共同生活の始まり
「夕飯は僕が作るけど…それでいいかな?」
「料理自分で作られるんですか?」
「1人暮らしだからね」
樋口の家の近くのスーパーで買い物をすることになった。隣にドラックストアーがあるところで共同の駐車場がかなり広い。
「ひなたちゃんは好き嫌いある?」
「えっとですね…牛乳が嫌いです」
「そうなの?じゃあ乳製品は?」
「それは大丈夫。あ、でも匂いのキツいチーズは無理です」
「ははは…俺もそれは無理」
買い物カゴをカートに入れてテキパキと品物をカゴに入れていった。そしてレジの近くに来てあることに気がついた。きっと樋口の家に行っていつもと同じシャンプーはないはずだ。買わなければ… だがふと違うことが頭をよぎり、私は何も言わずスーパーを出た。
「ちょっとシャンプーとか買いたいので…」
「ああ、隣ね」
私達は車に直行せずドラックストアに向かった。シャンプーはすぐ見つかった。よく考えれば洗顔とか化粧水とかも持ってこなかった。次々カゴに入れてレジへと向かおうとすると横からカゴをさっと持って樋口は店の奥に歩いていく。
―――やっぱりね…
私は彼の行き先が何となく判った気がして しばらくその場所にいた。きっとまたお目当てのものを入れてすぐこっちに帰ってくるだろう。ところが彼は帰ってくるわけではなくひょいと棚から頭を出して私を手招きした。
「ねえ、ひなたちゃんはうす塩とコンソメ味どっちが好き?」
奥はお菓子のコーナーになっていて、どうやらどちらにするか迷っているようだった。
「私はうす塩の方が好きです」
「じゃあうす塩ね」
そういうとまたレジへと向かっていった。買わなくていいのかな?それとも家にあったり?そうだよね…大人なんだから家にあるわよね。
「お邪魔します」
「遠慮しなくていいよ。誰もいないし…」
部屋は意外と片付いていた。いや、意外とじゃなくて綺麗に片付いている。男の1人暮らしといえば洗濯物が散乱してたり 食器が転がっていたりというイメージがあったけど そんなことはなかった。
食事が終わって風呂に入れてもらった。男の人でも料理が上手な人がいることは知っていたけど 樋口がそうだとは思わなかった。手際がよくて確実に私より料理は上手い。内田君は樋口のことすごく仕事ができる人だと言っていたが、もしかして仕事ができると料理も出来たりする?私がお風呂から上がると樋口はリビングにいた。
「ひなたちゃん、布団敷いておいたから」
「えっと…樋口さんってベッドですよね?」
「うん、僕の部屋はベッドだけど…もしかしてひなたちゃんベッドじゃないと眠れない人なの?」
「いえ、そうじゃなくて…そこでいいですよ?」
「………何が?」
「だから…するんでしょ?」
一瞬の沈黙があった。樋口は私のほうをじっと見ているし私も樋口の返事を待っていた。
「ご、ごめん 勘違いさせてたみたいだね。そんな気はないよ。ただ1人で寝るのは不安じゃないかなとは思って僕も同じ部屋で寝ようと思っていたけど…」
樋口は慌てて和室に入ると布団を一組廊下へ出した。自分はそこに寝るという。さすがにそれは私も良心が傷んだ。結局お互い離れて布団を敷いて一緒に和室に寝ることになった。
「本当にしなくてもいいんですか?」
「ははは…女性からの嬉しい申し出だけど 人の弱みに付け込まないといけないほど僕も困ってはいないからね」
「……なるぼど…」
「ほら、早く寝たほうがいい。何かあったら遠慮せず僕を起こしていいからね」
私ははじめて男の人とセックスもせず同じ部屋で寝た。私と樋口の共同生活の始まりだった。