俺と彼女(樋口祐輔side)
「お前そろそろ再婚とか考えないの?」
「まあ…相手がいたらな」
「お前子供好きだもんな。いい父親になると思うぜ?」
いい父親ねぇ…。正直それは自信があまりない。確かに子供は好きだし欲しいと思う。だから再婚も前向きに考えたいと思うが…
彼女と出会ったのは俺が転勤になって10日ほど経った頃だった。正直最初の頃は知り合いというか 友達というか…まあ20くらいの女の子と友達って言うのも変な話だがそんなに意識して考えていなかった。だが何回か彼女と会ううちに、俺は彼女にとても興味が湧いていた。
初めて一緒に食事に行った時、自分が10以上年上なのだから食事くらいは奢るのは当たり前だと思っていたが彼女は自分の分は払うと言う。
「いいよ、これくらい俺にご馳走させて。付き合ってもらったお礼もあるし…」
「ダメです!次、樋口さんと一緒に絵を見に行けなくなるのでちゃんと割り勘にして下さい」
そう言って自分の分の代金を差し出すのだ。たぶん今まで付き合った女達なら『ごちそうさま』と言って奢られていたと思う。俺もそれでいいと思っている。だが彼女は違うのだ。それは何度食事に行っても同じだった。もちろん美術館の入館料もワリカンだ。
「俺の方が給料もたくさんもらってるし たまには奢られてもいいんじゃないかな?」
「それとこれとは違うと思います。私だってちゃんと働いています。自分の分くらい自分で出せます」
そういって少し拗ねたような顔をしていた。まるで俺と対等でいたいと背伸びしているようで俺は少しこの関係を面白いと思っていた。そしていつしかひなたに会うのが楽しみになっていた。
そしてあの事件が起こった。
「ひなたちゃん、大丈夫?怪我はしてないか?」
そういって彼女に近づいた時、彼女は小さな子犬が怯えているようにぶるぶる震えていたのが忘れられない。どれだけの恐怖だっただろう…
たまたま隣の県で行われる美術展に一緒に行かないかとその夜電話をかけた。この近隣の県ではそこだけしか展示されないので見るならそこに行くしかない。彼女もとても喜んでくれていたのだ。その数時間後の出来事だった。
とても1人にはさせられない状況だったが、このことを誰かに話すのもためらわれた。彼女に家族のことを聞くと
「両親はいません。姉は県外にいるので…」
と言い、それは病院で訪ねられても同じことを言っていた。結局検査は特別異常ナシですぐ退院できることになったが あの家に1人で彼女を帰すのはさすがに躊躇われる。結局俺は彼女を家に居候させることにした。
最初はほとんど眠れていなかったと思う。少し眠るとうなされて起きる。それが毎日続いていた。日に日に寝不足で疲れているのがはっきりわかった。入院を勧めても『病院は好きじゃない』、通院を勧めても『薬は嫌い』。何てやつだろうと思ったが、彼女は彼女なりに自分の足で立とうとしていた。それは彼女のプライドなのだと思った。
類は友を呼ぶと言うがひなたの友達、向井悦子も似たようなタイプで正義感の強いまっすぐな女性だった。ひなたのことをとても心配していたし、気遣っていた。
自分も出来るだけ彼女についていてあげたいが、彼女は反対に自分が休んだりするのを嫌うので向井や村田たちにできるだけ協力してもらうことにした。
俺が自宅に帰るとひなたたちの楽しそうな声がした。ドアを少し開けて中を覗くとひなたがとても嬉しそうに笑っていた。その笑顔に俺は苦しくなった。今まであんな笑顔を自分に向けてくれたことはない。その時気がついた。俺はひなたのことが好きなのだということを…
だが自分はもう30代後半でバツ1、ひなたはまだ20ちょっと過ぎだ。誰がどう考えてもひなたが相手にするとは思えない。ともかく彼女が元気になることだけを考えていた。




