第7話 『試練の診察』
春の朝、大学病院の廊下に差し込む陽光は、白い壁に反射してまぶしく輝いていた。
ガラス越しに見える中庭では、満開の桜の花びらが風に舞い、芝生の上に淡いピンクのカーペットを敷いたように落ちている。
水の音が聞こえる噴水の周囲には、早朝のランニングをする学生たちが軽やかに走り抜け、鳥たちのさえずりが響き渡る。
娘は白衣を着て、胸に手を当てて深呼吸する。
「今日こそ、完璧に…!」
しかし、胸の奥には小さな不安が渦巻いていた。
実習室に入ると、教授が真剣な表情で待っていた。
「今日は模擬患者の診察を、一人で任せます。君の判断力が試される」
部屋の空気が一気に張り詰める。
机には人体模型、血圧計、聴診器などの器具が整然と並び、光と影が緊張感を増幅させる。
窓の外には桜の木が揺れ、花びらが窓ガラスに張り付くように舞っていた。
模擬患者は座り、症状をリアルに演じる。
娘は深呼吸をし、聴診器を胸に当てる。
「呼吸音は…正常…?いや、少し異常かもしれない…」
心臓の鼓動が耳に響くように感じ、手が震え、思わず器具を落としそうになる。
「大丈夫、落ち着いて」
隣のクラスメイトの声が耳に届き、娘は顔を上げる。
「怖くても、挑戦するんだ」
胸の中で蒼の言葉を思い出し、手をしっかりと器具に固定する。
診察中、娘は症状を誤って判断し、模擬患者の痛みを増幅させてしまう。
「しまった…!」
心臓が跳ね、冷や汗が額を伝う。
教授の鋭い視線が胸に突き刺さる。
「君、今の判断は間違いだ。どうしてそう思った?」
言葉に詰まり、娘は涙を浮かべる。
「怖くて…でも…患者さんを守りたい気持ちで…」
教授は一瞬沈黙したあと、柔らかい声で言う。
「怖いのは当然だ。でも、恐怖を理由に判断を誤るわけにはいかない。今日の失敗を次に活かすんだ」
休憩時間、娘は窓際のベンチに座り、中庭の景色を見つめる。
桜の花びらが池の水面に舞い落ち、光に反射して小さな光の粒を作る。
遠くで噴水の水が揺れ、花びらと共に揺れる水面に、自分の心が重なるように感じる。
隣に仲間が座り、そっと肩を叩く。
「失敗しても、次があるよ。俺たちみんなで支えるから」
娘は頷き、深呼吸をする。
「怖くても…前に進む」
午後の再挑戦。
娘は再び模擬患者の前に立つ。
今回は慎重に、心を落ち着け、手順を確認しながら診察を進める。
同級生たちが励まし合い、教授も細かく指導する。
初めは手が震えた聴診器も、次第に確かな感触を手に伝え、症状を正確に読み取ることができた。
「大丈夫…私、できる」
胸に小さな自信が芽生える。
夕方、病院の庭に出ると、空は茜色に染まり、桜の花びらが夕日に照らされて舞い上がる。
芝生に落ちる花びらは光を受けて輝き、噴水の水面には紅色の反射が揺れる。
娘は深呼吸し、胸の奥の重さが少しずつ溶けていくのを感じた。
母からのLINEには、
「今日もよく頑張ったね。あなたの成長が私の誇り」
と書かれていた。
娘は微笑み、手帳に今日の失敗と学びを書き込む。
「怖くても、私は挑戦する。失敗しても、立ち上がる勇気があれば、未来は開ける」
春の光と風、桜の香り、仲間の声、教授の励まし――すべてが娘の背中を押していた。
そして、試練を乗り越えた娘の春は、一層輝き、新しい未来への扉を確実に開き始めた。




