そこらへんの小さな星
唇から控えめに漏れるソプラノは、だいぶ前に流行った、夜空の星と恋人とを重ねた歌だった。星の綺麗さと遠さを恋人に例えるなんてなんてロマンチックなんだろう……などと感動するほど俺はロマンチストではない。
好きな人なんて傍にいて触れられてなんぼだろ。わざわざ星に例えるなんて。
「懐かしい歌、歌ってるなぁ」
後ろから彼女に抱きついて、ソプラノボイスを遮った。彼女の歌声は嫌いではないけれど、その歌は好きではないのだ。
「ひっつかないでよ。暑苦しい。邪魔」
彼女は眉を顰めて、腰に絡まる俺の手をはたき落とした。相変わらず容赦ない。
「なに、そういう気分なの?」
拒否されたからか、俺の口からは拗ねたような声が出てしまった。我ながら格好悪い声だ。
「そういうって?」
「悲しい遠距離恋愛な歌を歌うような。彼氏と喧嘩でもした?」
喧嘩、という単語に彼女の瞳が一瞬だけ揺れたのを見逃さなかった。
「そんなわけないでしょ。もうすぐ七夕だから歌ってみただけよ」
ふい、と顔を背けられる。
織姫を自分に、彦星を彼氏に重ねちゃったりするんだろうか。彼女はなんてロマンチストなんだろう! 馬鹿馬鹿しい!
織姫と彦星は一年に一度会える関係。
彼女と、彼女の恋人は月に数回会える関係。
俺と彼女は毎日会える関係。
さぁ、問題です。どれが一番悲しい恋でしょう?
我ながら本当に馬鹿馬鹿しい。
「姉ちゃん、七夕ならなんか願い事とかしないと」
「なに子どもみたいなこといってんのよ」
「そんなこといって彼氏とずっと一緒にーなんて願い事するんだろ。バカップルめ」
呪いの言葉を吐くと、思いっきり頭をぶっ叩かれた。人の気も知らないで。
七夕に、願い事。
年に一度の逢瀬を楽しんでいる男女に願い事。
「人間って野暮だなぁ」
そう思いつつも、彼女の耳に入らないよう、小さく小さく願い事を呟いた。
どうか俺の馬鹿な恋が、間違っても実りませんように。
どうか頼むよ、お星様。