今日もどこかで「てとて」さん
あれから三ヶ月。
まあ、色々大変だった。
まずあの直後、絶叫して泣いた僕が事務員さんにしょっ引かれて、不破も廻田も、みんなそろって大目玉食らった。
肝心の地下室はといえば、こっそり姿を消していて。
でも廻田は「これで回復しました」と言っていたから、部屋自体は未だ継続して、あそこにあるんだろう。
クラスメイトのギャル一番星、美野はなんだか、いじめていたっぽい朝比奈となんだか良い雰囲気になっているらしい。朝比奈とはボッチ同士ではあったけど、理由もあってあまり話さない相手でもあった。
でも、そんな彼が最近は絶望に染まった顔より、楽しそうな表情を浮かべているのは、素直に微笑ましいと思う。
あとは笑い方をもうちょっと変えれば、キモイキモイ彼女からも言われないで済むかもしれないのに。
渚ちゃんについては、なんとびっくり、学年成績2位の久瀬と付き合い始めているようだ。
どうもあの後、乙女ゲー徹夜とかやらかして成績が落ちた不破が紹介したらしく、僕等を見るたび何度も頭を下げてくるのだけは、正直勘弁願いたかった。
別に僕は久瀬のことは何も知らなかったのだけど、廻田によるとやはり、彼もてとてさんを受けたらしい。その結果、廻りめぐってこの形なのだから、世の中変な風に出来てはいるようだ。
久瀬は僕よりハイスペックらしく、渚ちゃんとすれ違うこともないように思う。
瀬賀と居た時より幸せそうな彼女を見てると、僕もそれは、なんとなくほっこりするので良しとしよう。
で、僕と不破はと言うと――。
「……うー。結局、なんで旧校舎が火災なんて話になったか、全然資料ないじゃん!」
「仕方ない」
「トシキ君、そればっかりじゃんッ! 興味ないと言わなくなったと思ったら、仕方ないばっかり!」
「どうしようもない」
「フレーズ変わってるだけじゃん! 活用方法一緒じゃん!」
今なんかは、こうして二人で図書室で調べ物しながら、いちゃいちゃしてたりする。
付き合っているわけではない。ないけど、なんと恐ろしい事に、不破の方から告白された。
廻田が一枚噛んでるような気がしないでもないけど、純粋に、不破の方はかなり本気だったらしい。
ちなみに、なんでかと聞いてみると。
「トシキ君、覚えてない? 前にどういう話題だったか忘れたけど、結婚観について話した時さ。高校生の分際で重すぎな考え方してたと思って。これだったら、絶対浮気とかされないだろうなーと思って。」
という、僕自身は全く、いつそんな話をしたか忘れていた記憶だった。
続けて「容姿もまあ……、イケメンってわけじゃないけど、目元の鋭さが嫌いじゃないし?」とか言われたりもしたけど。
なお、彼女の結婚観については、また別な話。でもまあ、僕なんかより随分男前な返答が返って来たことだけは断言しておく。
ただそれでも、やっぱりリハビリは必要らしく。
渚ちゃんの「致していた」のを見せ付けられ続けたりしたのは、案外と気付いていなかったけど、堪えていたようで。
今でも彼女の手が触れた瞬間、びくり、と逃げ腰になったりもする。
本棚に本をしまっている今なんか、特に。
そのまま手から力が抜けて、落下した本を拾い上げる不破。
「あー、ごめん……」
「いいって、いいって。トシキ君、ちゃんと考えてくれてるんでしょ?」
「う、うん……」
何を考えてくれてるかと言えば、当然、付き合うか否か、という点について。
僕としては、このままちょっとした女性恐怖症みたいなのが抜けないまま、付き合うのは彼女に対して不幸なことだと思っている。
でも不破は、僕と付き合えない事はおそらく今後三十年に渡る不幸だと言ってる(何で三十年なのかは謎だった)。
その折衷案が、今の宙ぶらりん状態。
リハビリしつつ、ちょっとずつ近づいて、いつか捕食しちゃる! というのは不破の弁。
どうやら彼女の中で、僕は小動物扱いらしい。
僕の方が体格大きいのに。
「筋力じゃ負けてるくせに」
「人の心を読まないで。……あ、もう夕方か」
「だね。あ、じゃあ廻田さんの神社、行こうよ。冷やかしにさ。『もうかりまかかー!』みたいなノリで」
「二重の意味で罰当りじゃないかな、それ……」
「いいじゃん。友達同士なんだし」
ちなみにあれから、廻田と僕は「友達」になった。
どういうわけか、向こうから一方的に宣言された。意味わかんない。
「トシキ君と一緒に居た時、色々邪魔したりして、その分の罪滅ぼしじゃない?」と不破は言うけど、それだって全然意味もなかったわけだし。
「そういえばさぁ? この間、メガネのブレザー制服と、茶髪のウェーブがかったモデルみたいな子が神社にお参りしてたんだけど、なんだろう、知り合いかな?」
「さあ」
さあ、とは言うけど、十中八九、廻田の類似職だろう。彼女は「術者」と言ったか、全然詳細は聞いてないけど。
「じゃ、行こっか」
「うん」
カバンを手に持ち、僕は彼女の後ろに付いていく。
僕の方が歩幅が大きいので「置いていかれる気がして駄目」と、不破に宣言されていた。
校門を潜り、坂を下る。
そんな途中で彼女の隣に並び、僕は不破に一つ聞いてみた。
「で、不破はいつから僕のこと好きだったの?」
「ま、またその話? えっと、あれは、去年の……」
「ダウト」
「へ?」
前は流したけど、今度はそうはいかない。
不破は、嘘をついて話を考えている時、鼻がぴくぴくする癖がある。
こう言う変なところが、どうしてか廻田と似ていたりする。
勿論指摘はしないので、いつまで経っても彼女は僕に見抜かれっぱなしだ。
うー、とちょっと顔を赤くして唸る彼女に、僕は微笑みかけた。
「じゃ、行こうか、リューコちゃん」
「う、うな! う、うん、行こうか」
さ、と手を差し伸べてはみるけど、やっぱり一瞬、彼女の手が近づくと躊躇ってしまう。
そんな僕を、不破は引き寄せるように握り締め、指を絡めて早足になる。
たぶん坂を下りれば、廻田が今日も巫女服でお焚き上げか何かをしていることだろう。
さて、未だ真実を知らないリューコちゃんにどう誤魔化そうかと考えつつ、僕は彼女に引っ張られるよう、足早に坂を下った。




