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チルチルハミチルーー私たちと青い鳥ーー  作者: 銀ねも
第三話「ミチルと階下の使用人」
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ミチルと三人の使用人

『ぺらぺらぺらぺらと、あんたってやつは本当に、どうしようもない。あたしの堪忍袋の緒はいつブチ切れてもおかしくないんだがね』

『怒るな、怒るな。俺は奥さまに、ウェンディに親しみをもってもらおうとしてるんだ。失敗談の暴露は効果的だろ。心ある者なら誰だって、なかったことにしたい過去のひとつやふたつ、あるもんさ。だから俺は心を鬼にして、ウェンディが夜中に廊下をウギー! って奇声をあげながら蛙みてぇに跳ねて徘徊したことや、寝しょんべ……』

『それ以上言ってみな、その長い舌をひっこぬいてやるから』


 怒りがいまにも噴出しそうなベティを横目に見て、テルはミチルに囁いた。


『ベディみたいな、熱心なウェンディ信者は結構いるんです。みんな、若い女なんですけどね。ちょっと、ひどい話だと思いません? ここ唯一の独身男をさしおいて、若い女たちが熱を上げるのが、よりによってあの氷の鬼女だなんて』

『女中たちの間で、あんたの評判は最悪よ。奥様、気を付けてください。こいつは真心のまの字も持ち合わせていない、不実の化身みたいな野郎です。こいつの甘いことばに騙されそうになった仲間の娘たちを、もう何人説き伏せただろ……』


 ベティが忌々しそうにテルを睨む。ミチルはテルから距離をとり、ベティの影にそっと隠れた。テルがウェンディのことを気に食わない理由は、そんなつまらないことだなんて。ミチルは少しずつテルを軽蔑しかけていた。

 ミチルを味方につけたベティは、大きく鼻息をついてテルを牽制する。ミチルはベティの勝ち誇った横顔に訊いた。


「あなたが言う女性使用人って、女中メイドのことなのかしら?」


 うーんと、とベティはちょっと考えてから答える。


『女中と一言でくくることもできますが……えっと、ですね。まずは、小間使いですね。女主人に対する責任を一手に担っています。奥様のお世話はミセス・ウェンディがまかされているでしょう? で、その下には料理人クック家女中ハウス・メイド台所女中キッチン・メイド、流し場女中スカラリー・メイド洗濯婦ローンドリー・スタッフが順に続きます。因みに、あたしは台所女中なんですよ。だからこうして、食糧庫のやつらの世話を任されているんです』


(ここは食糧庫なのね。どうりでお腹がすく良い香りがすると思ったわ)


 ひそかに納得してミチルは頷いた。


「そう。それに加えて、男性使用人もいるのでしょう? 結構な大所帯なのね」


 ミチルはベティに話しかけていたのだが、テルが首を突っ込んで、答える言葉をかすめ取っていく。


『旦那様程のおひとが人件費をけちってちゃ、他の上級天使様方に示しがつきませんからね。ほら、旦那様って結構、見栄っ張りなところがあるじゃないですか?』

『ミセス・ウェンディに突き出してやろうか! 奥様の前で失礼だろ! あっ、違うんです、奥様。奥様の前じゃなくっても、旦那様のことを悪く言ったりしません。こいつ以外は』

『はいはい、悪いのはいつも俺』


 勃然とするベティをあしらうテルは、子猫をじゃれつかせるように楽しそうだ。

 心の中でそう形容してみると、そのやりとりがほほえましく見えて、ミチルはくすくすと笑った。


「あなたたち、二人ともとても陽気なのね。見ているだけで楽しい気分になれるわ」


 テルはきょとんと目を丸くする。それから、湧き立つように笑った。


『旦那様が出し惜しみして隠しとく気持ちもわかるなぁ。こんな、美人で素直で擦れてなくて脇が甘い嫁さんがいたら、とてもじゃないけど他の男の前に出したくなくなるわ。いつ誰に手ぇ出されるか、わかったもんじゃねぇ。俺も好きだもんな、こういう純粋培養のおバカちゃん』

『あんた、怖いもの知らずにも限度ってもんがあるだろ! いい加減にしな!』


 憤激したベティに首を絞められながら、テルはバカ笑いをやめられない。ミチルは小首を傾げて、そっとひとりごちた。


「脇が甘い? わたくしは、脇が甘いのかしら?」

「はい、奥様。恐れながら」


 すぐ後ろで、機械仕掛けのメイド頭が答えた。ミチルは飛び上がって驚いた。ぱっと振り返ると、そこには


「ウェンディ!」


 ウェンディがいた。ウェンディは強い鳶色の双眸を慎ましく伏せている。そういう召使らしい遠慮が、なんだかとてもおもばゆく感じたのは、この短時間でミチルがテルとベティに感化されたからだろうか。

 ベティはテルを投げ捨ててやって来る。憧れのひとの登場に、きらきらとつぶらな目を輝かせていた。


『おっ、おっお、お疲れ様でしゅ、ミセス・ウェンディ!』


 どもった上に噛んでしまっていて、おまけに声が上ずっている。相当、舞い上がっているようだ。

 しかし、ウェンディはベティに目もくれない。存在がないかのように無視して、ミチルに告げた。


「ご朝食のお時間です。お部屋でお召し上がりになりますか」


 ウェンディの対応は、召使としては当然のことだ。ベティが間違っている。しかし、ミチルにはウェンディの態度がとてつもなく傲慢なものに思えてならなかった。同時に、ベティがとてつもなく不憫に思える。


 とにかく、この場を離れた方が良い。そうきめて、ミチルはこくりと頷いた。

 

「ええ、そうね」

「かしこまりました。それでは、お部屋に戻りましょう」


 率先して歩き出そうとしたミチルであるが、どっちから来たのか、よくわからなくなっていた。困っていると、ウェンディがさり気なく横に並んで、ミチルを誘導する。

 こういう、気が利くところは美点である筈なのに、どうしても嫌味に思えてしまう。


(わたくしは、意固辞になっているわね)


 冷静に自己分析できても、理性と感情は別のもので、てんでばらばらに動く。

 

 ベティは、名残惜しそうにウェンディのそつがない後ろ姿を見送っている。ミチルには目もくれない態度を憎らしく思っていると、ひょっこりとベティの隣に来たテルが手を振ってきた。ミチルは嬉しくなって手を振り返す。ウェンディは斜め前を歩き、前だけを見ている。こっそりやったから気付かないだろう。そう思っていたら、ウェンディがだしぬけに言った。


「サベゲテル・ラニマーテル。話がある。ここで待て」


 ウェンディには、背中にも目がついているのだろうか。戦慄したのはミチルだけではなかった。蛇に睨まれたカエルのように固まってしまったテルを小突いて、ベティがため息交じりに言った。


『あんた、死んだね』


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