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俺、テイムされます - オオカミシェフの異世界漂流記 -  作者: たかじん
第2章 アルベルノ王国《王都マクスウェル》
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閑話「揺れる都市にて」

 目が覚めるたミーティアはベッドの上にいた。


 はじめに感じたのはミルクみたいな甘い香り。

 瞼を開けると見慣れない天井が飛び込んできた。

 ゴツゴツとした肌は岩のようでもあるし木のようでもある。

 不思議な質感だ。


 ここはどこだろう?

 思いまぶたを持ち上げ確認する。

 しかし眩しさにすぐ下がた。

 慎重にもう一度開ける。

 光の正体は丸窓から差し込む月明かりだった。

 何度か瞼を瞬かせ慣れるのを待つ。

 その間にミーティアは現状の把握に努めた。


(えっと、たしか今日はあたしの誕生日で、いろんな人に祝いの言葉をもらって。ウィルからもプレゼントをもらって)


 順繰りに思い出すごとに頬が緩んでいった。とくにウィルディーのくだりは最高だ。

 珍しく困ったように照れた顔をした彼を見ただけで、もらった芳香に合わせたため少し背伸びしすぎたかなと悩んでいたドレスも、まぁいっかと思えるのだから不思議だ。

 昨晩夜通し何を斬る悩んだかいがあったというものである。

 そうやって少しずつ過去が現実に追いついていって。

 それに従い笑顔は凍りついていった。


「あぁ、そっか」


 思い出した。

 自分は王都から命からがら逃げてきたのだと。

 ノウシウスによって、マクスウェルが破壊しつかされたのだと。


 はじめと最後の落差に嫌になりながら体を起こしてみると、節々に痛みが走った。固めとはいえベッドに寝かされていたのになんで?


 首をかしげつつ肌寒さを覚え、ふと体を見下ろす。

 シーツの下はすっぽんぽんだった。

 ふくらみかけというのも寂しい曲線が月明かりの下にさらされている。

 思わず「きゃ!」とがらでもない声が漏れる。


 顔が熱い。

 誰にも見られてないよね?

 そんな心配から周囲を見回す。


 どうやらここは部屋の中らしい。

 赤褐色の水受けをはじめとする水回り、小物を収める小さな棚。

 ミーティアの部屋を半分のそのまた半分にしたくらいのスペースに、生活するためのすべてが詰まっている。そんな印象をうけた。


 でもそれはけっして悪い意味なんかじゃなくて。

 目が慣れると薄暗い、静かなそこは、煌びやかなだけでだだっ広い自室とは違う。

 生活感のある温かみを感じた。

 だからこそミーティアの中で謎は深まり、首をかしげてしまう。


「ほんと、ここどこ?」

「目ぇ覚めたんかい?」


 突然声をかけられ慌てて身を起こした。

 返答が帰ってくるとは思っていなかったからというのもあるけれど、なによりビックリしたのは、


(さっき部屋を見回したときは誰もいなかったわよ!?)


 ミーティアも初段の武人だ。人の気配には常人より敏感な自信がある。

 なのにまったく気づかなかった。

 そのことが彼女の警戒心を否応なしに上昇させる。


「おうおう、命の恩人にずいぶんな殺気ぶつけよるの?」


 くくくと笑う影は少女だ。


 たぶんリリィと同じくらい。

 ミーティアより背も低く幼く見える。

 でもそのしゃべり方が、その風体が、とても見た目通りの年齢に思わせない。


 空色の髪は長くクセはない。底からひょこっと飛び出すのは短い、けど特徴的な尖った耳。肌は褐色によく焼けていて、つり目な勝気な目元やニマニマした口元もあいまって悪童といった印象をうける。右肩から右頬にかけて入れ墨が彫られていた。


(あの入れ墨って小人族の? でも耳はエルフ族よね?)


 小人族はその名の通り背丈が成人しても一三〇センチに届かない小さな亜人だ。

 すばしっこく、ドワーフに次いで器用で、そして短命。

 元が他の亜人に比べて弱いこともあって、強かでずる賢い。

 商売をさせれば右に出ないものはないと言われる種族だ。


 なるほど、目の前の子どものようで老練とした少女の説明がつく。

 でも、じゃああの耳はなんだろう?

 そんな風に耳や体を見ていると、少女は困ったように両手で耳を押さえてしまう。


「なに考えとーかわかるが、あんまりジロジロ見んといてもらえるか?」

「え? あ、ごめんなさ」

「かまわん。あっしにはじめて会っ奴ぁみな同じ反応しよる。正解は小人族でもエルフでもないよ。両方、ハーフや」


 カッカッカと竹を割ったようにさっぱり答えると、少女は「さて」と呟き足を組むと、頬杖をついて口を開いた。


「んじゃ、次はこっちから質問やが。そろそろ自己紹介せんか?」

「あ、えっと、ミーティア=フィルデア=アルベルノ、です」

「……ほぅ、あんたがうわあさのお姫様かい」


 興味が出たというように目を見開く。


「ミーティア……うーん、何番目の子やったかね? 長女かい? それとも三女?」

「…………次女です」


 選択肢に姉妹二人しか出なかった次点で彼女が何を期待していたかよくわかった。

 案の定あからさまに落胆しため息を吐く。


「なんや『天才に囲まれた凡人』のほうかい」

「ッ!」


 慣れた反応だった。昔は肩書きを話すと毎回のように見せつけられる現実だった。

 でも最近味わっていなかった反応でもあった。

 そのせいで思いのほかダメージをうける自分に気づく。

 同時に、そんな反応が少なくなった原因の存在を思い出しハッと顔をあげる。


「あ、あの!?」

「なんやね?」

「一緒にいた人たちを知りませんか?」

「安心せぇ。別の部屋にちゃーんとおる。まぁ一匹まだ意識もどっとらんけどな」

「……え?」

「まぁ傷も治っとる。目ぇ覚めるのも時間の問題やろ。それんしてもあんさんの仲間、ずいぶんうでのえぇヒーラーおるのぉ。思わず引き抜きとぉなったわ。カッカッカ!」


 ひとしきり笑うと真剣な顔を作る。

 喜怒哀楽の振れ幅が激しくてついていけない。

 戸惑うミーティアを置き去りにして、少女は話し出した。


「長女でもない、三女でもない。あえてあんさんをなんであの魔女様がこいつ使ってまであっしに保護頼んだかは知らん」


 そう言ってミーティアに何かを投げ渡す。

 金印だ。たしかウィルがアクアから受け取っていたものだったはず。

 だとするとアクアが言っていた逃げる伝手というのは彼女ということなのだろう。


「でもこりゃぁ依頼や、依頼ゆーことは商売や。なら理解できんでも引き受けな名が廃るってもんや。だからあんさんらの保護はやぶさかやない……ただのぉ」


 そう言って浮かべた表情はヘビのように獰猛で意地が悪かった。


「ぞんがい保護対象が多すぎる。あんさんふくめて二人と二匹。いくら金印とはいえこの数穀潰し囲うんは割に合わんのよ」

「なにが言いたいの?」

「働かんものに喰わすメシなしゆーての。あとはわかんね?」

「……さすが小人族、商魂たくましいわね」

「カッカッカ! これでも半分エルフなはずなんやがな! どーもあっしは小人の血が色濃いみたいなよ!」


 皮肉もあっさり流される。

 舌戦では勝てそうにない。

 そう割り切ってミーティアは相手の要求をのむことにした。


「わかったわよ。何すればいいの?」

「おんや? 王族のしちゃー物わかりのいいこって」

「いまのあたしは保護下の身だもの。贅沢は言えないわ」

「……ほほぅ」


 目つき変わる。

 見直したとでもいうように鋭い視線が突き刺さった。

 何だろう、侮られなくなったはずなのに、失敗したような気分になる。


「ええね、あんさん。王族にかかわらず貴族は高飛車でいかん。その点あんさんは身の程をわきまえとる。……悪ない。そうでないとここじゃぁ生きていけんからの」


 そこでやっとミーティアも気づいた。

 そういえばここはどこなのだろう? それに目の前の少女の名前もまだ聞いていない。

 いつの間にか一方的にこちらの話しばかりさせられていた


「あの、ここってどこなの?」

「お? やっとその質問が出てきたか。思ったより早かったの」


 やっぱり確信して話題を避けていたらしい。

 人を喰ったような態度……苦手だ。ミーティアは心底そう思った。


「まぁ話すより見た方が早いやろ」


 少女は立ち上がり窓のカーテンを開ける。

 いくつもの建物がぎゅうぎゅう詰めの光景が飛び込んできた。

 長細すぎる建物は不格好な煙突みたいだ。


 見たことのない街……いや、それにしてはおかしい。

 どうして視界のさらに先の景色が動き続けているのだろう。

 その時、大きな振動が襲った。

 思い出すのは王宮にいた時の地震だ。


(まさか、ここまで!?)


「おや、もうエサの時間かい」

「え? え、さ?」

「おうさ、マクスウェルから離れるために全力疾走させたからね。普段より早く腹が減ったのやろ」


 窓の向こうで大きな物体が近づいてきた。大きすぎて視界すべてに収まりきらない。

 でも辛うじてそれがなにかはわかった。

 巨大なカメの首だ。


「まさか、ここって、魔物の背中なの?」

「ああ、こいつの背で生まれ、働き、死んでいく。それがあっしらよ」


 そう言って振り返る。服の裾がまい、健康的な肌をさらす。

 そして演劇でもするようにわざとらしく手を胸に添えて貴族の礼をする。


「ようこそ、あっし――グレイ・アマンダの商業旅団(キャラバン)へ。金印はあっしの友、アクア嬢に渡したもんや。なんであんさんらが持っとるんか知らんが、あん人が簡単に奪われるとは思えん。つまり、あんさんらはあん人が認め客人として見させてもらうで」


「……いいの? もしかすると迷惑になるかもしれないわよ?」


 名乗りを聞きながらミーティアはいつものように考える。

 状況はわかってきた。

 つまりミーティアたちは最近近くにやってくる予定だったキャラバンにほごされたのだ。


 彼女たちとアクアがどういう関係なのかはわからないけど、今は重要じゃない。

 それより重要なのは――彼女たちがどこまで状況を理解しているかだ。


 アルベルノ王国がどうなったかわからない。

 でも少なくともローゼンストックは先制攻撃したのは事実。


 ならばその王族であるミーティアをかくまうことは、大国に喧嘩を売ることに他ならない。

 そこまでのリスクを負うのか? 

 もしかして知らないだけで、知ったら捨てられるのではないか?

 そんなミーティアの疑心暗鬼に、


「は!」


 すべてを理解したうえだと言わんばかりに、グレイは鼻で笑う。


「ここに身の綺麗な奴なんざいねぇさ。犯罪奴隷、逃亡奴隷は基本よ。違法魔術師に研究者なんかもおるはずや。亡国の姫なんざここじゃ珍しぃもない」


 そう言って不敵に笑う。


「大国なんぼのもんぞ。来るなら来てみぃ。相手になったる。来るもの拒まず、利を出す限りそいつは家族。それがあっしらのモットーよ。歓迎するぜミーティア」


 どこまでも粗野に。しかし確かな誇りをたずさえた流浪の民。

 その名は――、


「ようこそ、『アマンダの笛吹』へ」

これで二章は終わりとなります。

書き始めて一ヶ月、長かったよなすごい長かったような……。


とにかく次から三章です!

俺たちの冒険はここからだ!

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