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チルチルハミチルーー私たちと青い鳥ーー  作者: 銀ねも
裏側の二話「彼を嫌う婚約者」
30/60

彼を嫌うわけ1

ありふれた話しだが、統合国家ハルメーンは過去の偉人の名を国名に戴いている。

神話によればその昔、大地の支配者を気取って驕り高ぶる人間は、すべての生き物から恨みを買ってしまった。生き物たちはみんな揃って、人間を罰してくださいと神に嘆願した。

神は己の骨肉を分けた人間たちに特別に目をかけていたけれど、人間たちの行いはさすがに目に余る。生き物たちの訴えを無碍には出来ず、神は涙を呑んで、人間たちを懲らしめなければならなかった。その時、手心を加えてしまうことのないように、神はその胸の内から人間を愛する心を取り出すと、その心を砕き魔物をつくった。人を食らう異形の魔物たちは大地に解き放たれ、人間たちに襲いかかった。人喰いの魔物の力は強大で、人間たちはなすすべもなく捕食されていくしかなかった。

この土地に、ハルメーンと言う信心深い男がいた。人間たちの多くが理不尽だと嘆くしかしない中で、ハルメーンは神の真意を察し、七日間、一睡もせず、神に許しを乞い続けた。

生き物たちは人間の所業に怒っていたけれど、彼らは人間よりもずっと寛大だった。生き物たちはハルメーンを哀れみ、七日目の晩、衰弱して床に倒れ伏したハルメーンに、神託を授けた。

人喰いの魔物たちを銀の炎で打ち滅ぼし、神の心の欠片を全て集めれば、神は人間に対する愛を取り戻し、人間たちは救われるだろうと。

ハルメーンは喜び勇んで神託をみんなに伝えた、しかし、誰が恐ろしい人喰いの魔物にすすんで立ち向かったりするだろう。

ハルメーンは唯一人で立ち上がり、人喰いの魔物たちと闘った。いくつもの死線をくぐりぬけ、神の心の欠片を集め続けた。ところが、神の心の欠片を集めきる前に、怒れる人喰いの魔物たちに包囲され、四肢を八つ裂きにされ嬲り殺されてしまったのだった。

人々はハルメーンの無残な亡きがらを目の当たりにし、自らの過ちを悟った。人々は勇気を奮い起して立ち上がり、銀の炎を振りかざし、人喰いの魔物に立ち向かうようになった。

人々はハルメーンを「贖罪のハルメーン」と称え、彼の名の許に集い国を建てたのだという。

今となっては大昔のおとぎ話である。人喰いの魔物の心臓を集めて、神に許しを乞おうなどと、本気で考えているのは一部の狂信者だけだろう。神話を語り継いだ人々の考えは時代とともに変化していく。人喰いを滅する「生きた銀」を豊富に蓄え、奴隷上がりの人喰い狩り師を大勢抱えるハルメーンのセントラルに住まう貴族にとって、人喰いは彼らの命を脅かすものではなくなっていた。

今日では、貴族たちは人喰いを神の「聖遺物」として、この世のあらゆる財宝よりも貴重で価値あるものだとしている。人喰いは塩の肉と輝石の殻をもち、その姿は夜空に輝く星よりも美しいという。

チルチルの父親、メーテルリンク公爵もハルメーン貴族の例に漏れず、人喰いの心臓「神の心」をコレクションしている。

しかし、収集家たちが最も好むのは、銀の炎に焼かれた虚ろな「神の心」ではなく、生きたままの人喰いだ。しかし、人喰いを生け捕りにするのは熟練の人喰い狩り師にとっても至難の業。当然、相当の資金が必要になる。その為、人喰いを飼育出来るのは、貴族の中でも特別に豊富な財力と人脈を持つ者に限られた。だからこそ、他の者から格別の尊敬を得ることができるのである。

マリの父、ダオン伯爵は、多くの人喰い狩り師を子飼いにし、名医にして人喰い研究の第一人者であるドクター・オズと懇意にしている、高名な聖遺物収集家。収集家として頭角を出したいメーテルリンク公爵が、ダオン伯爵家と縁を結ぼうと躍起になるのは無理もない話しであった。今になって思えば、チルチルを魅力的な紳士に仕立て上げ、ダオン伯爵家に婿入りさせる為に、英才教育を施していたとも考えられる。あながち、間違いではなさそうだ。


そんなメーテルリンク公爵の目論見と根回しを、どうやら、チルチルは台無しにしてしまったようだった。

チルチルがマリと最悪の初対面を果たした、三日後。ダオン伯爵とマリがメーテルリンク邸を訪れた。チルチルとマリは、初めて顔を合わせたことになっている。あんな風に出会ったなんて、チルチルは口が裂けても父には言えない。

チルチルは如歳なく振る舞いながら、マリが暴露するタイミングを見計らっているのではないかと、気が気ではなかった。マリはチルチルの顔を見ようともしない。無愛想なマリをちらちらと見て、丸い額をしきりにハンカチーフで拭うダオン伯爵と同じくらい、またはそれ以上に、チルチルは冷や汗をかいていた。


ダオン伯爵にしてみれば、挌上の公爵家との縁談は願ってもない話の筈。同時に、おいそれと断れる話しでもない。ダオン伯爵は肥満体だけが原因ではないだろう、おびただしい量の汗をかきながら、娘の分もと意気込んでチルチルにおべっかを使っていた。


「チルチル様は本当に、本当に、立派な青年でいらっしゃる。なんでも、貴族学校では学年首席で、監督生も務めておられるとか」


 チルチルは不遜と卑屈の間にある、ちょうどよい加減で微笑んだ。


メーテルリンク公爵は何やらややこしい理由を捻り出して、この息詰まるおしゃべりの場を早々に離脱してしまった。よって、チルチルはホストとしてイニシアティブを発揮しなければならなくなる。どうせこうなることだろうと当たりをつけ、適当に場を盛り上げる話題を用意してきたのだが、ダオン伯爵が、とにかく中身のない褒め言葉をぽんぽんと繰り出す。チルチルは愛想笑いをして適当な相槌を打つしかなくなっていた。


「ありがとうございます、伯爵。お詳しいのですね」


 ダオン伯爵はチルチルをうまくおだてて、良い気分にさせているつもりのようだ。赤ら顔を赤くして、大きく頷くと、たるんだ顎の肉がぶるんと揺れた。


「実は、甥がチルチル様の同窓生なのですよ。ジョージ・カールストンを御存じありませんか?」


 思いもよらぬ名前が出てきた、とチルチルは目を瞠る。ジョージ・カールストンは、カールストン男爵家の嫡男である。貴族の子弟があつまる貴族学校の中では、あまり身分は高くないが、とにかく鼻が利き、口も達者だ。強者に阿り取り入ることで、ちゃっかりと立場を確保していた。チルチルはまだ渡世に慣れずに試行錯誤を繰り返していた頃は、彼の処世術を参考にさせて貰ったこともある。そんなジョージ・カールストンは今、チルチルの太鼓持ちをしていて、虎の威を借るキツネになっていた。 

 こすっからいジョージは、他のプライドだけのおぼっちゃまたちよりも扱い難いので、チルチルとしてはあまり歓迎できる友人ではなかったのだが、そんなことをバカ正直に白状するいわれはない。チルチルはにっこり微笑んだ。


「もちろん、存じ上げておりますとも。彼は特に親しい友人です」


 ダオン伯爵は「こっちのペースに乗って来たぞ」という顔をして、前のめりになった。


「寄宿舎生活で四六時中顔を合わせていれば、嫌なところがどうしても目につくものですが、チルチル様ばかりは非の打ちどころが無いと、甥が申しておりました。彼の欠点は、欠点がないところだ、なんて生意気にも言いましてね」


 これでもかと褒め殺しをしてくるダオン伯爵の必死さに、チルチルは苦笑を誤魔化すのに苦労した。


(うわ、このおっさん、メーテルリンクと縁を結ぶ好機を潰してなるものかって、必死だなぁ)


 女性の権利が主張されるようになったものの、男尊女卑の思想が根深いハルメーンでは、結婚でも主導権をもつのは男性側だ。特に、貴族間の結婚の場合、娘しかもたない家は「相手の家に無理を通して婿入りをして頂く」というかたちになる。基本的にハルメーンの紳士は婿入りに否定的だ。爵位は男性しか継承出来ない為、婿が得られなければ養子をとるか、そうでなければ家がその代で潰えてしまう。

妾腹でも、公爵の息子で、おまけに品行方正な優等生のチルチルがせっかく婿入りしてくれると言っているのだから、ダオン伯爵はこんなチャンスを、みすみす棒にふることはできないと意気込んでいるのだろう。それなのに、肝心の娘のマリが非協力的で、ダオン伯爵は焦っている。さっきからチルチルに気付かれないように、影でこっそりマリを小突いているようだったが、マリは知らんふりをしている。

むっつりとだんまりを決め込んでいたマリが、出しぬけに口を開いた。


「チルチル様、いつも従兄が御迷惑をおかけしているのでは? ジョージは日和見主義のお調子者で、ちっとも信頼に足らないでしょう。おまけに虚言癖があって、目上の人の歓心を買う為なら、心にもないおべっかを言うことなんて、息をするように出来てしまうんですもの。そのひとがどんなに、鼻もちならない嫌なひとでも」


 やっと口を開いたかと思えば、これである。ダオン伯爵の顔から一気に血の気がひいた。厳格な父親ならば、無礼が過ぎる娘に平手打ちしてもおかしくないけれど、ダオン伯爵はおろおろするばかり。そんなダオン伯爵を情けないと思いつつ、女性を暴力で従わせようとする無能よりは紙一重でましだろうと考えて、チルチルはマリを見つめた。どことなく父親に似た丸顔に微笑みかけると、ダオン伯爵に視線を戻す。


「彼がそんなことを? 学校で会ったら、お礼とお詫びをしなければ、いけないな。気を使ってくれてありがとう、お世辞を言わせてしまってすまない、と」


 機嫌を損ねたチルチルが嫌みを言っているのだろう、と思い違いをしたダオン伯爵が、はっとして身を乗り出しかける。チルチルは笑顔でそれを制すると、挑発的にチルチルを凝視するマリを見つめ返し、穏やかに続けた。


「彼は友情に厚い好青年です。僕の情けない話を、これから一緒になるレディの耳にはいれまいとしてくれたのでしょう。レディ・マリ、ですからどうか、我が友をうそつき呼ばわりしないでやってください」


 ダオン伯爵はつぶらな目をぱちくりさせると、感心しきりといった具合で頷いた。隣ではっきりと眉根を寄せる娘の無作法に、ダオン伯爵は気が付いていない。チルチルの気の利いたフォローを褒めそやすのに忙しい。父親の実のない言葉を、マリは遮った。


「お父様、どうしてジョシュアのことはお話にならないの? チルチル様、ジョージを御存じなら、ジョシュア・カールストンのことも、もちろん御存じでしょう? ジョージの弟のジョシュアですわ」

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