第3話 「咲ききる前に、散らないで」
四月中旬。
校庭の桜は、ほとんど満開になっていた。
なのに。
蒼の病状は、良くなっていなかった。
「白血球の数値が下がらないんです」
医師の声は冷静だった。
美桜は廊下の壁にもたれたまま、息ができない。
「このままだと、予定していた外出許可は難しいかもしれません」
外出許可。
それは、蒼が楽しみにしていた“約束”。
――文化祭の準備、ちょっとだけ顔出したいな。
メッセージで、そう送ってきた。
“主役不在とか盛り上がらないだろ?”
なんて、強がって。
病室に入ると、蒼は起きていた。
でも、前より明らかに痩せている。
「よ、委員長」
からかう声も弱い。
「文化祭の出し物、なににしたと思う?」
「どうせコスプレ喫茶だろ」
「なんで分かるの」
少し笑う。
その笑顔が、胸に痛い。
「俺、執事やる予定だったのに」
「似合わない」
「ひど」
軽い会話。
でも、ふと蒼が咳き込む。
長い。止まらない。
背中をさすりながら、心のどこかが崩れていく。
「……外出、難しいって」
言わなきゃいけない。
黙っているほうが残酷だ。
蒼は一瞬、目を伏せた。
でもすぐに、
「そっか」
と、笑った。
「まあ、俺いなくても回るか」
その言い方が、嫌だった。
“いなくてもいい存在”みたいで。
「回らないよ」
強く言う。
「蒼いないと、うるささ足りない」
蒼は少し驚いた顔をして、
「うるさいの俺の評価それ?」
と、笑う。
でも、目の奥は揺れている。
帰り際。
蒼がぽつりと呟く。
「桜、もう満開?」
「うん」
「見たいな」
その声は、子どもみたいだった。
美桜は決めた。
翌日。
クラスのみんなに頭を下げる。
「病院に、桜を持っていきたい」
最初は驚かれた。
でも、すぐに一人が言う。
「やろう」
放課後、みんなで校庭へ。
散らないように、まだ落ちたばかりの花びらを拾う。
枝から少しだけ分けてもらう。
誰もふざけなかった。
蒼の名前を、誰も軽く言わなかった。
夜。
病室のドアを開ける。
「……なにそれ」
蒼が目を丸くする。
小さな花瓶に挿した桜。
窓際に並べる。
「病院に春、届けにきた」
蒼はしばらく黙っていた。
そして、小さく笑う。
「バカだな、お前ら」
でも、その頬に涙が伝う。
「俺さ」
ぽつりと。
「間に合うかな」
何に、とは言わない。
卒業式か。
文化祭か。
それとも――その先か。
「間に合わせる」
即答する。
根拠なんてない。
でも、言葉にしないと、
本当に散ってしまいそうで。
蒼は桜を見つめながら言う。
「俺、ちゃんと好きって言えるかな」
心臓が跳ねる。
「誰に」
分かっているのに、聞いてしまう。
蒼は視線を逸らし、
「……言えたらいいな」
とだけ言った。
その夜。
帰り道、風が強く吹いた。
校庭の桜が、一斉に舞う。
満開のはずなのに、
花びらが、止まらない。
スマホが震える。
蒼から。
“なあ”
“もしさ、俺が言う前に終わったら”
“代わりに伝えてくれる?”
画面が滲む。
“自分で言いなよ”
送る。
既読がつく。
しばらくして。
“……努力します”
その三文字が、
どうしてこんなに切ないんだろう。
春は、待ってくれない。
桜は、咲ききる前に散ることもある。
お願いだから。
まだ。
まだ、奪わないで。
――好きって、まだ言ってないんだから。




