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俺、テイムされます - オオカミシェフの異世界漂流記 -  作者: たかじん
第1章 はじまりの地《深き森》
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第2話「魔術の研究」

 あれからわかったのだが、どうやらオオカミたちは火を恐れるのが普通らしい。


 さて、ここで雑学だが。

 昔欧州の食材を調達しにいったとき、現地の狩人から聞いた話だ。


 元の世界で焚き木はむしろ野生の獣の興味をひかせる恐れがあるというのが欧州の考え方だったりする。これはオオカミやクマの目が人ほど優秀でないからとか、虫が光に集まるのと同じだとか諸説あるわけだがそれはさておいて。


 同行した狩人は、着るものにたばこの匂いを染みつけていた。

 これは野生動物が目より鼻を頼りにしているからだとか。

「タバコの匂いはヘビも嫌いだからちょうどいいのさガハハ!」とか臭いにおいを撒き散らし笑っていたのを覚えている。


 そういう意味で火が苦手というのは少し意外だ。

 が、よく考えれば元の世界の野生動物は人間との距離が近い。

 そのせいで火にも馴れているとは考えられないだろうか?

 だとすれば森を無に帰す火を本能的に怖がる彼らの考え方も納得がいく。

 もしかすると、喋れるだけで魔獣とは野生動物と差はないのではないか?

 そんな気がしてきた。


「そりゃ自分たちでさえ恐ろしいものに息子が平気な顔をしていればヒステリックにもなるよな」


 アメリアの慌てようを思いだし、やはり人間の感覚でいるとまずいことを改めて自覚する。

 同時に思い出すのはファウルの品定めるような視線だが……こちらについては考えたところで答えは出なかったので保留することにした。


「水よ、我に答えよ」


 で、そんな俺が今もっとも熱を出しているのが件の魔術である。

 場所は巣から少しだけ離れた泉の近く。

 と言っても魔術の書があるわけでも、誰かに教わるわけでもない。完全な独学である。

 あると言えば一度だけ見たアメリアが魔術の見本と、謎の詠唱。

 当然その程度のにわか知識でどうにかなるわけもなく、


「出ないな」


 うんともすんともいわない。

 ここ最近はこんな感じで親の目を盗んでは一人森の中で厨二全開のセリフを高らかに叫ぶのが日課になるつつあった。

 人間だったころにやればただの危ない人だな。


「やっぱりコツとか教えてもらうべきだよな。でも、ダメだろなぁ」


 先日の件以降、アメリアの過保護っぷりはかなり悪化していた。

 少しでも危ないことをしそうなものならすぐ飛んでくるし、起きている間は片時も離れようとしないのだからほんとたまらん。

 中身は三〇越えのおっさんだから、こうも目をかけられるとくすぐったいというかなんというか。


「しばらくは仕方ないか。時間はいくらでもあるし、気長にやっていこう」


 何事もトライ&エラーが大事だ。

 ペットの内の一つである淡水魚などはその最もたるものだった。

 まず奴らは簡単に死ぬ。とにかく死ぬ。間違いなく死ぬ。


 例をあげれば突然ライトをつけるとビックリしてガラスに頭をぶつけて死んだ。だったらと暗くすると水面を見誤って飛び出し死んだ。仕方なく蓋をすると「そんなもんで止まるんじゃねぇぞ……」とばかりに隙間から飛び出して死んだ。

 そのたびになぜ死んだのかを考え、次に生かす。

 そんな根気の良さが必要だった。


 思えば料理も近いものがある。

 イメージがあるのなら後は知識の引き出しから食材を選べば完成する。

 だがその知識も先代、先々代が蓄積してきた膨大な失敗の産物だ。

 なら今は知識の引き出しを増やしている最中と考えるべきだろう。

 思う存分失敗し、そこから学べばいいのだ。


「そういえば、ファウルが気になることを言ってたな」


 早速引き出しから一つのアイディアを思いつき、詠唱の内容をアレンジしてみた。


「火よ、我に答えよ」


 反応は劇的だった。

 目の前が赤く染まる。それが眼前の魔方陣のせいだと気づくのに少し時間がかかった。

 腹の中心から鼻先に熱が移動し、その熱が魔方陣へと吸い出されるような感覚。

 気づくと魔方陣はマッチの火ほどの火の玉を生み出していた。


「おお! 出た!!」


 浮かんだ火の玉はしばらくフワフワと漂いすぐに消えてしまったが、はじめての魔術の成功に思わずその場で飛び跳ねてしまう。

 あの時ファウルたちは火魔術について言っていた。

 だったらとためしてみたのだが、どうやら想像通り水の部分を変えれば他の魔術に応用できるらしい。

 なにより、特にイメージや集中していないのに成功したことも大きな発見だ。

 どうやらこの魔術というものに必要なのは集中力ではなく別の何からしい。


「そのあたりが水はダメで火は成功した理由なのかな?」


 可能性はいくらでも思いつく。もっともわかりやすく単純なのは才能だろう。

 元の世界のゲームでもそのキャラクターで得意な魔術と苦手な魔術というものが存在した。

 たとえばエルフは火が苦手で、ドワーフは水が苦手など有名どころか。

 だとするとこの世界でもその手の相性というものが存在していてもおかしくない。

 だが、だとすると『オオカミは火が苦手』という命題に矛盾している気もする。


「なににしろ想像でしかないし、こんな小さな火じゃなぁ」


 アメリアの水魔術がバケツをひっくり返したような水量だったのに対して、ウィルディーの火魔術はあまりに小さすぎる。ガスライターの火に劣る。

 おそらく威力の調整というのもあるのだろう。


「火よ、我に答えよ!」


 もう一度唱えてみた。今度は意識して語尾を強めてみる。

 だが結果は変わらない。


「うーん、妙な熱がお腹から移動してる感覚はあるんだけどな」


 そもそもこの魔方陣というものはなんなのかを考える。

 当然だが俺に魔方陣についての知識はない。

 あるとすれば中学生時代、教科書の隅に書いたなんちゃって魔方陣もどきくらいだ。

 それでも何度試しても、浮かぶ魔方陣の文字は寸分変わらず同じなのだ。

 何かしらの法則性があるのだろうけど、パッと見ではよくわからない言葉の羅列にしか見えない。形だけなら学生時代教科書で見た『くさび文字』に似ているだろうか。

 理屈も理解もできないがはずの文字。それがなぜだか――。


「なんとなーく読めるんだよなぁ」


 違和感ここに極まりといった感じだが読めてしまうものは読めてしまうのだ。

 ある意味、古文の問題を解いている気分。

 読めない、答えられない。

 でもニュアンスはなんとな~くわかる……気がする。そんな感じ。


「この前文が命令する~とかそんな意味で……後半が火か?」


 この文字がこの世界における標準文字……ということになるのだろうか? アメリアたちの言葉を理解する苦労を思い出せば行幸と言えなくもないのだが、


「できればもう少しはっきりとわかるようにしてほしいんだけどなぁ」


 読めると伝わるには似ているようで高い壁がある。

 読めないのなら読めないなりに他の方法を必死で考えるのだが、中途半端に理解できる分その気になれない。とりあえずこの件は今考えたところで答えは出ないだろう。

 考えるべきことはまだまだあるので他のことを考える。たとえば、


「他の魔術は存在しないのか、だよなーやっぱり」


 元の世界でも風・雷・草。マニアックにいけば命や重力などなどエトセトラ。

 魔術と言えば、二〇〇作品あれば二〇〇作品の多種多様な魔術が存在した。

 この世界の魔術が火と水だけと考えるのは早計すぎるだろう。

 だとすれば他にどんなものがあるのかを手探りで探す必要があるわけで、


「いくら元の世界の知識があるとはいえ、雲をつかむような話だな」

 

 つまり例の詠唱をいじって地道に探す必要があるのだ。

 途方もない話しだが、考えてみれば空の皿を完成させるだけでも、どの国の料理なのか、どんな食材を使うのか、費用は、メインなのか前菜なのか、そもそもどんな人に出すのか。

 選択肢は無限大だ。

 それに比べれば二〇〇作品程度可愛いものだろう。

 面倒ではあるが苦ではない。

 幸い練習場所は泉の近く。火が森に燃え移ることはない。


「となればやれることは『火魔術のコントロール』『他の魔術の模索』あとは……『魔術の使用回数』ってところか?」


 使用回数、ようするに元の世界でいう魔力というやつだ。

 この魔術が魔力によるものなのかは不明だが、これまでが既存のファンタジーに似通っていることを考えれば、そう考えておいた方が無難だろう。

 いくら森を焦土にできる大魔術でも、一発限りではロマンは足りても実用性が足りて無さ過ぎるわけだ。エクスプ〇ージョン!

 ここで不安になってくるのは、俺の知る魔力は生まれた時の才能に依存し、成長することが稀な代物ばかりだったということ。もし同じ類いだとすると、


「この練習も無意味なものになるかもなぁ」


 考えはじめると先ほどの高揚感に冷や水をかけられた気分になる。


「いやいや、いまのうちに頑張っておくにこしたことはないよな」


 若い時の苦労は買ってでもせよ。

 あの大人がよく言う言葉を俺も親父からよく聞いた。

 だがその意味を理解できず、言われたこと以外は楽な方へ楽な方へと走ってしまった。

 どんな無駄な経験も無駄になることはけっしてない。


 アニメや映画からのインプットが、数十年後一つの料理を完成させたことだってあったのだ。

 この世界法則は異世界だろうと変わらない。

 だったら挑戦することに躊躇はない。


「とりあえず火魔術の上達が最優先。そのついでに使用回数を調べて、片手間で他の魔術の調査って感じでいいか」


 方針は固まった。

 とはいえ今日の練習はここまでだろう。

 これ以上はアメリアに心配をかけてしまう。

 もし魔術の練習をしていることを知られれば練習に支障をきたす可能性もある。

 後ろ髪を引かれる気分をその場において、俺は巣への帰路につく。


 ふと、はじめて親父の料理場に立たせてもらった日がフラッシュバックする。

 あの時も今みたいに、やっと立てたという達成感と挑戦心、あとはほんの少しの不安感が鍔迫り合いしていたように思う。


 ここに来て俺はまた一つ新たな経験を積んだ――いや、思い出せた。

 どうやらこれを『やりがい』というらしい。


      ※


「風よ、我に答えよ」


 詠唱で突風が吹き荒れる。

 大きく草木や土煙を舞い上げる風に続いて、


「土よ、我に答えよ」


 今度は土煙の密度が増え、俺を目の前に土壁の立方体を作り上げる。


「仕上げは、火よ、我に答えよ」


 最後に試行錯誤の末威力も規模も大きくなった火の魔術を唱える。

 しばらくし火が消えた時には、茶色の土壁は僅かな光沢を放っていた。


「うし、これくらいのコントロールはできるようになったな」


 尖った爪で軽く叩いてみると硬質な音かえってくる。

 このころには魔術のコントロールだけなら自在に行えるようになっていた。


 仕組みは単純だ。

 どうやら魔術のコントロールは集中力よりも想像力が大事だったらしい。

 たとえば初めのころは『魔術で火を生み出す!』という意識が強すぎたため、火は灯るだけで終わっていた。

 だがそこに『前方30メートルのところに着弾する』などの具体的なイメージをしながら使うとその通りに軌道をコントロールできるわけだ。


 この誤差の修正に必要なのが集中力らしい。

 一度、魔術の練習中に鹿が飛び出してきて驚かされたことがあった。

 その直後に発動した火球は狙いから大きく逸れ、メジャーリーガーばりのカーブを決めると、吸い寄せられるように鹿へ飛んでいき直撃したのだ。


 この時、俺は『岩の上においた小石に当てる』と考えていただけで、間違っても鹿を狙ったりはしていない。

 おそらく咄嗟に襲われると考えてしまい、魔術の性質が攻撃的なものに変化したのだろう。哀れ鹿は炎にあぶられ絶命してしまった。

 せめてもの罪滅ぼしに肉はしっかり巣に持ち帰ってアメリアに驚かれたのだが、まぁそれは別の話し。以降魔術の練習には細心の注意をするようになった。


「ま、土偶作りなら被害がでたりしないよな」


 要するに焼き物と同じ理屈だ。

 森の腐葉土を風で舞い上げ、その中から粘土質なものを土魔術で取出し、火魔術で焼き入れする。

 単純なのだがこの加減が難しい。

 風を吹かし過ぎれば拡散するだけだし、土魔術の選別も神経を使う。

 火加減など何度失敗したかわからないほどだ。

 それでも練習にはちょうどいいということで日課にしている。


「しっかし、結局使えたのは火と風と土だけか」


 はたしてこれが多いのかどうかは比較対象がアメリアしかいないから判断できない。

 ついでに言えば俺の知る魔術に比べて、味気ないこともわかった。

 火は火を生み出すだけ、風は風が吹くだけ、土は選り分けるだけ。

 火のヘビだったり風の刃だったり岩の弾丸だったり。

 そういった魔術らしい魔術は近い物なら作れるが、なんだか歪でうまくいかなかった。


「集中して変化できる形にも限界があるし、そっちに意識が集中すると威力が下がっちゃうしな」


 もしかするとこの世界の魔術はもっと現実的なのかもしれない。

 魔術に現実的もへったくれもないけど。


「ロマンがわかってないよなぁ。まったく」


 それでもうれしい誤算が一つ。


「相変わらず疲れたりはしないんだよな」


 魔術を使いはじめてすでに半年。

 俺はこれまで魔力の使い過ぎで倒れるなどの症状が出たことはなかった。

 もしかすると、この世界では魔力という概念はないのかもしれない。

 そう考えたことも一度や二度ではない。


 だが魔方陣を生み出す際には、必ず体から何かが抜けていくような感覚に襲われるのだ。

 間違いなく何かを消費しているはずなのだけど、結局わからずじまいだった。


「ある意味余計に怖いよな、これって。寿命を削ってるとかじゃないよな?」


 とはいえ考えたところで答えなど出ない。

 出ないものを考えても仕方ないとわりと楽観的に考え思考を中断する。

 そんなことよりも魔術だ。


「うし! もう一回焼き物に挑戦してみるか!」


 というわけで練習再開。

 気合と共に魔術を起動し火で焼きいれる。 

 …………火加減を誤り、土壁が爆発し吹き飛ばされた。


「――ケホ! ケホ! ……ま、まだまだ先は長そうだなぁ」


 こうして生傷の絶えない魔術練習はさらに半年続くのだった。


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