第21話「新たな生活」
甲羅の上の移動都市『アルマダ』。
決まった名前はないらしいけど、商団の名前もあってそう呼ばれている。
建造物のすべてがタリスマンの甲羅を削って加工した、赤褐色の謎物質でできている。
そのせいもあって町全体がどこか赤色だ。
レンガ造りの家々が建ち並んでいる感じをイメージすると近い。
まぁ、実際街を歩くとかなり雑多としているのだけど。
「……暑い」
「……暑いね」
いやもうほんと溶ける。
これでも街の中はかなり涼しというんだから砂漠の気候というものは凄まじい。
なんでもこのタリスマン、背中の熱を腹側から放出する能力があるらしい。
直射日光にさらされる背を冷やすための能力で、おかげで実際の気温より一〇度近く低いみた いなのだけど……それでも熱い。誤字じゃないよ? 本当に熱いの。
まず地面が熱い。肉球が火傷しそうなくらいだ。
ついで毛深い肌が熱い。
いっそ全部刈上げてやりたいくらい。
これで夜になると気温は一気にマイナスまで落ち込むっていうんだから、極端にも程がある。 スーヤなんてこの気温変化に体がついてこれず、最近はバテ気味で元気がないくらいだ。
風魔術を【付与】した聖具を扇風機がわりにしてるけど、こう暑いとクーラーが欲しい。なくして気づく文明の利器ってやつだ。
そんな暑い中でもこの街の人は元気だ。
あちらに開かれた露店からいきのいい声が聞こえてくる。
商団だけどこの規模になると商人同士が商人に物を買ったり売ったりもするようだ。
もしかすると全員が商人ってわけじゃないのかもだけど、ここに来て日が浅い俺には区別はつかない。
一度落ち着いたら見て回るのもいいかもしれない。掘り出し物とかもありそうだしな。
そんなことを考え屋上からの階段を降りると、あっという間に目的地に到着だ。
【フクロウの館 36号室】
それが現在の俺たちの拠点である。
どうやらアルマダでは宿屋は鳥の名前を付けるらしい。
ちなみに鍛冶屋や着物屋のような商売店は海の生き物。
料理屋や食材屋みたいな食べ物関係は四本足の生き物。
そんな具合に区別しているらしい。
で、捕食者としての格が上なら上なほどグレードは上という意味のようだ。
つまり猛禽類であるフクロウの名を冠するこの宿屋は、アルマダでも最高クラスの一つだったりする。これもグレイの計らいなのだろう。
まぁ移動しているだけに、本来旅行客が立ち寄ったりしない街だ。
人を寝泊まりさせる宿は少ないらしい。
最高グレードと言ってもマクスウェルの中くらいレベルって感じだ。
「おーい、ティア。入っても大丈夫か?」
前足で扉を叩きながら声を張る。
もし着替え中とかラッキースケベイベントがあったら大変だからね!
そんな配慮からの行動だったのだけど、返事の代わりに勢いよく開いた扉に慌てて避けることになった。
危っぶねぇな! 今顔面コースだったぞ!
「ウィル!? あなたどこほっつき歩いていたのよ!!」
「え、イヤ、ちょっと外の空気を吸いに……っていうか、ティアならどこにいるかわかるだろ!」
なにせ【契約】した間柄なのだ。
離れることもできないし、どこにいるかすぐにわかるだろうに。
「そういう問題じゃなくて! 起きたらいなくなってちゃ、心配するでしょって言いたいの!」
「お、おう。なんかごめん」
らしくない論理的でも何でもない感情論に、助けを求めて背後へ視線を投げる。
そこには困り顔のルナがいた。
ふとティアの手首が赤くなっているのに気づく。どうやら俺が来るまでにもひと悶着あったらしい。
ふむ、もしかすると飛び出そうとするティアを力ずくで止めてくれたのかも。
だとするとすげぇなルナ。
ティアって初段の武人だぞ? 鼻毛感覚で大木引っこ抜くパワー系幼女だぞ?
もしかして、俺が思っている以上に戦闘力高かったりするのかしら。
「ほんとに心配したんだからね!」
そんなことを考えていると涙目のティアにつかみかかられた。
「あなたまでいなくなったと思うじゃない!」
「……」
「心配させないでよ!」
「あーうん、ごめん」
ここ最近、ティアは突然不安定になる。
それは俺が原因だったり、ルナが原因だったり、スーヤが原因だったり。
きっかけは様々だけど、突然ヒステリックになることがしばしばあった。
マクスウェルにいた時にはなかった隙だ。
いや、ある意味十二歳という年齢じゃ当然の隙なのだと思う。
泣いたり笑ったりわがまま言ったり。本来はそれが許された年齢だ。
今のティアは何もかもを失っている。
地位も、財産も、故郷も、友人も、……家族でさえも。
それらはいくら大人びているからって、十二歳の心が耐えられる重荷じゃない。
むしろ大人びたティアだからこそ、現状を同じ歳の子ども以上に理解してしまっているのかもしれない。理解できなければ――たぶんリリィみたいに能天気なところが少しでもあれば――見て見ぬふりもできただろう。
でもティアにはできない。
だから自分に残った最後の仲間である俺たちに固執し、ときどき感情が爆発してしまう。
こんな状況になってやっと子どもらしい感情を表に出せるっていうのも、なんだか皮肉だな。
「ごめんって、ちょっと考え事をしてたんだよ」
「考えごと?」
「うん、今の俺たちには貸し与えられた宿がある」
「え? う、うん」
「ティアが非常時用に靴の裏へ忍ばしておいた金貨のおかげで軍資金もあるよな?」
「うん」
「でも四人で衣食住すればすぐに底をつく」
「でしょうね」
「もちろん僕も工夫するつもりだけどじり貧だよね?」
「そう、ね。使うだけで収入がないんじゃ当然の成り行きだわ」
話しているうちにティアの感情の起伏も穏やかになっていく。
しばらくすれば危うく揺れていた瞳に理知的な火が灯っていくのがわかった。
そう誘導している俺が言うのもなんだけど……複雑。
正直、彼女には悲しんだり泣いたり、心の整理をさせてあげたいのだけど、現状がそうも言ってられないくらい切羽詰っている。
正確には近い将来まずいことになる。
なにせ俺やスーヤがこの街について詳しいわけがない。テリアは知識だけで人間の時勢には疎いし、獣人であるルナもなんだかんだで王宮外は知らないことが多い。
そのためにはどうしてもティアの知恵が必要になるのだ。
まぁ彼女は彼女で箱入りなところがあるけど。
少なくとも俺があーだこーだ考えるより信用できる。
「なら、まず稼げる当てが必要だろ」
「一応裁縫の内職はもらっているけど?」
「それでも出て行く出費の方が大きいだろ」
「まぁ、ね。やっぱり専門職じゃないと給金が悪いわ」
この世界も元の世界と同じで専門職ほど重宝される。
ただし、それにあぶれた人はその仕事ができないのかと言われればそんなことはない。
ただしその場合給金はガクッと落ちることになる。
半分か、それ以上か。
さすがに三分の一になったりはしないだろうけど、背に腹は代えられない。
最低賃金? 労働基準法? なにそれ美味しいの?
ブラック企業も真っ青な労働環境、それは異世界だ。
ふぅとため息をついてティアが長い金髪をかきあげる。
その指先は昔みたいに綺麗ではなく、何枚も布が巻かれている。
慣れない裁縫で毎回のように指をさすため、いちいち魔術を使わなくなっているせいだ。
ルナは怪我してないようなんだけど……ティアって意外に不器用なんだな。
「でも、そうね。このままのペースだと持って二ヵ月ってところかしら?」
この世界の通貨は金貨・銀貨・銅貨で計算される。
価値はそれどれの国の通貨によって変動はするけど、おおむねこんな感じだ。
一金貨=一〇銀貨。
一銀貨=一〇〇銅貨。
元の世界換算だと銅貨一枚一〇〇円くらいの価値だ。
マクスウェルの場合、成人が一日銅貨二〇枚あれば普通の生活をおくれるらしい。
ただし、アルマダでは移動都市ということもあって物価が高い。高速道路のインターでは物が高いのと同じで、積み込むだけでもひと仕事なのだから仕方ない。
それでも一日銅貨三〇枚あれば十分だ。
俺たちは二人と二匹。
テリアは精霊なので数には入らない。
とするなら一日銀貨一枚と銅貨二〇枚……いや、女子どもだし食費は押さえられるだろうから銅貨六〇枚もあればなんとかなる。
ティアが持っていたのは金貨一枚。
ルナやティアの二人が裁縫の内職で稼いでいるのが一日銅貨五〇枚。切り詰めるところは切り詰めて、あと俺も何かしらの仕事をするとして単純計算すれば……うん、面倒になってきた。
まぁティアが言ったくらいの日数分くらいが妥当な計算だろう。
「ちなみに砂漠を抜けるまでどれくらいかかりそうなの?」
「三ヶ月くらいなはずだよん」
テリアの返答にティアは難しい表情をつくる。
「確かにまずいわね」
「だろ? ならもう少し割のいい仕事を探すべきだと思うんだ」
「でも、あたしたちマクスウェルの難民に、まともな仕事を回してくれるとことなんてないわよ?」
「うん、相談したいのはそこなんだ」
我が意を得たりと、喉がグルルと鳴る。
現在、マクスウェルから命からがら逃げのび、アルマダへ逃げ込んだ人は数千にも及ぶ。
問題はそれだけの人数を『乗せる』能力はあっても『維持する』能力はこの街にはないということだ。
なにせ街とはいえ商団。
この宿を見てわかるように、人を乗せて運ぶことを想定していても、数千単位で運ぶことまでは想定しちゃいない。付け加えるなら、彼らは旅行客でも同じ商人でもなく、故郷をなくした難民だ。つまり無一文である。
しかもマクスウェルに住んでいたため、魔物と戦ったこともない穀つぶし。
さらにさらに、本来マクスウェルでは市場が開かれ一儲けできるはずがそれもできず、食料の調達もできないまま砂漠に入ってしまったときたものだ。
アルマダの人間からしたら、踏んだり蹴ったりされた泣きっ面に蜂喰らい大損だろう。
まだ表面化してないけど、備蓄は相当まずいはず。
そのあおりを受けた住人の不満は日に日に増していると言って過言じゃない。
付け加えるなら難民たちの流入による治安悪化も問題だ。
元の住民たちのヘイトが溜まるのも仕方がない。
「すでに信用のない私たちに、今より羽振りのいい仕事を斡旋してもらう……ということですか? マスター」
「簡潔に言うとそんな感じかな」
「えとえと、それって可能なんでしょうか?」
素直なルナの感想に肩をすくめる。
簡単ならティアに聞いたりしないで自分で考えるし、途方に暮れてボーっと屋上ですごしたりもしない。
「ないこともないわよ」
「え? マジ??」
しかしあっさりと答えたティアに、思わず素で返してしまった。
「あたしとルナ、あとスーヤちゃんだけじゃリスクがあったから無理だったけど、ウィルも一緒なら問題ないと思うわ」
「で? その答えは?」
「冒険ギルドよ。あそこならどんな人でも人種でも、とりあえず日銭は稼げるはずだもの」
冒険ギルド……ああ! 冒険者か!!
なるほど、この世界の冒険者と言えばたしか何でも屋って印象だったけど、ここは砂漠だ。なら魔物との戦闘みたいな荒事もあるはず。
だとすれば俺やティアの専門分野だ。
スーヤの回復のバックアップ、そしてルナの怪力はアイテム運びのサポートになる。
悪くない……でも、
「でもそこを運営してるのもアルマダの人だよな?」
「冒険ギルドはそれだけが独立した組織だから、多分大丈夫よ。そもそも誰でも名乗れるのが売りなのに、断られるわけないでしょ?」
「そんなものか?」
「そんなものよ。……まぁ、あと他にも理由はあるだろうけど」
「理由?」
「たいした話じゃないわ」
そう言いながら毛先で手遊びをするティアに、内心「あ……」と思う。。
これだけ一緒にいればそれがどういう意味かくらいわかってくる。彼女が何か誤魔化そうとするときのくせだ。
ふむ、難民を冒険者にする利点ね。
元の世界で難民といえば、手っ取り早いマンパワーって意味で使われることが多かった。
そりゃそうだ。
子どもが大人になるのには時間がかかるしお金もかかる。
言い方は悪いけど、あとのない人間は低賃金で人がやりたくない仕事を押し付けるのにはうってつけの人材だ。
でも、今回は安定した場所に大量の難民が入ったことで、治安悪化と物資の不足が起ったわけで。つまり冒険者をすることが、元の住民のしたくない仕事を押し付けることに繋がるわけで……あ、なんか見えてきた。
もしかしてこれ、口減らしジャマイカ?
魔物との戦闘は命がけだ。ベテランだって気を抜けば命を落とすだろう。
なら戦い慣れてない人は? 当然もっと死ぬ。
この場合は一度も魔物の襲撃をうけたことのないマクスウェルの難民たちだ。
つまり、食うに困って冒険者になったマクスウェルの難民が率先して死んでいく。
だから俺たちが冒険者になることは簡単だ、と。
……うわぁ、辻褄あっちゃったけど、これが真実だったら相当ゲスいぞ。
「ともあれあたしはそれがいいと思うんだけど、どう? ……とくにルナ」
「え? 私ですか?」
話しをふられるとは思ってもみなかったらしく、目をぱちくりさせて戸惑う。
「あなたは王家に雇われていただけよ、帰る家だってあるわ。……今日まではどうしても手が足りなかったから付き合わせちゃったけど、その、本来あなたは巻き込まれだけで、あたしたちに付き合う必要は、ないの」
ティアには珍しくしどろもどろと、言葉を慎重に選ぶように言葉を紡ぐ。
そんなティアがなにを話したいのか察したルナは「あぁ」と漏らし苦笑する。
「だから、あのね?」
「……用済みってことですか?」
「そ、そうじゃないわよ! でも、あれだけの事件だったのだもの、両親が心配してるはずだわ。ならせめて安否くらい」
「そこは心配ですね。私も顔くらい見せておきたいです」
「っ! だ、だったら、もうあたしたちに付き合うことは――」
「でも、ミーティア様って寂しがり屋なところありますから」
「――ない、ってはぁ!?」
で、全力で配慮していたティアに、ルナは配慮どころか遠慮もない言葉を投げる。
「ここで私が『じゃあさような』なんて言ったら泣いちゃう気がするので」
「な、泣くわけないじゃない!」
「顔くらい見せたいって言った瞬間からウルウルさせながら言われても……」
「ッ! な、なによ! なんだか今日のルナ、いじわるじゃない!?」
「今さらそんな無粋なことを言う人が悪いと思います」
いつもは強気なティアに振り回されているルナが、逆に手玉に取っていた。
歳はたぶんルナの方が上なのに、ティアの方が姉のようないつもの二人が。
まるで年相応に戻ったように、大人びた余裕を纏ってルナが語る。
「あの地獄を一緒に走った仲じゃないですか。なら最後まで巻き込んでください」
「ルナ……ルナぁあああ……」
そしてティアも泣くわけがないと言った舌の根が乾かぬ間にその胸に飛び込んだ。
鳴き声が聞こえないように背中へ腕を回して顔を押しつけているけど、耳のいい俺やすぐ近くにいるルナには丸聞こえで。頭の言いティアならわかっているだろうにせめて泣き顔だけは見せまいとしている。
その姿が意地らしくて、可愛らしくて、尊くて。
俺は先に部屋を出ていることにした。
だってたぶん、ティアにとって今の顔は俺には見てほしくない顔だっただろうから。
ルナだけが見る権利のある顔だと思ったから。
「ねぇ、兄さん」
「何かね、妹よ」
と、部屋の隅でずっとだんまりと丸まっていたスーヤが一緒についてくる。
そして空気を読んで颯爽と部屋を後にした風の俺を見て首を傾げた。
「なんだか居心地悪そうですね? そんなに居づらかったんですか?」
うーん、スーヤちゃん。
せっかく綺麗に理由つけてまとめたのに、余計なことを言っちゃいけないよ?
仕方ないじゃん!! いきなり友情ストーリー展開されたらどんな顔すればいいのかわかんないよ! 笑えばいいの!? それたぶんティアに殺されるよ!?
そんなこんなで目を赤くしたティアが困り顔のルナの後ろに隠れて出てくるのは、それから三〇分後のことだった。
「ウィル、なにも見てないわよね?」
恨めしそうに目よりも赤く染めた顔でそんなことを言ってくる。
俺の回答は決まっていた。
「え? なんのこと!?」
鈍感係主人公のキメ台詞は凡庸性が高くて便利だと思いました。




