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俺、テイムされます - オオカミシェフの異世界漂流記 -  作者: たかじん
第1章 はじまりの地《深き森》
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閑話「天才に囲まれた凡人」

 突然だがミーティア=フィルデア=アルベルノという少女の話をしよう。


 歳は十歳。

 目を引く豪奢な金の長い髪。

 赤みの入った瞳にはすでに知性の光を宿す。

 幼さを多分に残しつつも丹精に整った容姿がまぶしい自ら輝くような少女だ。


 アルベルノ王国。

 大陸に存在する五国家を統べる、三〇〇年の歴史を誇る超大国の名前である。

 その王国には現在、三人の女王候補がいる。


 長女の名をフレイア=フィルデア=アルベルノ。

 三女の名をリリィ=フィルデア=アルベルノ。

 ミーティア=フィルデア=アルベルノは次女、つまり第二王女に当たる王族だ。

 男子に恵まれなかった王国であったが才女には恵まれたようで、その名声は大陸広く響き渡っていた。


 曰く、フレイアはドラゴンを従え、

 剣の冴えには歴戦の戦士ですら己が未熟を痛感し膝をつく。


 曰く、リリィは大精霊を従え、

 魔術の才では霊山に住まう大魔導師すら嫉妬に狂い身を隠す。


 若くしてそれほどの才を持ちながら、姉フレイアは常に民を慮り、妹のリリィは多少増長しつつも素直にまっすぐな性根へ成長していた。

 さらに蛇足気味に付け加えれば、どちらも見目麗しい少女ともなれば、舞踏会の花にしてはいささか高嶺の花がすぎる。

 興味は好意を通り越し崇拝の域に達し、誰もがいつか彼女たちを射とめる男性を想像し、詩人は街の広場でいくつもの物語を紡ぐ。


 そんな二人に対し、ミーティアの噂はけっしてよくはない。

 いや、悪くもない。

 正確には話題にさえのぼらない。


 姉フレイアが頭角を現した歳になっても目立った才はなく、妹リリィにはすでに魔術で足元にも及ばない。

 とはいえけっして無能ではない。

 血を分けた姉妹が一つの分野で突出しているだけで、彼女の剣も魔術も人並みでは説明できない輝きを持っていた。

 姉妹の存在さえなければ、多少お転婆なことを差し引いても、将来を切望された才女として歴史に名を刻んだだろう。


 されど星の光は月の光に隠されるもの。

 強い光はより強い光の前にかき消される。


《天才に囲まれた凡人》


 それが彼女をあらわす唯一にしてもっともわかりやすい称号だった。


       ※


 一方で、

 彼女には二人の姉妹と比べ、才能よりもわかりやすい『持っていないもの』があった。

 それが使い魔だ。

 力を借り、ときに貸し与え、一生の苦楽を共にする相棒だ。


 フレイアはとある土地で猛威を振るっていた魔獣の王、ドラゴンを自らが指揮する軍で追い詰め、最後は己の剣で屈服させた。

 アメリアはタルタニオ山脈に迷い込んだ世界の図書館、大精霊を三日三晩説得し、魔術の才能を認めさせることに成功した。


 だがミーティアにはそのような機会に恵まれなかった。

 そう、機会に恵まれなかったのだ。


 使い魔としてドラゴンと大精霊は最上位に位置する存在だ。

 その契約者が現れるのは一〇年に一人、権力者から生まれるのは一〇〇年に一人とも言われている。

 そして、契約した者は一つの例外もなく傑物として歴史に名が残っていた。


 しかし、それはなにもドラゴンが誇り高く人に服従することを良しとしない種族だからだけでも、精霊が気難しく気分屋だからだけでもない。

 まずもって遭遇することが稀なのだ。


 つまり、姉と妹は運が良かっただけ。

 けっして凡人ではないのに凡人と言われ続けた彼女がそう考えるのは、ある意味自然な流れだっただろう。


 ――あたしだって機会さえあれば


 強力な使い魔は契約者の能力を飛躍的に上昇させる。

 もちろん二人にはそれ相応の才があったのだろう。

 でなければあれほどの魔獣と契約などできない。

 それでも現在の評価は契約後のものがほとんどだ。


 だから自分もドラゴンや精霊と契約すればきっと。

 そんな根拠のない浅はかな確信が若い彼女を突き動かした。


 ――機会がないのならば作ればいい


 そういうわけでミーティアはある計画をねっていた。

 城からの脱走である。

 目的はアルベルノ王国首都マクスウェル南に広がる広大な森だ。

 多くの魔獣が生息し、その種類は千差万別。

 さすがにドラゴンや精霊ほどの上位種は見つからずとも、皇帝翼や馬王といった準上位種は見つかるはず! 見つければ後は自分の実力次第、そして自分にその実力がないはずがない!


 魔術の師からも「優れた才とそれを扱う回転の早い頭脳。今すぐ冒険ギルドに放り込まれても役に立てる」と言われているほど武術も魔術も収めている彼女にとって、相手を見つけることだけが重要であり、その先の契約が失敗するなど露ほども考えていなかった。


 ちなみに、師の言葉の最後には「爪の甘さと利口な頭で考えすぎて、一周回って猪になる悪癖がなければ」と注釈が入っていたわけだが、都合の悪い部分は記憶に残さない主義のミーティアにとっては些末な問題であった。


 とはいえマクスウェルは町全体を城壁で囲まれた都市である。

 出入りの際は朝も昼も門番のいる東西南三つの門どれかをくぐらなければならない。

 入るのが難しければ出ることもまた難しい。

 彼女にとって唯一にしてもっとも大きな障害である。


 ミーティアは考えた。考え抜いた。

 あらゆる事態を想定し、検証し、総合的に最も安全な策をその灰色の頭脳をフル回転させた。

 その結果……正面突破することにした。


 一度目は城壁を素手で登ろうとして失敗。

 二度目は門番の交代のタイミングを見計らったものの見つかり、完全武装の門番と素手で乱闘の末三〇人に重軽傷を負わせたあげく御用。

 三度目は商人の荷台に潜り込むもすでに警戒されていたため発見、再び乱闘になるかと思いきや姉のフレイアの登場で残念。

 そして四度目。さすがの彼女も搦め手を考えはじめた。なんと緊急時しか使ってはならない王族だけが知る秘密の脱出路を通って、まんまと城壁を超えてしまったのだ。


 マクスウェルの外、永遠と続くかのような草葉の草原に息を飲んだのを覚えている。

 胸をうつ興奮に自然と笑みが浮かぶ。

 こうして、鳥籠から飛び出したお転婆な小鳥は南の森――『深き森』へと踏み入ったのだった。


     ※


 だが彼女の天下もここまでだった。

 人並み以上に優秀とはいえ十歳の少女だ。

 剣の鍛練も道場の中だけだし、魔術の知識は机上のみ。

 しかも服装はドレス状のフリルが多い物という森を歩くには舐めていると言われても仕方のない。

 時間がなかったので手持ちは蔵から持ち出した宝剣がひと振りだけ。

 食料どころか水もない。そんな状態で長く行動できるわけもなく、


「~~~っもう! 何が魔獣のいっぱいいる森よ! 一匹も見つからないじゃない!」


 歩き始めて半日。たったそれだけですでに木の葉に遮られた日の光は地面をほとんど照らせないほどで、なるほど『深き森』の名に恥じない森の密度である。

 だが肝心の魔獣の気配がなく、ミーティアは苛立ちを隠せず爪を噛む。


「おっかしいわね。魔獣って自分たちのテリトリーに入ればすぐに襲ってくるって聞いたんだけど」


 ミーティアはこの時二つの勘違いをしていた。 

 一つ目は魔獣のテリトリーは『深き森』の奥に位置していたこと。

 理由は彼らが餌とする野生動物が森の奥にしかいないからだ。

 すでに緑が深いとはいえ所詮は入り口。こんな場所に魔獣は生息していない。


 では入り口付近はなにのテリトリーなのか。

 それが勘違いの二つ目。


「……ん?」


 ミーティアは不自然な草木の揺れに反応する。

 だがそれだけ。周囲に変化はない。


「気のせい……なわけないよね」


 腰に下げた宝剣を抜き太い木の幹を背にして構える。

 ここに来て思い出す。『深き森』が魔獣だけの森ではないことを。

 物音一つしない森の中で、ミーティアは深呼吸をしながら心を研ぎ澄ませる。

 剣の鍛練を始める前に必ず行ってきた瞑想だ。


「水よ、束となり我を守りたまえ」


 静かに詠唱をすませ、極限まで高めた集中力は普段聞こえない音を運んでくる。

 葉のこすれあう音。

 風の唸り声。

 虫の羽音……


「……にしては大きくな――っ!」


 次の瞬間、背後からの衝撃に一瞬呼吸が止まる。

 きりもみしながら空中で姿勢を整え振りかえると、そこには大きな鎌を振りかぶる化物が立っていた。


「魔物っ!」


 二つ目の勘違い。

 それは『深き森』の入り口付近は魔物のテリトリーということ。

 魔物の主食が野生動物や魔獣以外に……迷い込んだ人間も含まれていることである。


「くっ!」

 魔物の鎌は太い幹を易々と両断していた。

 ミーティアはその衝撃で吹き飛ばされたのだ。

 もしあの鎌が体に向けられていたら……考えた瞬間血の気が引く。


 魔物の見た目は全身緑色。

 なるほど、これで森に溶け込んでいたのだろう。

 最も特徴的なのはやはり両手の鎌。大きく張り出した目と鋭い牙が鋭利に輝いている。

 胴体を逸らした姿はゆうに三メートルはある巨体だった。


「ィヤア!」


 気合と共に一閃。

 踏み込み、体重移動。

 共に見るものが見ればため息が出ただろう。

 ミーティアのそれはまだ荒は残れどもどこか洗礼されていた。


 そして握るのは名は知らずとも王宮の蔵にあった宝刀である。

 さぞ名のある鍛冶師の作品だったのだろう。

 その期待に応えるように刀身は鎌へと振り下ろされ、なめらかな断面を残し根元から断ち切った。


「よし!」


 勝てる! 実戦ははじめてでもあたしなら!

 そう確信したのも束の間。


「え?!」


 切り落とした鎌が地面に落ちる前に、すでに次の鎌が生え変わっていたのだ。

 次の瞬間にはすでに敵は臨戦態勢。

 たいするミーティアは剣を振り下ろした体勢で無防備な体をさらしていた。


(攻撃を誘われた!)


 元より腕を斬られるのは織り込み済み。

 魔物の狙いは攻撃後の硬直時間にあったのだ。


(こいつ、人間と戦い慣れてる!)


 振り下ろされる鎌。

 ミーティアはなりふり構わず地面を蹴りながら掌だけは敵へと向ける。


「【水壁】!」


 遅延詠唱スペル――。

 前もって詠唱をすませ、任意のタイミングで魔術名を唱えることで魔術を完成させる魔術師スキルの一つ。本来はいざというときに高度な魔術をすぐさま使うための技術だ。


 ミーティアはまだ初級の魔術でしかできない技術だったが、今回はそれが生死を分けた。

 地面からしみ出した水流が魔物との間に立ちふさがる。

 水魔術は回復や解毒といった補助面でこそ真価を発揮する。

 そんな基本は師匠からも耳がタコになるほど言い聞かされた特性だ。

 それでもこの緊急事態において、彼女は最も得意とする系統を無意識で選んでいた。


 ミーティアは水と土を操る魔術師だ。

 もしここで慣れていない土魔術を選んでいれば、防御が間に合わずミーティアの上半身と下半身は永遠の別れをしていただろう。


 だがそうならなかった。

 水壁はあっさり両断されるも、稼いだコンマ秒で回避に成功する。

 回避のさいにドレスを大きく裂かれながらも辛うじて無傷。


「見た目そうでもなさそうなのに賢いやつね!」


 さぁ仕切り直しだ。

 地面に叩きつけられるがすぐさま起き上がり剣を構える。だが、


「なっ!」


 絶句する。宝剣が根元から切断されていたのだ。


(こいつ! あたしには届かないと踏んで武器の方を!)


 相手の方が一枚上手だ。ミーティアは今更になって自覚する。

 戦うのではなく真っ先に逃げるべき相手だったのだ。

 たしかに鎌は脅威だが動きが早いわけではないし、装甲が硬いわけでもない。

 これなら剣を教えてくれている教官の方が何倍も速いし攻撃だって鋭いと言いきれる。

 そんな彼から一本取ったこともあるミーティアなら勝てない相手ではないはずだった。


 ――でも勝てない。

 この場で多くの人間を狩り、己の糧にしてきたであろう魔物の方が一歩勝る。


「っ!」


 早々に負けを認めミーティアは逃げはじめた。

 が、それを逃がす魔物ではない。巨体とは思えない機敏な動きで追いかけはじめる。

 とはいえこの競争はすでに決着はついていた。

 かたや地形を知り尽くした魔物と、かたや森を歩くのに適さない姿をした少女。

 勝負はなぶり殺しのような形となった。


 鎌が振るわれるたびにミーティアの服は破れ、血が滲み、体力を奪っていく。

 そしてついに崖を背に追い詰められたときには、息も絶え絶えのボロ雑巾のような姿となっていた。


「はぁ……はぁ……」


 気づくとすでに眼前に鎌が振りあげられていた。

 魔物の鎌が伸びてくる。


 殺される。殺されてしまう。


 この時になってやっと明確な死を自覚する。

 こんな、どこともわからない森の中で殺され……食べられる。


「ゃだ、そんなのゃだ」


 死ねない、死にたくない。

 優秀な姉妹の陰に隠れ、無能の烙印を押されたまま死ぬわけにはいかない。


 そうだ逃げなきゃ。――どうやって? 長い追いかけっこですでに足は動かない。

 では応戦するか? ――それもできない。すでに武器は壊された。

 だったら助けを! ――こんな場所に誰が来る。


 考えれば考えるほど詰みの形が出来上がっていた。

 その絶望にミーティアは尻餅をつく。

 少しでも確定した死を遠ざけようとズリズリと後ずさる。

 すでに涙と鼻水で顔はグチャグチャだ。

 ぼやけた視界の中、残酷なほどゆっくりと近づいてくる己の死。

 そうして、彼女が最後に見た光景は――――


       ※


 それは突然の出来事だった。

 抗えないと諦めかけたその時、地面が隆起し魔物を空高くへ吹き飛ばしたのだ。

 まるで地面から破砕鎚が伸びたような現実味のない光景。

 気づくと。

 仰向けに地面に叩きつけられた魔物とミーティアの間に、小さな影が浮いていた。

 彼は体に風を纏いながら着地。

 四肢を外殻で覆われた灰色の毛並み、荒々しい見た目とは裏腹に透き通るような瞳が印象的だった。


 「君、大丈夫?」


 言葉を喋るオオカミ――灰色の魔獣が、まるでミーティアを守るように立っていた。

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