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俺、テイムされます - オオカミシェフの異世界漂流記 -  作者: たかじん
第1章 はじまりの地《深き森》
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第4話「おてんば姫君と物知り精霊」 後篇

 せっかくなので巨大カマキリのテリトリーとやらを歩いてみることにした。

 まず驚いたのはその範囲の広さだ。

 端から端に歩くだけで何時間かかるんだこれ?

 テレビでよく広い土地を「東京ドーム○○個分」などと言うが、おそらくそれくらいのスケールでなければ広さが表せないくらいにはある。

 少なくともファウルのテリトリーと同じかそれ以上はありそうだった。


「ふぅ……」


 早くも歩き疲れたスーヤが力なく息を吐く。


「ちょっと休憩しよっか」

「い、いえ! スーヤはまだ大丈夫です!」

「僕が疲れたんだよ。ほら、派手に戦った後だし」

「……はい」


 渋々といった様子で木陰に腰を落とすスーヤ。

 俺も腰を落とそうとして、やめる。

 ティアの話しではここはすでに俺の土地なので、襲う相手などいないという話だが、もしもということはありうる。

 ここはファウルの保護下外なのだ。警戒に警戒を重ねておくに越したことはない。


 とくに虫。地味だけど結構危ないんだよね。

 懐かしいなぁ。

 ニュージーランドへ牧草牛の仕入れに言った時もこんな感じだったっけ。

 あそこって狼も熊もいないけど、毒クモだったり毒草だったり、毒系の罠がすごくデンジャーだ。

 牛が食べたり人が噛まれたりしないよう別の意味で気を使う場所だった。

 まぁ夜になるとあたりから遠吠えが聞こえるロシアあたりよりは遥かにマシだったけど……。

 あ、今はその遠吠えする側になったんだっけ?


「一日で見て回るのは無理そうですね」

「だなぁ、本格的に暗くなる前に……ん?」


 帰るか、そう言おうとして視界の端に光るものが映りこむ。

 実のところ森の中で光源は珍しくはない。

 蛍のような虫のものからランプのように輝く木の実、はては光るキノコまで。

 森全体は照らせずとも、夜空の星々のような淡い光の粒は無数と存在する。


 それでも気になったのは、その光が妙に弱々しく、いまにも消えてしまいそうだったから。

 付け加えるなら青色の不思議な色をしていたからだ。


 オオカミの体になって以来、俺の目は色彩を捉えるのが難しくなっていた。

 有名話しで、犬の視界は黒白というものがあるが、おそらくそのためだろう。

 とはいえ完全な白黒ではない。

 太陽の光の強い昼間なら森の緑色を捉えることはできる。


 だが、その光の青だははっきりとわかった。

 弱々しいにもかかわらず、だ。

 そのことが興味をひいた。


「馬車の荷台か?」


 近づいてみるとそれは車輪の外れた荷台だった。

 あたりには砕けた壺や木箱が散乱している。

 どうやらかなりの期間ここに放置されているらしい。

 雨風にさらされた木材はほとんど朽ちてしまっており、辛うじて原型をとどめている有様だ。


 光源はどうやら、そんな木箱の一つ。

 一番奥におかれ、比較的損傷のない木箱の中かららしい。

 少し躊躇しつつ蓋を開ける。すると現れたのはいくつものガラス瓶だ。


「見た目はフラスコみたいだけど、どれもカラだな……いや」


 縦横四列に区切られた木箱内に十六あるうちの一つ。そこから例の光は漏れていた。

 慎重に口にくわえて持ち上げ覗き込むと。


「…………小人?」


 ビンの底に足を抱えてる少女が眠っていた。その背中には二枚一対の羽根。

 妖精。

 そんな言葉が頭を掠める。


「とりあえず開けてみるか」


 両手が使えないため牙をたててなんとか開けようと試みる。

 四苦八苦の末フタが開き、小人がコロンと転げ落ちた。


「死んでる……のか?」

 かなり乱暴に扱ってしまったが反応がない。

 怖いもの見たさから鼻頭でつついてみる。


「っ!」


 瞬間、体から熱が抜けるような感覚に襲われた。

 この感覚を知っている。

 魔術を使った時のあの感覚である。


(なにか吸われてる!?)


 そう理解したのも束の間。

 次の瞬間、妖精の目がカッと見開かれ眉間へと飛びついて来たのだ。


「うわぁああああ!」

「兄さん!?」


 情けない声をあげてしまった。

 休んでいたスーヤも跳び起きて駆け寄ってくる。

 すぐに兄の顔にへばりつく物体に気づいたスーヤは、何と前足で払おうとして慌てふためくのが、混乱の中辛うじて理解できた。


「兄さん! じっとしてください!」

「そ、そう言われても!」


 暴れる俺のせいで狙いがつかず断念。

 スーヤはすぐさま後ろを向きしっぽを振り上げた。


「えーい!」


 そしてはたきのの要領で俺の顔を叩く。

 モフモフの毛並みで痛くはないがへばりついたものを払うだけなら十分。

 二度三度と払うと妖精は顔から剥がれ「ぐえ!」と踏みつぶされたカエルのようなうめき声を漏らして地面に落ちていった。


「大丈夫ですか兄さん!」

「あ、ああ。助かったよ」


 情けない姿を見せてしまった恥ずかしさから目を合わさず答える。

 咄嗟にお礼も言えなかったことに申し訳なさを覚えるものの、スーヤは気にした様子もなくほっと息をついた。


「よかった、兄さんに何かあったらどうしようかと――」

「よかったじゃなーい!!」


 と、聞き慣れない声が森に響いた。

 何事かと声の方を見ると、先ほどの妖精が胡坐をかきながら赤くなった鼻を撫でつつ涙目で睨みつけていた。


「ちょっちそこの銀色ちゃん!? しっぽで払うとかひどくない!? ボクは埃か何かかな!?」

「む、虫がしゃべった?」

「誰が虫か――――ッ!!」


 ハイテンションのキンキンボイスにくらっときた。

 俗にいうアニメボイスというやつである。

 人間のころなら「きた! リアルアニメキャラきたこれ!」とテンションもあがったことだろうが、聴力が異常にいいオオカミの体では、ただ鼓膜どころかその先の三半規管まで揺らす耳障りな音でしかない。


 サイズを無視すれば見た目は中高生くらいだろうか。

 白い布で編まれた豪奢ではないが質素になりすぎない清潔感のある衣装。

 膝丈の靴で肢体を覆い、覗く腿は衣装の白よりなお眩しい。

 それらを彩るのは目を引く桃色の髪。

 ひと房見にまとめられたポニーテイルが、快活な彼女の雰囲気をよくあらわしている。

 印象はあか抜けた運動部のマネージャーといったところか。


 そんな少女が背中の羽を震わせると胡坐のままぷかぷか。

 目線を合わせると宙で占位しながらジト目を向けた。


「えっと。君は?」

「名乗るときはまず自分から名乗るのが礼儀じゃないかな?」

「いきなり顔面に飛びついてくるような子に礼儀を説かれてもな」

「それはそれ、これはこれだね」


 あー言えばこう言う。

 らちが明かないと思い、先に折れることにした。


「僕はウィルディー、そこの子は妹のスーヤだよ」

「ウィルディー、ウィル君だね。ボクはテリア。よろしく」

「……」

「……」

「……え? それだけ?」

「君も名前だけなんだから当たり前だろ? 情報は等価交換、安売りはしないよ」


 一連の受け答えで確信する。

 あ~この子面倒くさい子だと。


「っと言いたいところだけど、さっきは助かったしね。今回は特別に答えてあげよう。感謝すること」

「そりゃどーも」


 げんなりしつつ、なぜか上から目線な小さな妖精さんの話しに耳を傾ける。

 精霊。

 それが彼女の正式な種族名のようだ。


 その後に「大精霊に仕える有所正しき~」や「世界の調律と知識の書庫~」など、小難しく口上が続いたのだが、基礎知識の少ない俺には半分も理解できなかったので省略する。

 とにかく要約すると、


「テリアは物知り博士な歩くウィキペディアってことか」

「うぃき? なんだいそれ、知らない言葉だね」

「気にするな、こっちの話しだ。――じゃあさ、もしかして魔術についても詳しかったりするのか?」

「とーぜん、むしろ精霊にとっては基礎知識だね。現代魔術から古代魔術、一部部族だけに伝わる固有魔術まで――」

「使えると?」

「――……知っているよ」


 ふふん、と。鼻高々だった鼻先がひと言で折れ、ブスッとそっぽを向いてしまう。

 どうやら知ってはいるが使えるわけではないらしい。

 なんとなくだがテリアと言う精霊のことがわかってきた。


 つまり、元の世界でいう『現代っ子』に近いのだろう。

 ネットという知識の海のおかげでいろいろな知識がある一方で、実際に体を動かし汗水たらして積み重ねた経験は少ない。


 よく言えば物知り博士、悪く言えば頭でっかち。

 なるほど、上から目線な物言いにも納得がいく。

 ネットのないこの世界で一人なんでも知っていればこうもなるだろう。

 とはいえ知識だけでもあるとないのとでは大違いだ。

 ここはぜひ協力してもらいたいところだが、


「ところでその魔術の知識ってどうすれば教えてもらえる?」

「……君、ほんとーになにも知らないんだね」


 あっきれたー、と言いたげい肩をすくめる。

 我慢、我慢だ俺。心で呟きか表情にはおくびも出さずニコニコ続ける。


「そう言わずに教えてよ。物知りなテリアと違って世間知らずだからさ」

「物知り? ボクが?」

「そうそう君が! こうして話しててもついていけなくてさぁ。できればレベルを合わせてもらえるか、ちょっとサービスしていろいろ教えてもらえないかなぁと」

「……ふん、しょーがないなぁ。今回だけだからね」


 すまし顔で腕を組み、胸を張るテリア。

 だが少し尖った耳は犬のしっぽのようにピクピク震えていて、口元はにまにま笑みを隠しきれずにいた。彼女たちにとって『物知り』というキーワードは相当な褒め言葉らしい。

 ちょろい、だが都合がいい。


「ボクら精霊は魔力を食べて生きているんだ」

「魔力?」

「……魔術を知りたいって言ってるわりに魔力もわからないのかい?」

「あーいや、うん。知ってるよ」


 魔力、そう魔力だ。

 どうやら俺が感じていた移動する熱とは、やはり魔力だったらしい。


「なににせよ、ボクらがこの世に存在を留めるためには魔力がないとダメなわけさ」

「なるほど、さっきのは魔力を吸ってたわけか」

「っ! い、いつもはあんなはしたない真似はしないんだよ!?」


 得心いったと呟くと、突然テリアは顔を真っ赤にしてうつむいた。

 髪の間から覗く耳は真っ赤になっていた。


「ただ、すっごく、すっごーく長い間絶食したからお腹が空いてただけなんだよ!」

「絶食?」

「そこのビンだよ! あんな中に押し込まれたら魔力を食べるなんてできないだろ?」


 憎々し気に転がるガラス瓶を睨みつける。


「どうしてあんな中にいたんだ?」

「人間に捕まったんだよ。商品にして売りとばすつもりだったんだろうね。……察するに森を抜けようとして魔物に襲われたみたいだけど。ざまー」

「売りとばすって、穏やかじゃないな」

「そう? 知的好奇心の塊みたいな人間にとって、精霊は最高の商品だろう。あと愛玩用としても可愛いしね」


 しなを作ってウインクを飛ばしてくるテリアに、「はいはい」と頷き軽く流して先を促す。


「理屈はわかるけど、情報は等価交換なんだろ?」


 もし精霊が何でも知っている存在なのだとすれば、なるほど、一家に一台はほしい。

 言ってしまえばそれ、グーグル先生みたいなものだしな。

 ただ検索にいちいち料金が発生するなら話は別だ。


「だから絶食させるんだよ。精霊は極度の魔力欠乏になると発狂するからね。そして魔力を持つ存在から力を吸い尽くすわけだ」

「なんだそれ、怖いな」

「むしろそこから怖いのはボクらのほうさ」

「というと?」

「単一の生物から魔力を一気に吸った精霊は、その生物に依存するようになるんだよ」

「依存?」

「その生物以外の魔力を吸っても満たされない。しばらくするとイライラしたり落ち着かなくなったり。最悪精神に異常が出ることもあるんだ。人間はそんなボクらの性質を利用して、自分たち以外から魔力を吸えないようにして知識を搾り取るわけさ」


 聞いて何かに症状が似ていると感じ、すぐに掌をうつ。

 麻薬だ。

 もしかすると他人の魔力を吸うことには、強い依存性があるのかもしれない。

 機械があるかわからないけど、注意はしておくか。


「もし欠乏症になっても吸えなかったら?」

「死ぬ……というか消滅だね。ボクらは魔力の塊みたいな生き物だから、その魔力が薄まって空気中の魔力量より薄くなれば、あとは溶けて消えちゃう」


 寂しげな視線はビンの詰められていた木箱を向いていた。

 無数の空ビン……おそらくそういう意味なのだろう。


「だからボクら精霊はいろんなものから少しずつ魔力を吸う必要があるんだ。生き物に限らず植物や鉱物、空気なんかからもね」


 ま、欠乏症になるとそんなことを考える余裕はないけど。

 そうつけ加えて肩をすくめるテリア。

 なるほど、それでさっきは飛びついてきたのか。


「……あれ? ってことは今のテリアって僕に依存した状態ってこと?」

「………………あ」


 今更気づいたらしい。

 頭はいいのにどこか抜けた子だ。


「そっか……ってことはボク、このハイウルフの下僕ってこと? 何を言われても拒否できないってこと? あーんなことやこーんなことされちゃうってことなのかい?」


 顔を真っ青にしながらテリアがぶつぶつつぶやく。

 いや、サイズを考えようよ。どんな特殊性癖だよ、俺。

 あとこっちに聞こえるように呟かないで。

 スーヤの教育上に悪いんだから。

 今でも隣で事の成り行きを見守っていたスーヤの耳がピクピク反応してるし。

 顔をしかめてるところを見ると、いまいち理解はできてないみたいだけど。


「変なことは頼まないよ。魔力だって好きなだけやるから落ち着け」

「好きなだけって、精霊がどれくらい大飯喰らいか知らないからそんな安請け合いが――って、そういえば君、どうしてピンピンしていられるんだい? 結構な量の魔力を吸ったつもりなんだけど」

「どうしてって言われてもな」


 結構な量というが巨大カマキリとの戦闘で消費した分よりかは少ない。

 軽く首を回して調子を見るが、まだ余裕はありそうだ。

 その様子にテリアは素直に感心した様子で覗き込む


「へー、ハイウルフのわりにすごい魔力容量だね」

「さっきから出てくるハイウルフって、もしかして僕たちのこと?」

「そそ、人間がそう呼んでるだけだけどね。狩りと身体能力に優れた魔獣。魔術はそれほど得意でなかったはずだけど……君は特殊かもね」


 ふふっと笑って鼻先を指ではじいたテリアは、俺の頭上へ高く飛び、右耳の付け根辺りに降りる。


「んじゃま、そーいうことだから。よろしく頼むよ、ウィルくん♪」

「おい、なに勝手に決めてるんだ」

「君がいないとボクは生きていけない。ボクがいると君は助かる。いい関係が築けると思わないかい?」


 無邪気にニカッと笑う彼女の中では、どうやら俺についていくことは決定事項らしい。

 とはいえ、たしかに相談相手はほしいと思っていたところだし異論はない。

 何より彼女が俺の魔力しか吸えなくなったのだとすれば、ここで捨てれば見殺しにすることとなる。それはあまりに寝覚めが悪い。


 不可抗力とはいえ捨て猫にエサをあげたのならば最後まで責任を取らねばなるまい。

 小動物を飼っていると思えば問題ない。

 問題があるとすれば、


「……」


 なぜか不機嫌そうに俺に乗るテリアを睨むスーヤだろう。

 理由はわからなけど後でフォローしておかないとなぁ。

 のんきに考えながら、帰路につくのだった。 


    ※


 巣に戻るとファウルが仁王立ちで立ていた。

 背後には心配げなアメリアと、嘲笑混じりなブレイヴ。

 見るからに穏やかでない状況にスーヤは俺の影に隠れて、テリアはゲ〇ゲのお父さんみたいに灰色の毛の中に引っ込んでしまう。


「ウィルディー、俺のテリトリーから出たな?」

「え?」


 どうしてそれを?

 そう質問しようとして、先に「ふん」と鼻を鳴らしたファウルが答えた。


「テリトリーの主はテリトリーを出入りする生き物のことがわかるからな」


 思い出してみると巣で異変が起きた時など、ファウルが現れるのはやけに早かった。

 いつも家を空けてどうやって家族を守るのかと疑問だったが、なるほど。

 そういう理屈なら常に一緒にいる必要はないのだろう。

 もしかして俺もわかるようになっているのだろうか?


「聞いているのかウィルディー!」


 疑問を考える間もなく怒声が浴びせられる。

 背後でビクリとスーヤの体が震えた。


「はい、申し訳ありません、父さん」


 素直に謝ることにした。

 たしかに出るなとは言われていない、が危険だとは聞いていた。

 だったらテリトリーから出ないほうがいいのは当然の話。

 本当の子どもなら文句や言い訳もするだろうが、こういう場合に屁理屈を言っても仕方ないことくらい理解している。


 なによりスーヤまで連れ出した責任は彼女を任された身として大きい。

 なんとなく肉体派なイメージのあるファウルだ。

 注意だけではすまないことを覚悟し、俺は歯を喰いしまった。


「……やはりお前たちか」


 だが、意外にも返ってきたのは苦虫を噛むような奇妙な声音。

 疑問に思い顔をあげると、いつもに増して警戒する色を強めた視線とぶつかった。


「魔物には襲われなかったのか?」

「え? あ、はい。襲われました」


 正確には襲われていたのを助けに入ったのだが、詳しく説明する必要はないと思い戦い勝ってきたことだけを報告する。


「グリーンイーターを倒したのか!」


 反応は劇的だった。

 ファウルは今まで見たことがないほど目を見開き、アメリアはどこか嬉しそうに驚いている。

 ただ一人ブレイヴだけが面白くなさそうに舌打ちをしていた。

 というかグリーンイーター? もしかしてカマキリの名前か?


「あのカマキ……魔物をご存じなのですか?」

「森北側の広い範囲で長くテリトリーを張ってきた魔物だ。実害はなかったから放置していたが、俺とテリトリーが隣り合っている。いつかは倒しておこうと思っていたのだが……そうか、お前がな」


 しみじみに頷くと、何かを決意すかのようにファウルは頷いた。


「ウィルディー、明日からは狩りに同行しろ」

「なっ! 父上! それはどういう――」

「お前は黙っていろブレイヴ。俺の決定だぞ」

「ッ!」


 異議を唱えようとしたブレイヴが一括で押し黙る。

 そのかわりに親の仇でも見るような視線がウィルディーを貫いた。


(いや、その親の決定なんだけどさ)


 視線に気づかないふりをしつつ考える。

 彼は一度自分の子どもを見捨てた男だ。

 なのに魔物を倒し見どころがあるとわかるや否や掌を返す態度に思うところがない……といえば嘘になる。

 だが実際問題、俺はこの世界をまだまだ知らなさ過ぎる。


 そのことを今日の一戦で痛感した。

 いくらテリアが仲間になったからと言って、それだけに頼るのもどうかと思うし、なにより彼女のそれは知識であって経験ではない。

 魔物との戦いでは一つの間違いで命を落としていてもおかしくなかった。

 だとすれば好む好まないを抜きにして、彼から生きるすべを教わるべきだろう。


 仕事の付き合いと同じだ。

 馬の合わない客相手でも我慢することには慣れている。

 飲食店を経営していればわかるけど、どんな店でもクレーマーは一定数いるものだ。

 俺の店も一ツ星のおかげでその地区ではそこそこ名は知れていたけど、タチの悪い客に粘着された時期はあたものだ。

『私のダイエットが失敗したのはここの店の料理がおいしくて食べ過ぎからだ!』とか、それ褒めてるのかクレームつけてるのか判断に困るからほんとやめてほしい。

 そう言い聞かせ俺は頷いて彼の申し出を受けることにした。


「わかりました。では明日からお願い――」


 と、ふと後ろ足に誰かの掌が重ねられる。

 振り返るとスーヤが不安げな視線を向けていた。

 どこか寂しげで、捨てられる直前の猫のような濡れた瞳が見上げすぐ逸れる。

 ………………ふむ。


「あの、父さん」

「なんだ?」

「スーヤも一緒に連れて行っていいですか?」


 質問にファウルはあからさまに面倒そうな表情をしていた。

 やはり彼の中でスーヤの評価はまだ変わっていないらしい。


「父さんにスーヤを任せろと言われました」

「……」

「その責任が僕にはあります」

「わかった、好きにしろ」


 責任の所在を追及されあっさりと身を引くファウル。

 こうして俺とスーヤはファウルの狩りに参加することとなったのだった。

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