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俺、テイムされます - オオカミシェフの異世界漂流記 -  作者: たかじん
第2章 アルベルノ王国《王都マクスウェル》
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第11話「銀獅子の第一王女」 前篇

 アルベルノ王国の建国は、実に三〇〇年前にさかのぼる。

 当時、イサキウス大陸の広い地域をテリトリーにしていたノウシウスの討伐。

 それを成し遂げた三英雄が始まりの歴史である。


偉大なる王(エンシェントロード)

偉大なる魔術師エンシェントウィザード

偉大なる武人エンシェントグラディウス


 彼らなくしてアルベルノ王国は語れない。

 周辺国で最も若い国でありながら、大陸の中心国となったのも、彼らの命を懸けた偉業あってこそであることを忘れてはならない。


 今日、その栄光はタイタニオ山脈より見ることができる。

 平民居住区、工業区、貴族区。

 城下を三重で囲むのは建国以来一度も攻められていない堅牢な城塞。

 四角形で囲まれた頂点には四つの砦が築かれ、大陸四か国の旗が翻る。

 そしてその中心には白で統一された石造りの王宮。

 翻るのは当然、大樹に四つの根をのばす国旗、アルベルノ王国の旗である。

 四つの列強諸国の旗の中心に翻る一本の旗。

『大陸の長は我々である』

 そう言うことを許されし超大国、その首都の名をマクスウェルという。


 イサキウス大陸は北東端。

 潮騒の音は遠くとも潮風と大陸風のぶつかり、夏は多湿、冬は乾燥、四季に近い寒暖差を有する準海洋性温帯気候に加え、タルタニオ山脈から流れる清流は、広い平地に潤沢な栄養を行きわたらせる肥沃な土地。

 気候、土地、立地。全てにおいて理想に限りなく近い。

 世界広しといえどここほど恵まれ、同時に発展した都市はない。

 味方に誇りを、敵には畏怖を。同時に与える城塞都市である。


      ※


「なぁテリア。このノウシウスってどういう意味?」

「生態系の王。絶対の支配者。そんな感じの意味かな? 世界でも数匹しかいない魔物でね。とんでもなく広いテリトリーを持った生き物って感じ」

「やたら仰々しいな」

「滅多につけられない称号だからね~」

「ガブリエルやエアでも勝てないのか?」

「全力の姿でも無理だろうね。だって二柱は最強種だけど、ノウシウスは正真正銘で最強の生物だもん。勝てるのは同じノウシウスだけじゃないかな? だから彼らを倒したって話しは後世にも語られる伝説なんだもん」

「マジか……世界は広いなぁ」


 小話をしつつ開いていた本をぱたんと閉じる。

 表紙には『アルベルノ建国記』と書かれていた。

 充満するインクとカビの匂いが、この本の歴史を思わせる。


 俺が今いるのは王宮にある書庫の一つだ。

 一つといういい方でわかるように、ここの書庫は複数個ある。

 なんでそんな面倒なことを? と思ったけど単純な話、蔵書量がハンパないのだ。

 何でも初代国王である《偉大なる王(エンシェントロード)》が重度の乱読家だったらしい。


 その一時代に増えすぎた本が溢れかえっているとか。

 で、亡くなった後は処分も考えられたけど、偉大な王の所有物を捨てたり売ったりできるわけもなく、こうして保管されているらしい。


 ……まぁ気持ちはわかるけどさ。

 これはちょっと行き過ぎだ。

 通路の壁には整然と本棚が並んでいた。

 そのどれもにぎっちぎちで天井まで届く本で埋め尽くされている。

 そのため視界は悪くまるで迷路みたいな光景だ。

 こんな部屋が複数個あるというのだから凄まじい。


「誰も整理しようと思わなかったのか?」


 手近な本棚を見て呟く。

 ハードカバーから同人誌みたいな薄い本、中には紙切れまで、乱雑に突っ込まれている。

 これじゃあ必要な時に必要な本も見つからないだろう。

 そんな書庫に価値はあるのだろうかと首をかしげてしまう。


 実際、この本を見つけるまでずいぶん時間がかかった。

 ふと窓から射し込む西日を見て、一日使ってしまった事実にため息をつく。


「ほーんと、人間って知識の貴重さがわかってないね~」


 隣で本を覗き込んでいたテリアが鼻を鳴らす。


「先人が残した知識をこんな扱いするなんて、まったくもう」

「この量だし一度散らかったらどうしようもなかったんじゃないか?」

「それでもひどいよ。これじゃ読書家というより、ただの収集家だね」


 テリアの言葉はいつもに増して辛辣だ。

 やっぱり精霊にとって、知識の塊である本は特別なのかもしれない。

 そう考えるとエアはどうなのだろう?

 大精霊ならもっと気になるだろうし、なにかしら行動しててもおかしくないと思うけど。


「これだけあれば魔術書とかも眠ってそうなのにな」

「うへぇ~~、怖いこと言わないでよ」


 俺のなんとなしのぼやきに、テリアはべっと舌を出して首を振る。

 あ、やっぱり魔術書ってこの世界にもあるんだ。

 それにしても、随分いやそうな顔をするな。


「魔術書があるとまずいのか?」

「まずいっていうか、面倒くさいっていうか……危ないっていう方が正しいのかな」


 テリアはしばらく悩んで、言葉を選びつつ口を開く。


「ウィルくんは【契約(テイム)】の魔術がどの属性にあたるかわかるかい?」

「唐突だな? ……でもそうだな。言われてみるとなに属性になるんだ?」


 この世界の魔術は『火』『水』『風』『土』の四属性だけだ。

 だとするとそれらに当てはまらない【契約(テイム)】はなんなのだろう?


「正解は『無』と呼ばれてる属性だね」

「あの、五つ目になってるんですけど?」

「正確には属性じゃないんだよ。区別できないから便宜上そうよんでるって感じかな? 魔術師にはね、ときどき四属性では説明できない魔術がやたらと得意な人がいるんだ。ウィルくんの【付与(エンチャント)】もそんな魔術の一つだね」


 たしかに、【付与(エンチャント)】も四属性ではくくれない気がする。

 なるほど、つまり『無』とは「なんかよくわかんないからとりあえずそうよんどこう」って感じの属性のようだ。


「その代表格が【契約(テイム)】。この魔術の研究でいくつかの『無』属性魔術が産まれたのさ。【強制(ギアス)】・【固定(テトラ)】、【付与(エンチャント)】も元はその派生なのさ」


「ふーん」


 聞いたこともない魔術名の数々に、とりあえず相づちをうち先を促す。


「その中で一番強力なのが【封印(セージ)】でね。本に膨大な精霊文字を書いて、その文字の中に魔物を封じ込める魔術なんだ」

「本に封じる……あ~それがもしかして」

「うん、生きた本である魔術書。わざわざ【封印(セージ)】するってことは、それだけ厄介で強い魔物が封じられている場合が大半なんだ。だから見つけても下手に触っちゃダメだよ? 古い魔術書は術が切れかけてて、魔物が復活しちゃうことがあるから」

「そりゃそうだ」


 どうやらこの世界での魔術書は、『魔術の使い方がかかれた本』って意味じゃなくて、『魔術で魔物を閉じ込めてる本』という意味らしい。

 そりゃわざわざ自分から虎の尾を踏むことはしないほうがいいか。

 うん、もし見つけても見て見ぬふりをすることにしよう。


「ところで、ウィルくんはなにを調べてたんだい?」

「ああ、王族の歴史をね」

「ふーん、それって知っておく必要ってあるの?」

「意外と必要なことなんだぞ?」


 魔術や国の歴史ならテリアに聞けばいい。でもそこに登場する人の歴史となると、初代や歴史上の重要人物を除けば、さすがのテリアも怪しい。

 社会の授業でも織田信長については詳しく勉強しても、柴田勝家については詳しく学ばないのと同じだ。


 件の料理対決以降、俺の料理を気に入ったカルノ王の命令で、夕飯の一品を俺が作るようになっていた。こうなると俺も相手のことを知っておく必要がある。

 料理とは作る相手のことを考え作るものだ。


 わかりやすい例でいえば、相手がアレルギー持ちだと知らないで作れば、どんな至高で究極な料理も毒でしかない。イスラム教徒だと知らずに肉類を出せば本当に刺される恐れだってある。

 そういう意味で俺はティア以外の人となりを知らなさ過ぎる。

 そのとっかかりとして彼らの祖先というのは丁度いい参考書になる。


「祝い時にはどんなことをした人物か、どんなことで失敗したのか、どんな武勇伝があるのか。そしてそれらに今の人たちがどう影響をあたえられているのか。そんなふうに関連付ければおのずと皿に乗せるものは決まってくる」

「ん? ん~~。理屈はわかるけど、そこまでする必要ってあるの?」

「というと?」

「だって食事って要するに栄養の摂取だよね? だったら肉は焼けてればいいし、野菜は茹でればいい。それじゃダメなのかい?」

「ダメだ」


 俺は言い切った。


「腹が膨れればいい。そういう考え方はある意味正しい。御託を並べても結局は栄養を摂取できれば生き物は生きてられるしね」


 意識不明でご飯の食べれない患者でも、点滴で強制的に栄養を注入すれば生きていけるように、究極的には料理とは栄養さえ摂取できればいい。そのことを俺は否定しない。


「でもさ、それじゃつまらないじゃん」

「つまらない?」

「うん、せっかく生き物には味覚があるのに、それを無視して栄養摂取と割り切るなんてもったいないよ」

「えーーそんな理由?」


 もっとすごい理由でも期待していたのか、渋い顔をするテリア。

 うーん、わかってないって感じだ。どう言ったら伝わるか。


「……サテル王妃は小食というより、濃い味が苦手みたいなんだ」

「へ?」


 突然話題が変わったことにテリアがキョトンと首をかしげる。

 その間隙をつき、俺は怒涛のごとくしゃべりだした。



「肉の脂、強い香辛料がその代表だね。たぶん胃腸が人より弱いんだと思う。一方で常温でも脂が液体の魚系や植物性のタンパク質は好きみたいだ。あとは青野菜を好んでるみたいだね。鉄分が不足しがちなあの年齢の女性には典型的なタイプだよ。

 対してカルノ国王は辛味好きな辛党だね。

お酒も毎晩たしなんでいるから香辛料の効いた肉料理を好む傾向にある。歳を考えると健啖だ。でも偏りが激しい。あのままだとコレステロール値が高くなるし、胃腸の負担も大きい。会食やパーティーも多い方だろうから、胃の負担が大きいだろうね。料理だけでなく本人の食生活の意識を改善する必要があるかもしれない。

 一方でフレイア様はとにかく濃いものが好きだ。

 濃い食べ物を肴に副菜を食べるタイプだね。でもこういう人は塩分の過剰摂取が問題になる。塩分は体内でカリウムと結合し輩出しやすい。そうなると体内はカリウム不足になって短気、疲れやすさにつながる。彼女はまだ若いから表に出ていないけど、今のうちに対処しておいた方が後々のためだ。そこで包み野菜だね。もともと味の濃いものと副菜を一緒に食べる癖があるなら、濃い肉に野菜を一緒に食べることも抵抗はないだろ。生野菜を食べる習慣をつけさせていく必要があるかな。

 ティアは一番優等生だね。

 なにせ好き嫌いがない。出された食べ物は必ず完食してくれるから、こっちとしても助かるよ。ただそれって逆に好きな食べ物も嫌いな食べ物もないってことでもある。あの年齢の子どもは普通体に入る異物には過剰なんだ。苦味なんてその典型で、苦いこと=体に悪いものということが本能的に理解してる。子どもの好き嫌いが激しいっていうのはある種の自己防衛でもあるんだ。なのに好き嫌いがないというのは、この本能が脆弱ってことでもある。つまり、摂取する毒物への抵抗力が低いんだ。だから彼女には弱い毒を摂取しても問題ない免疫力をつける方向――具体的には体を作るカルシウムやタンパク質を中心にバランスよく摂取し、将来の免疫力にしてもらうつもり。

 最後にリリィ様だけど、彼女はわかりやすいね。

 典型的な子ども舌。野菜が苦手で肉の臭みも苦手で甘味が好き。逆に典型例すぎて一番対処しやすい。野菜はなるべく砕いたりスープに栄養素だけ取出し摂取したり。肉の臭みはしっかり火を通しゴボウなんかと合わせて消すようにするよ。甘味は……あんまり食べ過ぎはダメだから、食後のデザートかな。でも、うーん。パティシエの知識は深くないから簡単な物しかできないし、やっぱりリリィ様には素材本来の甘みを知ってもらうことで帳尻を合わせよう。とくに子どものころから野菜が嫌いな子は、大人になっても食わず嫌いになるからね。甘味でも野菜の甘みを中心にするのがベストかな」



 一気に語った俺にテリアはしばらくポカンとしていた。


「……へ? あ、う、ううん??」


 と、呆けていたことに気づいたのか目をぱちくりさせ、開いた口を閉じる。


「えっと……ウィルくんって、まだ三回くらいしか料理を作ってないよね?」

「そうだな」

「………………そこまでわかるものなのかい?」

「面白いだろ?」


 うんうん、これで彼女も料理の奥深さと楽しさが伝わっただろう。


「ウィルくん、ちょっと怖い」


 そう思っていたのになぜかドン引きしたような目で見られた。 

 あれれ~おっかしいぞ~?


「失敬な。当然の仕事だろ」

「そう思ってるのはウィルくんだけだと思うなぁ」


 ため息交じりに呆れらえてしまった。

 むぅ、納得いかないけど、この話を続けても分が悪そうだ。

 そう思い別の話題を振ることにした。


「それよりさ、この本でわからないところが他にもあるんだけど」

「ん? そんなに難しいこと書いてあった?」

「この三英雄ってところなんだけどさ」


 俺は再び本を開き問題の個所を指差すと、テリアもふわりと本の上に着地した。


「王と魔術師はわかるけど、この武人ってなに?」

「ああ、これはね――」

「武人とは魔力で肉体を強化し戦う者たちのことだよ」


 テリアの説明に割り込む形で別の声が聞こえてくる。

 誰だと振りかえると、意外すぎる人物が立っていた。


「フレイア様?」


 銀髪を背に流す勝気な少女。第一王女様が立っていた。


「やーやーオオカミくん。ミーティはどうしたんだい?」

「今日も自室にこもって勉強中ですね」

「君も一緒にいる認識だったのだけど?」

「目的の本がなかったので」


 そう言って読んでいた本を前足で叩く。

 王家の歴史書なんて王族にとっては基本。

 知っていて当たり前で、わざわざ部屋に置いておく必要もなかったのだろう。


「なるほどね。まったくあの子は、引き籠っても知識は増えても経験にはならないだろうに。そんなだから頭でっかちになるんだ。そう思わないかい。オオカミくん」


 面白くなさそうにプリプリ文句を言う。

 いろんな職種に手を出していることからも、どうやらフレイアは考えて行動するティアとは逆で、行動してから考えるタイプのようだ。

 うーん、どっちがいい悪いじゃないと思うけど。


「は、はぁ」


 俺の口から出たのは気のない返事だった。

 というのも、この時俺ははっきり言って緊張していた。

 十三歳の女の子に、と思われるかもしれないが、こればっかりは相性としか言えない。


 なんと言うか、ピリッとするのだ。

 ちょうど上客が店に来店した時の緊張感というか。

 とにかく彼女にはティアとは違う凄味を覚えるのだ。

 もしかするとこれが人の上に立つ者の空気というやつなのだろうか?

 だとするとこの子は次期国王の才覚は抜群だな。


《銀獅子》フレイア。


 彼女が兵たちからそう呼ばれ、恐れ慕われるには十分すぎるカリスマだと思う。

 ティアを主にする身としてはちょっと複雑だけど。


「どうしてフレイア様がこんなところに?」

「恰好を見ればわかるだろ? 掃除さ。メイドとは覚えることが多くてじつに面白いね」


 そう言ってその場でくるりと一回転。

 昨日と同じメイド服のスカートがふわりと宙を舞った。

 ついでに棒術みたいに振り回したモップをカッ! と床につきたて決めポーズ。

 やたらと凛々しいメイドさんだなおい。


「それで、オオカミくんは武人に興味があるのかい?」

「興味というほどではないですけど……知らない単語だったので気になりまして」

「ほほう」


 なぜか驚いた顔を浮かべる。

 おかしなことでも言っただろうか?


「いいね君、未知への探求心は大事だよ」

「そんな大げさなことじゃなく――」

「よし! なら私が教えてやろうじゃないか! ついてくるといい」


 そう言って返答も待たず背中を向けるフレイア。

 その背は俺がついてこないなど欠片も考えていないようだった。

 ……妙なことに巻き込まれたな。


 テリアは……あ、この野郎。

 いつの間にか毛の中に隠れて面倒事押しつけやがった。

 これは、ついていくしかないか。

 相手は第一王女。立場だけ見ればティア以上のお方だ。不況は買いたくない。

 覚悟をきめて後に続き、せめてもの救いを求めて銀髪を揺らす背に声をかける。


「あの、ガブリエルは?」

「あいつは過保護すぎてうるさい。部屋で留守番させている」


 どうやらこの強制イベントに救いはないらしい。

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