第7話 『期限付きの未来』
蒼が再び倒れてから、一週間。
意識は戻った。
でも、体力は明らかに落ちていた。
以前より痩せ、
歩くことも難しくなっている。
それでも蒼は笑う。
「告白した翌日にぶっ倒れるとか、かっこ悪すぎ」
「ほんとだよ」
笑いながら、喉が詰まる。
今は、恋人。
その言葉が、夢みたいで。
同時に、怖い。
夕方。
廊下で、医師に呼び止められる。
「朝倉さん、少しお話が」
胸がざわつく。
診察室。
白い壁。
低い声。
「正直にお伝えします」
その前置きだけで、分かる。
「薬の効果が、思ったほど出ていません」
指先が冷える。
「骨髄移植を検討する段階です」
移植。
「成功率は……五割ほど」
半分。
コインの裏表みたいに言わないで。
「しなければ?」
医師は一瞬、目を伏せる。
「……数ヶ月」
音が消える。
数ヶ月。
春は、もう終わる。
夏も、きっと長くない。
病室に戻る。
蒼は天井を見ていた。
「聞いた?」
やっぱり、知っている。
「うん」
蒼は、少しだけ笑う。
「五割だってさ」
軽い言い方。
でも、手は震えている。
「どうするの」
聞く声がかすれる。
蒼はしばらく黙る。
そして。
「やる」
迷いはなかった。
「怖いけど」
右手を握る。
「好きって言えたし」
涙がこぼれる。
「まだ、一緒にいたい」
その一言で、崩れる。
「私も」
ベッドの横で、手を握る。
「絶対、生きるって約束して」
蒼は困った顔をする。
「約束は、できない」
心臓が痛む。
「でも」
視線を合わせる。
「生きる努力は、する」
それが、蒼らしかった。
ヒーローじゃない。
強がりでもない。
ただ、必死に前を向く人。
数日後。
移植の日程が決まった。
ドナーは、偶然にも適合した。
蒼の姉。
「俺より強そうだしな」
冗談を言うけど、
家族の覚悟は、重い。
前夜。
病室の明かりは落とされている。
蒼がぽつりと言う。
「なあ、美桜」
「なに」
「もし、さ」
その言葉に、胸が締まる。
「もしダメでも」
やめて。
言わないで。
「泣くなよ」
涙がもう出ている。
「俺と付き合えたんだから、勝ち組だろ」
「ふざけないで」
声が震える。
「勝ち負けじゃない」
ベッドに顔を伏せる。
「いなくなる前提で話さないで」
蒼は静かに言う。
「いなくならない前提で話せるほど、強くない」
その弱さが、愛しい。
「じゃあ、約束しよ」
顔を上げる。
「成功したら」
蒼が見る。
「夏祭り行く」
少し驚いた顔。
「浴衣着て」
蒼が、ゆっくり笑う。
「似合う?」
「似合うに決まってる」
涙が止まらない。
「屋台でさ、かき氷食べて」
「頭キーンってなるやつな」
「それで、花火見る」
蒼は目を閉じる。
「……いいな」
小さな声。
「成功したら、絶対な」
「うん」
指切りする。
震える指で。
子どもみたいに。
翌朝。
手術室の前。
蒼はストレッチャーに乗っている。
顔色は悪い。
でも、目は覚めている。
「夏祭り」
私が言う。
蒼がうなずく。
「浴衣な」
手を握る。
「忘れないで」
蒼が小さく笑う。
「今度は忘れない」
扉が、ゆっくり閉まる。
赤いランプが点灯する。
時間が、止まる。
五割。
半分。
希望と絶望が、同じ重さで揺れている。
私は祈る。
ヒーローじゃなくていい。
強くなくていい。
ただ。
夏祭りに、間に合って。




