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チルチルハミチルーー私たちと青い鳥ーー  作者: 銀ねも
序章「チルチルとミチル」
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火葬される街と青い鳥

 

 ミチルは、裸足で走っていた。チルチルの哄笑が耳の奥から響いてくる。もがくように一歩を踏み出すたびに、血に滑った足の裏で、瓦礫やガラス片が砕けた。


 ミチルは、叫んだ。獣の咆哮と甘美な血が、口腔から迸る。


 屍と火の世界を、ひたすら駆け抜けたミチルは、力尽きて行き倒れた。チルチルの声は、聞こえなくなっていた。

 左目が、葬送の太鼓のように、低く脈打っている。


(お腹がすいた……このままでは、飢えて死んでしまうわ)


 街は火葬された。あらゆる生き物の死骸が燃えている。胸の悪くなる臭いがあたりに立ち込めている。

 ミチルは、お腹をすかせて、死にかけていた。


(食べたい……お肉が食べたい……)


 口の中がからからに乾いている。舌でそっと歯列をなぞり、数日前の残滓を探る。思い出は空腹を慰めてはくれない。


(わたくしは、もう、死んでしまうのかしら)


 心に弱音が浮かぶと、乾いた眼球に涙の膜がはった。ミチルは、嗚咽を漏らした。


(チルチルお兄さま、ごめんなさい……)


 酸鼻を極める地獄の釜で、今にも死んでしまいそうなミチルの濡れた頬を、冷たい風が撫でた。傍らに、何者かが舞い降りた。何者かは、ミチルの体を抱き起した。


 それは、青い鳥だった。フクロウのような黄金の双眸で、ミチルを熱く見つめる。オウムのような嘴が開かれる。石をぶつけ合い、すり合わせたような声が漏れた。頭の中に、陶然とした言葉で囁きかけてくる。


『なんと美しい。お前のような『青色』を、ずっと探していた。この『青い鳥』に相応しい美しい『青色』だ』


 「うそつき」とミチルは心のなかで詰った。ミチルは醜い。だから、こんな目に遭った。


 青い鳥は、大きな翼でミチルを胸に抱くと、燃え上がる炎の上昇気流に乗って舞い上がった。青い鳥は、不思議な声で鳴く。ミチルの頭に、問いかけてくる。


『名は、なんと言う』

『……ミチル・メーテルリンク、ト、申しマ、す……』


 ミチルは、薄く唇を開いて、木枯らしのような細い声でこたえた。唇がこわばって、うまく発音が出来ない。声帯が石になってしまったように無機質で、ミチルの声ではないようだった。

 青い鳥の黄金の瞳がぎょろりと動き、ミチルを凝視する。嘴がかちかちと打ち鳴らされ、不明瞭な言葉を紡いだ。


「名ヲ知らヌのカ」


 名を知らないと、青い鳥は言ったのだろうか。『ミチル』は、チルチルがくれた大切な名だ。この名がミチルのものでなければ、ミチルには名が無い。

 ミチルの視界が暗くなった。音が消失する。


(何も見てはいけない、何も聞いてはいけない。君はミチル・メーテルリンクだ。君はいつも幸せだよ。不幸なことは、何ひとつ起こらない。忘れてしまいなさい)


 チルチルが、ミチルの目と耳を塞いでいた。


 (はい、お兄さま。わたくしは、お兄さまのお言いつけの通りにいたします)


 ミチルは、無意識の海に自ら沈んでいった。忘我の時間をたゆたうのは、なんて気持ちがいいのだろう。チルチルの腕に抱かれて、優しい声にうっとりと聞き入った。


 ふと、誰かの声がした。


「……さま……お嬢様……」


 誰かの声は、水に沈んだようにくぐもって聞こえる。真っ暗だった視界の中心に、針でついたような光がさす。光は放射状に暗闇を引き裂いていく。声が、ミチルの意識を水底から引き揚げていく。


「お嬢様……ミチルお嬢様……」


 白い光が弾け、ミチルの目の奥がつきんと痛んだ。




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