第6話「魔術師として成長してきました」 後篇
ブレイヴとの決闘の日が近づき、家族内でピリピリとした空気が支配する一方。
スーヤの魔術講義については順調のひと言に尽きた。
「水よ我に答えよ。零れる聖水、穢れ無き清流のせせらぎ。一時の激情に身を任せ!」
二重奏までとは明らかに違う物々しい詠唱。
ゆっくりと体内の魔力量を吟味しながら紡ぐそれは、次第に空気をピリッとしたものへと変えていく。重くはない張りつめた緊張感。
「【山崩】!」
魔術名を解放した瞬間、張りつめた弦が放たれるように現象が具現化する。
震える地鳴り、次第に大きくなる揺れにスーヤの立つ位置を中心に大地が裂ける。
内から爆発せんとするエネルギーは重い岩盤などものともせず、地上吹き出した。
ゴバァアア――ッ!!
耳をつんざく轟音とさらに激しさを増す地鳴り。
そしてなにより、スーヤの前方にあるものすべてを押し流す激流。
ダムの水が決壊したような暴力的な水量に木が、岩が、根こそぎ大地を削って押し流されていく。
「すげぇ……これが三重奏水魔術か」
思わずそんな言葉が口をつく。
俺も一応三重奏土魔術師だけど、土魔術の三重奏魔術はかなーり地味だからな。
ここまで攻撃的な魔術を見るのは初めてである。
「――……~~ッ! も、もう限界、です!」
集中していたスーヤが大きく息を吐く。
途端、洪水は止まりどういう原理かわれた大地の中に戻ると、そのまま地割れの痕跡もなくなってしまう。
あとに残ったのは魔術の爪あとだけだ。
「おっどろいたー……ウィルくんの妹くんも凄まじいわね。やっぱり双子だから?」
呟いたのは耳元に立つテリアだ。
俺は手ごろな石を拾って【付与】を施す作業をを続けながら答える。
「スーヤが頑張ったからだろ」
「あいっかわらず妹には甘いな~」
そう言ってくすくす笑う声が耳元をくすぐる。
甘いのだろうか? 自覚はないんだけどなぁ。
「兄さん! 見ていてくれましたか?」
なんて悩んでいると、スーヤがしっぽを振って駆け寄ってくる。
その姿を見た瞬間悩みとか全部吹き飛んだ。
「うん、すごいなスーヤは! よく頑張ったね」
これでもかってくらい褒めちぎる。
まぁボキャブラリーが豊富な方じゃないから、単調な褒め言葉なんだけどね。
それでも嬉しそうに顔を赤らめながら、しっぽを振り振りしてるのだから初心かわゆい奴よのう。
「あの、でも、ギリギリの成功でしたし……兄さんの方がすごいです」
「あ、それわかる。お前が言うなって気持ちにはなるわよね」
「そ、そこまでは思ってません! ……思ってませんからね、兄さん」
ボソボソっと呟くスーヤ。
こういう時、素直に喜んでいいか微妙な気持ちになる。
この世界に転生してから、いろいろなことに興味を持つように心がけてきた。
でもその根っこにあるのはミーハーなゲームやアニメオタクとしての部分が大きい。
なにより、一番評価されている魔術も元の世界の知識あってこそだ。
褒められるべきはそれらの世界を創造した才能のあるクリエイターたちであって俺ではない。
魔力にいたっては努力で手に入れたものですらない。
ほとんどは棚から牡丹餅なのだ。
だから、そんなズルなしですごいスーヤや、コツコツ頑張ったであろうティアに言われると……嬉しさより申し訳なさが先に立つ。
「それで? そのお兄さんは何を手遊びしているのかしら?」
「言い方に棘がありすぎだろ……」
と、ティアが覗きこんで来たので【付与】し終わった石をわきに置く。
その様子を見て、ますます意味がわからない様子でティアは首をかしげた。
「本当に何してるの? そんな石ころに文字を刻んでも」
「うん、たぶん砕けちゃうだろうな」
ここ数日、俺は【付与】の魔術の試行錯誤に没頭していた。
というのも、これがなかなか癖の強い魔術だったからだ。
はじめ俺は二重奏魔術を刻んでみようと試みた。
だがこれはあえなく失敗。
実験台にした木の枝がはじけ飛び粉々になってしまったのだ。
強度が足りないのかと今度は岩に刻めば結果は同じ。
刻む魔術を独奏魔術に落としてもやはり砕けるだけでうまくいかない。
かと思えばティアの靴に風魔術を刻むとあっさり成功。
彼女の編み込みのブーツは履くと足が速くなる不思議アイテムへと姿を変えた。
そうして失敗と成功を繰り返す中、なんとなく原因の見当がついてきた。
どうやらこの世界の物質には『魔力を留めておける容量』が存在するらしい。
そしてその容量は人口物であるほど大きい傾向にあるようだ。
つまり、木や岩などの自然物にはこの魔術は使えない。
逆にどんな形でも手作りの物にはあっさり使うことができる、ということ。
でも、だとしたらどこまでが自然物で、どこからが人口物なのだろう?
たとえば指輪は?
宝石は自然物だけど、カットや磨きなどの過程があるのだから人口物ともとれる。
もしそういうものに【付与】するとどうなるのか。
やっぱり砕けるのだろうか? それとも成功する?
……違いがいまいちわからないな。
試すのももったいないし。
なんにせよだ。
その基準で行くと、石ころなんて間違いない自然物に【付与】したところで意味はない。
ティアの疑問は至極まっとうだ。
「ま、試してみてからのお楽しみってことで」
意味深に言って石を葉と蔓を編んで作った首下げカバンに放り込む。
「また妙なことじゃないでしょうね」
「違うって。対ブレイヴ用サブ兵器だよ」
「ふーん、サブねぇ。まぁ考えがあるならそれでいいけど。……で? 本命の準備はどうなってるのよ?」
「ふふふ、よくぞ聞いてくれましたミッティー!」
俺のかわりに答えたのはテリアだ。
毛の中から飛び出し、大きな胸を逸らしてドヤ顔を浮かべる。
「わっ! びっくりしたー。ちょっとテリア! いきなり出てこないでよ」
「ごめんごめん。でもウィルくんが悪いんだよ! あんな面白い魔術の使い方を思いついておいて、試験もせずにずっとお預けにするんだもん! もう僕の知的好奇心は限界だよ!」
ウザいくらいに興奮したテリアにティアは少し驚いた様子だ。
この世界において精霊が知らないことの方が珍しい。
そんな精霊が興奮する姿というのは珍しいのだろう。
「あなたいったい何をしたの?」
「何っていうか、こいつを隠してトラップを作っただけなんだけどな」
言いつつ鼻先を上に向け、詠唱を開始。
「土よ、我に答えよ。星の劫火に焼かれし、赤く熟せし鉄の果実。手の中でその真価を示せ――【創作】」
三節の詠唱の完成と魔術名の言霊により魔術が世界に干渉する。
足下で三枚の魔方陣が展開。
体を輪切りにするように回転する半透明の魔方陣は緩やかに、されど確実に回転速度を上げ、地面へと落ちてゆく。
魔方陣が地面と接触するのと、三枚が重なり合うのはほぼ同時だ。
ほとばしる紫電の雷光。
膨大な魔力の波動が 俺を中心に荒れ狂う。
そしてその紫電が一点に収束したころそれは現れた。
――剣の柄である。
意匠も何もない無骨なそれは、あたかも地面に刀身が埋まったかのように見える。
おもむろにその柄を咥えるとひと息に引き抜く。
ずるりと出てきたのは三〇センチほどの湾曲した片刃剣。
「よっと」
それをすぐに宙へ放り投げる。
日の光に反射するのは、カラス羽を思わせる濡れるような漆黒。
その刀身目がけて火魔術を【付与】。
刻まれる幾何学模様が一つの意味を持つ頃、剣は地面に刀身を突き立て起立していた。
三重奏土魔術、【創作】
周囲の鉱物を操ることで物を文字通り創作する三重奏魔術だ。
テリアとの魔術講義ではじめに取得してから一番使っている魔術だけに、使い慣れたものである。
付け加えるなら【付与】の魔術との相性も非常によく、今では独奏魔術程度であれば今のようにすぐ作れるほどになっていた。
もっとも、二重奏クラスになった途端に情報量が増えるから、こうはいかないけどね。
まぁ使った感じ、ブレイヴ相手なら独奏魔術の方が都合はいいと思う。
二重奏魔術は使ってみると広く浅くな攻撃に思えてどうもしっくりこないんだよなぁ。
「これって魔物と戦った時に作った剣と同じよね? デザインはなんだか変だけど」
「変とは失礼な」
まぁティアの持っていたのは典型的な西洋剣だったしな。
俺には日本刀の方が想像しやすいから、作る剣ももっぱら刀系ばっかりだ。
「これを草むらとか岩陰に二〇本くらい隠してるんだ。その全部に魔力を注ぎ込んでおいて同時に起動すれば、多方面から攻撃できるんじゃないかなぁと思ってさ」
「? ??」
うまく伝わっていないのか小首をかしげるティア。
うーん、口で説明しにくいな。
「まぁやってみればわかるよ」
百聞は一見に如かずってことで、まず見てもらおう。
というわけで実験である。
標的には【創作】で作ったできる限り硬い岩盤の一枚板を配置している。
硬度計などないのでどれほどのものかはわからなかったけど、少なくとも鉄よりは固いだろうそれに向けて……二〇本すべてに込められた魔術を同時に発動!
ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドド――――――ッッッ!!!!
マシンガンもかくやというほどの連射と着弾音に耳がいかれそうになる。
剣に施したのは独奏魔術の【火球】。
はじめて俺が使えるようになった初歩中の初歩魔術だ。
とはいえ過剰なくらい注ぎ込まれた魔力により、なぜか着弾時に爆発するようになってしまい、ほとんど別物だ。
名づけるなら【爆球】といったところか。
モウモウとたちのぼる土煙の中で見えてきたのは、爆散した岩盤の欠片たち。
何発かは標的が逸れたのか、地面をうがち巨大クレーターを作ったり、明後日の方向へ飛んで木を何本か吹き飛ばしていたりしていた。
その様は爆撃機の絨毯爆撃あとのような惨状である。
う、うーん。たしかに目的通りの攻撃だけど。
無差別にも程があるな。
「……ウ、ウィル?」
「すっっっごいじゃん! ウィルくん!」
引き攣った顔でドン引きしたティアとは対照的に、興奮した様子のテリアが俺の視界いっぱいに飛び込んでくる。
「こんな魔術の使い方、今まで誰もしたことないよ! だってこれって、一つの魔術しか使えないけど、魔術師を量産したようなものだよ!?」
【付与】をほどこした武器は魔力さえこめれば魔術を使うことができる。
なら、離れた位置にあっても起動できるトラップとして使うこともできるんじゃね? と思って試したのだが……予想以上にうまくいったと思う。
ブレイヴのように素早い相手と真正面から戦わないようにするなら、一発の低威力広範囲魔術より、死角からの独奏魔術の弾幕の方が効果的なはずだ。
これはかなり効果的なのではなかろうか。
一発のデカい爆弾よりも、爆弾をばら撒くタイプの爆弾の方がヤバいって聞くしね。
とはいえ、だ。
「確かにすごいけど、やりすぎじゃない?」
……うん、俺もそう思う。
決闘とはいえ、これは殺気が高すぎるよね。
下手な鉄砲だけど一発当たれば絶対殺してやるマンになってる。
いくら嫌いな相手でもこれはなぁ。
スーヤも肉親が爆散する光景など見たくはないだろうし仕方ない。
手間だけど威力を再調整するか。
「でもこれで決闘の方はどうにかなりそうね」
「だなぁ、一時はどうなるかと思ったけど」
「――だったらさ」
と、不意に言いにくそうに頬を掻くティア。
即算即決即行動なティアにしては珍しい仕草だ。
「そろそろ時間じゃないかなーって思うんだけど?」
「? なんの?」
「だから! 晩ご飯の時間だなぁって」
言いにくいから察しろバカ、とでも言いたげに、ティアは足元の石を蹴って恨めしそうに睨みつける。心なし頬も赤くなっていた。
そろそろ……晩ご飯……ああ、なるほど。
「今日も僕が作ればいいのかな?」
「べ、別に? あたしは自分でできるけど? ウィルがしたいならどうぞご勝手に?」
素直じゃない。
とはいえこういうときは、大人びた彼女の素が見えて、おじさんちょっとキュンってきちゃう。
開けちゃダメな扉が開きそう。
ティアが言っているのは料理のことだ。
前に一度、豆やイモのような穀物を、魔術で作った水で煮込んだだけの料理を食べているところを見て、「子どもがそんな栄養の少なそうなもの食べてちゃダメでしょ」と一品作ったのがきっかけだったりする。
作った、といっても元シェフとしては料理とも呼べない代物だ。
肉を葉っぱで包み地面に埋め、その上で焚き木をすることで火を通しつつ、集めたベリーを風魔術で砕きソース状に。強すぎる野性的な臭みをミントに似た薬草で整えただけ。
ただこれが思いのほか好評で、以来帰り際に一品作っていくのが日課になっていた。
「んじゃ何かリクエストとかある?」
「魚料理がいいわ!」
「魚か……川魚でいいなら開きにして干しておいたものが、ちょうど干物になっているころあいだし、そいつを使うかな」
ここ最近、実験的に保存食を作ってみるのがマイブームだったりする。
この森は食材が豊富だから毎日ごはんにありつけるけど、もしもってことはあるしね。
もう一つの理由は……自分の味の確認、だな。
オオカミの身体になって多くの器官で人のころとは変わってしまった。
聴覚も嗅覚も視覚も。
そのほとんどは新鮮でプラスだったけど、ある一つの感覚のズレには悩み続けていた。
それが味覚だ。
見た目のグロさに目をつぶれば、生肉を美味いと感じてしまうことは、現状だけなら救いだろう。
でも、料理人として見れば絶望感しかない。
料理人にとって最も大事なのは腕ではない、舌だ。
毎日料理を作るうえで、昨日と違いが出てしまっていないかを知る手立ては、自分の舌で確認するしかない。
つまり、舌とは料理人の核なのだ。
だから料理人は常にうまいモノを食べ続ける。
金のない修業時代ですら、有名店や老舗店には足しげく通い『何がうまいのか』を舌に覚えさせるほどだ。
その舌がバカになっている。
それはつまり、俺は転生し生き返った。
でも、料理人としての俺は……死んだと言って過言じゃない。
ティアは違う。
ティアは人間だ。
しかも若く味覚にも敏感で、今までもいいものを食べてきたようで、なかなか鋭い評価をする時がある。
俺にはもう元の舌はない、腕もない。
でも知識と経験ならある。
幸い嗅覚と聴覚は人のころより優れている。
それに加え彼女の舌を使えば再構築できるのではないか。
そんな諦めの悪さが今の料理人としての俺を支えていた。
干物も五回失敗し六回目に及第点。
納得のいくものができたのは何十回目だ。
でも完成した、こぎつけることができた。
なら、あとは彼女の舌を唸らせられれば完成と言っていいだろう。
「ひものって何ですか、兄さん?」
キョトンと首をかしげるスーヤに、あれだよあれと説明する。
「よく肉を乾燥させて保存食を作ってるだろ? あれの魚版って感じ」
「ああ! ほしにくですね! あれ美味しいですよねぇ」
本当はジャーキーにしたかったんだけど、下味をつける調味料も筋切り包丁もなかったので妥協した保存食だったのだけど、どうやらスーヤには好評だったらしい。
肉の苦手な彼女が干し肉を美味しいというのはちょっと意外だ。
どうも生肉が苦手というより、血生臭さが原因だったらしい。
匂いに敏感なオオカミならなおさらなのだろう。
「備蓄用で保存重視だし、魚は扱い馴れてないから、干し肉程うまくいってる自信はないけどね」
「でもでも、足の速い魚まで保存食にしちゃうなんて、それだけで十分すごいです! さすがです、兄さんです!」
そこはさすがですお兄様と言ってほしかったなう。
いや、他意はないけどね!
しかし、この純粋すぎる尊敬の眼差し。
つい魔が差してしまうのはご愛嬌だと思う。
「スーヤ、備蓄ってのばして言ってみて」
「え? 備ー蓄?」
「アクセントは頭で!」
「び、びーちく?」
「お兄ちゃんのびーちく、美味しかった?」
「はい! 兄さんのびーちくとっても美味しいです!」
「………………三〇点」
「へ?」
うーむ、やはり意味がわからず言わせてもダメだな。
スーヤの場合元気よく言っちゃうせいでエロさが足りない。
これならティアが向けてくるドブネズミを見下す蔑んだ目の方がいい。六〇点。
ちなみに見た目サバサバ系で、きわどいセクハラでも笑って冗談を返してきそうなのに真っ赤になってる、意外と乙女なテリアちゃん。一二〇点。
「それでどうする? 一応魚だけどやめとく?」
「……いいえ、前回のはんばーぐって料理もおいしかったし、あなたに任せるわ」
なんて、そっけなく言ってるけど口元はニマニマしていた。
素直じゃないティアに苦笑しつつ、木の上に蔓で編んだネットを被せておいた干物を取りに行きつつ手早く調理開始。
といっても焼いて出すだけどね。
醤油がないし、オオカミになったせいで味覚のせいで味付けにはかなり苦労するのだけれど、日ごろお世話になってるし、これくらいのことは手間でも何でもない。
おいしかった。
そのひと言が代金ってことで。




