第5話 『初めてのすれ違い』
放課後の教室。
娘はノートを前に、何度もペンを置く。
返事がもらえなかったあの日以来、心の中はぐるぐると迷路のようだ。
友達が近づいてきて、声をかける。
「大丈夫?元気ないみたいだけど」
娘は微笑もうとするけれど、ぎこちない。
「うん…なんとか」
でも目は少し泣きそうになっていた。
その日の夕方。
娘は一人で帰り道を歩く。
桜の花びらが舞う中、風が少し冷たい。
「どうしてうまくいかないんだろう…」
心の中でつぶやく。
そのとき、友達の声が後ろから聞こえる。
「一緒に帰ろう」
娘は振り向き、微笑むつもりだった。
でも、友達の目に少しの悲しみが見えた。
「私、告白する勇気出したけど…振られたの」
娘の胸がぎゅっとなる。
「そうか…」
言葉が出ない。
自分も同じ気持ちを抱えているのに、どう慰めればいいか分からない。
家に帰ると、蒼がリビングで待っている。
「今日も帰ってきたな」
娘はうなずく。
「友達も、うまくいかなかったみたい」
蒼は椅子に座り、娘を見つめる。
「そうか…じゃあ二人とも、勇気を出したってことだな」
娘は少し驚く。
「うん…でも、なんか切ない」
蒼は静かにうなずく。
「そうだな。うまくいくことばかりじゃない。でも、その経験は無駄じゃない」
娘の肩に手を置く。
「心が揺れるたびに、少しずつ強くなる」
娘は目を細め、息を吐く。
「ぱぱ…私、まだ怖いけど、頑張る」
蒼は微笑む。
「それでいい。それだけで春は来る」
その夜。
娘はベッドで小さな手を握りしめる。
心の中のざわざわは消えないけれど、少しだけ光が差している。
勇気を出すことの意味。
すれ違いの切なさ。
でも、同じ経験をする友達といることで、孤独じゃないと知る。
桜の夜風が窓を揺らす。
春は、まだ続いている。
そして、次の一歩を踏み出す準備をしている。
怖くても、迷っても、進むべき道はある。
赤いランプではなく、春の光が、二人の背中をそっと押している。
――つづく。




