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わかちの里のお殿様

 【わかち】というものを知っていますか?

 それは【狭間】と呼ばれる国の寒い地方で冬の一番寒い日に自分の持っている幸せをちょっぴり分かち合おうという行事です。このお話は【わかち】を始めて行ったお殿様のお話です。



昔々【狭間】の国の寒い地方に【雪割卿】というお殿様がいました。彼は魔王と勇者の戦争が終わった後で乱れきった世界の中で自分の里をあれやこれやしようとする不届き者を自慢の槍でばったばったとなぎたおして悪いことは割に合わない事を教えているのです。

もちろん槍だけでもなくて弓をとっても百発百中で山野を荒らす獣や魔物も彼の前では肉や毛皮の材料でしかないのです。

乱れきった世界であって狭いながらも秩序を保った彼の元には多くの人が彼を頼ってきているし、都の王様も一人娘のお姫様だけでも幸せであってほしいと【雪割卿】の奥方様として送られたのです。

彼は元からいた人も頼ってきた人も大事にしてこの世界で数少ない幸いのある場所となるのでした。



お殿様はある日自分の領地である東の村を見回っていた時の事、村では痩せこけた人達がいました。

どうして痩せこけているのかと不思議に思った彼は村の人達に聞きました。

「痩せてる痩せてる村の衆、どうしてそんなに痩せてるか?」

村の衆の一人は答えました。

「これはこれはお殿様、今年の実りが乏しくて冬越すものも足りませぬ。せめて子等の分だけも食べ物寄越してくれませぬでしょうか?」

自分よりも子等のことを案じる村人の言葉に感じる物があった彼は村人すべてを自分の屋敷に連れて行くのでありました。

お殿様の屋敷には都から来た料理人が彼の為に様々な美味しい物を拵えるのでした。だけど、彼には少々量が多すぎて最近彼のおなか周りが大変なこととなっているのは由々しいことであります。

屋敷に帰るなりお殿様は自分の為に用意されたご飯を村人達に与えるのであります。自分もその中でお腹が辛うじて膨れる程度の食事を食べました。苦手な野菜を避けていたのは御愛嬌です。

びっくりしたのは料理人です。尊敬するお殿様の為に用意したご飯を薄汚い村人達がむさぼるように食べているのですから。怒った料理人が村人に叱り付けるとお殿様は

「飢えたる者がいる前で食べる食事の不味なるを私は知っているが故、私は食事を分かち合おう。」

と諭しました。

お殿様の言葉に感激した料理人はさらに作ろうとしましたが、お殿様は

「私は飢えを知らなければならない。故に彼らと飢えを分かち合う。」

と答えました。

料理人は

「屋敷の食料庫を開け放ちましょうか?」

とたずねると

「良きに計らえ。」

と許可を出すのでした。東の村の人達は食べ物を沢山もらって無事に冬を越すことができるのでした。少なくなった食料を見てお殿様は

「我等は飢えを知らぬ程度で十分である。」

と料理人に豪華な食事を禁じました。料理人は材料がないからその命令を受け入れるのでした。


次の日に西の村を訪ねてみると寒さに震えている子供がいました。

お殿様は不思議に思って尋ねてみるのです。

「子供や子供、どうしてそんな薄いので震えてすごしているのか?」

子供は答えました。

「お殿様、私の村は今年衣類を運ぶ行商人が来なくて冬に着る服がないのです。このままではみんな凍え死んでしまいます。」

ふむ、と思案したお殿様は

「ならば我が屋敷に来るがよい。狩の成果が呻っておるぞ。」

と西の村人達を連れて行くのでした。お殿様の屋敷には狩で得た獣の皮が山となっておいてありました。

獣の皮の山を見て村人達は

「これで冬が越せる。」

「あたたかい。」

「ふわふわだ。」

ととても喜びました。

「どうだ私の狩の成果はすばらしいだろう!」

と自慢げにお殿様は言うのです。

屋敷が騒がしくなったことで奥方様は何事かと騒ぎの元に見に来ました。

騒いでいる村人と誇らしげなお殿様を見て何事かと聞きました。奥方様は訳を聞くなり、ならば自分もと自分の部屋にある上質な毛皮の敷物を村人に与えるのです。それに驚いたお殿様、なんと言うことと聞くと奥方様。

「そこに赤子がいるではないですか。赤子は特に暖めないとだめでしょう。赤子はとても弱いもの私たちが守らずに誰が守るのですか!私はこの毛皮のぬくもりを分かち合おう。私は寒さを知るべきです。」

と答えました。男の身では気がつかぬことを教えられてお殿様は

「それは良い。賢しい妻を得ることは我の幸運。」

と褒め称えるのであります。もっとも、奥方様はその毛皮が趣味でなかっただけなのですが。

村の人達はたくさんの毛皮を持って西の村に帰りました。彼らはぬくぬくと冬を越すことができるのです。


次の日お殿様は家来を連れて南の村に行きました。

南の村では別れを切り出す若者と泣いている娘がいました。

不思議に思ってお殿様が訳を聞きました。

「娘や娘何故に泣く?」

娘は答えました。

「若者が貯めていた、嫁取りの金を村で流行った病気の治療のために全部使ってしまったから一緒になることができないのです。」

若者が言葉を継ぎました

「今の私は無一文の貧乏なので苦労させるくらいならば誰か豊かな者の元に行きなさいと別れを切り出していたところなのです。」

乱れた世の中で私心無き行いにお殿様は心打たれました。

「それでどれだけの金を費やしたのか?」

「金貨が一枚であります。」

「娘に聞こう、身一つで彼の元に嫁ぐ気はあるか?」

「はい、一緒に貧乏暮らしをわかちあうのも構わないです。」

ふむ、と思案してお殿様は懐から二枚の金貨を若者に差し出しました。

「若者よ、見事である。君の行いで救われた者がいることを喜び金貨をやろう。」

金貨を差し出したことに家来はびっくりしました。

「お殿様、金貨は貴重なものでございます。」

と家来が意見を言うと

「家来よ、金は貯める事は出来るが人は貯める事は出来ないのだぞ。病を放置していたらこの村は勿論、我が領土全てを焼き払う羽目になる。それを防いだ若者の行いはこれでも安いくらいである。」

と教え諭しました。

家来は、ハッとして

「私はなんと言うことを!若者よ私の敬意を受け取るが良い!」

と家来は剣を抜き敬意の礼を示しました。

「そ、そんなにもらういわれは・・・・・・・・」

とおびえる若者にお殿様は

「よい、よい!良き若者は宝である。それを支える娘は宝である。民草は我が宝、それを守るものに礼を言えぬつもりは無い!家来よ、屋敷に戻り宴の用意をしてするが良い。」

「はいっ!」

家来はあわてて走り出しました。

「では、若者よ。娘よ。南の村の者を連れて我が屋敷に参ろうぞ。」

とお殿様は若者達を連れて南の村に行きました。

南の村では病み上がりの者たちがたくさん居ましたが病はすっかり治っていました。

なんと言うことだと南の村の長を呼びつけました。

「村長よ、お前たちは病が発生したことを何故言わぬ。そして若者が身銭を切ったことを何故言わぬ!」

お殿様は強い口調で問い詰めると

「病が知られたら我ら焼き殺されてしまいます。」

と答えました。その答えにうむと呻ると

「病は癒えた。焼き殺す必要は無い。なれど、若者の蓄えを空にして娘を泣かせることは許しがたい。次の村長は若者にする。」

と病を隠した村長に怒りを顕わにするのでした。

村長は自分の子に村長を継がせる事が出来なくて残念そうでしたが、村を救ってもらったのは事実ですし若者が立派なものであることを知っているので諦めました。

そうしているうちに家来が戻ってきて宴の準備が出来たことを告げるのです。

お殿様は南の村の衆を引き連れて屋敷に戻るのです。

屋敷には奥方様が差配して宴の準備を整えているのです。奥方様は若者と娘を見るなり奥に連れ込んで取って置きの服を着せるのです。お殿様と奥方様の若いときの服で王様が直々に下されたすばらしい服です。奥に連れ込まれた若者と娘は奥方様の御家来集に囲まれていろいろ磨かれたりと悲鳴を上げたのはお約束です。

綺麗になった若者と娘を見て満足した奥方様は宴を始めました。

村の人達も若者たちのすばらしい姿に感激しつつ若者に感謝の言葉を述べるのでした。

宴には街に住む寒がりの神官様が呼びつけられました。寒い中無理やり連れてこられて神官様は不満たらたらでしたけど暖かい暖炉の前に席を用意されて不満を抑え、上等の酒とすばらしい料理の前に不満を忘れるのでした。

神官様のありがたい話と若者に対するほめ言葉で始まった宴は夜遅くまで続きました。

若者は自分がここまで丁重に扱われたことを不思議に思いお殿様に聞きました。

お殿様は

「若者よ、お前がもたらした幸いを共にわかちあおう。そしてその喜びを皆とも分かち合おう。」

と言いました。

奥方様は

「若者の恋を応援するのは年長者の役目です。」

と答えました。

若者と娘はすっかり感激してお殿様と奥方様に忠誠を誓うのでした。でも、意味を感じ取るとお殿様は宴の口実にしているだけですし、奥方様は自分の趣味で若者の恋を見てニマニマしているだけなのです。

知らないということは幸せなのであります。


次の日、お殿様は北の村に行きました。北の村の人達は皆怯えていました。

「どうして怯えているのかな?」

とお殿様が訪ねると村の男が

「ああ、お殿様。村のはずれの廃集落にならず者たちが住み着いているのです。村の食べ物をさらったり娘をかどわかされそうになったりとして皆怯えているのです。なんと言っても彼等は剣を持っていて私たちには太刀打ちできないのです。」

ふむ、とお殿様は思案すると

「なるほど、それは不安だろう。でも私が居るから大丈夫だ。ならず者など一ひねりにしてくれよう。」

と自慢の槍を構えるのでした。

お殿様は村の男の案内で廃集落に向かうとならず者たちが屯していました。お殿様は自慢の槍を鞘から引き抜こうとしていましたが寒くて凍り付いているために抜けませんでした。武器が抜けない事に村の男が不安がっていると

「なに、あの程度の者に抜き身はもったいない。ちょうど昨日の宴で体が鈍っている腹ごなしには丁度良い。」

とうそぶくのでした。

お殿様はならず者たちの前に出ると

「ならず者め村に害なすとは怪しからん!」

と槍を振るうのでした。

ならず者達は剣を抜いて

「相手は一人だ!」

「囲め!」

と襲い掛かるのですがお殿様の強さの前には太刀打ちできず、一人、また一人と叩きのめされるのでした。ならず者達にとって幸いなのかどうなのか知りませんけど槍が鞘から抜かれていたらずんばらりんと切り飛ばされていたことでしょう。10人程やられたらならず者たちも参った参ったと降参するのです。

お殿様は降参した者を攻撃する事は出来ませんがそれを信じるほどには甘くはありません。

槍を構えながらならず者達の武器を全て捨てさせると離れた所に集めました。勿論捨てさせた武器は村の男に集めさせて近づかないようにするのです。

いい汗をかいて楽しかったと汗を拭きながら

「ならず者よ如何して我が村を襲う?」

とお殿様が問えば

「私達は魔王退治に来た兵士なのですが勇者がやられて逃げ帰ろうにも国に戻ることが出来ず、村の蓄えを狙ったのです。私の首は差し上げますから他の者たちは御目溢しを願います。」

とならず者改め脱走兵の隊長は観念して言いました。

ふむ、とお殿様は思案して

「ならば、北の村の者達に詫びを入れて私の為に働くが良い。」

と許しを与えるのでした。

脱走兵達は北の村に謝りを入れて、廃集落を根城に畑仕事をするのでした。

北の村の人達もお殿様が仲立ちをしてくれたから心入れ替えたのだと納得して食べ物を分け与えるのです。脱走兵達は行く村行く街で追い出されていたのに受け入れてくれたことに感激をして北の村のためにがんばろうと誓うのです。



次の年、実りの季節が来ました。

東の村は豊作で山盛りの実りを携えてお殿様のところに来るのです。

西の村は一人欠けることなく冬を越して、その喜びで様々な木材を携えてお殿様のところに来るのです。

南の村では新たに村長となった若者が小さな赤子をつれてお殿様のところに来るのです。

北の村では脱走兵達の初の実りと異国の工芸品を携えてお殿様のところに来るのです。


東の村の長が言いました。

「飢え分かち合うお殿様に実りで返そう。」

西の村の長が言いました。

「寒さ分かち合う奥方様に山の木で感謝を表そう。」

南の村の長が言いました。

「お殿様の縁で結ばれた命、この子を家来に差し上げましょう。」

北の村の長が言いました。

「新たな村人となった脱走兵達の感謝の印に異国の技と初の実りを。」

どれもこれも素晴らしい物でした。

お殿様はそう言えば冬にそういったことがあったなと思い出しただけでした。

贈られてきた物をすべて受け取らず言いました。

「我は皆と分かち合っただけの事、礼に及ばず。」

北の村の長が言いました。

「それでも私共はそれで助かったのです。借りを反さずにして人の道を如何して進めましょう!」

お殿様は言いました。

「では私の成した事をお前らも成すが良い。」

お殿様は民から必要以上に物を受け取るのは駄目であると言う古い考えをしていましたので戯れに差し出したものを借りと思っていないのです。

村長たちを初めとして村人達はハッとしました。

「ならばお殿様のお心に違う事無く、我等も幸薄き者に分かち合いましょう。」

と皆を代表して東の村の村長が決意を示しました。

「皆の決意うれしく思うが、それで皆が損なうことがないようにな。」

感激のあまり地の果てまでも駆けてしまいそうな村人達に釘を刺すお殿様でした。



その後村人達は余力があれば、誰か困っている人のために力を貸すのです。

東の村の人達は飢えている他の村の者の為に蓄えを分け与えました。

「我らは飢えを分かち合う、そして満ちたる喜びを分かち合おう」

西の村の人は寒さ知らずの家を作り方を極めて他の村にもそれを建てました。

「我らは寒さを分かち合う、そして温もりを分かち合おう」

南の村の人達は病になった経験から病を防ぐ方法を覚えていき多くの人の命を救いました。

「我らは病を分かち合う、そして健やかなる喜びを分かち合おう」

北の村の人達は脱走兵の隊長の人脈を頼りに近隣の脱走兵達と近隣の村の仲立ちをしました。

「我らは戦を分かち合う、そして安穏を分かち合おう」

近隣の村はそれに感謝をしていました。感謝を表そうとすると

「ならば他にも成せ」

とお殿様の言葉を繰り返すのでした。


近隣の村はお殿様の徳に触れて感激して私達も治めてくれと頼み込むのです。

お殿様の領地はとても大きくなりました。住んでる人は幸せでした。

乱れた世の中にあって幸いな土地が増えるという事はとてもすごい事なのです。

お殿様の息子達の中の一人は王様の孫娘の一人と結ばれて都の大臣となりました。

大臣となった息子はお殿様のやり方を都に広めて乱れた世の中でひとつ幸いな国を作り上げました。

そのときの王様はとても感激して大臣の娘を王子と結ばせました。

王子は後に徳のある王様になりました。

王様は周りの国に分かち合うことの幸いを教えて少しづつ世界を治めていくのです。

勇者の居ない人の国も代替わりした魔王の国も分け隔てる事無く幸いを振りまくのです。

これが後に【やじろべえの千年】と呼ばれる平和な時代の始まりになるのです。


世界に【わかち】が広まったのは一人のお殿様の戯れなのでした。

後に幸いあるお殿様と奥方様と褒め称えるのですが、決してそれを受け入れることはありませんでした。

どうしてかって?

自分の為にやった事が多くの人に感謝されるなんて恥ずかしかったのです。

お話にお付き合いいただきありがとうございました。


さて、飲もう。

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