第4章・第2話 『返事のない夕暮れ』
放課後。
娘が告白をする、と言って家を出てから、もう三時間。
蒼は、落ち着かない。
リビングを歩く。
座る。
立つ。
また歩く。
「パパのほうが挙動不審」
私はソファから言う。
蒼は腕を組む。
「遅くないか?」
「中学生だよ?」
蒼は眉を寄せる。
「だから心配なんだよ」
その横顔は、あの頃と同じ。
大切なものを守りたくて、でもどうにもできない顔。
玄関のドアが開く音。
蒼は反射的に立ち上がる。
娘が入ってくる。
無言。
靴を脱ぐ。
顔は、読めない。
蒼の喉が鳴る。
「……どうだった?」
娘は、少し笑った。
でも、その笑いは、揺れている。
「返事、もらえなかった」
蒼の目が揺れる。
娘は続ける。
「急すぎるって」
「考えさせてほしいって」
静かな夕方。
窓の外の光が、少しだけオレンジ色。
娘は俯く。
「なんか、変な感じ」
蒼はゆっくり歩み寄る。
怒らない。
焦らない。
ただ、隣に座る。
あの日、赤いランプの前でしたように。
「怖かったか?」
娘は、少し間を置いてうなずく。
「うん」
蒼も、うなずく。
「だよな」
短い言葉。
でも、それだけで、娘の肩が少し下がる。
「でもさ」
蒼は、静かに言う。
「逃げなかったな」
娘が顔を上げる。
蒼は微笑む。
「それだけで、すごい」
娘の目に、涙が滲む。
「振られたらどうしようって、ずっと思ってた」
蒼は頷く。
「結果は、相手の気持ちだ」
ゆっくり続ける。
「でも、踏み出したのはお前の勇気だ」
娘の涙が、ぽろっと落ちる。
「かっこ悪くない?」
蒼は、首を振る。
「一番かっこいい」
声は、まっすぐだった。
夜。
娘は部屋で、少しだけ泣いた。
でも、大泣きじゃない。
ちゃんと、自分の足で立とうとする泣き方。
蒼はリビングで、静かに座っている。
「思い出す?」
私が聞く。
蒼は少し笑う。
「思い出す」
赤いランプ。
震える手。
止まらない涙。
「返事が出ない時間って、長いよな」
私は頷く。
「でも、無意味じゃない」
蒼が小さく息を吐く。
「待つのも、更新か」
数日後。
娘はいつも通り学校へ行く。
結果は、まだ出ない。
でも、背筋は伸びている。
蒼は玄関で言う。
「なあ」
娘が振り向く。
「返事がどうでも」
少し笑う。
「お前は、ちゃんと春の中にいる」
娘は、照れながら笑う。
「ぱぱ、くさい」
でも、その目は強い。
ドアが閉まる。
蒼は小さく呟く。
「返事がなくても、前に進んでる」
私は隣で言う。
「それが春だよ」
桜は、咲く前がいちばん静かだ。
返事のない時間も、ちゃんと季節の一部。
怖くても、踏み出せた。
それだけで、物語はもう進んでいる。
春は、まだ途中。
――つづく。




