親切の裏側
―――樋口の好意は私を抱きたいから、だから親切にしてくれるのだと思っていた。そう思っていたから私は樋口がシャンプーなどの代金を払ってくれても何も言わなかった。ほら、お互い利害関係が一致しているでしょ?
今までの男との付き合いはすべてそうだった。中にはかなり金銭的に余裕がある人もいて、私がエステに行ってみたいと言うと代金をすべて負担してくれた人がいた。もちろん私はそれなりのサービスを返す。
それが私の考えだった。
樋口は最初からそういうことは言わなかったし誘ってきたりもしなかった。だから食事やその他の代金を樋口が出そうとすると
「次から一緒に行けなくなりますから折半にして下さい」
と言っていた。樋口は笑いながら私の分を受け取ってくれた。
樋口は私に何を求めているのだろうか?私に何を見返りに要求するのだろう?金銭?残念ながらそんなものはないし、20ちょっとの女にそんなの要求する方がおかしいだろう。それじゃあ??
ちらりと横目で樋口を見たが、特別何も変わった様子ではない。まあいいか、今日はとにかく寝よう。昨日寝ていないのだから寝ないと明日、仕事に行けない。私は強制的に考えるのをやめて目をつぶった。
夕方になると少しだけ秋風を感じる頃、私はあいかわらず樋口の部屋にいた。ここに来たときと変わったことと言えば…私は仕事を辞めた。いや、辞めざるを得なかった。
『睡眠障害』
不眠症もその中に入るらしい。あの事件以来私は眠るのが怖くなったのだ。寝ると必ずと言っていいほど男が出てきて首を締め上げてくる。もがきながら目を覚ますとまだ寝てから1時間も経っていなくて 結局それ以降眠ることが出来ず朝がやってくる。すっかり寝不足で仕事に行く事が出来なくなった。病院に行くと薬をくれるが、この薬は一時的に眠れるようにしてくれるだけ。それでも眠れるだけでもいいのかもしれない。
そんな中唯一の救いは あかりと悦子が遊びに来てくれることだ。実はあかりと悦子は中学の同級生で高校は別になりそれ以降あまり連絡を取ってなかったらしいが、私という共通の友達がいたことでまた連絡を取るようになったらしい。
「ところでさ~ 樋口さんとはどうなのよ~」
「どうって別に…」
「別にって同じ家に2人でいるわけでしょ?」
「まあそうだけど…」
「あかりはどう思う?」
「ん…どうだろうね」
「あれ?冷めてる…」
「ってか ひなたはどう思ってるわけ?樋口係長のこと。言っとくけど意外と係長もてる方だからね」
「やっぱり?何かそんな感じだよね」
「そりゃ彼はバツ1だけど 子供はいないし…仕事できるからねぇ」
私は2人の会話を子守唄代わりに聞きながらウトウトとし始めた。