第9話 『桜の季節、さよならの光』
春の空は、いつもより青く澄んでいた。
病室の窓から見える桜は、満開に近い。
蒼は、静かにベッドに横たわる。
娘の手を握り、私もそばに座っている。
「ぱぱ…」
娘の声が、かすかに震える。
蒼は微笑む。
「怖がらなくていい…心配しなくていい」
その声は、いつもより弱く、でも温かい。
「私…一緒にいていい?」
「もちろんだ」
蒼の目がゆっくり閉じる。
手の温もりが少しずつ消えていく。
娘は涙をこらえながら、蒼の手を握り続ける。
「怖くないよ…ぱぱのこと、ずっと覚えてる」
私もそっと手を重ねる。
蒼はかすかに微笑み、ささやくように言った。
「ありがとう…お前たちに出会えて、幸せだった」
その言葉が、胸の奥に深く刺さる。
赤いランプはもう点いていない。
静かに、光が消える。
でも、その消えた先に、確かな温もりが残っている。
その夜。
娘は窓の外を見つめ、桜の花びらが風に舞うのを見つめていた。
「ぱぱ、天国でも見てくれてるかな…」
私はそっと抱きしめる。
「きっと見てるよ。そして、いつも守ってくれる」
娘は頷き、涙をこぼす。
「怖くても、私…頑張る」
蒼が残した勇気。愛。希望。
それは、娘の心にしっかり刻まれている。
数日後。
桜並木を歩く娘は、少しだけ大人びていた。
友達と笑いながらも、心の奥には蒼の優しい笑顔がある。
春は巡る。
そして、愛した人との別れも、また新しい春を運んでくる。
蒼がくれた勇気は、これからの未来を照らす光になる。
娘は小さく呟く。
「ありがとう、ぱぱ…また会えるね」
赤いランプは消えたけれど、桜の光の中で、蒼の温もりはずっと生きている。
春は、終わらない。
そして、心の中で蒼は永遠に咲き続ける――。
――つづく。




