第6話「魔術師として成長してきました」 前篇
あっという間にティアとテリアに出会って半月がたった。
そんなおり、珍しく食卓に家族全員がそろったタイミングで、ファウルが切りだす。
「ウィルディーが次の誕生日を迎えた日に、このテリトリーをかけて二人には勝負してもらおうと思う」
「! ……へへ」
「ッ!」
「??」
ブレイヴが不敵に笑い、スーヤが絶句する中、俺だけが状況をわからず首をかしげる。
それを察してかファウルは付け足すようにこう続けた。
「群れのボスを決めるのだ」
「ああ、なるほど」
いつかの日にスーヤが言っていたことだと思いだしながら呑気に肉をしゃぶる俺。
はじめはあれだけグロテスクに見えた肉も、三年もたてば多少は慣れてくるのだから驚きだ。
一方でスーヤは相変わらず苦手なようで、食べやすい部位を譲ってあげた結果、俺の食事はもっぱら固い筋肉である。
兄は妹のために我慢する、当たり前のことだよね!
「ずいぶんと余裕そうじゃねぇか。テリトリー持ちだからって勝った気でいんのかよ」
で、いつものごとく噛みついてくるのが兄ブレイヴである。
本当に嫌われてるなぁ。
「いえいえ、そんなことは」
いつものように軽く流してニコニコ愛想笑いを浮かべておく。
とはいえ実際問題あまり深刻には考えていなかった。
テリアとの特訓はすこぶる順調で、現在のウィルディーのスペックはこの半月で飛躍的に伸びていた。
軽くまとめるとこうなる。
火魔術:二重奏 風魔術:二重奏 土魔術:三重奏。
火と風で二重奏、土にいたっては三重奏。
ティア曰く、人間ならば十分一線で活躍できるレベルだそうだ。
やっぱり教えてくれる教師って重要だね。
独学、ダメ絶対。
物心がつく前から魔術の練習をし、元の世界の記憶を持ち込んでいるアドバンテージがあるとはいえ、ちょっと順調すぎる気がする。
まぁそんなアドバンテージなくすごいスーヤこそ本当の天才というのかもだけど。
なににせよ、どうやらこの体の魔力容量とセンスはずば抜けた適性があるらしい。
だから、はっきり言ってブレイヴを舐めていた。
スーヤの件もあるし負けられないという気持ちはある。
だがファウルには勝てるビジョンは見えずとも、下位互換であるブレイヴなら勝てんじゃね?
そんな風に考えていたのもまた事実だ。
だから、
「ブレイヴの言うとおりだ。このままでは間違いなくお前の負けだぞ、ウィルディー」
「ファ!?」
脳筋とはいえ生粋の戦闘民族であるファウルに言い切られ絶句するのだった。
※
「それってたぶん、ウィルくんが頭で考えすぎだからだと思うよ?」
そう言ったのは食卓での会話を毛の中に隠れて聞いていたテリアだった。
「考え過ぎって?」
「魔術に頼り過ぎってことじゃない?」
答えたのは今日も今日でくつろぐティアだ。
……結局この子、半月も森の中に居座ってたけど、家の人は心配しないのだろうか?
付き合いもそろそろ長くなるが、自分のことを語りたがらないため、いまだにこの子のことはよくわからない。
家出中……ってわけでもなさそうだから、強くはいえないんだけど。
なんだかな。
「うん、ミッティーの言う通りだね」
同調して、テリアが頷く。
ちなみにミッティーというのはティアの愛称だ。
なんだかもう少しで恐ろしい名前になってたね! ハハッ!
「たしか二重奏魔術まであっさりものにできたのはすごいと思うよ? でも魔術師って本来は前衛がいてこそ生きる職種だから。決闘みたいな一対一には向かないんじゃないかな?」
「あ~なるほど」
納得いく話だ。
ゲームでも魔法使いを前衛に出すことなんてないしね。
「……というか、半月前まで独奏魔術しか使えなかったのに半月で三重奏まで取得するって、どれだけ魔力持ってんのよ。あたしが三重奏を使えるようになるまで何年かかったと思ってんのよ」
「うん、黒い闇が滲み出てるから。ちょっと落ちつこうか?」
あからさまに恨めしそうな顔で呟くティア。
俺は「どうどう」と暴れ牛をなだめるように続けた。
「でも魔術に特化することが間違いだとは思えないしな」
元の世界ではいくつも仕事をこなせる人間は重宝されていた。
でも、俺自身はそこまでスペックの高い人間だとは思っていない。
俺にできたのはせいぜい、美味い飯を作って喜んでもらう。それだけだ。
だったらこっちでも一つのことに終始しないとどっちつかずになるだろう。
だからこそ才能のありそうな魔術に力を入れてきたのだ。
「悪くはないわ。寄り道せず一つを極めることは大事だって師匠も言ってるし」
「ふーん、なるほどね…………ティアの師匠?」
疑問にティアは「しまった」とでも言いたげに口元を押さえ眉間に皺を寄せる。
「ティアにも師匠がいるのか?」
「……いるわよ、当然ね。まぁあたし専属ってわけではないし、あの人は魔術師っていうより魔女だけど」
「魔女?」
不穏な響きに思わず質問を返してしまう。
「土の四重奏魔術師で火と風と水についても三重奏まで使える【四属性の担い手】。一人で小国程度なら敵に回せる、王国最高位の魔術師にして大陸でも有数の大魔術使いよ」
なにやら物々しい単語の仰々しい二つ名がバーゲンセールみたいに並んでるんですが。
苦々しいティアの口調から、只者ではないことだけは伝わった。
(そういえば上位魔術について聞いた時も同じような顔をしてたな)
おそらくこの師匠のことを考えていたのだろう。
よっぽど彼女にとってその師匠は苦手な存在らしい。
ティアはこほんと咳払いをして、あからさまに話題を変えようと続けた。
「話を戻すけど、師匠クラスになればそりゃ突き抜けた方がいいんでしょうけど、ほとんどの場合はそうはいかないわ。手札は多いに越したことはない、そういうことよね? 精霊さん?」
「ういうい、さすがミッティーは頭柔らかいね~」
言われてみればもっともだ。
というよりはじめのころから懸念していた問題が表面化したに過ぎない。
魔術は強力だが隙も多い。
それは魔物との戦闘のころから言っていたことのはずだった。
それが二重奏、三重奏と机上の数字があがるにつれ失念してしまっていた。
(いくらファウルの下位互換でも、化物じみた身体能力にはかわりなかったもんな)
想像してみる。
相対する距離は五メートル、ファイトで戦闘開始! 詠唱を開始する俺……の首にすぐさま噛みつくブレイヴ。ゲームセット。
さっと血の気が引くのを自覚した。
「ど、どうすればいいですかね?」
「ウィルくんのパパは優秀なハンターなんだろ? なら真似すればいいんじゃないかな?」
鼻先にふわりと降りてきたテリアが腕組をして覗き込む。
目の前で大きな胸が形を変え、ドレス状のスカートから覗く太ももがまぶしい。
くそ! もうちょっとで見えるのに! 鼻息で捲れないかしら? フガフガ。
……いや、今はそんな話してるんじゃなくて。
「あれは手本にならないやつだから」
いくら見て学べと言われて限度がある。
人間に「鳥の飛んでいる姿を見てれば飛べるようになるだろ?」と言っているようなものだ。
音速で走る生物のマネとかできるわけない。
「ふーん、だったらそっちもあたしが見てあげよっか? 人間の技術だからウィルにどこまで応用できるかわからないけど」
ティアの意外な申し出に驚く。
「いや、でもスーヤにも魔術を教えてもらうってるわけだしな」
「いいわよ別に。……のちのちあたしにとってもプラスになるかもだしね」
「え? なんだって?」
「ん~ん、こっちの話し~」
なにやら含みを感じたのだけど、気のせいかしら?
とはいえティアに教えてもらうのは悪くない。
協力してくれると言うのなら力を借りない手はないだろう。
なにより、気難しいファウルの脳筋指導より、ちょっと子供だけど女の子であるティアに教えられた方がいろいろ捗るというものだ。
「コツは魔術と同じで魔方陣へ魔力を流す感覚を、体に向けるイメージが重要よ」
「ふむふむ」
「たとえば単純に腕力を強化したいなら、右腕全体に流すように意識すると……こうなる」
言いながら近くに木をわし掴み、
ずぼっ!
と、スネ毛でも抜く手軽さで根回りの土ごと引っこ抜いた。
しかも引っこ抜いた巨木を軽々と振って土を払う余裕を見せ、
「さらに掌に集中させれば……こうなる」
グシャッと、ひしゃげる音と共に握り潰し、木を真っ二つにした。
「…………」
畳み掛けるバカバカしい光景に絶句すること数秒。
ひと仕事終えて爽やかな笑みを浮かべたティアが、額の汗を拭って振り返った。
「ってな感じ。それじゃ実践してみよっか?」
「無理です」
速攻ギブアップしたのは言うまでもない。
※
薄々わかっていたことだが、この世界の生き物の身体能力は元の世界のそれとはスケールが一つも二つも違うらしい。
ファウルのような魔獣種が特別なのかと思っていたけど、ティアを見るとその考えが甘かったことを思い知らされた。
どうやらこちらでは体を動かすこと=魔力を使うことという考え方が普通らしい。
だがもともと魔力のない世界から来た俺にはどうしても『体を動かすために魔力を使う』という感覚が理解できなかった。身体能力に差があったのはこれが原因だ。
言ってしまえば周りはドーピングし放題なのに、自分だけ生身で挑んでいるようなもの。
そりゃ敵わないわけだよ。
魔術については元からなかったものだったから、先入観なく飲み込めたんだけどなぁ。
※
さて、ではここまで踏まえたうえで、俺の評価はというと、
「わかった、あなた才能ないわ」
「えぇー」
さすがにガクリと肩を落とす。
いくらなんでも夢も希望もなさ過ぎじゃないですかね。
「いえ、悪い意味ではなくてね。あ~この場合は悪い意味になっちゃうのかな?」
「……どっちつかずなフォローほど傷口をえぐるものはないと思うんだぁ」
「そうじゃなくて! あなたの場合恐ろしくピーキーというか」
困ったなぁと長い金色の髪を搔き上げる。
ピンと指を立てて、解説の姿勢を取った。
「あなたの魔力ってものすっごく極端なのよ」
「極端?」
「ぶっちゃけ魔力との相性が悪いの」
魔力の相性とな。
「自分の体とか他人とか、とにかく生き物全般に魔力を通し辛い特性があるみたいなの」
ふむ、つまり肉体強化には向かないと言いたいのだろう。
「逆に物質との相性はすっごくいいみたいでね。そのあたり体の傷を癒す水魔術にだけ適性がなかった遠因なんじゃないかと思うわけ」
「ふむふむ」
「普通魔力は生物が使うものだから、逆が圧倒的に多いの。でもたまーにそういう人がいたりするのよ。まぁそういう人って学者とか研究者みたいなちょっと変わり物が多いんだけど」
「えっと、つまり?」
「肉体強化は諦めたほうがいいかも」
「そんな殺生な!」
結局話しはふりだしかよ!
「で、でも、おかげでこれがあるじゃない」
「へ?」
そう言って取り出したのは根元で折れた剣の柄だった。
「これって、魔物との戦いで使った?」
「ええ、あなたが独奏火魔術を刻んだ剣よ」
「これがどうしたんだ?」
「やっぱりね、ウィルってば自分がどれだけすごいことをしたか自覚ないでしょ?」
ふふんとすまし顔で剣の柄を上下に振る。
得意げだ。こういう時だけはティアが年相応に見えて実に可愛らしい。
「これは【付与】って魔術よ。肉体より物質に魔力を注ぐことが得意から成功したんでしょうね」
あ、あれも魔術だったんだ。
でも、俺。詠唱したっけ? 咄嗟のことだったからよく覚えてないけど。
「でも俺、その付与だっけ?その魔術の詠唱を知らないぞ? 魔術は詠唱を覚えておかないと使えないんじゃなかったのか?」
悩んでていても仕方ないのですぐ質問することにした。
知らぬは一時の恥、知らぬは一生の恥ってね。
「ここからはあたしの仮説なんだけど」
「仮説?」
「物質に魔力を注ぐのが得意な人は稀て言ったけど、あなたは特に極振りなんだと思う。あたしたちが魔力で肉体強化する手軽さで、物質を強化できるんじゃないかしら? ほら、さっきのあたしも別に詠唱溶かしてなかったでしょ?」
あーなるほど。そう考えると辻褄はあうのか。
「でもそんなこと実際あり得るのか?」
「だから仮説だってば。あたしもあなたみたいなタイプの魔術師は、他に一人しか知らないもの」
「それって誰だよ?」
「師匠、例の魔女様よ」
サラッと流して「それで【付与】だけど」とさっさと話題を変えてしまうティア。
よっぽど師匠のことが苦手なのだろう。
「魔術名通り、物質に魔力を与えて強化する……精霊文字を刻みつけ、魔術を詠唱なしで使う触媒にする魔術って感じよ。あなたがこの剣にほどこしたようにね」
「なるほど」
どうやら自分は一般的な魔術師としてはかなり異質な才能を持って転生してしまったらしい。
ここに来てやっと理解し始める。
つまり、魔術師の才能に【付与】の魔術。
この二つを掘り下げて欠点をフォローするしかないってことか。
だが異質であるがゆえに目指す方向も定まりやすい。
あるいは目指す道が少ないと言うべきだろうか。
とにかく魔術師の欠点をフォローする意味で【付与】の魔術は強力だ。
活路があるとすればこの一点においてほかにないだろう。
うん、ないものねだりをしてらちはあかない。
とにかくやるだけやってみよう。
長くなったので前篇後篇にわけます




