着信
人には承認欲求があるらしい。しかし人間、生物界の頂点に君臨する数の多さを考えれば、人間にないものを見つける方が発見なのではなかろうか。
彼女を乗せた電車は問題なくいつも通りに走行していた。レールの継ぎ目の度に若干の振動があり、彼女を含むちらほらといる乗客達はその度に揺れる。皆がそれぞれ携帯端末や書物に目を落とし、そして一人を除く全てが自分以外に意識などないフリを決め込んでいた。車内やエレベーターといった閉塞空間の中で人間は、面白いほどに他人の存在を認めようとしない。逆に不自然であっても尚、無理矢理にでも気づかぬふりを通す。彼女も例のごとく、周りなど気にも留めず、ヘッドホンの音をバックにして携帯を握っていた。
彼女は携帯を自然に傍のバックの中に落とす。隙間に滑り自重でバックの底に落ちた携帯は画面のライトが微かに漏れている。日頃の持ち物が詰められた学生鞄の中で、液晶には名前がフルネームで表示されているはずだ。私は見ていない、耐え凌ぐように、押し殺すように、胸の奥で呟いた。私は見ていない。目を瞑り、雑念を払うように奥歯を噛んだ。
そうして彼女は、突然手を取られて見知らぬ誰かに引っ立てられ、電車を下車してしまっても、抗う術などなかったのである。彼女はそれどころではなく、事実目を閉じていたのだから。