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俺、テイムされます - オオカミシェフの異世界漂流記 -  作者: たかじん
第2章 アルベルノ王国《王都マクスウェル》
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第16話「使い魔な一日」②

 食事の用意は夕方前くらいからはじめている。

 そのためそれまで時間がぽっかり空くことが多々あった。

 そんな時はだいたいルナを連れて市場へ足を向けて、珍しい食材探しに勤しむのだけど。

 今日はそれより先に人に捕まってしまった。

 リリィだ。


「ワンコ! そこの角曲がって!」

「あ~はいはい! わかりましたよお嬢さま!」


 背中に乗ったリリィの「きゃ~♪」という楽しそうな悲鳴が狭い街の路地裏に響く。

 すれ違う人にドップラー効果をのこして疾走する。


「見えたよ強盗! 風よ!」


 追い詰められたスリを働いた男が建物より高く空に投げ飛ばされた。

 そのまま地面に叩きつけられ気を失う。


「うん! 今日も街の平和を守ったわ!」

「いやいやいや! 今頭から落ちたぞ!?」

「あ、大丈夫だいじょうぶ。人間ってわりと頑丈だから!」

「それ大丈夫な根拠になってないよね!?」


 お気づきのように、いつもの正義の味方ごっこである。

 エンジェルパウダー事件以来、なにかと俺を誘ってくるようになったな。

 どういうわけか、今日もエアの姿もないので二人っきりである。

 普段はエアと一緒に街を走り回っているらしいのだが、俺と一緒の時だけあの大精霊様は姿をくらますのだ。

 ついでにテリアまで「あ、うーん。ちょっと上から脅迫……もといお願い……改め用事の強制がありまして」と青い顔で、それ一周まわって脅迫じゃんと思う内容を口走っていた。


 そんなわけで完全な二人っきりである。

 正直、エアやテリアの力を借りれたらもっと簡単な気もするのだけど。

 一体あいつらはなにを考えているのだか。

 で、このことについてリリィ本人に尋ねてみると、


「気を使ってくれたんじゃないかな?」

「? なんの??」

「しーらなーい」


 と、まぁこんな感じで煙に巻かれてしまう。

 うーん、やっぱり年ごろの女の子は謎だ。


「それにしても今日はやたらスリが多くないか?」

「他所からも人がいっぱい来てるからね!」


 言われて気が付く。

 たしかに今日は人の通りが盛んな気がする。

 いや、今日に限ったことじゃない。

 最近はいつも以上に行商や冒険者らしい人で溢れている。

 それも民族衣装だったり肌の色が違ったり。

 明らかに街外から来たであろう人影が過半数を占めていた。

 何だろう、祭りでもあるのだろうか?


「もうすぐキャラバンの季節だもん!」

「キャラバン?」

「うんうん! んとね、珍しい食べ物とか、踊り子さんの劇とか、そういうのを運んでくる商人の一団? だったと思う!」


 誰かから聞いた話をんそのままリピートしたみたいな口調で教えてくれた。

 市場や行商とどう違うのだろうと思ったけど、どうやら規模が違うらしい。

 マクスウェルに二年に一度訪れる『アマンダの笛吹』と呼ばれるキャラバンは最も隊商の一つで、その規模から世界を回る一つの国とも言われる規模だそうだ。


 東の果てにある民族服、秘境の財宝、未知の食材、珍しい種族の奴隷、失われた秘術。

 あらゆるものをあらゆる地域に売っては去っていくのだという。

 なるほど、そりゃ活気づくわけだ。


「それは面白そうだね」


 とくに未知の食材というのが気になる。

 正直、王宮にいればあらゆる食材が集まるので、創作意欲が失われることはまずない。

 ないけれど、それでもまだ見ぬと言われたら気になってしまうのが料理人の性だ。


「気になる?」

「だね、今から腕が鳴るよ」

「だったらさ、ワンコ」

「ん?」

「キャラバンが来たら、案内してあげよっか?」


 リリィが言葉に詰らせる。

 珍しい、いつもはずばずばこっちの都合なんて考えないのに、俺に選択権を与えるなんて。だからつい質問に質問を返してしまう。


「えっと、リリィが?」

「不服なの?」


 意外な申し出に聞き返すと、不機嫌そうな声で脇を蹴られた。

 地味に痛いからやめてほしい。もう背中に乗せてあげないよ?


「そういうわけじゃないけど」

「……じゃあ、ヤなの?」


 今度は悲しそうな声が聞こえてきた。

 もともと感情に素直な子だけど、今回はちょっとそういうのとは様子が違うな。

 拗ねているというか、わがままを言っているというか。

 どちらかといえばスーヤに近い……甘えてる?


「ううん、むしろぜひお願いしたいかな」

「ッ! うん、まかせて!」


 だとすれば俺の答えは決まってる。そもリリィは俺のご主人様の妹だ。

 ならば逆説的に俺の妹でもあると言えるはず。違うか? 違うな。


 まぁそれに近い女の子だという気持ちはある。

 なによりリリィには珍しい、『命令』ではない『お願い』だ。

 聞いてあげるのが年長者の優しさだろう。

 ……実年齢はリリィの方が上だけどね。


 たぶん当日も忙しいだろうし、時間を作るだけで大変だろうし、「あの時安請け合いするんじゃなかったぁあああ!」って後悔するかもだけど、


「それじゃこいつは衛兵の詰所へ届けますか」

「うん!」


 今は、機嫌のいい元気な声を聞けたのだから、それでいいだろう。


      ※


「マスター、下処理終りました」

「あいよ、じゃあ次は大鍋の水を沸かしておいてもらえる」

「大鍋……煮込み料理にするんですか?」

「うん、せっかくのいい獲物だからね。血はあとでソースにするからわけておいてね」

「はい!」


 夕方になれば俺の一番の仕事が待っている。

 夕飯の準備だ。

 打てば響く返事を残してルナは頼んだ作業に取りかかる。

 やっぱりこの素直さはこの子の一番の武器だな。

 

 その結果だろう、肉の下処理の手際だけ見ても、一年前よりかなり上達している。

 うん、一生懸命な女の子っていいよね!


「メインは肉料理なら、前菜は軽めの方がいいよな」

「だったら生野菜より『じゅれ』の方がよくないか?」

「『じゅれ』? なんだそれ??」

「バッカお前、つい数日前に作り方教わったばかりだろ」

「あーあーーー!。 あの半透明で四角いあれか!」

「確かスライムパウダーで出汁を固めるんだっけか?」

「じゃあまた『こんそめ』?」

「あれなぁ、便利なんだけど、便利すぎて毎回同じ味になっちゃうのもな」

「なら海鮮ベースとかどうよ?」

「肉の前に海の幸、か。悪くないな。……おーい! エビってまだ残ってたっけ!?」

「メル貝なら新鮮なのが入ってるぞ!」


 変化はルナの腕前だけじゃない。

 はじめは邪魔ばかりしていたシェフたちの中から、手伝いをかって出る人が現れたのだ。

 なんでも珍しい料理の数々に感銘が受けたとかなんとか。


 ちなみに彼らが言うスライムパウダーとはゼラリンのことだ。

 じゆはこれ、食用としてはあまり一般的じゃない。

 冒険者の間でのみ、保存食の加工材料として流通していた食材だ。

 こいつを市場で見つけた時の俺のテンションたるや、ルナがちょっと引いていたレベルだったりする。


 いや、でも今回ばかりは許して、マジで。

 だってゼラチンだよ?

 手軽にソースからドレッシングまで、その用途は計り知れない。


 ゼラチンのいいところは味よりも目で楽しむ幅がぐっと広くなる点にある。

 その一例がジュレだ。

 スープと言われれば飲み物。

 液体なのだから当然だ。唯一例外なのはカレーくらいだろう。


 けど、ゼラチンを使って調理すれば、半固形から完全な固形まで。

 食べ物があっさり早変わりする。

 つまり、手っ取り早くかつ簡単に固定観念を破壊できる。

 味覚が鼻をつまむことでわからなくなるように、嗅覚で変化するのは有名な話だ。

 そしてじつはこれ、視覚でも言えることだったりする。

 詳しく話すと共感覚やらなんやらの説明が入ってくるから省略するけど、ようするに見た目でも味は変化する。

 これはコース料理において、はじめに出てこれから並ぶ皿への期待値ともなるスープでは、何気に重要な要素だったりする。


 そんなわけでコンソメ出汁を冷やして固めたジュレの評判は上々。

 でも俺的に驚いたのはそこからだ。

 何にって、件のシェフたちなりのアレンジを忘れない向上心にだ。

 海鮮出汁を固めるレシピはまだ教えていないけど、彼らに躊躇する様子はない。

 もともと意識高い系の素養はあったわけだし、知識を吸収する貪欲さではルナ以上のものがある。はじめは半信半疑だったけど、素直に見直したというのが本音だ。


 ときどき俺が見ても面白い調理法をしていて見ていてとても興味深い。

 魔術を使った調理なんてその典型だ。

 たとえば、本日のメインディッシュである野ウサギ肉。

 本来は氷で冷やしながら三日ほど寝かさないと血臭さが強すぎるのだが。


「火よ、我に答えよ」


 俺は今まで風魔術での乾燥くらいしか料理に魔術を使ってこなかった。

 けど彼らは火魔術を一緒に使うことで『熟成』をしてみせたのだ。

 本来熟成は温度と湿度を細かく調整する、機械がなければ手間のかかる大変な作業だ。


 それがなんということでしょう!

 三分ほどでみるみる肉質を変えたウサギ肉は俺の知る熟成肉と装飾ないできだ。

 これ、料理をする身からすれば革命に近い。


「こりゃいいや」


 新たな発見と新たな発想。

 そこに興奮しない料理人はいない。

 最近はルナの成長だけでなく、彼らがなにをするのか毎日楽しみにしている自分がいるくらいだ。


 とはいえすべてが順調かと言われればそうでもない。

 突然料理長テレサをはじめ、厨房の中心だった料理人たちが数人辞めていったのだ。

 そのおかげで彼女に気を使っていた人たちが、俺とかかわるようになったという見方もできるけど。なんと言うか、俺が追い出したみたいで後味が……ね。


 そんなことを考えながら、俺は熟成の終わった肉の仕上げに入るのだった。

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