第11話「銀獅子の第一王女」 後篇
姉御肌な年下女の子というのも乙なものです
そんなこんなで俺たちがやってきたのは、王宮の広い庭だ。
雑草一つない。庭師の確かな仕事に感嘆のため息が零れる。
「でもこれ、広すぎて庭っていうよりグランドだよな」
「ぐら……なんだいそれは?」
「いえ、なんでもないです」
すぐそばで準備体操なのか大きく伸びをしていたフレイアと向き合う。
ただ服装はメイド服のままだ。
王宮の庭で対峙するオオカミとメイド服の第一王女。
傍から見るとさぞシュールなことだろう。
「さて、早速始めるけど……オオカミくんは人が肉体を強化するところを見たことがあるかい?」
「はい、ティアで何度か」
思い出すのは大木を毛抜き感覚で引き抜いた光景だ。
あんなインパクトそうそう忘れられるものじゃない。
「なら話は早いね。人の武器はいくつかあるが、その多くに魔力を使う。で、武人っていうのは魔術師の逆でね。魔術が内から外に向けるものなら、武人は内のものをさらに内側に向けるものなのさ」
生き生きと解説しだすフレイア。
きっと得意分野なのだろう。
正直オオカミの体ではあまり意味のない知識に思えたけど、知らないから使えないのと知っているけど使わないのとでは意味が全然違う。
知っておいて損はないはずだ。
ということで、ここで一つ彼女の説明をまとめておくことにする。
なんでもこの世界にも武術の類いは存在するらしい。
その武術を操る者たちの総称を『武人』というのだそうだ。
とはいえ流派は大陸全土で数多とあるため、ここでは大きく分けた三つを記しておく。
まず一つに剣術型。
武器全般を使ったものを指し、剣とついているが斧・槌といったものも含めて剣術と呼ばれているらしい。体を一つの武器とし戦うスタイル。三つの中でもっとも攻撃的だが、武器を失うと途端に戦力ダウンしてしまう短所も持つ。
二つ目は体術型。
こちらは無手での戦闘に重きを置いた、まさしく中国拳法のような流派だ。どんな状況でも十全の力を発揮でき、怒涛の連撃を得意とするスタイル。武器を必要としないため暗殺の手段に使われることもあり、中には忌み嫌う人も少なくないとか。
三つ目は銃術型。
近年になって普及し始めたスタイルで、魔術に変わる火薬などの科学の力で遠距離武器を操りながら接近戦の短所をなくすことに重点を置いた流派だ。その特異性ゆえにまだ数は少ないものの、魔術と違い素材さえ用意できれば詠唱時間なしで使える利点が受け入れられ、その数は徐々に増えているらしい。
一般的に魔術師以外の冒険者や騎士階級に位置する者は、この三つのうちどれかを修めているらしい。
そして、三つとも基礎にあるのは魔力での強化である。
それぞれ剣術は武器と肉体を、体術は肉体だけを、銃術は肉体と弾丸を。
使用する側の魔力にも相性というものがあるらしく、肉体強化は得意でも剣や弾丸のような物を強化することが苦手な人は体術タイプ。その逆は剣術・銃術タイプとわかれるらしい。
つけ加えるなら、こちらも魔術と同様に階級は存在する。
門下・初段・師範・妙手・達人。
この五階級に加え、同じ階級内で一位から三位にわかれる。
「ちなみにミーティは剣術初段一位と体術初段二位だぞ」
「それってすごいんですか?」
「すごいなんてものじゃない。王宮お抱えの近衛兵でも師範三位から五位くらいだ。それをあの歳で二つの初段を修めているのだからね」
まるで自分のことのように誇らしげにフレイアは語る。
その姿に何故か違和感を覚えた。
いや、マイナスな意味じゃない。
どちらかというとアンジャッシュしてる様な違和感というか……うーん、うまく説明できない。
「ちなみにフレイア様は?」
「剣術妙手一位、体術妙手三位、銃術師範三位だが?」
五階位の二番目二つと三番目一つ……しかもうち一つは達人一歩手前とな?
チートや! こんなんチートやチーターや!
「あの、ティアよりずいぶん上な気がするんですけど?」
「それは仕方がない。わたしの方が年上なのだからな」
言ってと三つしか変わらないはずじゃ。
「何よりミーティとは違って魔術はからっきしだからな。そのぶん武術の鍛練をしていたのだ。これで負けては立つ瀬がない」
あ、魔術が使えないんだ。
それはちょっと意外だ。
「武術は魔術が使えない者のために編み出された凡人の力だからな」
「なるほど」
「そもそも、独奏奏魔術すらまともに使えるのは数百人に一人。実戦レベルとなればさらに少なくなる。私から言わせればティアやリリィが羨ましいよ」
言いたいことの理屈はわかる……でも、うーん。
それでも埋まる差じゃない気がするけど。
やっぱり魔獣種最強のドラゴンを使い魔にできる人はそれだけ化物ってことなのだろう。
「ちなみに、武術って僕でも応用できるんですか?」
一度ティアに諦めろとは言われたが、もしかするとフレイアならと思い聞いてみた。
「無理だろうな」
ありゃ、言い切られた。
「いや、オオカミくんが魔人になれるほど成長していれば話は別だろうが、あくまで人型の生き物の技術だからね」
「なるほど」
「しかしその学ぶ姿勢は好感が持てる。せっかくの機会だ。一つ見せてあげよう」
そう言うとおもむろにスカートをたくし上げる。
ハイソックスでムチッとなった眩しい太ももが覗き、思わず視線がバキュームした。
下着が見えるか見えないかの境界線が素晴らしきわびさび……いや、そうじゃなくて。
どうやら太ももに刃物を皮ベルトで巻いていたらしい。
果物ナイフくらいの湾曲した短剣だ。
なんとなくあーやって取り出す武器は投げナイフのイメージだったけど、彼女のそれはどうやら逆手で握って使う用らしい。
なんか戦闘メイドみたいでかっこいいな。
「手ごろの標的がないな……オオカミくんは確か土魔術が使えたよね?」
「え? はい、使えますけど」
なんで知ってるんだろ? ……って、そういえばガブリエルには話したっけ。
不安なのはあいつのことだ。誇張して伝えていないかなんだけど。
「ならちょうどいい。できるだけ固い岩を作ってくれ。庭石を壊しては怒られてしまう」
「ああ、なるほど」
言われて適当な岩を作る。
いつか自分の魔術の標的にしたものと同じ物だ。
できを確かめるようにフレイアが岩を叩き、硬質な金属音に驚いたように目を見開く。
「ずいぶん固いね」
「そうなんですか?」
「少なくとも鉄のような音のする岩を作れる魔術師を私は一人しか知らない」
「……もしかしてそれって、ティアの師匠さんですか?」
「なんだ知ってるのか?」
「いえ、会ったことはないです」
よく比べられる相手だったため、会ったこともないのにイメージに残ってるんだよなぁ。
いつか会える日は来るのだろうか? できれば俺も教えをうけたいところだ。
森から出て以降もテリアから教えを受けてるけど、最近伸び悩んでるしなぁ。
……森と言えばスーヤはどうなったのだろう。
最近の忙しさで、めっきり思い出すことが少なくなってしまった。
今は動けないけど、ここでの生活が落ち着いたら迎えにいければいいな。
「これは少し本気で行くか。オオカミくん、危ないから下がっているといい」
考え事をしている間に準備を終えたらしいフレイアが、岩の前で肩を回す。
そして数秒閉目し、瞼を開ける。
「剣技――【瞬】」
瞬間フレイアの片手がブレた。
キン――と、コインが落ちたような音が鳴る。
何かしたにしては静かすぎる音だ。
でも結果は劇的だった。
岩は乱切りされたニンジンのように切り刻まれ大小さまざまな破片となて崩れる。
切り口はまるでリアル直○の魔眼みたいに鏡面でピカピカしていた。
「おお、すげぇ」
思わず素で感嘆声が漏れてしまった。
技を出した後の残心のように構えを解く姿も、なんだか凄腕って感じがしてかっこいい。
「――……と、まぁこんな感じだよ。参考になったかな?」
「あ、それはないです」
「張り合いのない反応だな。もっとこう『見えたっ!』みたいなのはないのかい?」
いやいや、んな開眼みたいなイベントそう簡単にないからね?
「……ふむ、なぁオオカミくん。この岩はもう少し意匠をこらすことはできないかい?」
「意匠ですか?」
「うむ、人の形にしたり獣の形にしたりだな」
「? そういうことでしたら。土よ、我に答えよ」
言われて一応試してみる。
はじめてのため不格好だが、一応手足らしいものの生えた人型の石像を作る。
その足元には自分の姿をモデルに作った犬らしきものも添えてみた。
「ほう、悪くないな」
「あの、こんなの作ってどうするのですか?」
「鍛練の練習台さ。砂袋を木刀で叩いても緊張感がないからな。形だけでも敵を想定できればと思ったのさ」
「ああ、そう言うことなら。土よ、我に答えよ!」
やりたいことがわかったので早速実行。
フレイアの後ろにまるで剣を振り上げたような剣士の像を作る。
「ッ!」
瞬時に俺の意図を理解したフレイアは、振り向きざまに短剣で一閃……だったのに、なぜか像の首と胴と剣が根元から斬られた。
サラッと物理法則を無視しないでほしい。
「土よ、我に答えよ!」
ならば続けて像を作る。今度は三人同時だ。
それぞれ彼女の死角になるような場所から攻撃の構えを――
「ふっ!」
――とろうとして、完成より先に切り刻まれた。
早い! 詠唱していてはらちが明かないか!
俺は背の袋から一本の短刀を取り出す。
火と風と土、俺の使える魔術は独奏魔術であればすぐに使えるように、魔術を【付与】した短剣をいつも持ち歩いている。
くわえたのは当然土の独奏魔術を付与した短剣。
魔力を叩きこむと先ほどとは比にならない速度と精度で敵の像が完成していく。
「ほう! 聖具か!」
八重歯をむき出しに不敵な笑みを浮かべ、フレイアのギアもあがる。
俺が像でフレイアの動きを封じようとし、そうはさせまいと斬線が奔る。
作っては斬り、作っては斬り、作っては斬り。
まるで詰将棋でもするように攻防は続き、唐突に終わりを告げた。
「おっと!」
何体目の像が斬られたとき、フレイアの短刀が根元から折れたのだ。
動きが止まり、岩の剣を構えた像が三体、彼女を囲むように喉元と胴に刃のない刀身を構えて勝負はついた。
「勝負ありですね」
「そのようだな」
汗ひとつかいていない涼しい顔で呟くと、フレイアはうつむき震えだす。
……ヤバい、王女相手に調子に乗りすぎただろか?
「ふ、ふふふ、ふははは! いい! いいぞオオカミくん!」
そんな心配をよそにフレイアは腹を抱えて笑いはじめる。
「まさか私に一本取る魔術師が現れるとはな!」
「いえ、条件が良かっただけですよ」
というかむしろ、ショックの方が大きい。
なにせフレイアの獲物は果物ナイフみたいな短剣。
めいいっぱい固めた岩を斬られただけでも悔しいのに、結局折れるまで止められなかったのだ。
付け加えるなら、彼女は俺を狙わなかった。
魔術師相手にその担い手を狙うのは基本だ。
あくまで訓練だから勝てただけで、実戦なら何回死んでいたかわからない。
それだけの実力差が俺とフレイアにはあった。
最近は、「もしかして俺って強いんじゃね?」とか思っていたので自信喪失である。
「謙遜はよせ。しかし、魔獣で聖具使いとは、ミーティアも面白い奴を使い魔にしたな」
「聖具?」
「ん? お前の持つ剣のことさ。【付与】を施した武具は聖具と呼ぶのだ」
へーそうだったのか。
すんごい今更ながら知ったな。
「うん、いいな」
なにやら頷いたフレイアは俺を指差し言う。
「オオカミくん、私の鍛練に付き合う気はないかい?」
「鍛練ですか?」
「ああ、もちろんミーティアを優先してもらっていい。このくらいの時間はここで剣を振っているから、時間が空いた時でいいからさ」
思わずしっぽが左右に揺れる。
正直願ってもない提案だったからだ。
というのもここに来て以来、俺は魔術の練習は人目を忍んで行ってきた。
なんでかって? そりゃ俺が新参者だからだ。
第二王女の使い魔という立場だが、いきなりやってきたどこの馬の骨ともわからない獣が、王宮内で魔術をバンバン連射していれば心象が悪いと思ったのだ。
そう言う意味で彼女の提案はありがたい。
なにせ彼女との訓練と言う名目の下、思う存分魔術を使うことができるんだからな。
付け加えるなら、俺のことを認めてもらいティアに恩返しをするという先だった目標もある。
いいきっかけにもなるだろう。
とはいえ俺はあくまでティアの使い魔だ。
はたして姉妹とはいえ別の人に付き合うような真似をしていいものか。
このあたりはティアに相談しておく必要があるだろう。
というか彼女にも使い魔がいるだろ? あとから何か言われるのは嫌だぞ。
「ガブリエルはいいんですか?」
「あれと本気でぶつかったらマクスウェルが瓦礫になるからな」
「あ、そうッスか」
サラッと怖いことを言わないでほしい。
本気のフレイアとガブリエルってそんなにおっかないの?
なんだか鍛練に付き合うのが怖くなってきたんですけど?
とにかく、ガブリエルに配慮する必要はないらしい。
なら俺の返答も決まっている。
「……わかりました。ティアから許可が出たらお願いします」
「うん、君ならそう言ってくれると思っていたよ」
そう言って頭をわしゃわしゃーっと、大型犬にするように撫でてくる。
雑だが気持ちよく感じてしまうあたり、俺もこの体に馴れたものだ。
とその時、タッタッタとこちらに近づく足音に気づく。
「マスター! 言われた料理を作って…………あ!」
例の料理勝負以降、正式に俺のお手伝いになったルナだった。
表向きの理由は夕飯を作るようになったための助手という形だけど、彼女の料理に対する真摯な態 度も相まって何品か教えてあげていたりもした。
ちなみにマスターというのは俺のことだ。
俺の下につくことになった日から、彼女にはそう呼ばれている。
今日も以前俺が教えた料理を作ってみたのだろう。
よっぽどできがよかったのか珍しい満面の笑みだ。
しかし、隣にフレイアがいることに気づき瞬時に萎んで消えてしまう。
「あ、えと、フレイア様、あ、こ、これは、そのその!」
「こらこら、慌てなくていいから。せっかくの料理をひっくり返すよ」
「は、はい! お心づかいありがとうございますです!」
敬語が変なことになっていた。
相変わらずのあがり症だな。可愛いから接客に最適なのに、もったいない。
「彼女は?」
「ルナといいます。先日の一件以来僕の下で働いてくれている助……弟子です」
助手と言いかけ、それだと他人行儀すぎるかと思い言い換えた。
「はわぁ!」
なぜか変な声を出して驚かれた。なぜか顔も赤い。
変なことを言ったかしら?
「ほう、オオカミくん直属の弟子か。その料理は?」
「あ、えとえと。『お好み焼き』……です」
「おこ……なに??」
聞き馴れない単語に興味をひかれたのかルナの持つ皿を覗き込むフレイア。
「お好み焼きですよ。ヴィートがベースの生地に具材を入れて焼いた食べ物です」
正確には味噌を使ったツッルパーゲという、名前がハゲへ喧嘩売ってるとした思えない調味料が、ソースに似た風味だったこともあり、アレンジして作ってみた『なんちゃってお好み焼き』だ。
材料はクズ野菜の切れ端を混ぜるだけだし、まかない飯としては非常に優秀だ。
ルナに俺の作る異世界では異質な料理に馴れてもらう意味でも最適だろう。
「ふむ、焦げが香ばしいな。どれ、私にも一つくれ」
「そ、そんな! ありあわせで作った料理をフレイア様にお渡しするわけには!」
「ありあわせだろうと食材に罪はないだろ。うん、せっかくだ。私が茶葉を選んでやる。三人で食おうではないか!」
「……え? えぇえええええ!?」
その後、なんとなく三人でティータイムをする流れとなって解散となった。
その間緊張で顔面蒼白だったルナには、正直悪いことをしたと思ったけれど。
うん、彼女の人となりが知れて有意義な時間だったと思う。
――ちなみに、
それ以降なんだかんだで鍛練後の軽食を作ることがルナの恒例行事となり、彼女の根性と腕前を鍛える一因になるのだけど、まぁそれは別のお話しってことで。
面白かったら感想、文章評価・ストーリー評価などよろしくお願いします。
 




