悪役令嬢を救う皇太子ですが、登場するまで心臓がもちません
僕は今日、とても緊張している。
気がついたら、ある悪役令嬢が婚約破棄される物語に転生していた。
僕の役どころは、悪役令嬢を救う隣国の皇太子だ。
タイミングよく、彼女を救い出さなければいけない。
給仕されるワインを断り、ミネラルウォーターで口を湿らせる。
なんか、あれだ。
前世の結婚式のスピーチみたいな感じ。
終わるまで、緊張で料理の味なんかわかんねぇーってやつ。
はぁ、緊張する。
心臓が口から飛び出しそうだ。
卒業式のパーティーで王子が婚約破棄するなんて、迷惑系の動画配信者かよ。
会場が王宮ではなく、学園内だから大人たちの目が薄い。
そこを狙っているんだろうけど、愚かだよなぁ。目撃者が多い分、取り返しが付かない。
お、卒業生の第二王子が壇上に上がった。
「グラフトン公爵令嬢! お前との婚約など破棄してやる」
本当に始まってしまった。
濃い金髪に緑の目の公爵令嬢が、凜と背筋を伸ばして第二王子に向き合った。
ストロベリーブロンドの髪に黄色い目の男爵令嬢が、第二王子の腕にしがみついている。
小柄なのに大きな胸を、第二王子の腕に押しつけている。――あざといな。
その周りには、宰相の息子や騎士団長の息子が並ぶ。
異世界だから、髪の毛の色が青や緑と賑やかだ。
逆ハーレムというか、横恋慕しているんだろう?
公爵令嬢を排除するということで一致団結しているのだから、明日から仲間割れが始まってもおかしくない。
というか、この作品は媚薬とか魅了の魔法とか、出てこないよな?
ちょっと心配になってくる。
お決まりの、教科書を破っただの、お茶会に呼ばなかっただの、階段から突き落としただのという話が出てくる。
公爵令嬢は、一つひとつ反論していく。
けれど証人が出てきたり、途中で遮られたりして、不利な立場に追い詰められていく。
第二王子たちの言い方は、クレーマーに似ている。
公爵令嬢の言葉など、端から聞く気がない。
ただ、自分たちの要求を声高に叫んで認めさせようとしているだけ。
「わたくしは、そんなことはしておりません」
集団でリンチされているような状況で、声も震えずに言えるのはすごいぞ。
可愛げがないんじゃない。立派だと褒めてやれよ。
「まだ認めないのか。往生際が悪い」
第二王子は苛立ちを隠さずに、その台詞を口にした。
お、そろそろか。
「お前を国外追放に処す!」
あ~あ。言っちゃった。
さすがに会場中がざわめいた。
学生たちから見ても理不尽な言いがかりだし、たかが第二王子にそんな権限があるのかと疑問に思うところだろう。
高位貴族たちは、婚約破棄のために罪をなすりつけていることを察している。
それなのに重罪人として扱うなんて、この先、王家に心から忠誠を誓うのをためらうようになるだろう。
第二王子たちの言い分を素直に感心しているのは、下級貴族が多い。ほぼ次男以下で、爵位を継承する予定のない者。
それから現実と物語の区別ができずに、恋愛小説に溺れる少女たち。
要は、現実と物語を混同しても、他に影響を及ぼさない者たちだ。
幼い頃から王侯貴族としての責任を自覚させられ、無邪気な子ども時代を奪われた人たちとは根本が違う。
第二王子は責任を自覚していない前者で、公爵令嬢は責任を背負ってきた後者だ。
話が合うわけがないんだよな。
第二王子は、王太子のスペアとして前者であるべきなんだが……。大丈夫か、この国?
僕は、どの貴族がどんな産業を持っていて、どこの商会を使っているかを事前に調べて留学している。
無防備な子どもたちの様子も、しっかり観察してきた。
血統は大事だが、時代に合わせて柔軟な思考を持っていてほしい。その家の教育を通して、当主の姿勢を推察した。
その結果――
この王家とは距離を置きつつ、一部の貴族とは取引を続けられるようにしようというのが、僕の結論だ。
まあ、そんなことはいい。
息を吸って、声を張る。まるで舞台役者になった気分だよ。
「なんだか、おかしなことになっているね」
「お、お前は……」
第二王子よ。
この国より大きな帝国の皇太子に向かって「お前」はないだろう。失礼だぞ。
婚約者に対してお前呼ばわりも、充分いただけないがな。
「ヴァルデンシュトルム帝国の皇太子、カールハインツ・フォン・ヴァルデンシュトルムです」
よかった。噛まずに言えた。国名が長いよ、ご先祖様。
「お見知りおきいただけませんでしたか?」
ちょっと嫌味を付け加えてやろう。お前たちはイチャつくのに夢中で、留学生たちと交流していなかったもんな。
僕は会場中の視線を集める中、颯爽と公爵令嬢のところへ近づく。
僕は役者、僕は役者だ。
足は力強く、腰は上下しないように固定し、腕は柔らかく。幼い頃から叩き込まれた、優雅で余裕を感じさせる歩き方だ。
台本通りに進めれば、彼女を救える。自分を信じろ。
いや~。気を抜いたら声が裏返りそうだ。
人の人生をリアルに左右するって怖いぞ。
「カールハインツ皇太子殿下……」
おっと。
僕以上に怖いだろう淑女がいるじゃないか。
気合いを入れろ、俺! (ここは僕じゃなく、俺だな)
公爵令嬢の指を掬うように取り、指先に口を近づける。手袋越しだが、実際にキスはしない。
青ざめて強ばっていた表情が、ほんの少し緩んだか?
これは、悪くない反応だ。
そりゃ、そうだよな。こんな状況なら、どんな救いの手だってありがたく見えるはず。
「グラフトン公爵令嬢。国外追放されるのなら、我が国にいらっしゃいませんか?」
あ、婚約破棄を受け入れるか確認するのを忘れた。作者よ、台詞を飛ばしてすまん。
まあ、いいか。
「お前、帝国の皇太子……!」
第二王子はこちらを指差した。
さっき名乗ったじゃんか。覚えてもいないとしたら、大問題だぞ。
仮にも同級生だったのに、僕ちゃん悲ぴ~。
いやいや。真面目にやろう。
「いかにも。壇上で挨拶をするはずだったが、それを飛ばして、君たちが余興を始めてしまったのだよ」
教師たちが気まずげに顔を見合わせた。
自国の王族に逆らうのは難しいだろうが、帝国の手前、頑張って第二王子の暴走を止めなければならなかったのだよ
教師たちには、とっさに政治的な判断をするのは難しかったかもしれないが。
このあと、気の毒な教師たちにも何らかの処罰が与えられるだろう。このクソ王子が教師たちを庇うとは思えない。
だが、一人の女生徒が攻撃に晒されるのを止めなかった。
つまり見捨てたわけだから、自分たちが見捨てられる立場になるのも因果応報だな。
「では、壇上の彼ら以外の諸君。世話になった。この国での学び、君たちとの友情を胸に、帝国へ帰ろうと思う。
君たちに栄えあれ」
壇上の者たちを無視して、そう締めくくった。
拍手が広がり、会場の雰囲気が温かくなる。
僕が公爵令嬢をエスコートして会場を出ると、公爵家の馬車が待機していた。
「公爵には、お許しをいただいています。急いで国を出てしまいましょう」
「用意が良すぎます」
公爵令嬢は一瞬、目を見開いた。
「国王陛下に伝わる前に、逃げないと。引き留められて、婚約破棄を覆されますよ」
元が小説だから、バッドエンドは描かれていない。
だが、テンプレ的には毒杯、処刑、娼婦エンドなどが考えられる。
一か月前に、公爵に計画を打ち明けた。
公爵は王位継承権を持っている。
現在の国王を廃して王位に就く話をしたら、ものすごく警戒された。
僕が帝国の皇太子だから、侵略を疑われるよね。
だから、今日、第二王子が婚約破棄を言い出さなかったら、そこで終わる話だったんだ。
貴族たちの反応を見極めて、王子一人の責任にするか、国王に賠償を求めるか、退位させるか……それは公爵が選べばいい。
その間に、公爵令嬢が害されることだけ避けなければ。
だから、手っ取り早く、隣国に退避しておけばいいでしょーという作戦だ。
「では、急いで参りましょう」
公爵令嬢は覚悟を決めたようで、僕の顔を見て、そう言った。
状況を把握するのが早いな。
公爵でさえ、娘が婚約破棄されるという説明を飲み込むのに時間がかかったぞ。
「思い切りがいいですね。そういうところが好きです」
おっと。これは小説の台詞じゃなく、僕の本音だ。
「は?」
ようやく年相応の顔になった彼女の頬に、思わずキスをしてしまった。
対面に座っていたから、彼女の顔の横に手をついて、いわゆる壁ドンの態勢になっている。
真っ赤になって、頬に手を当てている公爵令嬢。初心な感じがいいね。心臓がぎゅっと、こう、持っていかれる感じになった。
睨まれてもちっとも怖くないぞ。
ふむ、この展開はなかなかスパダリっぽいんじゃないか?




