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俺、テイムされます - オオカミシェフの異世界漂流記 -  作者: たかじん
第2章 アルベルノ王国《王都マクスウェル》
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第13話「黒の魔術師」

 カチャンとテーブルにティーカップが置かれる。

 琥珀色の液体は湯気と一緒に香りを運んできた。

 紅茶だ。たぶんとってもいい茶葉なのだろう。

 クセのない香りはにおいに敏感になった俺の鼻でも「お?」と思えるくらい心地いい。

 普通ならここからどんな葉を使ったのかとか、入れてくれた人のこだわりとか、そういった話しに花が咲くところだろう。

 こんな状況でなければ、だけど。


「? 飲まない??」

「あ、いや、そうじゃなくてね」


 キョトンと首をかしげるのはこの屋敷の主、アクア=プラネット。

 うん、無表情だけど容姿が凄まじくいいから、小動物っぽくて可愛い。

 冷たい人形めいた雰囲気もアンティーク調に整た部屋にいると一枚絵みたいとても映えている。

 ……その横にお盆を両手で胸に抱いた白甲冑が控えていなければだけど。


 ちなみに紅茶を入れてくれたのは黒甲冑だ。

 巨体とは思えない繊細な手つきだった。

 ご丁寧にピンクの花柄エプロンまで巻いている。

 そして俺は足の長い椅子の上にお座りしてアクアと向かい合ってるわけで。

 ……なんだこのシュールな光景は。


「あ」


 と、何かに気づいた様子でアクアが掌を打つ。

 そしてちょいちょいと老執事を手招きし何かを命令した。


「失礼いたします」


 しばらくして底の浅い皿を持ってくると、そこに俺の分の紅茶を移し再び俺の前に置いた。

 まるで犬用の水受けみたいに。


「ん、どうぞ」

「違うそうじゃない」


 カップじゃ飲みにくいとかそういう問題じゃないの。

 キョトンと首を傾げないで。


 もうなんかさ、ツッコミ待ちなのかなこの子?

 どうしてあの緊張感あるファーストコンタクト&爆弾発言から、呑気にお茶会はじめてるのって言いたいんだよ!

 というかこの水受けがわりの皿も見るからに高級そうで使いづらいから!

 マ○センみたいなお皿を犬の水受けみたいに使うな!


「ウィルくん。この人ってもしかして天然?」

「お前はお前でリラックスしすぎだろ」


 早々に警戒を緩め、紅茶と一緒のおかれたケーキを頬張るテリアの呑気さにはため息しか出ない。 さっきまでの緊張感はどこに行った。

 仕方ないので俺から話を切り出すことにした。


「えっと、アクアさん?」

「アクアでいい」

「じゃあアクア、さっきの台詞ってどういう意味?」

「台詞?」

「『あなたと同じ、転生者』って台詞だよ」


 ソーサーを片手にティーカップを傾けた手が止まる。

 質問の意味を吟味するようにボケっと宙を見つめ、うんと頷き口を開く。


「そのままの意味」

「そのままって、だとすると君も……転生者? ってことになるんだぞ」

「そう言ってる」


 ここまできっぱり言われると俺もどう反応していいかわからなくなる。

 転生者……たぶん、前世の記憶を持っているという認識でいいのだろう。

 その知識を使って貴族区に住めるほどの財を成したのか? しかしそんなに簡単な話だろうか……いや、そうかもしれないな。

 俺もこんな体に転生してしまったから、マクスウェルに来るまでほとんど有効利用できなかったけど、料理一つとってもかなりの武器になった。

 アニメや漫画の知識でさえ魔術を使ううえで糧になっているのだ。

 どんな知識も使いようっていうしね。


「ウィルくんウィルくん、てんせいたいっていったい何の話し?」

「ごめん、今は黙っててくれ」

「あ、うん。ごめん」


 話しに割り込んで来たテリアがしゅんと身を引く。

 ……しまった。つい突き放すような言い方をしてしまった。

 いくら混乱してたからって今の言い方はきつすぎる。


 俺は頭を冷やす意味で大きく深呼吸を一回。思考を整理する。

 考えていなかったわけじゃない。

 俺という実例があるんだ。他にも同じ存在がいてもおかしくはない。

 むしろ俺だけが特別だ~なんて考える方がバカだ。

 だから彼女という存在についてに疑問はない。

 じゃあ何でこんなにも動揺しているのか。


「……どうして俺も転生者だって気づいた?」

 そう、ここだ。

 俺がわからないのは、ようするにこの一点に収束している。

 

 たしかに迂闊な行動は多かった。

 とくに料理については知識をひけらかし過ぎたと思う。

 でもあくまで王宮内での話だ。


 王宮は閉じた狭い世界だ。

 過去には王の愛人をしていたメイドが王妃に見つかり、怒りのまま殺された事件があったという。でもそんな人死にですら内家で処理され、家族にさえ不幸な事故ということで処理されたという。

 それだけ王宮内でのことは外には漏れにくい。


 可能性があるとすれば、貴族区に住む彼女が他の貴族から俺の噂を聞いて見当をつけたという線。

 ただこの場合「こいつが怪しい」ということはわかっても、あんな確信めいた言い切りはできないように思う。

 もしかしてカマをかけられたのだろうか?


「魔力が多いから」

「魔力?」

「転生者、みんな優秀な魔術師。だからすぐわかる」


 理由は全く予想外な物だった。


「少し前からこの街におっきな魔力が入った。気になってた」

「……」

「でも転生者にしてはすごく少ない。だから直接確かめた」


 思いもよらないタイミングで一つに疑問が解消された。

 魔術を使い始めて以来、俺は魔力を使い切ったことはない。

 どうして自分にはこんなにも魔力があるのかがわからなかったけど、そういう理屈か。


 それにしても……みんな(・・・)魔力が多い、ね。


 つまり俺たち以外にもこの世界には転生してきた人間がいるというわけか。

 どうやらこのアクアという少女は俺よりずっとこの世界と元の世界とのつながりに精通しているようだ。

 ……できることならもう少し聞き出したいな。


「ちなみにアクアは前世でなにをしてたの?」


 そう思い、話の取っ掛かりとして選んだのは俺たち共通の話題。

 元の世界についてだ。

 他人同士でも同じ県民なら意気投合しやすいように、同じ世界民トークなら親睦を深めやすいだろう。

 相手が大阪府民かは「551が?」と聞いて「あっはっは!」と笑えば一発でわかるのと同じ理屈だ。もしくは「関西電○保安協会」をさらっと読めれば関西人だ。伝われ、このネタ!

 だが予想に反してアクアは眉をひそめ首をかしげてしまう。


「わからない」

「へ?」

「私に前世の記憶はない」

「……」 


 え? どゆこと??


「あなたみたいに性格に影響するほど記憶を引き継いだ人ははじめて」

「じゃあ日本って単語も知らない? アメリカとかイギリスとかでもいいんだけど」

「ない。寒い季節の終わりに降る温かい吹雪の記憶だけ」

「温かい吹雪?」

「ん、それも夢を見ていたような靄がある」

「寒い季節を終えた……それって桜吹雪じゃないかな」

「? 桜、なにそれ」

「木に咲く花のことだよ。年に一度開花して数日で枯れる。俺のいた国を象徴する花さ」

「そう」


 特に興味なさ気に頷く。クールな子だ。

 この子の説明は断片的でわかりにくい。

 それでもなんとなくだけど話の流れはわかる。

 この世界には俺と同じ転生をした人間が何人もいる。

 これについては想像していたし問題ない。

 まぁ俺みたいに記憶を引き継いでる人はいないって話しだけど、これも鵜呑みにするのは早計だろう。


 むしろ見つけ方を知れたことのほうが大きい。

 魔力が極端に多い人間、か。

 たしかにこうして対峙してみてやっとわかるけど、アクアの魔力はすごい。

 たぶん俺の倍以上はありそうだ。

 そういう意味でリリィも怪しいかもしれない。

 あの子も俺と同じくらいの魔力を持ってたし、本人の自覚がないだけで転生者の可能性は高いだろう。


 ……それにしても。

 俺は目の前にしてやっと魔力の有無がわかるのに、この子は俺が街についた瞬間に気づいたと言っていた。そんなことが可能なのか? 

 それともこの子が凄まじく優秀な魔術師というだけのことなのか。

 このへんはもう少し探る必要がありそうだ。


 転生者はもれなく魔術師としての才能がついてくるねぇ。

 やっぱりこの妙に魔術と相性のいい体も転生が関連していたわけだ。

 感覚的には二周目周回特典といった感じか? 


「じゃあ君も魔術師ってこと?」

「私のこと聞いてない?」

「誰に?」

「……聞いてないならいい」


 おや、そっぽを向かれてしまった。

 心なしか眉根が下がって頬も膨れて……怒ってる?


「えっと、なにか失礼なことを言った?」

「気にしないで。それより迎えが来た」


 迎え? そう聞き返そうとした時部屋の扉が乱暴に開いた。

 飛び出したのは息を切らしたティアとルナだ。


「ウィル! 無事!?」


 もっすごい勢いで駆け寄ってくると全身をペタペタ触られる。

 女の子に体をまさぐられて妙に気持ちいいのはきっとオオカミの体だからだ。

 そんな性癖は俺にはない。多分。


「窯で煮られたりしなかった? 実験と評して変な薬飲まされなかった? というかどうしてよりによってここにいるのよもう!」


 冷静沈着とは違うけど、目に見えた取り乱すティアは珍しい。

 一緒に入ってきたルナが勢いに押されてポカンとしちゃってる。

 ここまで露骨な姿を見たのは二度目じゃなかろうか?

 一度目はもちろん【契約(テイム)】の時、死にかけ倒れていた俺を見つけた時だ。


 つまり今の状況はその時と同じくらいの状況ということになるわけで……え? もしかして知らずに危ない橋渡ってた?


「えっと、特に何もしてませんよ? お茶を飲んで話をしただけです」

「そんなお茶ペッしちゃいなさい! ペッて!」


 いや、ペッてあんた。んな子どもに言うような言い方せんでも。


「……む、ミー。その言い方は失礼」

「あたしの使い魔に手を出さないでって言いましたよね!」

「聞いた。でもその約束より知的好奇心が勝った。それだけ」

「それだけ、じゃないです! もう! これじゃあ何のためにひと言入れておいたのかわからないじゃない!」

「ミー、かりかりしてる。そういう時は甘い物。……飲む?」

「飲みません! 魔力が増えるって言って、わけわからないものを飲まされたこと、忘れたわけじゃありませんから!」

「あれはちょっと失敗しただけ」

「そのちょっとのせいでひと月もお腹ピーピーにされた身にもなってくださいよ! 影で尻緩姫って一時期呼ばれてたんですよ!?」


 う、うわぁ……それは辛い。

 というか待て。それが本当ならヤバくないか? 

 ちょっと飲んじゃったぞ?

 せっかく評価改善に努めて結果が出てきてるのに、ここでゲロッピーだなんて噂は勘弁してもらいたいのですがそれは。


「ルナ、彼女って何者? なんだかティアと親しそうだけど。もしかして有名人?」


 やいのやいの姦しい二人から蚊帳の外になっていたルナに尋ねる。


「たぶん、この国であの方を知らないのはマスターだけだと思います」

「……マジか」

「あのお方はアクア=プラネット様。ミーティア様の師匠であり、王国最高位の魔術士様です。《四属性の担い手(エレメンタルマスター)》《人形遣い(ドールマンシー)》、その名声をしめす二つ名を数多くありますが、一番有名なのはやっぱり――《偉大なる魔術使いエンシェントウィザード》」


 あれが噂の師匠? いや、それよりどこかで聞き覚えのある名前だ。

 どこだろう。そんなに昔の話しじゃなかったような?

 悩む俺にルナは続けた。


「建国三〇〇年を生き、すべてを見てきた。正真正銘の生ける伝説。不老の魔女様です」


 建国という言葉で欠けたパズルがぴったりとはまった。

 アルベルノ王国建国の三英雄の一人。

 それが俺と同じ転生者であり、ティアの師匠であり。


 そして、俺の物語に深くかかわってくる少女との、はじめての邂逅だった。


      ※


 王宮への帰り道、夕暮れ時の日の光が、長い影を二つと小さな影を一つ作る。

 ずいぶんと長居してしまっていたようだ。

 これから帰って晩ご飯の準備となるとギリギリになるかもしれない。

 正直心構えもなく聞かされた長年の秘密に頭も体も疲れで重い。

 このままベッドにダイブしてしまいたい欲求がふつふつ湧いてくる。

 でもまぁ、これもこの世界で生きるために仕方のない仕事だと割り切るしかないか。

 

 それにしても……やっぱり花があるな。あの二人は。

 俺は前を歩く二人の背中を見ながらため息をつく。

 だからこそルナが背負う人が数人入りそうな巨大なリュックがシュールだ。


 というか、ルナちゃん?

 ヴィートを買う予定だったよね?

 なんでそんなに大荷物??

 籠の端から服のようなものが見えてるんですが、食材を買ってたんだよね?

 どこの世も女性の買い物は予定通りにはいかないらしい。


「へぇー、じゃああなた、王宮の料理を学ぶためだけに集落を飛び出してきたんだ」

「はい、でもやっぱり魔術が使えないとうまくいかなくて」

「でしょうね。うちの料理人って無駄にプライド高いから」

「はい…………あ、すいません」

「あはは、いいのよ。んじゃ、今の状況はむしろ願ったりなんだ」

「はい! マスターの料理はいつも新しくて、でもどこか洗練されてて。手伝いの許可を出していただいたミーティア様にはなんとお礼を言えばいいのか」

「いいわよそんなの。ま、どーしてもって言うなら、あいつから技術を盗んでいつか一品出してちょうだい。あと、公の場でないなら様付けはいいって言ってるじゃない」

「あのあの、こればかりは性分なので……」


 ……まぁ、なんだ。

 ルナはまだ少し固いけど、二人の距離が近づいたようなので良しとしよう。


「ルナ、やっぱり俺も少し持つよ」

「い、いえいえ! これもマスターのお手伝いの私の仕事ですから!」

「でもだな」

「これくらい軽いですから! ご心配なくです」


 こうして一緒の時間が多くなって気づいたけど、ルナはオドオドした雰囲気とは裏腹に、強情なところがある。

 一度決めたら頑なというか。

 それくらいじゃないと単身集落を飛び出したりしないのだろうけど。

 ティアも家出娘だし、性格は真逆な二人だけど案外相性はいいのかもしれない。


 とはいえ、やっぱり女の子にあの大荷物を持たせるのはなぁ。

 無理してる感じじゃないから、本心っぽいけど。


「なぁテリア、やっぱり獣人って力持ちなのか?」

「……」

「テリア?」


 反応がない、ただの屍のようだ。

 いつもは呼ばなくても喧しいテリアの様子がおかしく首をかしげる。


「ねぇウィルくんはボク達に隠し事をしているのかい?」


 主語のない質問だった。

 でも何となく、アクアとの一連の会話をさしているのだとわかった。


「いや、そういうわけじゃないよ」

「じゃあどういう意味?」

「……説明しにくいんだ。話しても混乱させるだけだし、俺もこの状況を理解できてるわけじゃない。だからちゃんと説明できる自信もない」

「ふ~ん、だから黙れなんて言ったんだ」


 ふわりと、毛の中から飛び出し鼻先に座る。

 その顔はブスッとふて腐れていていた。


「あれ、結構傷ついた」

「うっ、ごめん。いっぱいいっぱいだったからさ」

「……ボクさ、結構好きなんだよ。今の状況」


 ぽつりとつぶやいた言葉は俺には向いていなかった。

 俺の視線の先、前を歩く二人に向けて零れて言葉だった。


「面白い人間が、面白い人間と出会って、大きな事件はないけど面白い日々が流れてる。ちょっと刺激が少ないって思うことはあるけど、なんか好きなんだ」

「うん、わかるなそれ」


 全面的に同意しておく。 

 そりゃ懸念はある。


 森においてきたスーヤのこととか。

 あの後テリトリーはどうなったのだろうとか。

 こんなにのんびりした日々を過ごしてるだけでいいのかとか。


 でも、それでも。

 テリアの言葉に異論を挟む余地はなかった。


「だったらさ、壊さないで守ってあげてね? そのための協力はするからさ」


 一度だけこちらに振りかえり、テリアはニッと歯を見せて笑う。

 協力、ね。

 つまり今回の件、二人には秘密にしてあげるってことか。


 相変わらずこいつは、普段天真爛漫で悪友みたいなくせに、ときどきずっと年上なんじゃないかと思うくらい、今にも消えそうで儚い大人びた表情を見せる。

 いや、文字通り年上なんだっけ? 今度ちゃんと聞いてみるか。

 彼女の半透明な水色羽根越しに赤い夕陽が落ちていく。


 ピンクの髪が風に舞いあがり、気の早い銀河みたいに宙を舞った。

 昼と夜の境界線、あかね色の空が見せる幻影のように溶けていく。


「わかってるよ」


 誰にも聞こえない声を口の中で転がす。

 俺だってこの生活は気に入っている。

 できることなら壊したくないし手放したくない。


 ふと思い出すのは、アクアの屋敷の白甲冑に黒甲冑に老紳士だ。

 フレイヤやガブリエルでもいい。

 この世界にはとんでもない化物が何人もいることを知った。

 魔術の才能があって舞いあがってたけど、同じような転生者がいることも知った。

 俺はこの世界でけっして強い生き物じゃない。

 そのことを改めて再確認させられた。


 いま俺がうまくいっているのは、前世での貯金である料理スキルのおかげだ。

 この世界で培ったものだけでは到底生きてはいけない。

 だから、今ある光景を守る力は俺にはまだないのだろう。


 ……このままじゃダメだよな。

 もっと頑張らなければ。

 心機一転、久しぶりの休みをへて気合を入れ直す。


 でも、今だけは――。

 あかね色の時間は終わり、街を夜が呑み込もうとしている。

 そろそろ急がないと夕飯の準備が本格的に間に合わないかもしれない。

 そうわかっていながら、この穏やかな時間はぬるま湯みたいに心地よくて。

 楽しかった休日を惜しむように、俺たちは長く伸びる影を引き連れ、誰が言ったわけでもなくゆっくりと帰路につくのだった。


     ※


 ――でも、現実はそううまくいかないのだと、俺は痛感することとなる。


「ミーティアの結婚相手が決まった」


 みんなとの時間を守ろうと決めたその日の夕食。

 突然切り出したカルノの言葉に時間が止まる。


「……………え?」


 さしものティアも硬直する。

 ひかえていた俺も、思わず声が出そうになった。


 結婚って、いやいやいや! ティアはまだ一〇歳だぞ!

 結婚は早すぎる……いや待て、この世界では一般的なのか?

 日本だって昔は十二歳で嫁入りうとかあったらしいし。

 でも、そんなちょっとコンビニ行ってくるみたいに言う内容か?


「け、こん? あ、あの、それって――」

「安心しろ。なにも今日明日の話しじゃないよ」


 ティアが何か言おうとする。

 だが考える隙を与えないためか、カルノは言葉にかぶせるように続けた。


「先方は随分乗り気で、顔合わせのためにしばらく王宮で暮らしたいと言っているが……正式に籍をを入れるとしても準備期間が必要だろう。それまでには心の準備はできるさ」

「……」

「安心しなさい。私も気に入った好青年だ。問題は何もない」


 終始穏やかに話すカルノ王。

 なのに言ってることは無茶苦茶だ。

 好青年って……それを決めるのはティアだろ。

 その言葉のどこに安心材料があると思ってるんだ。思わずそう叫びそうになる。でも、


「――……はい、わかりました。お父様」


 言いたいことを全部飲み込んで頷くティアに、

 たぶん、一番声を荒げたい子が黙っているなら、俺にはなにも言えなくなってしまった。

 こうして俺の使い魔生活は、否応なしに変化を求められることとなった。


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