【まもる門と、帰りたい森 】―閉めた扉の向こうにも、帰りたい子がいる―
このお話は、「大切なものを守るために門を閉めた者」と、「その門の外に残されてしまった者」の物語です。
危険から誰かを守るために、扉や門を閉じなければならないことがあります。
それ自体が、間違いとは限りません。
けれど、閉じた扉の向こうにいる人にも、帰りたい場所があり、待っている人がいて、そこで過ごしてきた時間があります。
守る側には守る側の事情がある。
締め出される側には、締め出される側の寂しさがある。
どちらか一方の気持ちだけでは、きっと見えないものがあるのでしょう。
今回の物語では、門を閉めたクロを悪者にはしませんでした。
けれど、善意で閉めた門が誰かを傷つけたことも、なかったことにはしませんでした。
少し寂しくて、少し苦くて、それでも最後には、もう一度一緒に歩き出せるような童話になればと思います。
小さな動物たちの物語ですが、大人の方にも何かを感じていただけたら嬉しいです。
【まもる門と、帰りたい森】
―閉めた扉の向こうにも、帰りたい子がいる―
◆◆◆
むかしむかし、深い森のまんなかに、小さな動物たちが暮らす村がありました。
村のまわりには、立派な木の門がありました。
その門を守っていたのは、黒い毛並みのクマ、クロでした。
クロは力持ちで、勇敢で、誰よりも村のみんなを大切にしていました。
嵐が来れば、倒れた木をどけました。
狼が近づけば、村の前に立ちました。
冬になれば、凍えた動物たちに薪を分けました。
みんなはクロを頼りにしていました。
「クロが門を守ってくれるから、ぼくたちは安心して眠れるんだ」
そう言われるたび、クロは少し照れくさそうに笑いました。
そんな村に、ひとりのキツネがいました。
名前はコン。
コンは、森のあちこちを歩き回るのが好きでした。
木の実を見つけるのも、遠くの川の音を聞くのも、知らない花を見つけるのも大好き。
そして、門のそばで働くクロのことも、大好きでした。
「クロさん、今日も村を守っているの?」
「そうだ。みんなが安心して暮らせるようにな」
「そっか。じゃあ、ぼくはクロさんが安心できるように、帰ってきたらお茶を淹れてあげるね」
コンは、そう言って笑いました。
クロは、そんなコンの笑顔を見るのが好きでした。
◆◆◆
ある年の秋。
森に、黒い霧が流れてきました。
霧に触れた木々は葉を落とし、小川の水は濁り、森の動物たちは咳き込むようになりました。
村の長老たちは話し合いました。
「この霧が村に入れば、みんなが病気になってしまう」
「門を閉めよう。霧が晴れるまで、誰も入れてはいけない」
クロは、門の前に立ちました。
村を守らなくてはならない。
その思いで、太い木の門を閉じました。
ぎい。
ごとん。
大きな音が森に響きました。
そのとき、コンはまだ森の外にいました。
遠くの谷に、薬草を探しに行っていたのです。
「クロさーん!」
コンは門まで走ってきました。
「ぼくだよ! 開けて!」
クロは、門の隙間からコンを見ました。
「コンか。すまない。今は門を開けられない」
「でも、ぼくは村の仲間だよ」
「わかっている。だが、霧が入ればみんなが危ないんだ」
「ぼくは霧に触れていないよ。薬草も持っているんだ」
コンは、背負っていた袋を見せました。
けれど、クロは迷いました。
もし、薬草に霧がついていたら。
もし、コンの毛に霧が残っていたら。
もし、門を開けたことで村のみんなが病気になったら。
守らなければ。
その思いが、クロの胸をいっぱいにしていました。
「コン。少しだけ待っていてくれ。安全が確認できるまで、門は開けられない」
「少しだけって、いつまで?」
「わからない」
コンは、門を見つめました。
いつもなら、クロが笑って開けてくれる門でした。
帰ってきたよ、と言えば、
おかえり、と返してくれる門でした。
けれど、その日は違いました。
門の向こうにクロがいるのに、
コンの帰る場所は、門のこちら側になってしまったのです。
◆◆◆
最初のうち、コンは門のそばで待っていました。
朝になると、クロに声をかけました。
「おはよう、クロさん」
夜になると、もう一度声をかけました。
「おやすみ、クロさん」
クロは門の内側から返事をしました。
「おはよう、コン」
「寒くないか?」
「食べ物は足りているか?」
コンは笑って答えました。
「大丈夫だよ」
けれど、門は開きませんでした。
何日も過ぎました。
コンは、門の前に小さな寝床を作りました。
クロの姿が見えるところに、木の実を並べました。
村の子どもたちが、門の向こうから手を振ってくれることもありました。
それでも、村の食卓には座れません。
みんなと一緒に笑うこともできません。
夜になると、門の向こうから楽しそうな声が聞こえました。
コンは、ひとりで木の実をかじりました。
そのうち、門に声をかける回数も減っていきました。
ある日、クロが尋ねました。
「コン、今日は話さないのか?」
コンは少し考えてから答えました。
「話しかけても、門は開かないから」
クロは何も言えませんでした。
◆◆◆
村の中でも、少しずつ変化が起きていました。
コンの姿が見えなくなり、村の子どもたちは寂しがりました。
「コンはどこにいるの?」
「どうして一緒に遊べないの?」
クロは答えました。
「みんなを守るためだよ」
それは間違いではありませんでした。
けれど、子どもたちは納得しませんでした。
「守るって、コンを外に置いておくことなの?」
その問いに、クロは答えられませんでした。
門の内側は安全でした。
でも、いつからか、そこには笑い声が少なくなっていました。
コンが見つけてきた珍しい木の実も、遠くの川の話も、夕暮れに聞かせてくれた森の歌も、なくなっていたのです。
クロは、門の隙間から外を見ました。
コンの寝床は、もうありませんでした。
◆◆◆
季節がひとつ巡りました。
黒い霧は、少しずつ薄くなっていきました。
森の木々に新しい芽が出て、小川の水も澄んできました。
長老たちは言いました。
「そろそろ、門を開けてもよいだろう」
クロは、門の鍵を手にしました。
けれど、すぐには開けられませんでした。
門の外に、コンはいません。
どこへ行ったのだろう。
もう帰ってこないのだろうか。
クロは初めて、自分が怖くなりました。
霧が村に入ることよりも、
コンが帰ってこないことを。
◆◆◆
クロは、門を大きく開けました。
森の風が、村の中へ流れ込みました。
そして、外へ飛び出しました。
コンを探すためです。
川辺へ走りました。
「コーン! どこだー!?」
木の実のなる丘へ向かいました。
「コン! いるなら返事をしてくれ!」
薬草の谷にも足を運びました。
茂みをかき分け、倒木の陰をのぞき込み、何度も名前を呼びました。
「コーン! 頼む、どこにいるんだ!」
大きな体で森を駆け回るクロの息は、だんだん荒くなっていきました。
それでも、足を止めませんでした。
あのとき、門を閉めたのは自分だった。
コンが帰ってこられなくなったのも、自分が門を開けなかったからだ。
今度は、自分が探しに行かなければ。
そう思って、クロは何度も何度も名前を呼びました。
「コン! コン!」
そのとき。
かさり、と草むらが揺れました。
クロは、はっとして振り返りました。
そこに、小さなキツネの耳が見えました。
「……クロさん?」
コンでした。
少し離れた木の陰から、コンがこちらを見ていました。
クロは、すぐに駆け寄ろうとして、足を止めました。
コンは、まだ少し怖そうにしていたからです。
「コン……!」
クロの声が震えました。
「迎えに来たんだ」
コンは、すぐには近づきませんでした。
クロの大きな体を見つめ、門の方を見て、それからもう一度クロを見ました。
「本当に……帰っていいの?」
「ああ。もう霧は晴れた。村へ帰ろう」
クロは、ゆっくりと手を差し出しました。
「帰ってきてほしいんだ」
コンは、恐る恐る一歩を踏み出しました。
それから、もう一歩。
クロの前まで来ると、小さな前足をそっと差し出しました。
クロは、その手を優しく受け止めました。
「……見つけてくれたんだね」
「ああ。ずっと探していた」
コンは、うつむきました。
「ぼく、帰りたかったんだ」
その声は、とても小さなものでした。
◆◆◆
村の門が見えてきました。
クロは、コンの歩幅に合わせて、ゆっくり歩きました。
門の前で、コンは立ち止まりました。
そこには、あの日と同じ大きな木の門がありました。
けれど、今は開いています。
「コン。おかえり」
クロが言いました。
コンは、門の向こうを見つめました。
村の家。
見慣れた道。
木の実のなる広場。
そして、こちらを見つめる仲間たち。
コンは、恐る恐る一歩を踏み出しました。
小さな足が、村の土を踏みました。
もう一歩。
そして、もう一歩。
そのとき、コンの目から、ぽろぽろと涙がこぼれました。
「やっと……戻ってこられたんだ」
涙は止まりませんでした。
門の前で待っていた日々。
帰りたくても帰れなかった夜。
もう二度と、ここへ戻れないかもしれないと思ったこと。
そのすべてが、胸の中からあふれてきたのです。
クロは、何も言わずにコンのそばにしゃがみました。
コンは、クロの胸に顔をうずめました。
「ぼく、ずっと帰りたかった……」
「うん」
「クロさんに、会いたかった……」
「うん。もう、ひとりにしない」
クロは、コンをそっと抱きしめました。
「おかえり」
村の仲間たちも、静かにふたりを見守っていました。
◆◆◆
その日、コンは村へ戻りました。
けれど、前のように門を駆け抜けることはありませんでした。
最初は、門の近くで過ごしました。
食卓に座るのも、少しずつでした。
村の子どもたちは、コンが戻ってきたことを喜びました。
「一緒に遊ぼう!」
「今度、森の話を聞かせて!」
コンは、少しずつ笑うようになりました。
クロも、少しずつ変わりました。
門を閉める前には、外にいる仲間がいないか確かめるようになりました。
どうしても閉めなければならないときには、外にいる動物たちに知らせ、食べ物や寝床を用意し、いつ、どんな条件で開けられるのかを一緒に考えるようになりました。
門を閉めることだけが、守ることではないと知ったからです。
◆◆◆
それから、また季節が巡りました。
ある夕暮れ、コンはクロの隣に座っていました。
門の向こうには、赤く染まった森が広がっています。
「ねえ、クロさん」
「なんだ?」
「今でも、門を閉めるのは怖い?」
クロは、しばらく考えました。
「怖いよ。守りたいものがあるからな」
「そっか」
「でも、もうひとつ怖いことができた」
「なあに?」
「守ることに夢中になって、大切な仲間の帰る場所をなくしてしまうことだ」
コンは、クロを見上げました。
「じゃあ、これからは一緒に考えよう」
「ああ」
「門を閉めるときも、開けるときも」
「ああ。一緒に考えよう」
コンは、クロの大きな手に、そっと前足を重ねました。
門は、今日もそこにありました。
外から危険が来れば、閉じることもあるでしょう。
けれど、その門は、誰かを追い出すためだけのものではありません。
帰ってくる人を迎えるためにも、そこにあるのです。
門のそばには、小さな札が掛けられました。
そこには、クロの字でこう書かれていました。
『守るために閉めることがある。
だからこそ、帰ってくる道を忘れてはいけない』
そして、その下には、コンが小さな字で書き足しました。
『帰りたいと思える場所でありますように』
夕暮れの森に、ふたりの笑い声が響きました。
門の向こうにも、こちら側にも、
帰りを待つ仲間がいる。
それを忘れないように。
(おしまい)
最後までお読みいただき、ありがとうございます。m(_ _)m
この物語を書きながら、私は「守る」という言葉について考えていました。
大切なものを守るために、危険を遠ざける。
そのために、門を閉める。
それは、ときに必要な判断なのだと思います。
けれど、門を閉めたことで、その外にいる人がどうなっているのか。
帰る場所を失った人が、どんな気持ちで待っているのか。
そこまで考えなければ、本当に守ったことにはならないのかもしれません。
今回の物語には、現実の出来事から考えたことも重ねています。
安全を守るための仕組みや変更が必要になることはあります。
しかし、その変化によって、これまでそこにいた人が戻れなくなってしまうこともあります。
長く過ごした場所。
積み重ねてきた作品。
そこで出会った人たち。
そして、続きを待ってくれている誰か。
それらは、簡単に別の場所へ移せるものではありません。
もちろん、安全を守ることと、誰も取り残さないことを、いつも同時に実現できるとは限らないでしょう。
だからこそ、門を閉める必要があるときには、外にいる人への知らせや、待つ場所、帰るための道を考えてほしい。
そして、門を閉めた側にも、いつかもう一度、迎えに行く勇気を持ってほしい。
クロは、すぐに許してもらえたわけではありません。
コンも、すぐに以前と同じ気持ちに戻れたわけではありません。
それでも、時間をかけて、少しずつ関係を取り戻していきました。
私は、そこを大切にしたかったのです。
門を閉めることがあっても、帰る道まで閉ざしてはいけない。
そして、帰ってきた人には、こう言える場所であってほしい。
「おかえりなさい」
この物語が、誰かの帰りを待つ人にも、帰りたい場所を探している人にも、そっと届きますように。
最後に。
守るために門を閉めたヒーローも、
門の外で帰りを待っていた仲間も、
どちらも大切な森の住人なのです。
どうか、この世界がみなさまに優しい世界でありますように。(*人´ω`*)




