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「てとて」さんに迫る

 

 

 

「吾妻、とっとと買って来い」

「……予算がないよ。もう、さっき言った通り」


 最近の瀬賀は、荒れている。

 理由は明白といえば明白で。渚ちゃんと別れる事になったからだ。


 しかも、只の別れ方ではない。


 今まで蓄積して来たツケを、一括で支払わされてしまったようなものだ。

 僕が彼に従う理由など、本当は欠片もない。


 今こうして昼食の時間。ついこの間までのように駆りだされる必要は、どこにもない。


 それでも、三日ぶりに登校してきた彼は、いつものように僕に言わざるを得ないのだろう。

 他に、誰も彼に手を差し伸べはしないから。


「お前、俺が昼の準備してきたって思ってるのか?」

「知らないよ」

「調子乗ってるんじゃねぇぞ?」


 顔は目立つため、腹に彼の蹴りが決まる。

 もう慣れてはいるものの、痛いものは痛い。


 でも。


「……どーでもいい」

「あ?」

「殴りたければ殴れば。蹴りたければ、蹴ればいい」


 言われなくても、瀬賀は僕の胴体に物理的にダメージを与え続ける。

 マウントをとり、肺というか肋骨と言うかを目掛けて、何度も拳を落す。

 時に立ち上がり、背中に蹴りを入れる。


 無抵抗主義というわけでもないけれど、正直、僕は反抗する気も何も、さらさら起きなかった。


 しばらく僕をいためつけた後、彼は、膝をついて、消沈した声を出した。


「……なんでだよ、何でこんなことに」

「知らない」


 僕の一言さえも、彼の耳には届かないらしい。

 せっかくなので、聞いて見た。


「瀬賀。渚ちゃんのこと、好きだったの?」

「……たぶん」

「どうして?」

「従順だったから」


 瀬賀は、そのまま続ける。


「吾妻、お前に裏切られたって思ってもよ。普通冷淡にあそこまで行動できるか? しかも、結局は俺にちょろまかされてるわけだし。それが滑稽だったのと、あと結構気持ち良かったのと。犬みたいに何でも言う事聞くのが、良かった」

「ふうん」

「それから、お前も。

 いくら何でも、誰にもアレを言わないで金だけ払い続けるってのは、馬鹿みたいで笑えた」


 そうか、としか思えない。

 言ってる言葉の意味と、僕が馬鹿にされているのはわかるのだけど。


 例えその金を使って、彼女とデートしたり、イイことをしたりしてたとしても。


 正直、それに価値を見出せない。

 怒ったりする必要性さえ思いつかない。


 だから、ああそうですか、という程度だ。


「何か言えよ。寝取られ男。惨めなんだよお前」

「そう」

「……強がってるんじゃねぇよ」

「興味ないね」


 その言葉を言った瞬間、彼はまた僕を殴り飛ばした。

 今度は、勢い余って顔面に一発。


「本当はどう思ってるんだよ」

「当時はともかく、今は別に何もないよ」

「嘘ついてんじゃねぇ」


 蹴りが、胸骨を圧迫。


「……俺でさえ、今、相当惨めな思いしてんだ。なのにお前、みんな本当のこと知っても、誰も話かけないっていうのが惨めなのに。なのに、結局お前はずっとそのままだろ。

 強がってない? 馬鹿言ってるんじゃねぇ!」


 屋上に彼の声がこだまする。

 廊下の方の扉が閉まってるのが幸いなのかは知らない。


「何を言わせたいんだい?」

「……死ね」

「嫌だよ。何でそんな、興味のないことで死ななきゃならないのさ」

「俺が死ねって言ってるんだから、死ねよ」


 意味が分からない。

 どうやら彼も彼で、色々追い詰められているようだ。


 そのことに対して、僕は何も思わない。


「……全部知ってるんだよ、俺は。お前がナギと付き合い出したころから。

 前も言ったよな。あの時は五回くらい顔面バットで殴ったら、すぐ泣いて正直になったけど。すぐ従順に言う通りにしたけど」

「傷つきたくないから、嘘の証言言わされたりね。

 で、バット持って来てないのは、協力者いないから? 瀬賀に有利な発言をしてくれる友達もいなくなったから?」

「お前みたいなヘナチョコが、あんな美人とつりあう訳ねぇだろ。小学校一年の頃から、お前ずっと、俺らのドレイだったろ? なのに、何で中学に上がって、クラスが変わったくらいで、その関係が変わるとか思ってたんだ? チョーシ乗ってるだろ。あん?」

「そう」

「……その態度が、うぜぇんだよ!」


 蹴りが頬骨を抉る。

 罅が入ったりはしてないだろうけど、舌をそろそろ噛みそう。ほっぺは千切れたのか、血が止まらない。


「何だよ。泣けよ、叫べよ、怒れよあの時みたいに。

 それ全部、俺が殴って消沈させれば、俺は俺の身を守ったって言い張れるのに。

 なのに何だ、お前は」

「興味ない」

「キモイんだよ、お前」


 そろそろ帰らないと、僕もお昼の時間がなくなりそうだ。

 それと、帰りにやることもある。


 だから手短に済ませようと。彼もまだ気付いてないだろうことだけ言って、僕はこの場を後にすることにした。



「瀬賀。君は……、対等な関係っていうのが、わかんないんじゃないか」



「あん?」

「友達って、居ないだろ。ただクラスメイトってだけじゃなくてさ。見下さないで、リスペクトしあうような、それ」


 突然言われたからか、瀬賀は僕を見て、目を見開いていた。


「渚ちゃんと僕だけならまだしも、不破とか、美野とかまで巻きこんで色々やってた時に、美野はお前に騙されてたから、そっちに同情的だったかもしれないけど、不破は全然関係なかったから本気でぶち切れたろ。だから、もう不破に関してはお前、手を出したりとか考えないんだよな。

 だって――負けるから。

 カーストで言えば、不破はお前より絶対上だから」

「何、長文で演説しちゃってるわけ?」

「はっきり言って、お前、浅い」


 立ち上がりながら、僕は彼に言う。


「軽率すぎんだよ。何やってもさ。それこそ、小さい子供が、なんでも我侭を聞いてもらえると思ってるみたいにさ。お前、自分が我侭を通す為に、他の奴の我侭聞いたりしたこと、あんのかよ」

「そりゃ――」

「今の質問に本気で答えようと思ってる時点で浅いって言ってるんだよ」


 座りこむ彼の腹を、僕は右足で蹴り上げた。

 私怨とかじゃなくて、単に廊下に出る進路上、邪魔だっただけだ。


 びっくりした顔をする瀬賀。反撃されるとは想像もしてなかったんだろう。


 そんな彼に、僕は、僕なりの考えを言う。

 少なくとも、昔はそう思っていた考えを。


「我侭を通す関係っていうのは、相当、長く付きあっていく、後ろ暗さから切り離された関係なんだよ。 

 それこそ、好きとか愛してるとか、『まぐわったり』することに対して責任をとると考えるくらいに」


 戸を引いて、廊下に出て。

 後ろを振り返って、彼の顔を見る。


「誠実さの『せ』の字すら実践したことのないお前が、どうこうできる問題じゃないだろ」


 それだけ言って、扉を閉める。

 流石に階段に入れば、向こうも追っては来ないだろうという考えだ。


 案の定と言うべきか、彼は追ってこなかった。


 ただ、向こう側で震える声で、何かを言っている。


『――てとて、さえしなければ……ちくしょう……』


 てとて?

 なんだか不破が言っていたような、そんな名前を――。


 そんなことを考えながら、僕はその日、食堂に向かった。

 

 

   ※

 

 

 その日の放課後。不破は僕に何やら変な情報提供をしてきた。


「……あのさ、てとてさんって、本当にいるかも」

「ん?」


 えらく真剣な顔をして、僕の目を見る不破。

 興味ないで流しても良かったけど、どうしてか、僕は続きを促した。


 彼女は、スマホを取り出して僕に見せる。


「一昨日、夜に学校近くで張ってたんだけどさ」

「はる?」

「えっと、刑事の調査とかみたいな」

「補導物だね」

「内緒ないしょ」


 興味ないので、そこは流す。


 映像ファイルには、二人の生徒が映し出されていた。


「久瀬と、小鹿野?」

「小鹿野あやめと久瀬良哉。校内一のベストカップルじゃん? まあそういう風にどやされてるだけだけど。女子バスと学内成績3位。

 で、それが、この映像。警備とかが来ない時間帯なんだけど」


 職員に頭を下げて、門から出て行く二人。

 その表情は、男子がトゲトゲとしており、女子は涙を流す一歩手前のような顔をしていた。


「で、今日、クラスのラインにこんな情報が流されると」


 切り替えて見せた画面は、次のようなものだった。


――速報:清純派バスケビッチ、破局


「……?」

「要するに、小鹿野さんの方が何又かしてたってハナシ」


 今相当話題になってるよ? と不破は言う。

 しかし、正直言って興味はない。


 そもそも今の僕の立ち位置は、複雑だ。


「まあ、ジーシキ君は今、冤罪は晴れたけど名誉回復がされてない状態だから、村八分は解除されないか……」

「どうでもいいけどね」

「よくないでしょ! 私、あのことには心底頭来たんだからッ」


 ぎゃーぎゃーとわめく不破に、僕は肩を竦める。

 決して人間愛に溢れる人間でもない彼女が怒る理由は、ひとえに自分の名誉毀損も含まれているからだろう。


 だったら話題の渦中に居る僕に話かけなくても良いと思うのだけれども。

 わざわざクラスまたいで、こっちに来る必要はないと思うのだけれども。


 どうやらそれはそれで、逃げてるみたいで嫌らしかった。


 ある意味、そんな彼女の名誉もここ数週間で回復はしたのだ。


「……緒方さんは、逆に心配かな。あの後ずっと塞ぎこんで。罪悪感強いんだろうし。ジーシキ君と関係修復できないって言っても、救いがないよ」

「興味ない」

「ジーシキ君、強がりで言ってないなら、サイテー。どっちも被害者でしょ?」

「……」


 最低と言うなら僕ではなく瀬賀と彼女なのだとは思うけど、女子的には彼女は「騙された女の子」という扱いらしいので、僕は何も言わない。


 結局、不破も不破で他人事に違いはないのだ。当事者が語らない限り、真実を知ることはない。

 そして僕も僕で、そんな面倒をする気力はないので、渚ちゃんが「本当に確認もとらずに」「証拠さえ提示されていない情報と」「ボコボコにされた僕の胡乱な証言だけで」判断した事実は、消えない。

 その後、騙されていたことは別にしても、率先して僕の名誉を葬って、嘲笑して、不利益を生み出し続けた事は、消えない。


 彼女が、ぱっと出の瀬賀を優先して、僕をないがしろにした事実は、決して消えない。


 その挙句、あんな写真さえ許してしまうのだから、逆に脳構造がどうなってるのか興味が涌くくらいだ。

 別にどうでもいいけど。


「まあともかく、何がいいたいかわかった?」

「『てとてさん』の方法を実践しようとするカップルがいて、実際に『てとてさん』をしたかもしれない。失敗したのかどうかはともかく、そういう例が見られるってことかな」

「そういうこと! イグザクトリィ」

「で?」

「うん、まあ、そう返されるとは思ってたけど……」


 そう言いながら、彼女は写真を見せる。


「あとはこれ、別なところであった目撃証言の『てとてさん』の写真、らしいんだけど……、どうなのかな。作り物というか、やらせっぽいけど」

「? …………ッ」


 そこに映されていたものを見て、僕は息を呑んだ。

 不破にさとられないように「どうでもいい」と取り繕っておきはしたけど。


「う~ん……。鈍いのか、あえてわからない振りをしているのか」

「?」

「なんでもないよ。あー、じゃあ、これから補修だから」

「補修? 不破、確か学年成績2位だったと思ったけど」

「1位目指せって、ワタナカンが五月蝿いんよ……」


 ワタナカン、とは彼女のクラス担任の綿仲のことだ。特進クラスの担任で、教科は国語。うちのクラスに来た時も、女子連中が黄色い声を上げるのに必死だ。

 でも、不破はそういう趣味ではないのか、面倒そうに笑っていた。


「じゃ、またねージーシキ君」


 軽く手を振って、僕の席から離れる彼女。

 それを見送ってから、僕も席を立つ。


「……うん」


 言いながら、僕は彼女のスマホに映し出された写真を思い出す。


 鳥のような仮面をした、おかっぱ頭の巫女服。

 そして、その手元のお盆には――真っ赤に染まった、つくりもののような指数本。


「偶然の一致にしちゃ、ピンポイントすぎるよな」


 言いながら、僕はクラスメイト、廻田めぐみの席の方を見る。

 僕より二つ前のその席にいる彼女。

 今はそこには、誰も座って居ないけれど。


 実家は神社で、学校帰りに運がよければ、巫女服の彼女が目撃できる。

 おかっぱ頭で、日本人形のようなその容姿。


 そして彼女はこの間、白いつくりものの指を、お焚き上げしていた。


 不破がそのことに気付かないとは思えないのだけど、どうしてそれを流したのか。


「……まあ、気が向いたら寄ってみるか」


 そんなことを考えつつ、僕は教室を出た。

 

 

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