突然の申し出1
「佐伯さん 昨日は眠れましたか?」
そういいながらやって来た看護士さんは検温された体温計を確認する。私は首を横に振った。全く眠れなかったのだ。寝ようとすると周りの音が気になって目が覚める。ほんの少しの音でも反応するのだ。周りが明るくなると少し安心するのかうつらうつらするが、そんな時 人の気配がすると過剰反応してまた起きてしまう。
朝食が終わる頃 樋口はやってきた。
「ご飯は?食べないの?」
机の上に置いてある食器を見て樋口は私にそう言った。言われて少し手をつけたが、あまり食べる気にはならなかった。昼過ぎ、診察の結果が出ることになっていたが たぶん何も問題なく帰れるだろう。だが私は家に戻れるのだろうか?今夜私は眠れるのだろうか?そんなことを考えているとおのずと空気は重くなり、樋口の話も耳に入ってこなかった。
昼頃、あかり夫婦がやって来た。
「大丈夫?怪我はないの?」
何故あかりがここに入院していることを知っているのだろうと思った。樋口が連絡したのだろうか?今まで色々お世話にはなったが、あまり人に知られたくないこともあるわけで…私は無神経な樋口にムッとした。
「夜中 樋口さんから電話があってびっくりしたよ~。『ひなたちゃんの家の住所を教えろ!』って言うんだもん。はじめはね、いくら何でもそんなプライバシー教えられるか!って思ったけど どうも様子が変でさ…まあしぶしぶ教えたら即電話を切っちゃってそのまま放置。昨日もやっと夜連絡が取れたと思ったら『言えない』って一点張りで…やっと聞き出したんだよ」
そういえば私は樋口に住所を教えた覚えはなかったのに彼は家までやってきたわけだ。色々周りに迷惑をかけてしまっていることに今更ながら気付いた。そして無神経だと思った樋口に心の中で謝っていた。
しばらくして医師がやってきて退院許可が出た。樋口は「ちょっと電話してくるから…」と部屋を出て行ったのを見計らってあかりは私にニヤニヤしながら話しかけた。
「ひなたが樋口さんと付き合ってるなんて知らなかったよ~」
「いや、付き合ってないけど…」
「だってひなたが最初に連絡したの、樋口さんなんでしょ?」
「うん…」
「じゃあ何で樋口さんに電話したの?」
それは私もわからない。ちなみに誰かに電話をしようと電話帳を見た記憶もない。気がついたら電話から声がしていたような気がする。
「もしかして直前に電話で樋口係長と話をしてたんじゃないか?ほら、リダイアルだよ」
「あ、そっか…でも樋口係長と話をしてたってことはやっぱり付き合ってんじゃん」
「付き合ってるとは限らないだろ?」
「じゃあ何でひなたに電話してくるわけ?」
「そんなの俺にもわかんないよ…」
2人は何やらもめ始めたが、そうこうしているうちに樋口は帰ってきた。そして2人は入れ違いで帰っていった。
「さて、退院許可も出たし帰ろう」
私は家の中に入ることができるのだろうか。家まで車で送ってもらう間、不安でいっぱいだった。