不破流子と吾妻斗識
渚ちゃんに告白したのは、僕の方からだ。
中学校時代。完全に一目惚れだった。当時はまだ、今本人が言うように僕を「ドレイ」扱いしなかった頃の瀬賀とは、別クラスになってちょっと寂しかった。
そんな時、席が隣同士になった。
打ち解けるのに、そんな時間はかからなかった。
気が付くと好きになっていて、告白して。まさかオッケイがもらえるとも思ってなくて。
高校受験の時、ちょっと会えなくなって行き違いは多少あったけど。
でも、それだけだって思ってた。だって僕は、彼女のことをこんなに大好きなんだから。彼女だって好いてくれるはずだって。
高校に上がって、メールの頻度が減っても、僕はそれを信じた。
信じ続けようとした。
でも、結果は大きく違った。
僕の「親友だった」瀬賀は、いつの間にか僕を苛めていたと、僕よりカーストが上だったとクラス内で宣伝し。ありもしない僕の悪い過去を言いふらし。
挙句の果てには、呼び出して、監禁して、数人で僕を押さえて、木のバットでぼこぼこに殴って。
腕折れたり顔面滅茶苦茶にこそされなかったけど、それでも、脅しには充分で。
ありもしないことを認めて、そのせいで、渚ちゃんは完全に僕から離れた。
そこから先のことは、とてもじゃないけど言う気にはなれない。
簡単な話、いないものだ。
渚ちゃんは言った。「いらないから、ゴミ」だと。
ゴミはゴミ箱に捨てろと、僕は頭から放り投げ入れられた。
クラス全部がそれを笑った。
担任の先生でさえ、瀬賀の言うことを信じてた。止めもしなかった。反省しろとさえ言われた。
意味がわからなかった。
その時、僕は本当の意味でどうにかなってしまったんだろう。
見える風景は、全部が全部灰色になった。
色の識別はできるから、きっと精神的なものなのだとは思うけれど。
物を食べても味気ない。
教科書を読んでも頭に入って来ない。
小説を読んでも、漫画を読んでも、映画を見てもドラマを見ても、バラエティを見ても表情一つ変わらなかった。
何一つ理解できなかった。共感もできなかった。
クラス中から何をされても、感覚が麻痺していた。
不破が居なかったら、それこそ今頃、エスカレートしていった私刑にあって死んでたかもしれない。
それでも、渚ちゃんのことはまだ好きだった。
大好きだった。父親が昔言っていた事がある。「男が女の子に好きだって言うのは、結婚して家族になって、子供を生んで育てて送り出して、老後を一緒に過ごすこと」なんだって。
これでも、それだけの覚悟を持って、中学時代は告白した。
それが、瀬賀と渚ちゃんの「やってる」写真を見て、一気にどうでも良くなった。
それでも、いまいちしっくり来ないところがあったから、渚ちゃんの尻拭いはしていたけど。
でも、それもどーでもいい。
たぶん、本当の意味で僕の、周囲への興味とかが、なくなった瞬間なんだと思った。
――不破に出会ったのは、いつ頃だったか。
高校に上がった時のことだったと思う。
渚ちゃんとまだすれ違っていたころ。
部活を回っていた時、たまたま話が合った。
二人でハイテンションに、ネットの猫動画の話とかしていた。
それだけで、たったそれだけで、彼女は写真に収められ、僕を嬲るための道具にされた。
不破は、心底激怒した。瀬賀に猛講義をした。
腕力でこそ瀬賀に叶わなくても、不破は特進クラスでこっちは普通クラス。おまけに妙に論理立てて糾弾するものだから、瀬賀が勝てるわけもなかった。
でも、そんな彼女でもクラスの同調圧力を前には、勝利はできなかった。
そんな時、僕を見て、彼女は言った。
「……その、今にも死んだっていいって顔、なんかムカツク」
それから彼女は、僕に会いに来るようになった。
大した話題もなく、面白い反応を返せた試もない。
それなのに、彼女が遊びに来る頻度は徐々に増えていった。
瀬賀の制止を鼻で笑い。クラスの同調圧力が面倒だったからか、やってくる時間は段々後の方にずれこんでいったけど。
でも、そうやって不破と話している間は――。
不思議と僕は、笑えそうな気がしていた。
まあ、笑いはしなかったんだけど。
※
「流子さんにもう接触するなと言っておきながら、恥を忍んで頼みがあります。
どうか――流子さんを、助けてくださいッ!」
今日の夕方。頭を下げて、どうしても、どうしてもと廻田は僕に頼みこんだ。
わけを聞くと、彼女は、なんと包み隠さず、全てをゲロった。
「……私の家の神社は、代々『手頭出様』の神官をしておりました」
「神官?」
「こちらでは、祭事をかの存在に代わり人間単位で執り行う役職とされています。
元々戦後、防空壕を中に代々祭壇を設置して、儀式を執り行っていました」
結局、てとてさんとは何なのか。
「……噂を流したのは、私ではありません。でも、あの旧校舎の場所で執り行っていた祭事は、いつも人がいました。私の父親がやっていた頃から」
「ふうん」
「本当に興味なさそうですね」
むしろ不破に聞かせてやれ、と思う。
「工事の結果、しかし残念なことに祭壇は埋め立てられることになりました。本来なら、あの場所に祭壇はないはずでした」
「ないはず?」
「……本当に、何度も確認したんです。なのに祭壇があって、しかも、お父さんの時は出てこなかったあんな――、いえ、その話は止めておきます。
重要なのは、『てとてさん』の属性が『審判』ということです」
「審判?」
「『予言』『託宣』『吉凶』など、こういった祭事にはいくつか分類分けができます。未来に起こる事を教えるのが予言。知りたい情報を与えてくれるのが託宣。吉事凶事の当りをつけてくれるのが吉凶。
そして――二社択一を決定するのが、審判」
要するにジャッジ役ということか。
僕の独り言に、問題なのは何をジャッジするかです、と廻田は続けた。
「……こう言うと変かもしれませんが、「てとてさん」は、強力な暗示効果を持っています。てとてさんが関わる事柄に関して、一気にみんな阿呆みたいに判断力が鈍るというか」
「……それひょっとして、地下室が残った原因だったりしない?」
「いえ、それでも埋め立てられているのが本当のはずですから……。朝にC棟の一階に行っても、何もありませんから」
なのに、地下室はれっきとしてある。
「そのてとてさんが、何を審判するか――答えは、誠実さです。噂の通り」
「誠実さ?」
「二名の人間がいて、どれだけ相手に誠実たれるか。後ろ暗くても誠実に、相手のことを想っていれば、それを賞賛し福音を与える。逆ならば――不誠実者の持つ、縁を奪う」
「縁……、えにし」
「ええ。あの、指のことです」
赤い指は、どうやら切り取られた薬指だとのことだ。
「切り取ったといっても、概念的なものです。それがどうして立体になるのか甚だ謎ですが……。ともかく、それをご神体にそなえて、色が白になったら燃やすというのが、しきたりです」
「燃やさないと何があるの?」
「とても良くないことが起こるとは言われて居ます。
縁とは、様々です。良縁であったり人間関係であったり。
そんなものの媒体が空白のまま存在することが、まともなことだとは言えませんし」
「ふぅん」
「……ここからが本題です。流子さんにも関わってきます」
僕は、少しだけ居住まいを正した。
「流子さんは、端的に言って、綿仲先生に襲われかけました」
「……そう」
「逃げ切りましたけど、でも、その結果、てとてさんの祭壇の前に来ました。そして――不幸なことに、綿仲先生と、儀式が行われました」
綿仲先生のことはあんまり知らない。
でも、不破が帰ってきて居ないで、綿仲先生が入院となると、考えられる可能性は一つしかないだろう。
「――失敗したんだね」
「ええ。でも――彼女は、正式に儀式を受けてはいなかった」
だから、保留されています。
廻田は、僕に悲痛そうに言う。
「……三日。ええ、三日です。彼女は、地下室に囚われたまま。何度も何度もお礼参りをしても、結局、囚われた彼女は解放されませんでした」
「……大丈夫なの?」
「神社に残る記録では、江戸時代前期に囚われた方が明治初期に解放されたという記述もあります」
どんだけ古いんだ、てとてさん。いや、てとぅでさま?
いやそれより、重要な点はそこじゃない。
「……時間が遅いのか、あるいは停止しているか」
「どちらかだと思います。しかし何にしても、このまま放置しておくわけには行きません」
だから、僕にお願いしたらしい。
「……僕、別に不破のこと好きじゃないと思うんだけど」
「でも、私の知る限り、彼女に対して一番誠実なのは、吾妻さんだと思います。吾妻さんが窮地にあった時、流子さんがそうであったように」
そんな理由からか。僕らは今、学校のC棟に居る。
事務員のおじさんに「学校休んでる友達が、教科書を家に忘れたらしい」と言って、取りに来たと言ったら、案外すんなりと通してもらえた。
がばがばすぎないかと思ったけど、ひょっとしらこれもてとてさんのせいか。
「さあ、行きますよ」
僕を先導する廻田。
真っ暗な階段は、地下へと続く。
ペンライトを構える巫女服の彼女。その横顔は下の光源で照らされていることもあって、なおのこと日本人形めいていて、怖かった。
彼女に続きながら、僕は考える。
何を言えば、不破に対して誠実であれるのかと。




