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チルチルハミチルーー私たちと青い鳥ーー  作者: 銀ねも
裏側の三話「彼はこうしてすべてをなくした」
35/60

彼女に夢中2

 走り去った少女と入れ替わりに、マリがやって来た。地味で質素な服装にしっくりなじんでいる。びっくりするくらい花が無い。

 そんな失礼な内心が、表情に出てしまっただろうか。マリはチルチルを、憮然として見下ろしている。チルチルが思わず両手で顔を覆うと、マリは屹然と溜息を吐いた。


「あなたって、変なところで寛大なのね。私だったら、あの子と喧嘩になっちゃったかもしれないわ」


 マリはチルチルの傍らに座り込むと、手提げ鞄からハンカチーフと消毒液の入った瓶を取り出す。伸ばされた手から反射的に逃げてしまったチルチルは、むっとした様子のマリに慌てて問いかけた。


「えっと、君が手当てしてくれるの?」

「メーテルリンク伯爵の御子息を、また怪我させて帰したとなっては、まずいのよ。文句ある?」


 文句はない。マリはいかにも嫌いややっている感じだったけれど、手付きは丁寧だからだ。擦り剥いた掌に包帯を巻きながら、マリはぽつりと零すように言った。


「私、あなたって人がわからないわ」


 なるべく動かないように、呼吸さえ出来るだけ押えていたチルチルは、思いもよらない言葉をかけられて、つぶれたわたリンゴからマリに視線をうつす。マリは手元から目を上げようとしない。肩が少し強張っているように思える。チルチルが少しでも身動ぎすると、大袈裟にびくつくので、チルチルはさっきから思うように動けない。これは、やはり


(……やっぱり、キスしたこと気にしてるんだろうな)


好奇心旺盛で冒険好きな女の子なら、キスひとつで落とすことが出来ると自惚れていたチルチルだ。キスひとつでここまで避けられるなんて、正直なところ、ショックを受けた。

チルチルはマリの手際を眺めつつ、少し考えてから答えた。


「それは良い傾向だな」

「どうして、そんな風に考えるの?」


 マリが疑わしそうな顔をする。チルチルは出来る限りマリから顔を離した、無理のある姿勢を保ったまま、少し笑って見せた。


「だって、君は僕をわかったつもりになって、僕を嫌っていたんだろう? だから、君が僕のことをわからなくなってきたってことは、いい傾向じゃないかな」


 しばらく沈黙が続く。なんだまた怒らせたのか、とチルチルがそわそわしていると、マリが囁くような小さな声で言った。


「この前は、ごめんなさい。その……お腹、壊さなかったかしら?」

「なに。一服盛ったのかい?」

「違うわ、あなたが持ってきてくれたお菓子のことよ」

「僕が会って貰えない腹いせに、君に一服盛ったとでも?」

「違うってば! もう、なによ、随分つっかかってくるわね、つまらないひと!」


 マリが苛立ち紛れに包帯をきつく締めたので、チルチルはうっと呻いた。マリははっとして、結び目を解くと、決まり悪そうにもごもごと言った。


「いえ、私の言い方がまずかったのよね。ほら、カイは食べられるものが限られる、特殊な体質でしょ? だから、あなたもそうなのかと思ったの」

「カイも、肉しか食べられない?」


 チルチルが聞き返すと、マリはいよいよ慌てたようだった。


「えっ、じゃあ、やっぱりあなたも? ごめんなさい、私ったら、気が動転していたなんて言い訳にならないわね。ひどいことをしてしまって、本当にごめんなさい」


 マリはおろおろしている。なんと言って宥めたものかな、と考えた結果、チルチルは意地悪くにやりと笑った。


「君に謝られるのは気分がいいけど、その必要はないよ。僕はその気になればなんだって食べれる。食べるものに困ったときは、残飯を漁ったこともある。その時は、流石に腹を壊したけどね。妹が、肉しか食べられないんだ」

「な、なによ。私だって、悪いと思えば謝るわよ……いえ、いいわ。気にしない。……あなた、妹さんがいるの?」

「いるよ。とびきり可愛い妹が一人」

「あなたに似てる?」

「僕もあの娘も母似だからね」

「それなら。眩しいくらい綺麗なお嬢さんなんでしょうね……わかったわ。怪我の療養だとかなんとか言って、実は、妹さんと楽しく過ごす口実だったんでしょう。そういうことにしておかないと、大切な妹さんと過ごす貴重な時間を、私みたいな可愛げのない女の為に浪費しなきゃならないから、嘘をついたんだわ。大怪我を負ったふりをするなんて、呆れたひと。でも、考えてみれば、そうよね。ちょっとひっくり返ったくらいで、大怪我なんてしないわよね。あなたは軟弱者ってわけではないみたいだし。真に受けたお父様と私が、浅はかだったのね」

「少しは心配して貰わないとね。人が登ってる梯子を外すなんて、君、ちょっと酷いよ」


 チルチルが涼しい顔で反論すると、マリは唇を噛んで黙り込んだ。マリとしても、やり過ぎたと思っているのだろう。


 チルチルにも、いくらダオン伯爵に焚きつけられたとはいえ、レディの部屋のバルコニーに梯子をかけるなんて無体を働いた負い目がある。マリばかり反省させるのは心苦しいので、話の穂を継ぎ換えた。


「妹は邸にはいないんだ」

「どこにいらっしゃるの?」

「さぁ?」


 マリが不思議そうに目をぱちくりさせる。グリーンの目がはっと見開かれたかと思うと、マリは肩を怒らせて声を荒げた。


「別に、私は妹さんの居所を聞き出して、嫌がらせをしようなんて考えていませんからね! そんな卑怯なこと、する筈ないでしょう! 見損なわないで頂きたいわ!」

「むきになるなんて、あやしいな」

「いい加減にして!」


 マリは怒った猫のようだ。ふーふーを呻って毛を逆立てている。チルチルは噴出しそうになるのを堪えながら、折れてみせた。

 

「わかってるよ、ごめん。君はそういうひとじゃない。どっちかって言うと、そう言うやり方をするのは僕の方だな」

 

 瓶や包帯を手提げ鞄にしまうマリの手がぴたりと止まる。物言いたげにチルチルを見上げるマリの手から手提げ鞄を取り上げると、チルチルはすっと居上がり、マリに手を差し伸べた。


「悪いんだけど、一緒に戻ってくれるかな? 君のお父さまに、君と一緒に戻るって、宣言して来てしまったんだ」


チルチルとマリは、他愛ない話をしながら歩いた。チルチルのからかいにマリが腹をたてて、令嬢らしからぬ激しさで食って掛かることの繰り返し。とても円満な関係ではないけれど、マリがさも当たり前のようにチルチルの相手をしていることが、チルチルには不思議で、首を傾げるばかりだった。


二人揃ってダオン伯爵の馬車に戻ると、ダオン伯爵はもう二人の結婚が決まってしまったかのように大喜びした。帰りの馬車は、饒舌なダオン伯爵にチルチルがひたすら付き合い、マリは不機嫌そうにそっぽを向いていた。しかし、最初の面会とは違って、マリは時折会話に参加しても、ジョシュアやカイの話を持ち出さなかったので、道中は始終、なごやかな雰囲気で、その日はそのまま別れることになった。


その夜、チルチルは一人寝台に寝転び深い溜め息をついた


「よくわからんな、彼女だけは」

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