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俺、テイムされます - オオカミシェフの異世界漂流記 -  作者: たかじん
第1章 はじまりの地《深き森》
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閑話「すべてを見ていた彼は」

 ブレイヴは目の前でおきた光景に、ただ息を飲んでいた。


「なんだよ、さっきのは」


 こぼれた声は情けないくらい震えていた。

 普段の彼ならそんな情けない姿は臆病と一蹴しただろう。


 憧れる父、ファウルは弱さとは無縁のオスだ。

 彼を目標としているブレイヴも弱いところを見せる――たとえば妹のスーヤのようにいつも誰かの陰に隠れるような――ことを惰弱と思ってきた。

 だが、今はそのことを気にする余裕すらなく、震えが止まらない。


「魔術師ってのは詠唱の間は隙だらけなんじゃないのか? そもそもどうして四方から同時に魔術が飛んでくる? 何よりあの威力はなんだよ!?」


 わからない、なにもわからない。

 魔術を弱い力と見下してきた彼には当然魔術の知識はない。

 だが、誰が彼を攻められるだろうか?


 彼は彼なりに最善の道を歩いてきたつもりだ。

 二歳の誕生日を迎えたその日から今日まで、鍛練を怠ったつもりはないし、憧れの姿にすこしでも近づくため毎日死に物狂いで体をいじめてきた。

 雨の日も、体調がすぐれない日も、弱さをおくびも出さずに努力し続けた。

 その結果は確かに成果になっていたし、自信にもつながっていたはずだった。


 ファウルとの狩りでもブレイヴが脅威に感じる獲物はほとんどいなかったし、攻撃を許しても訓練に訓練を重ねた嗅覚は不意打ちを許さず、すべて避ける自信もあった。

 その過程で、ブレイヴにとって魔術は必要にないものだっただけだ。

 だが、この瞬間だけは少しは勉強しておけばよかったと後悔した。


「何なんだよ……邪魔するなよッ!」


 弟、ウィルディー。

 弟が生まれたと聞いた時は驚いたしライバルになると警戒もした。

 でもそれも会うまでの話しだ。

 はじめて見た時に思ったのは――なんて弱々しいオスかという失望だった。


 小さな体、へりくだったような態度、魔術ばかりうまく身体能力は下の下。

 ブレイヴが惰弱と考えるものの塊みたいな存在。それがウィルディーの第一印象だった。

 一瞬本当に血が繋がっているのか疑問に思ったほどだ。


 これで将来は安泰。

 そう思うと同時に悲しくもあった。

 自分と対等の強さを持つ相手と血と泥にまみれた死闘。

 ファウルがその兄弟と演じたように、一つのテリトリーをかけて死力を尽くし、その末手に入るからこそ価値がある。

 それこそブレイヴが憧れていたものだったからだ。


 それがどうだ。

 当てが外れたとしか思えない。

 結局ブレイヴはウィルディーの存在を、目障りなスーヤを引き取る便利な道具くらいにしか考えていなかった。


 ――だが、上から目線な余裕を持てたのはここまでだった。


 ある日、このできそこないの弟がテリトリーを手に入れて帰ってきた。

 それもファウルと同じほどの広さを持つテリトリーだ。

 驚きもしたが、それ以上に胡散臭さをブレイヴは覚えた。

 どうせハッタリに決まってる。

 本当だったとしてもきっと卑怯な手を使って手に入れたんだ。あれは頭だけは回るみたいだしな!


 そう思っていた。

 だがファウルはそんな弟を評価した。

 それどころか狩りへの参加を許可した。

 耳を疑った。オスであるウィルディーを狩りに参加させたということは、つまりテリトリー争いの レースに参加させるという意思表示に他ならない。

 なにより、あの弟と自分を同列に考えた証でもあった。 


 あの小さく、へりくだった、魔術しか取り柄のない弟と、自分が同列?

 屈辱以外のなにものでもない!

 絶対に化けの皮を剥いでやる!

 以来、ブレイヴはウィルディーを監視し続けた。

 ときに力の差を見せつけてやることもあった。ときどき逆に驚かされたが、一定の成果はあったという自負もあった。

 その証拠にウィルディーは話すときいつも下手に出ていた。

 きっと自分を怖がっている証拠なのだとブレイヴは思っていた。


 ――その自信はたった今、粉々に砕け散った。


 ふと足元に石が転がっていることに気づく。

 さっき魔術の標的にされ爆散したものの欠片だ。

 黒い塊をブレイヴはおもむろに咥えてみる。


「っ!」


 重い、見た目の大きさからは考えられないほど重い。

 思わず顎に力がかかり鋭い牙を突き立ててしまう。

 が、砕けない。

 それどころかこちらの歯が欠けてしまいそうだ。


 ブレイヴの顎は太い木の幹すら噛み砕くほど強靭だ。なのに、文字通り歯が立たない。

 それほどの強度の壁を作れることにも驚きだが、あの魔術はその壁をあっさり砕いて見せた。

 そして、その魔術は決闘で自分へ向けるために編み出したらしい。


 ――寒気がした。


 勝てない、勝てるわけがない。

 この瞬間ブレイヴは、あの弟がどうあがいても勝てる相手ではないことを理解した。

 決闘など望むのではなかった。

 愚かでもいい、情けなくてもいい。

 しっぽを巻いて逃げるべき相手だったのだ。

 それが無理なら首を垂れ、足を舐めてでも争いを避けるんべき相手だった。


 どうしてあんな化物と自分は戦わなければならない。

 そう思うと涙が浮かぶ。

 死ぬのが怖いのではない。

 死力の末に戦って負け、その結果死ぬのであれば胸を張れる自信があった。


 でも、これは違う。

 ただ一方的に届かない距離から蹂躙されるなど、ブレイヴが理想とした決闘ではない。

 こんなものはただの蹂躙――犬死だ。

 意味もなく、見せ場もなく。

 鍛えた努力も研鑽の日々も、すべて無意味とばかりに殺される。

 そのことに心の底から恐怖した。


「こんな終わりかたは絶対に嫌だ」


 嫌だ、いやだ、イヤだ。

 何度も繰り返すうちに、いつしかブレイヴは薄く歪な笑みを浮かべていた。

 暗いガラス玉のような瞳は、ドロッとした狂気の色を称える。


 そう、そうだ。

 決闘で勝てないのなら、それ以外の方法で決着をつければいい。

 なにも正々堂々にこだわる必要はなかった。

 戦いは力だけじゃない、どんな手を使っても最後に勝てばいいのだ。

 歪んだ決意に、ブレイヴは笑い声を抑えられなかった。


 生き残る可能性を見つけ、あの弟を倒しテリトリーを我が物にできる可能性を見つけた彼には、たった今思いついた方法が、彼の守りたかった努力や研鑽の日々を全否定する行為であることに、最後まで気づくことはなかった。


ものっすごく短くて申し訳ないです。土日で体力を使い果たしましたorz

次からまた戻ります

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