だれかにわかつはなし ~おとことしょうじょのかけるはなし~
それはいつかのどこかのはなし。
寒さに一番満ちた裏町の路地裏の話。
「寒いね。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「ひもじいね。」
「・・・・・・・・・・・・・」
「朝になったら何か食べ物を探しに行こう。其れまで頑張って。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
とある町のうち捨てられた一角、其処にいるのは痩せこけた少女と抱えられている何か。
少女は語りかけるけど何かは答えない。
長い夜は未だ明けない。
明けぬ夜なぞないのだろうが、渡りきれず力尽きるものが居るのも事実。
何かはこの夜を渡りきれるだけの力がなかったのだろう。
少女は盛んに語りかけるがなにかは答えない。
かつかつかつかつ
そんな打ち捨てられた所に一人の男が通る。
飾り気はないが整えられた身形はそこそこに金が掛かっているのだろう。
ここらでは珍しい黒髪が特に印象に残る。
少女は夜を切り取ったかのような髪をした男を死んだ魚のような目で眺める。
勿論なにかは答えない。
「こんばんわお嬢さん。君はなにが欲しいのかな?」
男は問いかける。
「ならば数枚の銀貨を。妹を弔うために、親に捨てられて世界に捨てられて見る人もなく死ぬにしてもそこらのゴミのように打ち捨てられるのは忍びないから。」
男は少女の抱えたなにかを見る。
僅かながら動きがあるようだ。
「君の妹さんはまだ生きているようだよ。」
「多分、夜を渡れない。そして私も持て余すからそこらにおいていくしかない。」
「でも、生きているよ。」
「助ける方法はない。」
黒髪の男は思案して言葉にする。
「ではお嬢さん、私と賭けをしよう。君はこの子が夜を渡れないといった、私はこの子が幾つもの夜を渡れると言おう。もし、この子が夜を渡りきれなかったら銀貨を渡してあげよう。この子が無事に夜を渡りきったならばお嬢さん、君は私の僕になりなさい。」
「判った。私自身もこの夜は何とか渡りきる事が出来るから共に見続ける。時間は夜が明けるまで。おじさんが勝てる見込みはないと思うよ、奇跡でも起きない限り・・・・・・・・・・・」
少女はなにか・・・・・・・妹を大事に抱きしめながら悔しそうに答える。
黒髪の男は口の端を歪めながら
「世界はね、奇跡と優しさに満ちているんだよ。今から君は其れを見るだろう。」
男は懐から水差しを取り出すとくたばり損ないの女の子の口に中身を注ぎ込む。
少女に抱えられた女の子は液体を力なく流し込まれると咳き込み、小さな声で呟く。
「・・・・・・・・・・・・おなかすいた。」
男は懐から小さな麺麭を取り出すと女の子にちぎって与える。
「ゆっくり食べるのだよ。」
一口二口、麺麭を食べると女の子は眠った。
ちぎった後のある麺麭を少女に与えると黒髪の男は周りを見る。
黒髪の男を探しているのか従者か護衛らしい男達が男に向かってくる。
「旦那!何ほっつき歩いているんで!夜も更けているのにこんな危ない所を!!」
男の一人が怒鳴ると黒髪の男は何かを頼むかのように男の耳元でヒソヒソ話をする。
話を受けた護衛の男は仲間に黒髪の旦那についているように願うと駆け出していった。
「おじちゃん、実は偉い人?」
「どうだろうな、私も孤児だし。」
「お嬢ちゃん、おじちゃんおじちゃんと言っているけどこのお方は・・・・・・・・『言わなくていいよ。』」
従者らしい男の言い分を黒髪の男が遮ると
「私はそんなに偉くないよ、私自身何も出来なくて泣くことが多いし。」
「ふーん・・・・・・・・」
答えにならない答えに少女も聞く気が殺がれたか、腕の中の妹の寝顔を見る。
答えのなかった時よりも幾分か落ち着いているかに見える、さっきの飲み物と食べ物が落ち着かせているのだろう。
それでも弱弱しく夜を越えるのは難しいだろう。
少女は自分が知る唯一の子守唄を妹に聞かせるように謳う。
黒髪の男も言葉なくそばに腰掛ける。
暫しの時が過ぎる。どこかに向かって言った護衛の男が何人もの人を連れて戻ってくる。何人ものと言うのは少ないか、十数名ほどか男あり女あり職人あり貴族あり商人あり神職あり・・・・・・・・・老いている者も若い者も居る。
護衛と共にきた者の中で女性神職が少女が抱いている幼子を見て、同道の衆に声をかける。
「力を分けてください。まだ消えていない命の為に・・・・・・・・・・」
女性神職の激を受けて皆幼子を囲んで手を繋ぐ、まるでその輪の中に死出の旅路の使いを通さぬ結界であるとばかりに・・・・・・・・・・
神職の祝詞が低く響き渡ると来た者達は言葉を合わせ、優しき優しき歌が交じり合う。謳う者達から穏やかな光がこぼれ場に満ちて、幼子に降り注ぐ。
白もあり、赤もあり、黄もあり、緑もあり、青もあり、色々な色があり、黒もある。
光が注ぐたびに幼子は血色が良くなり、呼吸もしっかりとしたものになる。
どれだけの時が経ったのだろうか?
それほど経っていない気もする。
神職の祈りの言葉は余韻を残して消え、合わせる同道の衆の唱も世界と幼子に注ぎ込まれていった。
皆疲れ果てた顔をしているが幼子を見て満足そうにする。
そうしているうちに夜の帳を追い払うかの如くに暁光が世界に満ち満ちてくる。
黒髪の男はにやりと笑って宣言をする。
「この子は夜を渡りきったようだね。この賭けは私の勝ちだ。」
少女は嬉しいような悔しいような微妙な顔をしてすねたように呟く。
「ずるい・・・・・・・・・・」
お話にお付き合いいただきありがとうございます。
どこで飲もう。