第4話 『好きって言う前に、世界が止まった』
文化祭まで、あと三日。
蒼の外出は、やっぱり許可が下りなかった。
「まあ、予想通り」
電話越しの声は、笑っている。
でも、その笑いの奥に、疲れが混じっているのが分かる。
「文化祭終わったら、動画見せろよ」
「直接見せる」
「だから無理だって」
「無理じゃない」
言い切る。
沈黙。
受話器の向こうで、蒼が小さく息を吐く。
「なあ、美桜」
「なに」
「俺、さ」
言葉が途切れる。
心臓がうるさい。
「やっぱ、なんでもない」
逃げた。
また。
翌日、放課後。
美桜は決めた。
逃げないのは、自分だ。
病室のドアの前で、深呼吸する。
ノック。
返事がない。
もう一度。
「蒼?」
ドアを開けた瞬間。
空気が違った。
看護師が慌ただしく動いている。
モニターの音が、速い。
「ご家族以外は外で待ってください!」
視界が揺れる。
「蒼……?」
ベッドの上。
酸素マスク。
目は閉じたまま。
「急変です。血圧が――」
言葉が遠い。
足が動かない。
動いて。
お願い。
名前を呼びたいのに、声が出ない。
蒼の母が泣いている。
医師が処置をしている。
機械音が鳴り響く。
世界が、白くなる。
どれくらい時間が経ったのか分からない。
廊下の椅子で、ただ座っていた。
手が震えて止まらない。
“好きって言う前に”
その言葉が、何度も頭を殴る。
しばらくして、医師が出てきた。
「……峠は越えました」
その一言で、崩れ落ちる。
「ただ、しばらく意識が戻らない可能性があります」
意識が、戻らない。
頭が理解を拒否する。
夜。
特別に、五分だけ病室に入る許可が出た。
静かな部屋。
機械の音だけが響く。
蒼は眠っている。
まるで、ただ疲れているだけみたいに。
「バカ」
涙が落ちる。
「なんで今なの」
ベッドの横に立つ。
冷たい手を握る。
返事はない。
「ねえ」
声が震える。
「好きって言うんじゃなかったの?」
喉が詰まる。
「私だって、言うつもりだったのに」
ずっと怖かった。
言ったら壊れそうで。
言わなければ、終わらない気がして。
でも、終わりは待ってくれなかった。
「蒼」
握る手に力を込める。
「好き」
初めて、ちゃんと言った。
誰もいない病室で。
返事は、ない。
「聞こえてるよね」
涙が止まらない。
「ヒーローなんでしょ」
声が崩れる。
「最後までかっこつけるの、やめてよ」
沈黙。
機械音。
夜の匂い。
「……置いてかないで」
それは、懇願だった。
ヒーローなんていらない。
強がりもいらない。
ただ、隣にいてほしい。
それだけだったのに。
帰り道。
桜は、ほとんど散っていた。
歩道に積もる花びら。
踏むたびに、かすかな音がする。
満開だったのに。
あんなに、綺麗だったのに。
間に合わなかった。
まだ、返事ももらってないのに。
スマホは、もう震えない。
画面は、静かなまま。
春は、進んでいる。
残酷なくらい、普通に。
――お願い。
まだ終わりにしないで。
まだ、好きって言い足りない。




