第7話「決闘、そして」 前篇
ジワ伸び繰り返し1週間の節目に5000PVいってたみたいです。ありがとうございましたm(_ _)m
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忙しく日々は過ぎていく。
相変わらずティアは俺のテリトリーに居座ってるし、テリアは魔術授業のとき以外は俺の毛の中に隠れてたまに耳元でいろいろ教えてくれるし、スーヤは可愛い。
朝起きて、ファウルと狩りをして、魔術の練習をして、残った時間で料理の研究をする。
その繰り返し。
詰まらないと思うか? 俺はそう思わない。
コツコツ同じことの繰り返し。それこそ何かを極める道だと思う。
冒険は聞くには楽しいけど、命がいくつあっても足りなさそうだしね。
刺激なんてたまにでいいのだよ、たまにで。
「兄さん!」
そんな俺の一日は妹のモーニングコールからはじまる。
元気な声と満面の笑み。
うーむ、この笑顔は一〇〇円じゃおさまらない。プライスレス。
「おはようございます!」
「うん、おはよう」
森に生まれてから今日まで、寝床にしてきた木陰から身をだし、後ろ足で踏ん張りながら前足をつき出し大きく伸びをする。
ずいぶん順応したものだと我がことながら思う。
一時は目が覚める瞬間が一番怖かった。
目が覚めたときに人間だったころの感覚の違いが怖かった。
そのことをぼかしながらスーヤに相談したところこうして起こしてくれるようになったわけだ。
うん、やっぱり優しい子だ。
そんなスーヤが真剣な面持ちで呟く。
「ついに今日ですね、兄さん」
「うん? あ~そうだったな」
とはいえそれも当たり前の話しで、
「もう、気が抜けすぎですよ! スーヤとの約束を忘れたんですか」
「大丈夫だって、ちゃんと覚えてるから」
ぷんぷんおこるスーヤをなだめ思い出す。
今日は俺たちの三歳の誕生日。
つまり、ブレイヴとのテリトリーをかけた決闘の日なのだ。
スーヤにとっても他人事じゃない。シャキッとしないとね。
「うし、んじゃ行くか!」
「はい! 兄さん!」
※
とはいえすでに決闘のための下準備は終わっているのでやることはない。
本命の【付与】した剣が決闘の場に五〇。
万一初弾で決めそこなった場合に備え、各所に二〇ずつ。
まさにハリネズミというたとえがピッタリな罠の嵐だ。
地雷原の方がまだ可愛く見えるくらい。
いくら練習も兼ねていたとはいえ、ちょっとやりすぎたと反省している。
一番気をつけるのは間違って自分がはまらないようにすることだろうなぁこりゃ。
ともあれ、ここまで準備した以上あとは覚悟をきめるだけだ。
大事な決闘の日とはいえ、今日も一日の糧を手に入れる狩りは行われる。
となれば本番は狩りの後、いつもはティアやテリアたちと魔術特訓をしている時間に行われるのだろう。
そう思って、今日もファウルの後をついて狩りに向かう。
※
それがおこったのは各自で獲物を探している最中だった。
「おい」
「ブレイヴ兄さん?」
狩りの時間にブレイヴから話しかけてくることは珍しい。
正確には嫌味や嫌がらせをする時は話しかけてくるが、そういうのは獲物を捕まえてからの話しだ。
探索しているときというのは初めてではなかろうか。
「どうかしましたか? ここは僕の管轄だったと思いますけど」
ファウルの狩りは独特だ。
今日の狩りをするエリアを決めると、そこを俺とブレイヴとスーヤで三分割し、誰が一番大物をとってきたかを競わせるというやり方だ。
その間ファウルはなにをしているかといえば、なにもしていない。
……と言うと語弊があるけど、俺たちが危なくなるとすぐ駆けつけられるようにしているらしい。
で、取った獲物のしとめ方から、こいつはこう仕留めるべきだとか、このやり方はダメだとか、教えてくれるわけだ。
実戦式というやつだ。
そんなわけで俺が散策している場所にブレイヴがいるのはおかしい。
訝しみながら、とりあえず表情に出さず笑顔で応じる。
「……スーヤはいねぇのか?」
「? はい」
本当は離れたくはないのが本音だ。
でも最近は魔術の腕もメキメキ上達している。
過保護になりすぎるのもためにならなし、俺がいつまでも傍にいられるとも限らない。
そんな葛藤から、狩りの間だけは別行動をするようになっていた。
だが、だからこそ疑問が残る。
どうしてそんな当たり前のことをブレイヴは確認するのだろう。
「そっか、そりゃ好都合だ」
瞬間、森の空気が変わった。
正確にはブレイヴの周囲の空気が。
ゾッとする寒気と本能的な身震いは――明確な殺意。
「なっ!」
「ガァアアアアアア!!」
動揺した間隙をつき、ブレイヴの牙が目の前に迫る。
地獄の深奥もかくやな暗い闇がアギトの奥に広がる。
俺は半ば無意識に全力で横へ飛んだ。
がむしゃらな回避のせいで着地もままならず、地面を転げて木の幹に強か胴をうつ。
それでも、
「ッ!」
耳に鋭い痛みが走る。
ブレイヴのギロチンのように閉じた口からはひとすじの血が零れていた。
そしてペッと彼が吐き捨てたのは、何かの肉片。
「ウィルくん! 耳が!」
「ッ! 黙って捕まっとけ!」
異変に気づいたテリアの悲鳴を黙らせ魔術を展開――しようとしやめる。
距離が近すぎる。さっきの距離で完璧に避けれなかった以上、いま俺がいる場所も死地に他ならない。悠長に詠唱する時間はない。
【付与】された剣も周辺には仕掛けていない。
だったら第二案、首かけカバンから石を取り出し無造作にばら撒く。
すぐさま魔力を注ぎ込んだ瞬間――爆発する。
飛び散った石の破片がブレイヴやその周囲の物を無差別に破壊した。
(よし! やっぱり思った通りだ!)
自然物に【付与】を施すと魔術は発動せずに砕け散る。
その性質を逆手に取った即席の手りゅう弾だ。
もし剣のトラップを回避され接近されたとき用の奥の手。
うまくいったことに俺は危機を脱したと安堵し、
「ダメ! ウィルくん避けて!!」
すぐ自分の甘さの代償を支払うこととなった。
ザッ――と、目の前に影が立つ。
その影は血まみれだった。
目は片方潰れ、体のあちこちから血が流れて足下に血だまりを作っている。左頬は跳んできた石の 直撃をうけたのだろう。元から大きな顎がさらに大きく裂けてしまっていた。
満身創痍、しかし、残った片目に浮かぶ闘志と殺気はなおも健在。
「うわぁ……」
情けない声が漏れた。あまりの恐怖に足がすくむ。
伸ばせば触れられる距離にある巨躯に、動かなければまずいとわかっていた。
だが動けない。
再び開く口とサバイバルナイフみたいな牙が迫ってくるのに動けない。
あまりに近すぎてすでに万策は尽きていた。
テリアの悲鳴のような声が遠くで聞こえる中、鋭い牙が首へ食い込む。
そのまま壊れたおもちゃみたいに振り回され投げ捨てられた。
全身を襲う激痛に朦朧とする意識の中、次にくる地面への激突がいつまでもこないことを不思議に思う。
(ああ……なんだ、こんなところに崖があったのか)
そう考えたのを最後に、思考は闇色に染まり、俺の体も暗い崖の底へと消えていった。
※
目が覚めるとそこは見覚えのある場所だった。
木にかかったハンモック。
朽ちかけた木を再利用したテーブル。
まだ湯気の昇ったティーカップと積みあがった本の数々。
間違いない、ティア達と会っている集合場所だ。
いつもはファウルのテリトリーをぐるっと迂回していたけど、あの崖の下がここに通じていたのか。
知らなかった。
いつまでも横になっているわけにもいかず立ち上がろうとして、すぐに崩れる。
勢いよく倒れたせいで顎をうち目の前で星が舞った。
なんだこりゃ、全然力が入らんぞ? おそるおそる見下ろすと、
「うわぁ……」
なんだこれ、傷だらけじゃないか。
あちこちの毛は剥げ地肌が露わになっているし、後ろ足は曲がっちゃいけない方向を向いている。
何より問題なのはお腹の裂傷だ。
たぶん崖から落ちる間にぶつけたのだろう。
とめどなく流れる血が、無情にも落ち葉が積み重なりスポンジのようになった地面に吸い込まれては消えていく。
それでも水溜りができているのだから、どれだけ出血しているのか……考えるだけで恐ろしい。
キャンパスに赤い絵の具をぶちまけたみたいな地面の中心で、冷たい地面に頬を押しつける。
現実感はないくせに意識した途端容赦なく神経を引き裂く激痛が、はじめての感覚をより鮮明にして行く。
(これって、やばくね?)
さすがに笑えない状況に、やっと危機感が芽生える。
「テリア、なぁテリア! いないのか!?」
痛みをこらえて声を張る。
いつもそばにいる精霊の名を叫んでみるが、反応はない。
「おいおい……マジかよ」
これはシャレになっていない。
いくら叫んでも返事どころか静まり返った森の姿に、本能的な恐怖から「ひっ」と悲鳴が漏れる。
「な、なぁ。テリア? スーヤ!? 誰でもいい! 誰かいないのか!?」
気づけば痛みも忘れ叫んでいた。
踏ん張りのきかない後ろ足を引きずって、這いずるように動く。
でも結局すべて無意味で、俺は再び地面に倒れた。
もう起きる力も残っていない。
――ほんと、異世界まで来て、なにやってんだよ、俺。
視界の先で血だまりはなお広がり続ける。
その光景を見て……急速に意識がクリアになるのを自覚した。
冷静になれたのではない。
あ、これダメだわ。
そんな諦念に似た感想とともに、俺は足掻くのをやめる。
さっきまであれほど怖かったのに、不思議と今は恐怖を感じない。
もしかすると、死を前にした人はこんな感じなのだろうか?
急激に視界がすぼまる。
いよいよその時が近づいているのだろう。
覚悟を決め思いまぶたを閉じようとした――その時だった。
ピチャ。
足音が聞こえた。正確には血だまりを踏んだ水音が。
なんとなしに再び開けた瞳が映したのは人型をした光だ。
「ミッティー! こっちだよ! 早く早く!」
「あなた……っ!」
あれだけ名前を呼んでも来なかった二人が現れた。
テリアの奴、いないと思ったらティアを探しにいってくれてたのか。
「ちょっと! あなたいったい何が……いいえそれよりも治療しなきゃ!」
青い顔のまま頭を振ると、綺麗な服が汚れるのも構わず血だまりに膝を月、水魔法で治癒を開始。温かい光が俺を包み、痛みが和らぐ。
おお、すごい。
今の俺の状況を見て、一〇歳やそこらの女の子が、悲鳴をあげるどころか今一番やらないといけないことを考えて行動できてる。
驚くべき自制心だ。
もしかするとそういう環境で育ったとか、暗い過去があるのかもだけど。
それにしたって、やっぱりこの子はすごい。
「っ! ダメ! 血が止まらない!」
でもまぁ、それでもどうしようもないものはあるわけで。
痛みが和らいでも、消えることはなかった。
ティアは三重奏水魔術師だ。
つまり、治癒にかんしては一流と言っていい。
それでも治せないとなると……こりゃダメかもしれない。
「ティア、もういいよ」
「ヤダ! あなたも簡単に諦めないでよ!」
動揺からか、口調がいつもより幼い。
そこまで慌ててくれると、こんな状況でも嬉しいものがあるな。
「……手がないわけじゃないんだもの」
ティアは小さくうなずくと魔術を止めて俺の頭を抱えてきた。
冷え切った体に彼女の体温は温かくて、ついこのまま眠ってしまいそうになる。
そうさせてくれなかったのは、彼女自身の声だった。
「ウィル、こんな状態のあなたに聞くのはずるいと思うんだけど……」
「! ミッティー、もしかして!」
「だって! もうそれしかないじゃない!」
な、なんだ? なにを言ってるんだこの子たち?
「ウィル、【契約】って魔術を知ってる?」
「え?」
薄い膜の張った思考をなんとか回して、記憶の引き出しを検索する。
たしか……人と魔獣や精霊が結ぶ使い魔契約だっただろうか?
契約した人と使い魔は、感覚や能力を共有する生涯のパートナーとなり、人は使い魔の力を手に入れる利点がある。そして使い魔側は――
「あ」
「うん、どんな願いも一つ叶えることができる。当然、あなたの傷も癒せると思う」
つまりこれは、あれだ。
使い魔になれというティアからの誘い。
「ま、待ちなよミッティー! こんな弱みに付け込みような形は納得いかないよ!」
「じゃあ他に方法があるの?! 少なくともあたしは知らないわよ!」
「それはボクもだけど……でも、【契約】は相手を納得させて認め合うもので……。こんな形で結ばれるものじゃ」
言い合う二人をしり目に、俺はなぜかティアから目を離せないでいた。
二人がなにを問題視しているのかわからない。
けど、この魔術の重みくらいはわかるつもりだ。
【契約】は魂の束縛。
傷だけじゃない、互いの能力も、五感も、命さえも共有する使い魔契約。
もし結べば、俺はティアが生きている間、すべての行動を宣言されることになるだろう。
まぁそれくらいじゃないと『どんな願いも叶う』なんて破格のリターンは期待できないのだろうけど。
いや、問題はそこじゃない。
今考えるべきことは別にある。
えっと……そう。残りの人生を束縛されるという部分だ。
俺は何だかんだで、この魔術のある世界が好きだ。
いろんな場所に行っていろんなものを見てみたい。
未知の食材だって山のようにあるだろう。
それらを創意工夫する。
そんな未来を俺は憧れていた。
でも、彼女と契約すればそれは夢に消えるかもしれない。
とはいえそれは今死んでも同じことだ。
生きて不自由な一生か、死んで安息な死か、どちらを選ぶべきか。
そう考えた瞬間、さっきまでの諦念が生への執着に変わった気がした。
だから、回らない頭を総動員して、決意する。
「ティアは僕でいいのか?」
「……不満はないわ。あなたは命の恩人だし、魔術の才能がある。まだまだではあるけど、将来に期待はできるから、いつかは言おうと思ってたことだもの。それが早まっただけだわ。……あと、何よりあなたの作る料理はおいしいもの」
前半はともかく後半は関係あるのかしら?
いや、まぁ、とにかくだ。
「僕は、死ななくていいのなら、死にたくない」
「ええ、それが普通でしょうね。死んでいいなんて言うのは不死者かアンデットくらいよ」
この世界にはそんなのもいるのか。
まぁ今は関係ない。
覚悟を再確認し、俺は言った。
「僕をティアの使い魔にしてください」
「うん」
返答を聞くや否や、ティアは不満そうなテリアをしり目に手の平を俺に向ける。
「世界の理、輪廻の渦、種の垣根を越え断たぬ天井の鎖を与えたまえ――【契約】」
詠唱が終わると、どこからともなく黄金のリボンが現れた。
彼女の金髪のように綺麗な色だと思った。
そのリボンには無数の精霊文字が刻まれていて、ゆっくり俺の手足に優しく絡みついてくる。
激痛が走ったのは次の瞬間だった。
「――――――~~~~ッッッ!」
全身に焼き鏝を押し付けられたような激痛。
あまりの痛さに気が遠くなり、痛みで再び覚醒する。
そんな地獄みたいな無限ループを、数秒の間に何度も経験した。
――痛い、痛い、痛いッッッ!!!!
動かなかった体を逸らして悶える俺に、ティアが覆いかぶさってくる。
暴れていると爪が何かを切り裂いた。
ギョッとして見下ろすと、ティアの背中が大きく裂け血を流していた。
そのことに気づき少し落ち着いた俺の耳へ、彼女の声が滑り込んでくる。
「大丈夫だから、受け入れて」
鈴の音のように響く声が耳朶を震わせ脳に染み込む。
同時に痛みが引いていく感覚。
「今この時をもって、あなたの腕も、あなたの脚も、眼も、耳も、牙も、肉も、魂も、後に広がるはずだったあらゆる才能一片たりとも、あたしのものよ」
魔術による痛みだけでなく、ブレイヴに襲われた瀕死の傷口からも痛みが消えていく。
今度こそ意識を失えた俺の耳が、最後にティアの声を拾った。
「よろしくねウィル。あたしの使い魔さん」
その日、俺はティアの使い魔となった。
長くなったので前篇後篇にわけます




