第8話「新しい朝」
新章です。明後日あげると言いましたが筆が乗って書けてしまったので投稿します。
引き続き評価・ブックマークよろしくお願いします。
ぱちりと目が覚める。
じつにいい目覚めだった。
こんなに寝起きがいいのは久しぶりだ。
やっぱりいい寝具で寝ると違いは寝起きに出る。
「枝と葉のベッドもマイナスイオン抜群って感じでよかったけど」
俺はモッフモフの羽毛布団へ名残惜しさから顔を擦り、フンと気合を入れて飛び起きる。
四肢を伸ばしまだ見慣れない部屋に鼻をフガフガしている自分に気づき苦笑がもれた。
この体になって目よりも先に鼻を頼りにする習慣がついてしまった気がする。
改めて今度は首を回して部屋を目で確認。
広い部屋だった。
調度品やそっと飾られた油絵にいたるまで、素人でもわかるくらい高そうだ。
元の世界の俺でもここまでザ・セレブな部屋で寝泊まりした記憶はない。
窓にかかったカーテンが朝日の光を遮光して、広い部屋は薄暗い。
一瞬カーテンを開けようと思い……やめた。
窓際におかれたテーブルの上に膝をつき、両手を組む人影を見つけたからだ。
いつもは喧しい彼女と違い、静謐な雰囲気。
声をかけるべきか迷ってしまう。
「――おっはよー、ウィルくん」
と、どうやらすでに気づいていたらしいテリアから先に声をかけられる。
「おはよう、なにしてたんだ?」
「大精霊様に朝の挨拶をねん。こー見えてボクも精霊の端くれだから」
「精霊ってみんなそんなことしてるのか?」
「じゃないかな? 前に言ったけど、ボクたちにとって大精霊様って親であって偉大なご先祖様だから。ほら、人間に宗教があるっしょ? あれと同じじゃないかな」
「勤勉なことだな」
「あっはっは、人間には敵わないさー」
あっけらかんと答えて、テーブルの上に会ったバスケットから果実を摘むテリア。
とはいえ彼女のサイズだ。ブドウのような果実の粒一つでも一抱えほどもある。
もしゃもしゃ口を動かし果実で濡れた指を舐めつつ、カーテンの隙間から窓の外を覗く。
「まだ日が昇ってすぐなのに、みんなせかせかと忙しそうにしてさ」
「まぁ人間の時間は限られているからな」
「それにしても生き急ぎ過ぎだよ。見てるこっちが疲れそー」
うへーと舌を出すテリア。
まぁ気持ちはわかるけどね。
窓から見える光景は壮観のひと言に尽きた。
学校のグランドかと思うくらい広いのに、隅々まで手入れの行き届いた庭。
その先に見える鉄状門はぐるりと庭と家を囲ている。
その先に見えるのは三段の段々に分かれた街並み。
その賑わいは朝にもかかわらず遠く離れたここにまで聞こえてきそうなほどだ。
ずいぶん離れているのに城下町の活気具合が伝わってくる。
こうして高いところから人が動く光景を見ると、ミニチュアみたいで面白い。
これが権力者の光景っというやつなのだろう。
ゴミのようだ! と高笑いしちゃう人の気持ちもよくわかるね。
城下町――そう、城下町なのだ。
俺たちがいるのはアルベルノ王国の首都、マクスウェル。
その中枢である屋敷の一室。
屋敷……というには語弊があるか。
屋敷でなく王城、もっしくは王宮。
そこのさらに最上階の一室。
つけ加えるのなら俺の部屋ではなく主様の一室が今いる場所だった。
「……ん、んー? はれ~? ウィル、もうおきへるの~」
「うん、おはようティア」
部屋の真ん中、キングサイズの天蓋つきベッドからの声にこたえる。
豪奢な金髪を寝クセだらけにして、半開きのワインレッドの瞳はまだ半分夢の中。
ミーティア=フィルデア=アルベルノ、この部屋の持ち主だ。
「ん~……おはろー」
いつもの年に似合わず知的な雰囲気はない。
ただの隙だらけでとびっきり可愛い女の子が「ふわぁ」っと大あくびしていた。
……相変わらず寝起き悪いなぁ。
隙だらけ過ぎていたずらする気もなくなるぞ。
まだ寝ぼけたお嬢さまが体を起こすのを確認してからカーテンを開ける。
薄暗かった部屋に射し込む朝日に、ティアは目を押さえて再び布団にもぐりこんだ。
「や――っ!! 目がぁあああ目がぁああああ!!」
「あはは、ミッティーってば吸血種みたいなこと言ってるー」
こんもり盛り上がった布団の周りを跳びながらテリアが笑う。
どうやら朝のティアにとって日の光は滅びの呪文だったらしい。
「おーい、そろそろ起きないとまた怒られるんじゃないかな?」
「あと四〇時間……」
「せめて四〇分くらいにしときなよ」
「ウィルくんウィルくん! それもまずいと思うよ!」
お約束すぎる定例文。
わかりやすすぎて逆に新鮮で、ついボケ返ししてしまった。反省。
ちなみに、どうやらこの世界の時間も元の世界とほとんど同じらしい。
まぁ時計の動力が手巻きだったり水時計だったりするから、どこまで正確なのかは謎だけど。
「ん、ん~~、よし!」
ぐずっていたティアが思いのほかあっさり跳ね起きる。
布団を蹴り上げ、きわどいネグリジェに包まれた幼い肢体を朝日の下にさらす。
俺がロのつく部族だったら危ないところだったぜ。
「起きた! ウィル、服!」
「はいはい」
クンッと鼻先を振って詠唱し、風魔術を発動。
タンスから適当に服を選んで風に乗せて運ぶ。
しわにならないようベッドへ寝かせた。
ティアの持っている服は妙にフリルが多くて取扱いに注意なのだ。
普段の性格からするともっとラフな格好をしていそうだけど、結構少女趣味なんだよな。
ちなみに下着はパンツだけだ。ブラはない。
お嬢さまにはまだ早いらしい。将来に期待だね!
「ウィルって赤色の服好きだよね?」
「へ? そんなことないと思うけど」
「一昨日もこの服だったわよ」
マジか、まったく意識してなかった。
まずいな。
元の世界じゃシェフ服ばかりで私服を着る機会がなかった。
その手のセンスなんて全くないぞ。
ましてやファンタジーの女の子の子ども服とか、それこそファンタジーだ。
「ウィルってば、なんでもそつなくこなすのに、興味のないことにはとことん適当だよね」
「自覚はないんだけどな……別のを出すか?」
「いいよこれで」
あっけらかんと言って服を着始めるティア。
俺も後ろを向いて着替え終わるのを待つ。
紐がやたら多くて一人じゃ着れないからというのもあるけど、ティアは俺が来るまで服をメイドに着させていたらしい。
俺が来てからはそれが俺の仕事となったのだが……いくら子ども相手だからって、女の子の裸を見るのは罪悪感がひどいので勘弁してもらいたい。
まぁ幸い、本人は自分でできることは自分でしたいらしいし、一人じゃどうしてもできない部分はテリアに手伝ってもらってるみたいだから、俺は服を出したり顔を洗う水の用意をしたりするだけですんでいるのだけどね。
……いや、全然残念に思ってないよ! ほんとだよ!
「ねぇ」
と、脈絡もなく背中越しにティアの声がかかる。
「後悔してない?」
「……」
「恨んで、ない?」
ここで『何に?』と聞き返すほど、俺は鈍いつもりはない。
俺と【契約】し森から連れ出してしまったことを言っているのだ。
ここのところずっと悩んでいるのだから、傍で見ている俺が気づかないわけがない。
「言っただろ。俺が選んでティアについてきたんだ。死にそうなところを救ってもらって感謝こそすれ、恨んだりしないよ」
「でも、スーヤちゃんと離れ離れになってるんだよ?」
……そこをつかれると痛いんだよなぁ。
今の俺はティアというご主人様から離れられない。
あまりに距離が開くと徐々に体の感覚がなくなり、立てなくなってしまうのだ。
そのことは一度スーヤに事情を説明しようと城から出て森を目指す過程で、体で経験している。
途中でティアが気づき、使用人たちの反対を押し切り駆けつけてくれなければ、あのまま心臓まで止まっていたというから、ほとんど呪いのたぐいだ。
どうもこの現象こそ、俺がティアと【契約】した証しらしい。
①【契約】された使い魔は一定以上、主から離れられない。
②①の条件に反すると使い魔は生命活動を停止される。
③使い魔は主の能力に自分の能力が引っぱられる。
④③の条件は主が許可した場合のみ無視可能。ただしペナルティーがある。
⑤主の死は使い魔の死。使い魔の死は主の死である。
とまぁ簡単にまとめるとこんな感じだ。
ぶっちゃけ契約時のどんな願いも叶うという条件以外、ほとんど使い魔側に不利な条件ばかりだ。
なにより説明されても微妙にわかり辛いのが辛い。
なんだかわざと分かりにくくしてるような作為的なものを感じる。
①②はわかるけど、③④ってどういう意味だよ?
能力が引っぱられる?? ペナルティー?? さっぱりわからん。
まぁ百歩譲ってとりあえず無視したとしても、問題は⑤だ。
これが重い……つまり、俺の命はもう俺だけのものじゃないってことだもんな。
軽率な行動がとれなくなった俺は、ならばと何とか一度だけでも森に帰れないかと頼んだわけだけど、俺のために無茶をしたらしく家の人間が警戒していて、当分街からは出れないらしい。
そんな理由から、俺はスーヤとは生き別れ状態にあった。
心配じゃない、といえばうそになる。
でも、命を助けてもらった挙句迷惑までかけたティアにこれ以上甘えることもできない。
「……最低限の生きる術なら教えてあるし、大丈夫だよ」
「あなたってほんとにうそが下手よね」
そんな俺の紙よりうすっぺらい慰めの言葉は、案の定ティアにはバレバレで。
それどころか俺が気を使った意をくんで、そこで話を終わらせてくれる。
……中身は三〇越えのおっさんのくせに、子どもに気を使わせてどうすんだよ。
「用意できたわ」
振り返ると、着替え終わったティアがクルッとその場で回る。
フリルがふわっと広がりニッコリ笑った。
ひと目じゃ営業スマイルとわからない完璧な笑み。
完全無欠、スーパー美少女ティアたん爆誕。
「どう? あなたのチョイスはお気にめした?」
「うん、似合ってる。すごく可愛いよ」
「んふふー♪」
正直な感想を言うと作り笑顔が崩れた。
今度は飾りっ気のない本物の笑みが浮かぶ。
「あんがと、やっぱりあなた、妙に紳士的だよね~」
「思ったことを口にしてるだけだけどな」
「それって普通簡単にできないことだよ? ときどきオオカミじゃないんじゃないかてくらい人間っぽいところあるよね」
中身は人間ですから、とは言わないほうがいいか。
説明しようにも俺もなぜこんなことになっているのかよくわかってないし。
「それじゃ、今日もよろしくね。あたしの使い魔くん」
「……こちらこそ、よろしくお嬢様」
ここに来て早一週間。
こうして今日も使い魔としての一日がはじまる。
 




