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ショートストーリー

つまらないものですが

作者: 御影 夕介

 ゆきは駅前でケーキを買った。ぱっと見て、まえに友達のちさが「こういうの食べてみたい!」と言っていたので、財布の中身と相談し、思いきって買うことにしたのだ。

 だれかにプレゼントなんて、しばらくしていない。バスに乗ると、ひざの上のケーキの箱が揺れないように気をつけながら、ちさちゃん驚くだろうな、とかすかにほほえんだ。

 ちさの家は、ゆきがいつも降りるバス停よりも先にある。代金が二十円だけ高いが、そんなのはケーキとくらべればどうってことない。ふだん見ない景色がゆきをどきどきさせたので、車内に目をやると、たまに一緒になるおばさんと目が合った。

 ありえないけど、もしこんなふうに言われたらどうしよう。


 「どうしたの? いつも三丁目で降りるのに、

 まちがえたんじゃないわよね?」

  おばさんは座っているゆきに近づいてくる。

 「えっと……」

  ゆきが答えに困っていると、おばさんはケーキの箱に気がつく。

 「わかったわ、これでしょ。ちさちゃんにプレゼントね」

 「どうしてわかったんですか!?」

  おばさんは胸をはって腕組みする。

 「あたりまえよ。ゆきちゃんって仲良しがいるって、

 ちさちゃんから聞いてるもの。

 あ、うちね、ちさちゃんちの近くなの」


 おばさんはにこっと顔であいさつしてくれたが、それだけだった。それもそのはずで、まだ一度も話したことはないのだ。おばさんがどこの人かなんてまして知らない。

 しかし、ゆきはまだまだ想像してしまう。


 「今日、ちさちゃんのお誕生日?」

 「いえ」

 「じゃ、ほかのお祝い?」

 「そうじゃないんです」

 「そっか、まえに何かもらったから、そのお返しね」

 「お返しってわけでもなくて……」

 「なら、どうして」

  ゆきが説明すると、おばさんはとつぜんゆきを抱きしめた。

 「く、くるしいです」

 「ゆきちゃん、あんたはえらいわ! 

 誕生日でもお祝いでもお返しでもないのに、自分のおこづかいで

 友達にケーキを買ってあげるなんて……!」

  いつのまにか、おばさんは目に涙をうかべていた。

 「みんな聞いて! この子はね、まだ中学に入ったばかりでお金もないのに、

 友達にケーキを買ってあげてるのよ!」

  おばさんがバスじゅうに大声で言うと、乗客みんなから拍手がおこり、

 「おおー」とか「すごいなあ」とかいった声があがった。

  ゆきがはずかしくなりながら停車ボタンを押そうとすると、

 すかさず先に押してくれたおじいさんは、その手で親指を立てた。

 「いってらっしゃい。そういう気持ちを、ずっと大切にしているんだよ」

 「あ、ありがとうございます」

  真っ赤になっている顔を片手でおさえて早く降りようと立ちあがると、

 運転手からアナウンスがあった。

 「大事なお荷物がくずれますと大変危険ですので、

 バスが完全に停車してからお立ちください」

  ゆきはどっと笑い声につつまれた車内で

 すこし待ってから降りなければならなかった。


「発車します」

 プシュー、と音を立てて戸は閉まり、バスは行ってしまった。降りたのはゆきひとりだった。

 信号が青に変わり、横断歩道を渡ろうとすると、サイレンを鳴らしたパトカーがすごい勢いで近づいてきた。


  パトカーは横断歩道の手前で急停車し、警官がゆきに声をかける。

 「ちょっと、きみ」

  ゆきはびっくりして声も出ず、ただぺこぺこと頭をさげた。

 「いや、違反やなんかじゃないから安心してくれ。

 そのケーキの箱、きみがゆきちゃんだな。

 事件だって通報があったんで急行して来たんだ、

 親友のために買ったケーキを運んでる子がいるってね。

 さっききみがバスで会ったおばさんは、じつは僕の妻なのさ」

  あっけにとられてぽかんと口を開けているゆきに警官はつづける。

 「きみさえよければ、その幸せな親友のところまで送っていこう。

 どうするね?」

  送るといってもここにはパトカーしかない。

 ゆきはやっとのことでことわった。

 「だいじょうぶです、すぐ近くですから」

 「そうかい。わかった、ならせめて手伝わせてくれ」

  警官は誘導灯とホイッスルをとりだして交通整理をはじめ、

 横断するゆきのために車を止めてくれた。

 最後にゆきがまた頭をさげると、敬礼が返ってきた。


 パトカーは横断歩道の手前で止まることなく、赤信号の交差点を過ぎ去っていった。もしかして近所で大変な事件でも起こっているのかもしれない。

 商店街をぬければ、ちさの家はもうすぐそこだ。季節のお祭りをやっているらしく、アーケードはにぎわっている。人波をよけながら、ゆきはドライアイスをもうちょっと多めに入れてもらえばよかったと思った。


 「あっ、ゆきちゃんだ!」

  風船を持った、知らない小さな男の子がゆきを指さした。

 手をひいている母親もこちらに手をふってくる。

 「本当だわ。がんばってね」

  いろいろな人がこんなふうに声をかけてきたので、

 ふしぎに思ったゆきが電器屋の前を通ると、

 店先のテレビにはたくさんのゆきが映っていた。

 「こちら現場の田中です。ええ、いまゆきちゃんがですね……

 そうです! 商店街に到着しました! ちさちゃんの家までもう少し、

 がんばれ、がんばれと街の方々みな応援しています! 

 はい、では今からインタビューしてみましょう!」

  おどろいて見回すと、

 離れたところからカメラマンとリポーターが走り寄ってきて、

 逃げるように去るゆきを追った。

 「あの子がゆきちゃんかぁ」

 「友達にケーキを買ってあげたっていう?」

 「それが、なにか特別な日だからでもなんでもないんだ」

 「なんて親切な子なんでしょ」

  過ぎていく人々が口々に話すのがゆきにも聞こえた。

 店が立ち並ぶお祭りかざりのどこからかマーチングバンドが登場し、

 ゆきの早足にあわせた勇ましいテンポの行進曲を演奏する。

 ヘリコプターの音に上空を見上げれば飛行船まで飛んでいて、

 ゆきの前にできた人だかりがクラッカーを鳴らしたところに

 「道を開けてください! 道を開けてください!」と

 放送で注意を呼びかけた。


 チリンチリン! と後ろから自転車のベルが鳴らされ、ゆきはすんでのところでかわす。ぶつかってケーキを落とさなくてすみ、ほっと胸をなでおろして、荷物がたくさんはいった後ろかごを見送った。

 ついにちさの家まで来たゆきは玄関のチャイムを鳴らす。

 ピンポーン。返事はなかった。どこかへ出かけているのだろうか。

 ピンポーン。


  ……。

  ……。

  ……。

 

 もう帰ろうかと思ったそのとき、うしろからちさの大声がした。

「あっ、ゆきちゃん!」

 帰ってきた車からちさが出てきて、ゆきの姿に目をまるくする。

「これ、つまらないものですが……」

 ゆきのさしだした箱を開けるやいなや、ちさは中のケーキに大興奮といったようすだ。

「なになに? あたしに? ね、開けてもいい!? わー、すごい! ケーキだ! ゆきちゃんが買ってきてくれたの?」

「うん」

「ありがとう! ……でも、今日なんかあったっけ? 誕生日でもなんでもないけど」

 ゆきが言うまえに、ちさは思いだしたらしい。

「そっか、駅前のケーキ屋さん! まえにあたしが食べたいって言ってたの覚えててくれてたんだ、うれしいなあ! ゆきちゃん、本当にありがとう! ねえねえ、うち寄ってきなよ、一緒に食べよ!」

 おさえられなくなって、ゆきの目から涙がぽろぽろこぼれてきた。ちさはうろたえてしまう。

「えっ? どうしたのゆきちゃん、なんで泣いてるの!?」

 ゆきはしゃくりあげた。

「じ、自分でも、わからないよお」

                                      (終)

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