第14話「幼い正義の味方」 ②
魔女っ子正義の味方は幼女。それは日曜の朝から脈々と受け継がれた形式美!
……違うか? 違うな。
「マスター、クリリの実のソースが完成しました」
「うぃーありがとう」
場所は野外、広い庭には土魔術で作った囲炉裏と上には水の張った鍋が置かれている。
俺は完全に密封した別の鍋を風魔術で宙に浮かし、ガッシャンガッシャン大きな音をたてる作業を一時中断。ルナがへらでかき混ぜていた鍋を覗き込んだ。
「うん、いい感じいい感じ。ずいぶん道具の使い方に馴れてきたね」
「毎日叩き込まれてますから」
「おっと、言うようになったなコンニャロウ」
「ふふ」
ひかえ目に微笑み返された。
この半年でずいぶん彼女の雰囲気も軟化した。
具体的には明るくなった。
たぶん生来の人見知りと合わない環境にいたため、出会った当初は大人しかったけど、これが彼女の素なのだろう。
正直こっちの方が付き合いやすいので、俺的にはウェルカムだ。
「んじゃ、氷水で冷やしておいてもらえる?」
「はい、わかりました」
手際よく桶に氷水を張って鍋ごと冷やすのを見届け、俺も作業を再開する。
「ねーねーウィルくんウィルくん。さっきから何をしてるんだい?」
「ん~?」
再び鍋を小型竜巻でシャッフルする光景に、テリアはもっともな質問を投げる。
対し俺は風力を調整しながら中身が零れないよう注意しつつ答えた。
「材料は覚えてる?」
「卵と砂糖と牛乳、バニラエッセンスにシナモンだっけ? あーあと氷水?」
「正解! といいたいけど、それじゃ八〇点かな。正確には塩入りの氷水だ」
「それって重要?」
重要なんだよなぁこれが。
「海ってあるよね? あの水も塩水だって知ってる?」
「バカにしてるのかい? 知ってるに決まってるだろー!」
「じゃあ寒い日って湖は凍るのに、どうして海が凍らないと思う?」
「……ん? そういえばどうしてだろう」
世界の理すべてを知る精霊が考えてもみなかったと顎に手をやる。
気づいていたけど、どうやら精霊とは智者であっても研究者ではないらしい。
なまじいろいろ知っているせいで、灯台下暗しな不可思議の理由を考えないというか。
だからここでテリアが首をかしげることは予想できた。
「実は塩を含んだ水って凍らなくなる性質があるんだ。しかも液体のまま0℃以下……氷より冷たくなる。僕が作っているのはそんな冷たい水を使ったお菓子だよ」
「へ~」
説明されると興味がわいたのか、じっと宙に浮く鍋を見上げるテリア。
でもすぐに渋い顔をして耳をふさぎべっと舌を出す。
「でもちょっとうるさすぎやしないかな!?」
「へ? そう??」
「君は魔術や料理がからむと周りが見えなくなるよねぇ。視線に気づかないのかい?」
言われてふと屋敷の窓の方を見上げる。
そこには迷惑そうだったり、「まーた何かやりだした」といった奇異の視線を向けるメイドたちの姿があった。
……ふむ。
いまさら目立つことは気にしないけど、悪目立ちはティアに迷惑がかかるか。
いくら目立つ場所の方がよかったとはいえ、さすがに庭は目立ちすぎたか?
でも今さら移動するのもなぁ。
ここはさっさと獲物がかかるのを期待――
「ねぇ! 何してるのワンコ!」
「うわぁあああ!?」
何の前触れもなくすぐ目の前の地面から人の首が生えてきた。
その生首は見覚えのある顔だった。第三王女、リリィだ。
あまりに驚きすぎてシェイクしていた鍋のバランスを崩す。
途端、中の氷水が溢れ地面にまきちらされる。氷水が地面に吸われてなくなる中、ひとまわり小ぶりな鍋がドッと重い音をたてて落ちた。
「きゃ! ちょっとワンコ! 冷たいじゃん!」
「変な登場するリリィ様が悪いんでしょ!」
「ふっふーん、面白いっしょ?」
いや、どこが?
どのへんが面白いの?
どこの世界に突然目の前に知り合いの首が現れて爆笑できる奴がいんだよ。
ただのサイコパスだろそれ。
「うん……しょっと。うわぁ、ちょっと濡れちゃった」
まるで穴から出てくるような調子でぬるっとリリィの体が地面から出てきた。
もちろんこんな庭のど真ん中に人が入れる穴などあるわけない。
「それが二重奏水魔術【水渡り】ですか?」
「うん! じっみ~だけどアンドリューから逃げるのに便利なんだぁ」
自慢げに胸を張った。するとつつましやかな曲線が強調されるわけで。
ふむ、Aランク。
まだ戦闘力は低いが、将来性ではフレイア以上だな。
「さらにね、さらにね! 普通は服を脱がないとダメなんだけど、エアに協力してもらって服のまま潜れるようにしたんだ! すごいっしょ!?」
「執事長から逃げるためだけにオリジナル魔術を作らないでくださいよ」
なんちゅー才能の無駄使いだよ。
いや、最近魔術を『便利な調理器具』にしか使ってない俺も人のこと言えないけどさ!
「で、で! 何してたの!! なんだか甘い匂いもするし、また食べ物!?」
元気よく背に飛びついてくる小さな体を、俺は落とさないように気をつけた。
「あーはいはい。話すから、話すからちょっと離れてください!」
というか近い。離れてお願い、いい匂いするから!
本当にすげぇ喰いつきだった。
上手くいくか半信半疑だったけど、ティアの言うとおりになったな。
『あの子って好奇心が服着て歩いてるから、目立つことをしてれば勝手によってくるわよ。あと甘い物が好きだからお菓子でも作ればいいんじゃない?』
『そんなに単純に引っかかるか?』
『少なくとも闇雲に探すよりいいわよ。見つけようとするから大変なのよ。見つけさせるなら簡単でしょ?』
「逆に言うとおりになりすぎてちょっと怖いぞ」
俺もどこまで見透かされているのかねぇ。
「? 何か言った?」
「いえ、こっちの話しです。それで作ってたものはというと――」
「うむ、これのようじゃな」
俺より先にイタチ姿の大精霊が鍋に入っていた小ぶりの鍋を掲げて持ってくる。
「ずいぶん冷気を纏っておるのじゃな。氷よりさらに冷とうなっとるのじゃ」
「触っただけでわかるんですか?」
「わらわは氷の大精霊じゃ。わからんはずなかろう」
ごもっとも。
俺は小鍋をうけとり密閉していた留め金具を外す。
気圧差でくっついていた蓋を軽く火魔術であぶって外すと、中から半固形状の物体が現れた。
「これは氷菓子ね!?」
「はい、その一種です。っとまだ食べないでください。仕上げにソースを……ルナ」
「はい」
名前を呼ばれルナはすぐに意図を理解し動き出す。
ガラス皿にアイスを手早く盛って、作っていたクリリのソースをサッとかけた。
「どうぞリリィ様。『バニラアイスのクリリソース』です」
「わぁ!!」
白に赤いソースでアクセントつけたアイスに、リリィは奪うように皿をひったくる。
そえられたスプーンをさし、ゴソッとアイスの塊を……ってそんなに一気に食べたら。
「――――~~~~!!!」
あ~言わんこっちゃない。
冷たい物を一気に食べたら頭が痛くなるに決まってるだろ。
しばらく頭を押さえて悶えるリリィ。
おさまったころ、今度は涙目の瞳をグッと俺に近づけてきた。
大きすぎる瞳と整った顔がドアップで飛び込んできて少したじろぐ。
「甘い! うまい!」
うん、素直な感想ありがとう。
やっぱりこの子は二人の姉と比べてかなり直球だ。
「ほほう、冷たいのに濃厚な甘みなのじゃ。半固型の舌触りも実に良い。……うむ、うむ! いとうましなのじゃ!」
一方エアは食レポするみたいに味わって食べていた。
ちょっと意外。リリィと一緒で一気食いするタイプと思ったんだけどな。
「ワンコってこんなものも作れたんだね!」
「希望があれば他にもいろいろお作りできますよ?」
「ほんと!?」
目のキラキラが増した。
下心がある身としてはちょっと直視するのが辛いッス。
「そのかわりお願いがあるんです」
「なぁに?」
「今日一日リリィ様に同行してもいいですか?」
「リリに? なんで??」
「僕がここに来て半年ですけど、リリィ様とお話しする機会はなかったので」
「ふーん、それって必要?」
「ティアの妹君ですし、僕の料理を食べてくれる数少ないお方でもあります。なら他人じゃない。自分の腕を振るう相手くらい知っておきたいんですよ」
「……ワンコ、かわってるってよく言われない?」
む、一連の会話から、どうしてティアと同じ評価に繋がったのだろう?
「ウィルくんみたいに必要以上に面倒事へ首つっこんだり、自分から仕事を増やそうとしたりする人は人間でもいないからじゃないかな?」
と耳元で補足してくるテリア。
そんなものなのだろうか? 時間があるならできそうなことに手を伸ばしておくのは案外普通のことだと思うのだけど。とくに人との縁なんて一期一会というくらいなのだし。
「ま、いいや。なら付き従いなさいワンコ!」
「はい、リリィ様」
「……その前に一ついい」
「? はい」
「敬語はやめて! 敬称もいらないから。なんだか気持ち悪いんだもん」
気持ち悪いとは失礼な。まぁ本人が辞めろって言うならやめるけど。
「わかったよリリィ。これでいいかな?」
「うん! それじゃエアと……ルナちゃんだっけ? 今日も街に行くからついてきなさい!」
「おう! 行くのじゃ!」「え? えぇえええ!?」
姉に引き続き妹にも勢いで巻き込まれることとなったルナに心中で謝り、ずんずん歩いていく背中を追う。
と、そこで結局彼女たちが普段何をしているのかまだ聞いていないことに気づいた。
「ところで何をしに街へ?」
「力ある者が、下々にすることなんて一つしかないじゃない!」
俺の質問によくぞ聞いてくれたとばかりにリリィはキメ顔で答える。
元気よくツインテールを揺らし振り返ると堂々とこう言いきった。
「正義の味方よ!!」
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