俺の一手(樋口祐輔side)
ひなたの携帯は既に解約されていた。村田に尋ねようかと思ったが、その頃嫁さんが2人目を出産したばかりで大変な時期でもあった。どうすれば…ふと向井さんのことが頭をよぎる。
『私はひなたの味方です。彼女を傷つけるようなことがあればあなたを許さない』
そういわれた時のことを思い出すと連絡さえ躊躇われた。ひなたを傷つけるつもりはない。だが俺の行為でひなたが傷つくようなことになれば…俺の中で焦りだけが募っていった。
「樋口係長、飲んでくださいよ」
「いや、いい」
「そんなこと言わず…」
「いや、本当にいいから…」
あれから3年が過ぎようとしていた。そろそろ季節はクリスマス…あの時俺は自分の嫌な記憶のことばかり考えていた。別れるといわれる前に、クリスマスの時プロポーズしていたらもしかして受けてくれたかもしれない。今頃は2人で…いや、もしかしたらお腹に子供がいたりしたかもしれない。
あいつは家庭的なやつじゃなかった。料理もイマイチで掃除は四角い部屋を丸く掃くようなやつで…それを指摘すると『人には得意不得意があるんです。それに部屋が汚くても死なないからいいんです』と開き直っていたっけ。それを思えばここにいる女の子は色々俺にお酌しようとしてくれたり、料理を取り分けてくれたりしていて確実に家庭的であるんだが…やはり俺はひなたがいいと思ってしまう。
運命は俺に味方したのか 気分転換に廊下に出たところで奇跡的に向井さんを見つけた。彼女に会って言いたいことが喉元まで来ているが言うのをためらっている自分がいた。だが彼女はまた部屋の方に戻ろうとしている。
「話がある!」
彼女にそういうのが精一杯だったが何とか喫茶店で会う約束を取り付けることができた。こんなところでのんびりしていられない。
「ちょっと用事が出来たので 先に帰ります」
そう告げるとまだまだ宴会が続く中 俺は飛び出した。
向井さんが来るまでの間、俺は色々考えた。ひなたに会いたい。彼女とちゃんと話し合いたい。少なくとも嫌われてはいなかったと…いや、これは本当に俺の勝手な考えだが俺のことを好きでいてくれたと信じているし 信じたい。そして何か理由があるなら知りたいし、俺が力になることでそれが解決するのであれば 俺は全力で協力したいと思う。
ひなたの過去を向井さんから聞いた。俺は相手の男がここにいたなら間違いなくぶん殴っていた。信頼していた人に捨てられてしまったあいつはどうしようもなく寂しかったと思う。『信用していない』といいながらも男との関係を持っていたのは心のどこかでまだ信じたいという気持ちがあったからだ。俺は決心した。ひなたを絶対取り戻そうと…
「樋口君、わかっているとは思うんだが…」
見合いを持ってきた上司からの呼び出しだった。彼は人事担当でもあったので前回の見合いは仕方なく受けたが、結果としてあっちから断ってきた状態だったので彼も俺に強い態度では出れない。
うちの会社では大抵が転勤と言う形で地方に行って、そこで昇進しながら後には本社などに帰っていくのがエリートコースだ。だから俺は離婚してすぐ地方に飛ばされた。もちろん元嫁の親のことがあったから異例の昇進での転勤だったが、あのままいたら噂の的になっていたと思うからよかったと思っている。
俺はあれからすぐ名古屋への転勤願いを出した。うちの会社では大抵の人事は3月に動く。そして今 その選定に入っている。
「既に転勤の選定が始まっていて、今頃転勤願いを出されても 希望が通るかどうかわからないよ?」
「わかってます。それでもお願いします」
内示が出ても断るヤツもいるので調整はすぐには出来ない。それに俺はそろそろ転勤の時期になっている。
ひなたは遠距離恋愛は無理だと言った。なら俺が名古屋に行けば少なくとも遠距離ではなくなる。結婚をどうしてもしたくないのであれば一緒に住むだけでもかまわない。俺はひなたのそばに行く事だけを考えていた。
次からは本編に戻ります。




