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ジーシキと廻田めぐみ

 

 

 

 本当は、色々理由をつけて素通りするつもりだった。

 でも、今日は残念ながら素通りできなかった。


 だって、神社の前を通っていた時に、目の前の石段で転びそのまま階段を転げられたら、ねえ。


「……」


 冷静な瞳が周囲を見回した後、僕を見上げる。

 生憎と、にらめっこは得意な方だ。


 廻田としばらくそうしていると、彼女の方がやがて折れたらしい。


「……見ないでください」


 なんとうか、ものすごく屈辱をこらえたような、羞恥と怒りが混じったような、そんな顔をしていた。


 こうして見ると、結構可愛らしい。

 普段のクールさがから棘がとれたような印象を受ける。


 まあ、興味はないのだけど。


「手、かそうか?」

「……」


 差し伸べると、無言だったけど一応手をとってきた。

 引き上げる腕力はないので、彼女が僕を支えに起き上がるのを待つ。


 せっかくだから、僕は聞いて見た。


「ありがとうございます」

「そう。じゃあ、ついでにもう一つ」

「何でしょう」


「――赤い指が白い指になるのは、何か理由があったりする?」


 僕のかまかけに、彼女は一瞬、鼻の穴をぴくり、と動かした。

 どうしてそこが動くのか、と思いはしたけど、しかし妙な癖だ。どうでもいいけどさ。別に、彼女以外にいないわけでもない。


「……何の話かしら」


 白を切るつもりのようだったので、スマホを取り出して写真をとる。


「これを不破に流すと、不破が持ってる『てとてさん』と思しき仮面をつけた巫女の写真と組み合わせて、君がてとてさんなんじゃないか、という話を提唱しだすんじゃないかと思うけど、どう?」

「……こちらへ」


 どうやら、決め手にはなったらしい。

 手まねきする彼女の後ろに続いて、僕は境内に入る。特に断る理由もない。手荒に何かされたら、その時はその時だ。興味も感慨もない。


「……?」


 ただ、神社の門の上の方に書かれた「手頭出」の三文字はちょっと目を引かれたが。

 神社の外を大周りして裏側にいくと、普通にそこは民家があった。


「実家です」

「見ればわかるけどね」


 玄関を開き、彼女は家に導く。

 なんというか、妙に殺風景な印象を受ける。

 花瓶とか絵とか色々あるのに、まるでそんなこと関係なく。


 もっと「注意しないといけない何か」が、こちらを見ているような、そんな錯覚を覚えた。


「粗茶ですが」

「……どうも」


 お茶として出されたのは、どうしてか紅茶だった。

 緑茶が入ってそうな器に紅茶という、このミスマッチさよ。


「単刀直入に聞きます」


 顔をしかめる僕に、彼女はクールに聞いてきた。


「『てとて』様と思しき写真とは、一体どこから?」

「さあ。不破は、ライン経由だって言ってたけど」

「本当のことですか?」

「さあ。興味ないし」


 僕の目を見て、彼女は真偽を問いただしている。

 だが僕に後暗いところは何もない。更に言えば、睨めっこは負けなしだった。


 じい、と彼女の琥珀色の目が僕を見る。


 それに僕は、無関心と無感情を返す。


「まあ強いて言えば」


 彼女が若干、にらめっこに疲れたような顔をしたので、話題を変えようかと僕は言ってみる。


「『指』に関する情報は不破にも言ったけど、それでも写真に写った、赤い指を持った巫女との関連に気付かないのが、ちょっと不思議ってくらいか」

「ああ、それは当然なので、無問題です」

「当然?」

「当たり前ということです」


 彼女はそう断言する。

 言い回しに違和感があるあたり、ひょっとしたら何か、オカルト的な力が働いているのかもしれない。


 廻田は、眉間に皺をよせて僕の方を見てきた。


「……不審な点は二つ。『夜』を経由した結果、撮影されるはずのない写真が撮られていたというのが一つ。もう一つは、何故貴方だけが、その事実に気付いたか。一年生の時の者たちは、皆記憶違いを起したというのに」

「……ちょっとまって」


 彼女の疑問を一旦止めて、僕は確認をとる。


「不破いわく、廻田さんが去年ぼっちになった理由は――」

「ぼっちじゃありません、流子さんがいました」

「不破だけってことね。ぼっちじゃん」その言葉に、何故か愕然とする彼女。「ともかく、藁人形をお焚き上げしていたっていうのが理由だったと思ったけど、ひょっとしてその時も指だったってことかな」


 肯定も否定もしなかったが、おそらくそれは正解だろう。


「……記憶違いを引き起こしたりして、君が、てとてさんに関わっているという情報が、ゆがめられてる?」

「……貴方、ひょっとして『術者』ですか?」


 意味が分からないことをのたまう廻田。


「意味がわかる単語で話そうか。まあ正直、僕としては君がてとてさんだろうが、関係者だろうが、何だろうがどーでもいい。不破が『てとてさん』を探そうとしているのも、別にどーでもいい」

「……吾妻さん、てとてさんに関する噂は聞いたことありますよね」

「? うん」

「だったら、てとてさんを探す、と流子さんが言ってるのが、どういう意味なのかわかりますよね?」

「うん。校舎に一人で侵入したりするってことでしょ」

「……どうやら強敵のようですよ、流子さん」


 情緒不安定なのか知らないけど、またもや廻田は意味のわからないことを言って、頭をかかえた。クールな印象が、どこかやつれた印象に置き換わる。


「……どうでもいいなら、どうして付いてきたんですか? 私に」

「気になることが一応あったから」

「それって、自分が殺されるかもしれないのに?」

「殺される?」

「……超常的な存在かもしれない相手に、よくその態度がとれますね、ということですよ」


 訝しげな彼女に、僕は普通に答えた。


「どーでもいいから」


 呆気にとられる彼女に、続ける。


「今日だって、君があそこで倒れてなければ聞くつもりもなかったし」

「……ちょっとまってくささい?」

「くささい?」

「ちょっと待ってください」


 いい直す廻田。


「じゃあ吾妻さん。まさか自分が気になることがあるから、たまたまそれを聞けそうなタイミングが出来たから、自分が殺されるより恐ろしい目に遭うかもしれない可能性を『どうでもいい』の一言で斬り捨てて、ついて来たと?」

「うん」

「……死ぬかもしれないと、本当に思わなかったんですか?」

「興味ない」


 むしろ、楽に死ねるなら勝手にやってくれというところだ。


 ほっぺの裏側が切れてて痛いのとか、胸元の圧迫されたところに上履きの痕が残ってるとか。

 そういうのがなくて、一撃で死ねるならむしろめっけものだ。


 この国が銃社会だったら、きっと自殺者で溢れかえってると本気で思う。


「……忘れない理由がよくわかりました」


 彼女は、僕の目を見て言う。


「さっきまでの言葉が本気なら、吾妻さんは『抜け落ちて』ます」

「――なるほど」


 彼女のその言い回しが、なんというか、僕はしっくりと来た。


「経緯については有名なので知ってますし、流子さんがかなり頭にきていたので知っていましたけど、途中で諦めたのはそのためですか。吾妻さんは、自分が……大事な人から必要とされなかったら、どうなってもいいみたいな人なんですね」


 何、その自暴自棄みたいな奴は。

 どうでもいいんだって。別に。


「流子さんが放っておけないのも、なんとなくわかりますね。昔の漫画の登場人物みたいに、お人よしですから」

「……さっきから名前で呼んでるけど、二人は友達なの?」

「むしろ、仲が良いほうだと思います」


 ぽう、と突然ほっぺたを赤くする廻田。

 友達が少ないから照れてるのか、はたまた「そっち」の気があるのか。どうでもいいけど。


「その割には、最近あんまり話しているところ見なかったけど」

「……吾妻さんのせいですよ」

「僕?」

「どうせ興味がないと思うので、詳しくは言いませんけど……。

 抜け落ちてるということは、心が空のままである、ということ。ゾンビのようになってしまうほどなら、そこを埋める何かを欲すればそれこそ、()()でもやって来るのでしょうが……」


 比喩表現なのか何なのかはわからなかったけど、でも、彼女は何かを納得したように言った。


「……改めて、疑問とは?」

「さっき言った」

「『えにし』の話ですか……。でしたら、約束してください」


 よくある風に、彼女は小指を立てて、僕のそれとからめるように促した。

 指きりげんまんだ。


 可愛い女の子と肉体的接触をするわけだが、しかし、やっぱり僕はどうでもいい。


 心底、そんなものどうでも良かった。


「約束は三つ。私の事を不破さんにも、誰にも他言しないこと。これから話すことを誰にも言わないこと」

「……」

「あと一つは、言わなくてもわかりますね」

「さあ」

「……単純な話です」


 彼女は、僕の目を見て言う。


「――流子さんと、縁を切ってください」


 その言葉を聞いた時。

 どうしてか、僕はどこか、揺さぶられるような衝撃に襲われた。

 それこそ、呼吸が乱れるほどに。


「どうしたんですか、吾妻さん」

「……どうして、か、それくらいは、話してくれる?」


 彼女は、普通に言ってきた。


「壊れた人間が、回復するまで気の済むようにさせてたら、周囲に大きな被害を齎します。だから普通の人間は、壊れた人間を放逐するか、殺すか、さもなくば隔離するかします」


 それが真理だと言わんばかりに、彼女は言葉を続ける。


「本当の意味で壊れた人間を回復させるには、それこそ自分の全てを投げ打つほどの愛情が必要だと、私は知っています。よくよく知っています」


 言葉には、謎の説得力がある。

 語る巫女服の彼女からは、さきほどまでの甘さは再び消えうせ、クール一色に染まっていた。


「……たとえ友達同士であったとしても、その被害は大きい。だから誰も彼も、皆、吾妻さんの傍をはなれる。でも流子さんは、お人よしだから」

「……」

「例え自分が死にそうになっても、それに巻きこまれても。おそらく色々理由をつけて、一緒に居ようとするでしょう。――それでは、いけない」


 ずい、と腕を引き、彼女は僕の顔面を覗きこむ。


「――()()流子さんを、壊すものは廃除するだけです」


 その言葉を聞いて、すとん、と僕は落ち着きを取り戻した。


「……どうでもいいよ。じゃあ、話して」

「……その言葉に、嘘偽りはありませんか」

「なんなら、焼き印でもしようか?」

「せめて血判にしてください……。いえ、そこまでは求めません」


 指きりだけで結構です、と彼女は言った。

 そして、クールな表情を解いて、歌う。


 ゆーびきーりげーんまーん。


 どうでもいいけど、やっぱりこの子、結構天然なんじゃないかな。

 指を離すと、彼女は満足したようにガッツポーズをして、言った。


「『えにし』の色がかわるのは――」

「まずそのえにし、というのがよく分からないんだけど」

「詳しくは話せないのですけど……、ともかくそれは、『手頭出(てとぅで)様』が、お納めになった証しです。抜け殻ということですね」 


 てとぅで。

 ああ、たぶんこの神社の門にあったあの字の読み方か。


 それと同時に、流石に察せない程、僕は鈍くもない。


 おそらくその、てとぅで様とやらが、てとてさんなのだろう。


「納めるって、どういうこと?」

「中にあるものを、食べ尽くすという意味です」


 意味はわからなかったけど、彼女はどうやら、それ以上は話せないらしい。

 何度か頭を下げるばかり。


 まあ、正直興味はなかったので、それで良しとした。

 玄関に誘導しながら、彼女は僕に念を押す。


「約束、守ってくださいよ」

「向こうから来る分には、どうする?」

「教室から逃げてください。流子さん、吾妻さんが席に居たら話す、いなかったら帰る、というルールを徹底しているみたいなので」


 僕を探したりはしない、とうことか。

 それで、廻田が積極的に僕を彼女から遠ざけてると気付かれないようにしろと。


 まあ、興味ないのでそこはどうでもいい。


「まあ、面倒くさくない範囲で実践はするよ。君の事は言わないのも、約束する」

「……」


 廻田は、どうしたのだろう。目を見開いて、動きを止めた。

 しばらく、無言で睨めっこする僕等。


「……」

「……あの、おみくじとか引きます? 料金は、なしでいいので」

「興味ない」

「い、いえ! お願いしますっ」


 どうしてか、彼女は僕に何度も頭を下げる。

 どうでもいいけど、面倒は嫌なので、そのまま彼女に従い、おみくじを引いた。

 中吉だった。

 何とも味気ない。書かれている内容も味気ない。


「……で?」

「……あ、えっと……、お、お守りあげましょうか? お代はいりませんから」




 そんな風に、この日の僕は彼女と話して、家に帰った。

 当然、次の日から不破をさけるつもりではいた。


 ただ、そんなことどうでも良くなるくらいの事態が、この日の夜に起こっていたことを、僕はまだ知らなかった。










 不破は翌日から、学校に来なくなった。











 廻田が僕に再び話かけるまで、それから数日の開きがあった。





 

 

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