を拭いていると、昔考くんにドライヤーをしてもらってる時に言われたことを思い出す。考くんは今ならどう答えるのかな。ドライヤーしてもらお。次の楽しみが見つかって少し嬉しくなり照ちゃんにお風呂から出たと報告するのを完全に忘れて考くんの部屋に向かう。
「ただいまー」
あんまり濡れすぎていると大変なのでちゃんと拭きながら部屋に入る。すると「おかえり」と言う言葉も無く、私の主観だが食い入るようにこちらを見ていることに気づく。
「考くんさては私のパジャマ姿に見とれてるね」
腕を前にやってなんとかセクシーっぽさを出そうとする。こういう時胸が普通くらいあれば誘惑できるのかもしれないのに。
「見とれたっていうか可愛いかなって」
「えー、セクシーじゃないの?」
可愛いと言われてうれしいが、一応セクシーは意識していた事を伝える。
「どっちかっていうと可愛いかな」
全然そんなこと通じていないが可愛いと言ってくれて満足する。スキップでリュックに向かい中からドライヤーを取り出してコンセントに差し込む。考くんはあぐらをかいていて、自分ならすっぽり収まりそうだと思いあぐらの中に座り込む。思っていた通りフィットする。これはなかなか悪くない。
「考くん昔みたいに乾かして」
手に持ったドライヤーを手渡す。考くんは何も言わずに乾かし始めてくれる。随分久しぶりなその感覚が気持ちいい。
「考くんは最後に乾かしてくれたのいつか覚えてる?」
考くんが絶対忘れているであろう質問を投げかける。意外にも考える素振りも見せず、
「中学くらいの時じゃなかった?確か学校の帰りにいきなり雨降ってきたんだっけ?」
答えたことに驚いてしまい、覚えてるの!って言いそうになるのを飲み込む。
「そうそう、ちゃんと覚えてるんだね。その時考くん私の髪乾かしながらなんて言ったか覚えてる?」
今度はすぐに返事をしてくれないので思い出そうとしてるんだろう。
「うーん、良い匂いがするとか?」
「そんなに良い事言ってたら掘り返さないよー」
そんなありふれた言葉を言われていたなら私の記憶にも深く残らなかったと思う。
「なんだろう、思い出せない」
「もう、あの時はね、猫を乾かしてるみたいって言ったんだよ」
そう言われた時、実は私はすごく嬉しかった。ペットの立場でもいいから考くんと一緒に居続けたかった。猫でも何でもいいから私を触っていて欲しかった。
「それは滅茶苦茶失礼だ」
「ほんとだよ!今の私なら怒ってたよ」
今の私なら怒るのは本当だ、だって今は・・・
「考くん」
「うん?」
「今の私はどう?」
「いま?」
「まだ猫かな?」
今は彼女として考くんのそばに居たいから。
「彼女になれたかな?」
「そんなの、彼女に決まってるだろ」
「ちょ、完全に動物扱いじゃん!」
考くんは照れてるからやってるって私には分かる。私の言葉を聞いてわしゃわしゃするのを止めて、
「こうでもしないとなかなか乾かないんだよ」
恥ずかしがっての良い訳だと分かっている。ずっと触ってもらえる口実が欲しい、だからわがままだけど考くんにもたれかかってお願いする。
「もっと時間をかけて乾かして」
「分かった」
考くんはゆっくりと私の期待に応えるように乾かしてくれる。昔よりも時間をかけて。しばらくして考くんの傍に居れて安心したせいか目を瞑ってしまっていた。
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