第9話「賑やかな王族の日常」 前篇
そろそろ主人公の料理無双を発動させたいところ!
「おはようございますミーティア様」
「おはようございますミーティア様」
「おはようございますミーティア様」
なんて、ティアが廊下を歩くとセルフ山びこみたいにすれ違うメイドたちがあいさつしてくる。
脇により粛々と頭を下げて同じ台詞を繰り返す姿はちょっと面白い。
その光景を「ほへー」とバカみたいに見て、ぽつりとつぶやく。
「ティアって本当にお姫様なんだな」
「なによ急に」
「いや、まだちょっと消化しきれてなくてさ」
大雑把で快活な雰囲気はあるが、所作の節々に育ちの良さが滲んでいたティアだ。
いいところのお嬢さんであることはわかっていたけど、王族とは予想外だった。
「ひと言くらい教えてくれてもよかったんじゃないのか?」
汚れ一つない長い廊下をおっかなびっくり四足で歩き眉を寄せる。
なにこの絨毯、毛の脚長すぎじゃね?
むっちゃ足が沈むんですけど。
犬畜生な俺が土足で歩いて怒られない?
というか使い魔なら三歩後ろを歩いたほうがいいのかしら?
体はオオカミ、頭脳は大和撫子なのかしら?
あまりの居心地の悪さに根っこが庶民な俺はたじたじである。
「わざわざ話すようなことでもないでしょ?」
「ボクはわざわざ話すようなことだと思うなぁ」
俺の背に座るテリアがもっともなツッコミを入れる。激しく同意だ。
「ここに来てもう一週間でしょ? いい加減慣れたでしょ?」
「……この姿見て馴れてるように見えるなら医者に診てもらえ」
「あら? あたしは森での生活にすぐ慣れたけど?」
「ティアとスペックを一緒にされてもなぁ」
そんなこんなで朝の日課になりつつある愚痴を吐いている間にとある扉の前に到着。
自然と姿勢が伸びる。テリアもそそくさと毛の中に隠れてしまった。
そんな俺たちにティアは苦笑を浮かべる。
「別に固くならなくていいのに」
返事を待たずに控えていた執事たちが扉を開ける。
セルフ自動ドアの先にあったのは、ティアの部屋をさらに広くしたような大部屋だ。
部屋、というか体育館みたいに広い。
なのに置かれているのが長テーブル一つなのだから、余計にがらんとした印象をうける。
とはいえ殺風景かと言われれば答えはNOだ。
ティアの部屋以上に装飾過多な調度品と油絵の数々、なのに雑多に感じないのが、コーディネートした人物の趣味の良さがうかがえる。
高い天井は大きなキャンパスのごとく。
なんか天使と人間っぽい人が戯れる、なんかちょー芸術性の高そうな絵が直接描かれている。
……いや、芸術とかわかんないけど。
ひと言にすごい。
なにがすごいって、ヨーロッパの世界遺産みたいな空間で普通に生活している、王族がすごい。
俺だったら半日で場違いな空気に発狂する自信がある。
現在長テーブルに座る人影は一つ。
歳は二〇代後半くらいに見える、ロングのフワフワした金髪が目を引く美女。
ちょうどティアが成長したらこんな感じになるのかなぁと思える容姿と、ティアが成長してもこうはならないだろうなぁと思える大きく開い胸元が目を引く彼女はティアの母親だ。
目元の冷たい空気さえなければそっくりだっただろう。
つまり王妃様だ。
名前はサテル。
三児の母のはずなのだが、正直若く見えすぎてお姉さんの方がしっくりくるんだよなぁ。
「おはようございます、お母様」
「ええ、おはよう」
会話終了。
親子の会話にしては淡白すぎると思うけど、この二人はだいたいこんな感じだ。
それこそ昨日も、何日も家出していた娘との久々の会話も。
「席につきなさい」
「はいお母様」
促されるままサテルから対角線の席に座るティア。
広い長テーブルなのにずいぶん離れた席だが、これもいつも通り。
俺にはそれが二人の心の距離に思えてならなかった。
とはいえこれについてはちゃんとした理由がある。
家族であっても王族には席順の序列があるのだ。
ティアの場合、父親とサテルと姉の第一王女の次の席となる。
ちなみに、だったら俺はどこになるのかというと、同席が許されるわけもなく、黙ってティアの後ろの壁にお座り。気分は主人の帰りを待つ忠犬ハチ公だ。
「はぁ、王族って本当に面倒だよねぇ」
と、毛の中からテリアがぼやく。
「朝食一つ食べるだけで、なーんか堅っ苦しいったらないじゃん」
「そういう世界もあるってことだろ」
「ウィルくんはわりと平気そうだよね?」
「まーなー」
なにせ堅苦しい世界の代表格である料理の世界で生きてきたからな。
テーブルマナーから接客、作法に席順にいたるまで。
特に欧州料理は細かく見はじめるときりがない。
このあたり本膳料理があるとはいえ「美味ければすべてよし!」な大衆料理から進化した日本食の寛容さと、王宮料理として進化した欧州の違いだろう。
だからまぁ、これくらいの空気はどうってことはない。
「それにしても、大人しくしてるとティアってお嬢さまにしか見えないよな」
普段はじゃじゃ馬って言葉を体現したみたいな女の子なのに。
「……ウィルくん、それ絶対本人に言っちゃダメだからね?」
言われなくともわかっている。
そんな命知らず自殺志願者か真正のドMのどちらかしかしないよ。
「おや、二人とも早いね」
そうこうしていると再び扉が開き誰かが入ってくる。
人当たりのよさそうな笑みを浮かべる三〇歳半ばほどの男だ。
くすんだ白髪、線の細い雰囲気とは裏腹に体の輪郭はがっしりしている。
「今日はサテルより早く起きた自信があったのだけどね」
「またそんなことを言って。あなたが予定を前倒しにするたび、私を含め従者の皆さんはもっと前倒しになるのですよ?」
「僕は別に気にしないのだけどね」
「あなたが気にしなくても周りが気にするのです。主や夫より後にやってくる従者や妻がどこにいるのですか? 王たる者、もっと時間を贅沢に使うことを覚えるべきです」
「あーはいはい。わかったよサテル。朝からお小言はやめてくれ」
掌を振りながら当然のようにサテルより上座に座る。
アルベルノ王国現王――カルノ=フィルデア=アルベルノ。
ティアの父親でこの国の最高権力者だ。
「ミーティもおはよう」
「おはようございますお父様」
「うんうん、今日はちゃんと家にいてくれたね」
サテルとは違いフレンドリーに話すカルノ王。
話題は微妙だけど、冗談味が滲んで嫌味に聞こえないあたり彼の人となりがうかがえる。
ティアも承知しているのだろう。
頬を膨らませ「拗ねてます」とわかりやすくアピールした。
なんというか、あざとい。
「もう! 意地悪を言わないでください! もう無断で出て行ったりしませんから」
「その言い方だと無断でないのなら出て行くと言ってるように聞こえるよ?」
「フレイアお姉さまの妹で、リリィの姉ですから。絶対はあり得ないでしょう?」
「はっはっは! 違いない!」
そう言って視線が俺に向く。
さすがに緊張するな。
「ということだから、君……ウィルディーと言ったかな? ミーティが家出しそうになったらちゃんと止めるように。できれば僕に報告してくれると嬉しいな」
一瞬頷きかけて思いとどまる。
「申し訳ございませんが、それは出来かねます」
「……ほう、僕のお願いでもかい?」
「自分はティアの使い魔ですから」
これで正解なのだろうか?
ちょっと啖呵を切ったみたいな言い方になったことを後悔しながら事の成り行きを待つ。
「――……ふふ、そう。それでいい」
と、唐突に表情を和らげ背もたれに深く座りなおす。
「使い魔は主人にだけ忠誠を誓うパートナー。ティア、いい子を見つけてきたね」
「恐縮です」
どうやら正解だったらしい。
内心でほっと息をつく。
この王様は人当たりの良さそうな顔で、いきなり今みたいな問答を投げてくるので油断ならない。
まぁ王族って社交界やら何やらでドロッドロな政治ゲームしてるイメージだし、これくらい強かな方がいいのかもしれないけど、心臓に悪いんだよな。
まぁ、とにもかくにも、
「……」
見るからに「余計なこと言ってんじゃないわよ!」と睨むティアの機嫌をどうとるかを考えるべきだろう。
うまく躱した使い魔にちょっと理不尽じゃないかなぁ。
俺の重いため息を唯一聞いていたテリアだけが、同情するように頭を撫でてくれた。
※
それから待つこと数分、何気ない会話が三人の間で続く。
ひとつひとつの応答に言葉遊びみたいな落ち着かない空気がある。
なるほど、こうして今のティアの歳に似合わない大人びた雰囲気が出来上がったのかと納得してしまうような時間だった。探り合いのような会話を家族の間で日常的にやって慣れておくことも、人の上に立つための教育の一環なのだろうか?
帝王学とかいう。
そんなことを考えていると、突然窓が一斉に音をたてて開く。
何事かと振り返った俺の目に留まったのは――銀色だった。
一切の澱みのない白銀の髪。
一瞬、離れてしまった妹のことを思い出す。
「お、もう揃ってたんだね」
彩るのは鋭利なナイフを思わせる切れ長の目じり。
窓枠に片足をかけ座る姿は、荒々しい彼女がやるとじつに絵になっている。
苛烈なインパクトだが、どこかティアを思い出すのが血の繋がりだろう。
ティアが太陽のように輝く少女だとするなら、彼女は噴火直前の火山。
十三歳とは思えない、すでに醸し出す暴力的なほどの美貌と、今にも爆発しそうなエネルギーがあわさった少女。
それが彼女、この国の第一王女。
フレイア=フィルデア=アルベルノその人だ。
「やーやー父様母様、あとミーティアも。遅れてごめんね」
「あなたは……何度窓から入ってくるなと言えばわかるのかしら?」
サテルが額を押さえて嘆く。その声には諦念の色が濃い。
いや、まぁ気持ちはわかる。
少なくともここに来てから一週間。
彼女がまともに入口から入ってきた姿は見たことがない。
「直接乗り込んだ方が早いのですから仕方ないでしょう。ね、ガブリエル?」
「グルル」
フレイアは背後に声をかける。
すると彼女を窓に運んだ大きな影が鼻息荒く唸り声をあげた。
そこにはドラゴンがいた。
ドラゴンと言っても、元の世界でいう東洋竜ではなくワイバーンタイプの翼竜だ。
でもその姿はゲームでわりとあっさり倒せてしまうワイバーンとは違う。
逆立った外殻、翼は見るからに強靭で大きい。体のあちこちに埋め込まれた水晶は紫色の電気をバチバチさせておっかない。体は大型トレーナーくらいあって、これで本当に空を飛ぶ生物なのかと思ってしまう。
フレイアの使い魔、《紫電竜》ガブリエルだ。
「いつまでその姿でいる。それじゃ部屋に入れないだろう?」
「グルル――それもそうだな」
と、また唸り声をあげたと思ったら、次の瞬間にはドラゴンの輪郭が歪む。
翼が小さく縮み、バラッと全身の鱗が落ち葉のように剥がれ燕尾服に変わる。
数秒後に立っていたのは紫髪の男だった。
元の世界換算で言えば高校生くらいだろうその男は、非モテ男子の敵ともいえる整った顔つきでフレイアの後ろに控えていた。美女に使える美形執事って感じだ。
実に絵になるのだが……いや、今はまだつっこむまい。
とりあえず俺は主が席につくのを見送った、一週間前より同僚となったドラゴン先輩へ声をかけることにした。
「相変わらず便利だよな、それ」
「ん? おっと、いたのかウィルディーくん」
見様によっては優男みたいな甘いマスクを向けてくる。
これで俺が人の姿だったら、バラ色の絡みの好き腐女子たち大絶賛な光景だっただろう。
いや、その場合俺も美形じゃないとダメなのかしら? まぁどうでもいいか。
「ところで『それ』ってなんのことだい?」
「人間の姿になるやつだよ」
「ああ、魔人化のことかい?」
面白そうに手足を伸ばして自分の姿を確認する。
「高位の魔獣は力を持つと魔人になれる、だっけ?」
はじめて彼が人の姿になるとき教えてもらった知識を思い出す。
魔獣は長い年月や持って産まれた力によって魔人へと姿を変える。
もしそれが本当なら俺もまた人になれるんじゃね? と聞いた時は興奮したものだ。
オオカミの体も面白いが、同時に不便なのも間違いない。
彼みたいに人型と魔獣型を使い分けられればこれほど便利な話はない。
ただ、ここで気になるのは最初の条件。『長い年月』という部分。
ドラゴンと言えば長寿の代名詞みたいな存在だ。
だとすると魔人になるのにいったい何年必要なのか。
現在俺は三歳。
先が長いことは間違いなさそうだ。
「大丈夫さ」
と、そんな風に俺が落ち込んでいると、ガブリエルは決まってこう言う。
「君ならそのうち魔人化できるから」
『思う』ではなく『できる』と言い切るガブリエル。
何故そう思うのかと疑問はある。
このドラゴン先輩は、はじめて会った時から妙に俺の評価が高いところがあるのだ。
このことはティアも驚いていた。
理由はわからないし、聞いても笑ってごまかされるだけで要領を得ないけど。
竜種は力ない者に厳しい。
それこそただの人間や魔獣なんて非常食くらいにしか思っていない。
実際ガブリエルが話すのは主のアメリアを除けば数人しかいない。
ティアでさえ数回話した記憶しかないらしい。
そんな中、俺は彼にすげなくされた記憶はない。
むしろ気のいい友人くらいに思える友好っぷりだ。
まぁ嫌われるよりは一〇〇倍いいか。
「ところでガブリエルさんや?」
「どうかしたのかねウィルディーくん?」
だから、ご主人様たちが談笑する姿を見ながら、俺は誰もが聞きたくてうずうずしていたであろう話題をかわりにふることにした。
「みんなの視線が痛いと思わない?」
「そうだね、なんでだろうね」
うん、なんでだろうねって。
笑うの我慢した声で言っても白々しいと思うんだよなぁ。
そもそも君らが現れた時点で明らかにツッコミ待ちだったよね?
兎にも角にも、登場のインパクトと第一王女という身分から、誰もツッコミを入れようとしないので、代表して俺はその一点について質問を投げた。
「フレイア様、どうしてメイド服姿なの?」
相変わらず文字数の調整は苦手ですorz




