別れの覚悟 1
暖かな日々は長くは続かない。今までだってそうだった。樋口と暮らし始めて1年を過ぎたある秋の日、携帯にそのメールが届いた。送り主は姉で母が亡くなった連絡だった。
夏くらいから容態がよくないことや名古屋へ引越しするようにと何度となく連絡が来ていたが、すべて私は返事をしなかった。
母が亡くなっても葬式に行くつもりはなかった。たぶん人から見たらかなりの親不孝なのだと思う。親子関係が良好ではなかったとはいえ、何でそこまでこだわるのかと言われるかもしれない。あの日の出来事がなければ私もここまで頑なではなかったと思う。そう、祖母が倒れたあの日までは…
私にとって祖母は唯一の甘えられる存在だった。姉とは年が違いすぎて私が気がついた頃はほとんど家にはいなかったし、母は姉に比べて私があまりに何も出来なかったせいか すべてのことに無関心だった。何か気に食わないことがあれば手を上げ、私は抵抗も出来ずにその仕打ちを受けていた。そんな中でも祖母は私をかまってくれた。家での話し相手は祖母しかいなかった。
その日私は家にいて、2階の自分の部屋に居た。下で何か倒れるようなすごい音がしたと思ったが、母が何か倒したのかもしれないと思い私は別段見にいかなかった。変に見に行って母に見つかれば逆に何しに来たのか、掃除の手伝いでもしに来たのかと絡まれたくもなかった。どれくらい時間が経ったかわからないが 私は何か用事を思い出して1階へと降りていき、祖母が倒れているのを発見した。まだその時意識はあって「手を貸してくれ」と言っていた。どうやら自分で何度も起きようとしていたらしいが起きれなかったのだろう。私は急いで祖母を起こした。何があった?ちょうどそこを通った母に私は抗議した。
「どうしてバアチャンが倒れてるのに起こしてあげないの!」
「だって私1人じゃ起こせないもん」
はぁ?私は2階にいたんだから声をかければいいじゃない?睨みつけるように母を見たが母は薄笑いを浮かべていただけだった。自分の親なのに…私はすぐ救急車を呼んで祖母を乗せた。祖母は体が動かなくて既に歩けなかった。そして…祖母は亡くなった。脳卒中だった。
80歳だったから平均年齢になっていたし、それが運命だと言われればそこまでだ。だが私にはどうしても納得がいかなかった。もう少し私が早く気がついていて病院に連れて行ってあげたら助かったのではないか…そのことだけが私の頭の中を駆け巡る。そして倒れた祖母を見て見ぬふりをしていた母がとても憎らしかった。祖母の変わりに死んでくればよかったのに…私は絶対この人が倒れても助けたりしない、苦しんでもがいて死ねばいい。私は鬼になったのだ。
結局母の葬式の連絡も返事をしなかった。何度も携帯に電話もかかっていた。そして12月になって年末に旦那の実家に戻る前、母を墓に納骨する為にそっちに行くから会って話をしようとメールが来た。たぶん私のこれからのことを話すことになるのだろう。
―――いいタイミングかもしれない…
そろそろ樋口の家から出て行かないといけないだろう。このまま一緒にいればもしかしたら樋口は私との未来を考えるかもしれない。だけど私と樋口との間に未来はないのだ。私は結婚など考えていない。そう、誰とも結婚する気はない。だから期待させる前に離れるべきだと思っていた。その時期がやってきたのだ。