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俺、テイムされます - オオカミシェフの異世界漂流記 -  作者: たかじん
第2章 アルベルノ王国《王都マクスウェル》
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第14話「幼い正義の味方」 ③

5000くらいでまとめるのって難しいですね(さっそく8000行く

「奴隷が買い占められてる?」

「うん、フレイア姉さまがね、言ってたの」


 道中話を聞くと、どうやらそのことが小さな問題となっているらしい。

 アルベルノ王国では奴隷は貴重な労働力として国の基盤を支えている。


 たとえば物流。

 街の外は魔物に襲われる危険が非常に高い。

 だからこそ冒険者のような護衛をたてるのだが、それでも万全とは言えない。

 馬車の漕手となれば命がけの旅となる。

 そんな仕事には奴隷というものは非常に便利だ。


 たとえば工場。

 職人業は一部の高級奴隷を除き手に余るだろうが、どこにでも単純作業や人手が必要な部門は存在する。

 機械化が未熟で原始的な工場ならなおさらだ。

 ネコの手成らぬ奴隷の手はいくらあっても足りない。

 まぁ一部ローゼンストックに影響されて完全な機械化がはじまってるらしいけど。

 産業革命の足音ってやつだろう。


 他にもあげれば用途は多岐にわたる。

 そんな奴隷業が最盛期を迎えたのが数年前。

 同時に問題が表面化したのも数年前。

 安価な奴隷はたびたび使い捨ての道具とされれてきた。

 そのことをとがめる者もいなかったため、そういう風潮は加速していき、結果街に死体が溢れる時期があったそうだ。

 当然処理する動きはあったが、『拾』という漢字が『捨』という漢字より画数が少ないように、ゴミも捨てる量より拾われる量の方が少ないのは世の常で、焼け石の水だった。


 そこで国王は一計を出す。

 奴隷に一定の人権を与え、無理な労働への拒否権を持たせようと考えたのだ。


 だがこれには多くの反対意見が寄せられることになる。

 当然だ。奴隷に権利を与えては何のための奴隷なのかがわからなくなる。

 そこで国がとったのは権利でなく『奴隷に税をかける』方法だ。

 もっと詳しく言えば『購入時の奴隷価格だけに税をかける』ということ。


 こうすることで奴隷自体の値段が上がり価値が上がる。

 安い買い物でない以上、よっぽど裕福な家でなければ手荒く扱うこともない。

 同時に、税をかけなかったことで国にもお金が入るように工夫したとかなんとか。


『規制』するのではなく『自粛』させる。


 そうすることでアルベルノ王国の奴隷業は世界でも珍しいくらい人道的で経済的な産業として機能している。……前世の記憶のある俺からすれば、奴隷に人道的もクソもないのだけど、そこは郷に入れば郷に従えだ。


 ――さて。

 以上のことを踏まえてどうして買い占められることが問題なのかというと。


「そんなに人が必要な仕事なら話に聞かないとおかしいでしょ? でも買っていかれた奴隷がどこにいったかわからないままなの。国外に出たって話しも聞かないし、粗末に扱われているなら見過ごすわけにはいかないわ!」

「でもそのために税をかけたのでしょう?」

「そんなの高級商人やお金持ちの貴族には関係のないことだもん! あくまで『高い買い物をしたから大事に使ってね』って言ってるだけで、馬や馬車を使い捨てられる人には関係のないことよ!」


 あーなるほどね。

 モラルに任せている以上、モラルを守らない人は一定数いるって理屈か。


「でも逆に言えばそれだけのお金持ちの数なんて限られているわ!」

「ということは目星がついてると?」

「うん! フー姉さまが調べてミー姉さまが教えてくれたの!」


 リリィのパトロンはお姉ちゃんズか。

 いくらスーパー天才魔法少女リリィたんでも、一〇歳になったばかりの女の子じゃ限界がある。色んな職種を体験して情報収集したフレイアに、そこから答えを導くティアに、行動するリリィ。なんだかいいバランスの姉妹だな。


「その場所はどこに?」

「もうすぐつくわ!」


 先さき歩くリリィの後をルナと二人で追いかける。

 今なら引き返せるかな? そう思い俺はルナに振りかえった。


「なんだか荒事をやらかしそうだし、今のうちにルナは帰った方がいいよ」

「い、いえ! リリィ様に声をかけられた以上、私だけ逃げるわけにはいきません」


 まじめか!

 いや、うん。こういう子だったな。

 これはルナだけでも無傷で帰してあげないといけないな。


 そう覚悟をきめ歩くこと数分。

 俺たちは工業区の一角、路地裏に隠れるように建った建物の前で足を止めた。

 窓はなく日の光もほとんど入らないため澱んだ空気を感じる。


「ここ?」


 案外普通の工場だ。

 もっと豪邸か、でなければスラム街に隠されていると思っていたから意外だ。


「そのはずよ。エア、ちょっと覗いてきて!」

「あいあい」


 言うや否や方から飛び降りたエアが建物の隙間から中に入っていく。

 しばらくして出てくると親指をビッとたてて言った。


「当たりなのじゃ。よーさん働いとるのじゃ」

「よし!」


 どうやら当たりらしい。

 あとは事前に打ち合わせた通り、俺とリリィとエアでさっさと制圧、ルナとテリアは奴隷たちの解放をすればいいだけだ。


「相手の数は?」

「いっぱいいすぎて、どれが敵かまではわからんだな」

「そんなに?」


 しかし、少々予定が異なった。

 本来は実行犯たちを速攻で倒す予定だったのだけど、それがどれなのかわからないくらい人が多いらしい。

 困った。ただでさえ王女様が無茶をしようとしてるのだから、なるべく危険は少なくしたかったのだけど。

 仕方ない、ここは予定を変更して、電撃作戦からアサシンプレイに切り替えよう。


「それじゃ仕方ないですね。なら僕とエアさんで先に侵入して様子を見ます。テリアを置いていくので、その間にリリは敵がどれなのかを――」

「正義の味方がどうしてこそこそしなきゃダメなの?」

「は?」


 言うや否が扉に触れ何かをつぶやくリリィ。

 次の瞬間、車でも突っ込んだように頑丈そうな鉄の戸が内に吹き飛んだ。

 突然の出来事に茫然と驚く人々に、リリィはつき出した掌をそのまま、開いた手を腰に当てて堂々と声を張った。


「さぁ大人し縄につきなさい悪党ども!!」


 ……うわぁお。

 正面突破とかマジですか。


「な、なんだ貴様は!」

「悪党に名乗る名前なんてないわよ!」


 もうそれは「よくぞ聞いてくれた!」とばかりに生き生きと言うと、一気に駆けだす。

 彼女が標的にしたのは先ほど叫んだ男だ。

 粗末な服装で悪臭のこもった室内で、比較的まともな格好をしていた。

 というか腰にはご丁寧に剣までさしてる。

 自分が奴隷どもを酷使してる犯罪者ですと言わんばかりにわかりやすい。

 どうしてエアは区別がつかなかったのか。


「風よ!」


 ゴゥ!

 リリィの詠唱で発生した突風が男を吹き飛ばし壁にめり込んで動かなくなる。

独奏魔術で、一番攻撃の軽い(・・)風魔術でこの威力。

 しかもさっきのは『風よ、我に答えよ』と詠むところを、速度重視の短縮詠唱だ。

 通常の詠唱とは違い短縮詠唱は隙が少ない代わりに、威力や規模が小さくなる欠点を持つ。そのため使いこなせる術者事態少ないこともあって、実際に見るのはこれが初めてだった。

 もちろん俺も使えない。


 続いて彼の傍にいた男にもリリィの掌が向けられる。

 焼き回しのように後方へはじけ飛ぶ姿に、他の犯罪者たちもやっと事態を飲み込めたようだ。数人の男が腰の剣を抜く。


「このガキ!」


 場違いなほど可憐な少女に向かって、必死の形相で男たちが襲いかかった。

 魔術師相手に間合いを開くのは自殺行為。

 そのことを理解しているのだろう。

 いくら力があっても、詠唱という隙のある魔術師は数で押せば怖くない。

 そのことを心得ている、荒事馴れした動きだった。


「誰の子に手をあげるつもりじゃ~」


 だが、それを許さない使い魔がいた。

 リリィを中心に吹雪が襲った。

 そう思った時には襲い掛かった男たちは氷の彫刻になっていた。

 その一つに座って前足で顔を擦るのはオコジョのような小動物。


「あーーーー!! エアってば殺しちゃダメって何度も言ってるのに! 正義の味方は人殺しはしないんだよ!」

「殺しとらん殺しとらん。ちゃんと溶かせば生き返るのじゃ」

「それでもトウショウ? とかになるかもなんでしょ! この前捕まえた悪党は、それで手足を切ることになったって聞いたよ!」

「命あればええじゃろ」

「そういう問題じゃないんだってば! 風よ!」

「相変わらず人間の価値観はよーわからんのじゃ」


 とても敵地とは思えない呑気な会話が聞こえる。

 同じ魔術を使うからわかる。こいつらマジぱねぇ。

 リリィの短縮演唱もだけど、エアの無演唱魔術なんて独奏なのが二重奏なのかすらわからない。そもあれって風魔術なのか? 氷だし水だと思うんだけど吹雪いてるんだけど。


 そんな制圧なのが蹂躙なのかわからない光景は数分後。

 残ったのは氷漬けの彫刻と、頭から壁にめり込んだ男たちが死屍累々と気を失っていた。

 結局、俺はなにもできないまま戦闘は終了だ。


 と、ひと息ついて思い出してみると、人相手の実戦はこれが初だった。

 呆気ないにもほどがある。

 現実はこんなものか……となんとなしに天井を見上げた時だった。


「……リリィ!」


 それは本当に偶然だった。

 制圧した終わり、気をぬいた間隙。

 きらっと、天井から光るものがリリィめがけて落ちてきた。

 咄嗟に刀を咥えて投擲。


 独奏火魔術が【付与(エンチャント)】されたそれは、光る物体にぶつかり爆ぜる。

 爆炎の中、大きく軌道の反れたそれは、クルクル回転しながら、備え付けられていた机の上に着地する。


「へぇ、気づくんだぁ」

 光の正体は女だった。

 にちゃりと笑った彼女の両手には肉厚の片刃刀、多分ククリナイフとか言われる武器だ。

 奇襲してきたクセにその姿は艶やかな和服に似ている。

 肩を大きく出した姿は花魁とかそっち方向の色っぽさが滲み出たお姉さんだ。


 でも驚くのはそこじゃない。

 咄嗟だった。

 だから、手加減なしで魔力を注ぎ込んで刀を投げてしまった。

 それも攻撃に特化した火魔術をだ。

 普通の人なら灰すら残さず燃え尽きる……なのに、その女は服すら汚れ一つない。 


 奇しくも奇襲に奇襲が重なったんだ。

 相手にとって俺の攻撃は予想外だったはずだ。

 しかも完全にリリィへ攻撃する直前の一番無防備なところへの攻撃だった。

 なのに、防がれた。


 ――この女は強い。

 他の男たちとは比べ物にならないくらいに。


「ひと仕事終わった後って一番スキが多いものなんだけどぉ。さすが第三王女の護衛ぇ。いい腕してるわぁ」


 いえ、ただの偶然です。

 なんて言える状況じゃないか。

 少なくとも向こうが勝手に警戒してくれるならもうけものだ。


「え? え?? ワン、コ?」

「リリィ下がって!」

「う、うん」


 奇襲された自覚がまだないのか、前に出た俺の言うことを素直に聞いてくれるリリィ。

 突入する時もこれくらい物わかりがよかったらなぁ。

 というか、なんだか俺が戦う空気になってるんだけど、これ勝てるのか?

 さっきは咄嗟だったから攻撃できたけど、人を斬れる自信ないんだけど。


「わらわの子を狙うなんて、いい度胸なのじゃ。覚悟はできておるのよの?」


 と、一人悩んでいると怒気をはらんだ大精霊様が横に並んだ。

 よし、これで二体一だ。

 最悪、俺が人を切ることに躊躇してもエアがいる。何より相手は俺を警戒している様子だし、 この瞬間だけなら乗り越えられる。


「『氷結』アストラエアに、『魔導の申し子』リリィ=フィルデア=アルベルノに、名無しの護衛さん。……あと虎族の獣人かぁ。これは分が悪すぎるわねぇ」


 虎族? なんのことだ?

 いや、それよりこの空気、もしかして、


「うん、ここは引かせてもらおうかなぁ」


 やっぱり、相手は引き際をわきまえている。

 エアもなにも言わない。

 なにせ今の俺たちは奴隷たちが背後にいるのだ。

 たぶん負けはしないけど、被害もうける。

 だからエアはなにも言わず見逃そうとしている。

 彼女がそう判断するのならそれが正しいのだろう、俺も異論はない。

 そんな俺たちを察し、女も曲芸じみた動きで壁を蹴ると、そのまま天井の暗がりの中へさっさと逃げて行った。けど、それを良しとしない子が一人いた。


「ッ! 待ちなさい!」

「リリィ、行かせるのじゃ!」

「でも!」

「あやつ、なかなかの手練れじゃ。今やりおーたらわらわとて皆を守りぬけん」

「~~~」

「安心せい、追いかけておればまた機会はあるじゃろ」


 地団太を踏むリリィに諭すエア。

 なんとも後味の悪い最後になったけど。とにかくこれにて終了だ。

 ほっとしてその場に座り込んでしまう。

 想像以上に緊張していたらしい。


「ね、ワンコ」


 そんな俺にリリィが声をかけてきた。その頬は少し赤いように思える。


「その、ありがと。助けてくれて」

「……どういたしまして」


 ちゃんとお礼を言える。やっぱりリリィは良くも悪くも素直だ。

 俺は気にするなと頭をこすり付けた。

 それがくすぐったかったのか、リリィの笑い声が弾けたのだった。


     ※


「よし! ざっとこんなもんね!」


 男たちを一か所にまとめて手錠と足かせをすませると、リリィはかいてない汗をぬぐう仕草をしてこちらをニカッとふりかえった。


「えへへ、ワンコってば器用だね! 土魔術で手錠と足かせを作っちゃうなんて!」

「戦闘じゃ力になれなかったからね」


 というか刀を作るのに比べれば難しくもなんともない。

 むしろこれくらいしかできないのが申し訳ないくらいだ。


「それは仕方ないよ! だってリリとエアのタッグだもん。ねー♪」

「ねーなのじゃ♪」


 イェーイとハイタッチするリリィは年相応だ。

 さっきまで無双してた人とは思えないな。

 微笑ましくもちょっと末恐ろしい。


 ……だけど、ここで気を抜くとさっきの二の前になるかもしれない。

 少なくとも俺だけでも警戒しておかないと。どこまで役立つかは疑問だけど。


「それで、ここって結局なんの施設だったんだ?」

「これじゃろうな」


 エアは隅に積みあがっていたズタ袋をひっくり返す。

 ばふっと白い粉が舞い上がった。見た目は小麦粉(ヴィート)に近い。


「これって?」

「エンジェルパウダー。マクスウェルで流行っとる幻覚薬じゃの」

「幻覚薬?」

「天にも昇る多幸感を与えてくれるらしいのじゃ。効果が切れた後は地獄のような虚脱感も与えるらしいが。常飲しすぎると廃人になると聞いておる。あと廃人になった者は従順になるらしくての。その昔、一国の王を傀儡にして実権を握った者がいたほどらしいぞ」


 ……うわぁ、それって完全に危ない薬じゃん。

 やっぱりこういう薬物はどこの世界でも悪だね。ダメ! 絶対!


「最近この粉関係の事件ばっかりだよねぇ」

「そうなの?」

「うん、これで四件目だよ? 半年前くらいから急に増えてきてさぁ」


 いつも元気なリリィにしては珍しく、うんざりといった風にため息をつく。

 まぁ自分の国にこんなものが蔓延しているのだから嫌にもなるか。


「ところで、この人たちはどうするんだ?」


 そんな俺たちを怯えた目で見ていたのは奴隷たち。

 年齢は様々、子どもから大人まで性別もバラバラだ。

 ついでに種族も様々で、ルナのような獣人や獣そのものの子もいた。

 たぶん俺と同じ魔獣なのだろう。


 労働で負った傷や汚れは多少あったけど、リリィ達が原因のものはないようだ。

 あれだけ暴れながら、奴隷たちには被害がでないようにコントロールしていたらしい。

 工場くらいの広さがあるとはいえ、室内で魔術をぶっ放しておいて器用なものだ。

 彼らの首筋におされた奴隷印の方がよっぽど痛々しい。


「そこは衛兵に任せるよ?」

「……それ、最初から任せておけばよかったんじゃない?」


 考えてみればわざわざリリィが出張ってくる必要なんてないじゃないか。

 そんな俺の疑問に「チッチッチ」と指を振ると、


「人知れず街の治安を守る! だから正義の味方なんだよ!」

「あ、はい」


 なんだ、単純にごっこ遊びなのか。

 まぁ彼女の戦いを見ていれば気持ちはわかる。

 この年であれだけの力を持ってしまったら使いたくなるのが子供心だろう。

『街の正義のため』という大義名分は丁度いいのかもしれない。


 とはいえ危ないことをしてるのも事実。本来なら注意されてしかるべきだ。

 フレイアについては結果を出しているし言いにくいのはわかる。

 でもリリィは完全な自己満足だ。

 

 ……うん、やっぱりやめさせるべきだよな。

 どんなに力があっても子どもであることに変わりないのだから。

 そう思い口を開こうとした時、それを察したのかクルッと俺の体を首に巻きついてきたエアが耳元に顔を寄せた。


「ここは多めに見てくれんかの?」

「どういうことだよ?」

「ここの衛兵は小競り合いならまだしも、基本荒事が苦手なのじゃよ」

「いやいや、衛兵だよな?」


 衛兵と言えば前世での警察みたいな存在だ。 

 それが荒事が苦手って。


「言いたいことはわかるんじゃがの。王都を大規模な戦闘どころか、魔物の襲撃にあったことすら建国三〇〇年一度もないのじゃ。仕方なかろう?」


 平和ボケってことか。

 元日本人としては身に覚えがありすぎて耳の痛い言葉だ。 

 だからと言って九歳の子どもに尻拭いさせている衛兵たちに思うところがないと言えばうそになるけど。


 しっかし、立派な城壁を持ちながら魔物にすら襲われたことがないというのは意外だ。

 街の外に出れば大なり小なり魔物はいるだろうに。

 人がここまで繁栄できる恵まれた土地なら、多少のリスクを冒しても襲ってくる魔獣や魔物がいてもおかしくないと思うけど。


 そんなことを考えているとククッと右耳の付け根を引っ張られた。

 大精霊を前にビビッて引っ込んでいるテリアだ。


「ねぇ、ここの奴隷たちおかしくない?」

「へ? どこが?」

「酷使されていたにしては元気じゃない?」


 言われてみるとたしかにそうだ。

 風呂に入れていないから小汚い格好だけど、ガリガリに痩せてるわけでも、大きな怪我を負ってるわけでもなさそうだ。

 健康面ではむしろ何度か見かけたスラム街の物乞いの方がひどいように思える。


「あの、マスター」

「ん? ルナ、どうかした?」


 奴隷たちの相手を任せていたルナがいつの間にか戻ってきていた。

 本当はなるべくこの件にかかわらせないほうがいいと思っていたのだけど、男たち相手に無双したリリィや、見た目凶悪なオオカミである俺が行っても怖がらせるだけだと思い、まかせていたのだ。


「その、まだ奥に動けない人がいるようなんですけど」

「ああ、怪我人は別の場所にいたのか」

 

 どおりでと思いルナの案内で奥へと歩きだす。

 何の警戒もなく、何の疑いもなく。



 ――平和ボケしていたのは俺だったのだと痛感する光景が広がっていた。



「…………………………え?」


 森を出てからあまりに物事がうまく運び過ぎていたから。

 はじめての人間相手の実戦とはいえ、リリィの動きが鮮やかすぎたから。

 もっと殺伐としているのかと思えば、人死にもなく危なげもなかったから。

 だから、すっかり忘れていたのだ。

 ここは異世界であって、俺の知る元の世界とは比べ物にならないくらい、弱いものには容赦のない弱肉強食の世界だってことを。


「マスター? どうかしたんですか?」

「ワンコー、そっちになにかあるのー?」


 ルナとリリィの声が遠い。

 かろうじてテリアの息を飲む音だけが聞き取れた。

 目の前には奴隷が倒れていた。

 ピクリとも動かない姿は息があるのかも怪しい姿だった。

 人ではない。獣人でもない。


 同時にどうして奴隷たちの健康状態が良かったのかよくわかった。

 きっと彼女が身を粉にして看病したのだ。

 この子が他人に優しくできる子だってよく知っている。

 頑張り屋だってこともよく知っている。

 だからきっと、文字通り身を削ってみんなのために頑張ったのだろう。


 俺が城で苦労もなく生活している間ずっと。

 そして最後は魔力が尽きて、自分の治療すらできないくらい消耗してしまったのだ。


「なんで、ここにいるんだよ」


 その子は魔獣だった。

 その子は魔術師だった。

 その子は汚れた銀色の毛並みをしていた。



  








「スー……ヤ……」


 その子は、俺の妹だった。

次回、ブチ切れるお兄ちゃん。


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